『萩原君、海でも行かない?』
「なになに、リンちゃん。デートのお誘い」
『まあそうなるかしら』
珍しくリンちゃんの方から電話がかかってくればそれは遊びへの誘いだった。しかも近場ではなく遠出。自営業のリンちゃんは俺の方に予定を合わせてくれるという至れり尽くせりぶり。
女の子からの誘いとは嬉しいものだが相手はリンちゃんでこんなにも俺に有利な設定。明らかになんかあるなと身構えてしまうのは少し悲しい。
「んで、俺に何させたいのさ」
『伊豆までの足と環状線の時のお礼』
「嘘はダメだよリンちゃん。君が貸し借りをココまで放置するはずないでしょ」
後腐れを嫌い、その場での貸し借りの清算を好む彼女が俺に五分以上の条件を出して来ている。
本当の事を出し渋るリンちゃんを咎める。リンちゃん1人で飛び込んで無いのは必要があるからだろう。
「伊豆に何しに行くのさ」
『昔の友達の墓参り』
「だけだったら俺を誘わないでしょ」
電話口で情報を渋るリンちゃんを詰めていく。口車は上手いが彼女の人物像から真の目的では無いことはそれとなく分かる。まあそう簡単には口は割らないかな。
無理に詰問してこの話を翻されたらリンちゃんは1人で飛び込むだろうし、あとは伊豆での道中で聞くとしよう。
「まあいいよ。リンちゃんからのデートのお誘いなんて嬉しいしね」
「昔水商売してたのを萩原君は知ってるでしょ」
「7年くらい前の話だよね。再会した時もぽい格好だったけど」
伊豆への車中。車に乗せてから話してればリンちゃんは観念したように話しだした。
「まあ色んな人が居たけどさ。当時の関係なんて泡みたいなものだからほぼ繋がってないわ」
「お店も入れ替わり激しかったからね。それでも覚えてる娘がさ……殺されたのよ」
吸っていい?と一応許可をとってからリンちゃんは煙草に火をつける。一応煙は外に吐き出しながらアンニュイな表情をしてる。
「知らなかったの?殺されること」
「誰彼構わず視てるわけじゃないわよ。余計なものを視たら重りが増えるだけだし」
萩原君も別に視る気はなかったわよ。とそういえばという風に言ってくる。そういえば最初は占われたんじゃなくていきなりゲロ吐かれたんだったか。
「あの時は視なくても解る状態だったからね。ブラクラ踏んだような感じだったわよ全く」
「その節はどーも。おかげで生きてるんで感謝してます」
少し軽口を叩き雰囲気を和ませる。まあリンちゃんのいう事ももっともか。付き合う人付き合う人全部の未来を視てたらいくらリンちゃんでもパンクしちゃうのだろう。どれくらい負担なのかは俺には想像できないけど。
「んでリンちゃんはその殺された娘の敵討ちかな?」
「ゼロではないから否定しないし、弔慰を持ってるのも本当。お墓は違うけど」
「彼女が最期どう過ごしたのか感じたいのかしらね。うまく言語化はできないわ」
念を入れて揺さぶってみたけど本当に復讐とかの熱意は感じない。憂い⋯⋯って表現するのがいいのかもしれない。
「たまには都会の喧騒を離れるのもいいんじゃない?リンちゃんも職業柄疲れてんだよ。ゆっくり海でも見てさ」
道中のちょっと草臥れた旅館の軒先で意外な再会。コナン君と蘭ちゃんともう一人。毛利さんがいないのはちょっと珍しい。⋯⋯よく見れば見覚えあるような。
「やあコナン君、蘭ちゃん。妙なところで会うね」
「萩原さん?それにリンネさんも」
「お久しぶりです萩原さん。リンネさんも」
「ちょっと誰このカッコいい人」
なんとなく見覚えのあるカチューシャの子が名前を聞いてくるので機動隊員の萩原と名乗る。行動的な彼女にアプローチをかけられるが今日はリンちゃんの連れだからと断ると彼女、園子ちゃんの注意はリンちゃんに向く。
「えーっとなんか覚えがあるんだけど⋯⋯あ、あの時の詐欺師。そういえばお兄さんこの詐欺師連れてった警察の人じゃない」
苦笑いをしていればリンちゃんは面倒そうな顔をしている。でもこれはリンちゃんの身から出た錆だから擁護はしない。
「⋯⋯ちょうど今はあの時言った夏の海辺、いい出会いはあるんじゃないかしら」
「⋯⋯リンネさん凄い」
あしらう様にリンちゃんがそう言うと一同はポカンとした様子になりコナン君はおいおいマジかよとでも言いたげで蘭ちゃんはリンちゃんをやや尊敬の眼差しで見ている。あー良くないな。リンちゃんが変な気を起こす前に離れよう。
じゃあ俺たちは行くからとリンちゃんを誘導すると同時に彼女たちの方も待ち合わせの人物が来たようで別れる。彼女たちは今回出会った園子ちゃんの彼氏候補の道脇さんという人と食事に行くらしい。
旅館の不愛想な従業員が長く停車していた事を咎めるついでに適当な事をお客さんに言わないでもらっていいですかと注意され明らかに苛立つ場面があったがまあ些細なトラブルだ。
「長く車停めてた俺達も悪いんだし⋯⋯ちょっと大人げなかったんじゃない?高校生くらいでしょ彼」
「別に怒ってないわよ。彼には頑張ってもらわないとまた占いが外れちゃうからね」
花束を買い、地元の人たちに話を聞き一年前殺人事件があった現場に向かう。どうやら同様の事件が一昨日にも起きているらしい。痛ましい事件に警察官として胸が痛くなるし怒りが沸いてくる。
被害者はリンちゃんの友人と同じ茶髪の女性観光客。お嬢さんも気を付けなよ。でも彼氏さんがいるから大丈夫かなんて地元の人は囃し立ててくる。それを互いにありがとうございますーっていってふざけ合ったりしていた。
線路沿いの林。2件目の事件が起きてしまったために道路脇に供え物が置かれている。二人して自然とそちらに足を向ければ手を合わせる。リンちゃんは花束から数本抜き取るとそこに供えていた。
こんなナリだけどリンちゃんは死に対して敏感でけっこう自分の哲学を持っているように思える。
「こういうのってさ、私もだけどほとんど彼女の事を知らない人がやってるじゃない」
「悼むというより憐憫の気持ちが軸だと思うのよね。あとは古来よりある畏れの気持ち」
「言ってしまえば貴女の死と私達は、土地は関係ありませんっていう手切れ金なのかもしれないわね」
ひゅうと抜ける風の中リンちゃんは話しかけてくる。内容は酷い様で、それでいて多分ちょっと真理をついているようなことだが。少々悪意的に捉えすぎているきらいがある。
「ちょっと悪く捉えすぎじゃない」
「畏れは凶兆を恐れてるのよ。この凶兆は実は伝染病の類だったりするわね。昔の人は昔の人の経験と理屈によって合理的に判断されてるものなのよ」
「そしてこれも生者の合理的判断。こうやってコレと私達は関係ないと死を遠ざける。じゃないと気持ち悪いもの」
そんな憎まれ口を叩いているリンちゃんを横目で眺める。なんとなく俺に言っているようで自分に言い聞かせているのかもしれない。死と確実に一本線を引いてるような。そんな感じだ。どこかにふと消えて行ってしまいそうなリンちゃんだが意識的に線を引いている部分もあるのだなと思った。
「じゃあこっちも手切れ金なわけ?」
そこから少し離した場所に持ってきた花を供え手は合わせる。その様子に俺はわざとらしくそういう。一歩離れて煙草に火をつけながら彼女は少し考えた素振りを見せる。
「そうかしらね。そうとも取れるわ」
「少し気持ちに整理をつけたかったのよ。思い出にするために来たのかしら」
「生者が身勝手に折り合いをつけている事には変わりないわ」
ふーと煙を吹かす。晴れ晴れとした夏の青空が拡がっている。少し暑いが抜ける海風が心地よい。
「別にいいんじゃない身勝手でも」
「ええ。別にいいのよ身勝手で。死人は何も言わないもの」
そんな感じで一服していればにわかに騒がしくなる。蘭ちゃん達一行が突如林の中に入っていく。そしてそれを小太りの男が後をつけるように林に入っていく。
困惑とするべき行動を考える。リンちゃんを一人にするのは良くないが明らかに追われているように見えた彼らを放っていられない。
「何が起きてんだ?リンちゃんはいったん車に戻って」
「⋯⋯いや、私も行くわ」
意外に思うが問答している時間はないのでリンちゃんに気を付けるよう言って後を追う。
林に入れば息が切れた小太りな男と蘭ちゃんが対峙している場面。道脇さんと園子ちゃんはいない。蘭ちゃんが小太りの男を取り押さえるがこれで解決ではない様子。小太りな男は刑事で道脇さんを張っていたという事。つまり園子ちゃんが危ない。
不味いと感じながら二人を捜すためにキョロキョロすれば気づく。
リンちゃんがいないことに。
『あー飲んだ飲んだ。リンネ、ラーメン行かね』
『いやヘルプ入ってもらってマジ助かる』
『あたしたちいつまでこんな事続けられんのかね』
目を瞑ればあるようでない彼女との思い出が思い出される。それでもともに仕事をした仲間だった。だけれど特別仲が良かったわけでもない。浅井君のように衝撃的な未来を視たわけでもない。本当に同時期にお店にいただけ。⋯⋯わざわざ足を運ぶほどの関係性ではない。
萩原君に言った思い出にしに来たというのも間違っていないだろう。
正直に言うと私は萩原君の言う通り車に戻る気であった。私のヴィジョンでは園子ちゃんが無事であろうことはわかっているし。旅館の従業員君が犯人を倒してハッピーエンド。そもそも後から林に入った私に何ができるというのだ。
なんでそうしなかったのかと言われると解らない。虫の知らせというものだろう。まあ場所と状況を考えるとあの娘が教えてくれていると捉えた方がロマンチックかしら。
なんて賢しく考えてみるがなんのことはない。目の前であの娘を殺しただろう犯人が入っていくのを衝動的に追いかけてしまったに過ぎない。
「がむしゃらに突っ込んでみただけだったりするのに、正解を引いちゃうのは」
運命か導きって言った方が説明がつくわよね。
「胎を一突き。顔じゃないのね⋯⋯ああ、顔は傷つけたくなかったのかしら」
「顔は、好きだから」
私が嘲るようにそう言えば犯人の注意が逸れる。それどころか真っ先に証拠隠滅しなきゃいけない園子ちゃんじゃなく私に殺意を向けてくる。
図星かしら。というより背けていた部分に触ったかしら。しかも私は茶髪でこそないがちゃらちゃらしてる度合いで言えば園子ちゃんより遥かに上だ。
「顔を傷つけたくないなんてフェミニンな事言わないでよ。そういう意気地の無いところが透けてたんでなくって」
「なら望み通りその顔をズタズタにしてやろうか」
犯人の注意が完全にこっちに向く。刃を大きく構え顔を狙う様に。注意も姿勢もがら空きだ。お膳立てはすました。
横合いからの蹴りに犯人は対応できずに吹き飛んでいく。従業員君が犯人を蹴り飛ばしたところだった。
「二人とも大丈夫ですか」
従業員君に手をひらひら振れば私は少し離れる。そして従業員君に伸された犯人に近づいていく。別に復讐する気はないのだけれどできる場面が転がってくるというのも運命かしらとも思う。花を切るために鋏くらい持ってきているのだし。
「リンちゃん、ダメだそれは」
そしてこの手を萩原君に掴まれるなら、それもまた運命。
「ええ、ダメね。時間切れ」
「⋯⋯でどこまでリンちゃんの思い通りなわけ」
「思い通りな事なんてないわよ。生き当たりばったり。運命が導いただけ。萩原君がどんだけ疑っても私はそのつもりよ」
帰りの車内。結局1人わざと逸れて犯人に辿り着いたリンちゃんを怒ろうとしたがそれ以上に復讐を思い留まった時点で俺には何も言えなくなっていた。
その事も含めてやや悪態混じりでリンちゃんに聞いてみれば計画性は無いと返される。嘘か本当か疑わしい。陣平ちゃんがリンちゃんの人間性は信用出来ないというのがよくわかる。
自分の中で明確に線を引いてる場面もあればあまりにもふわふわしてる場面も多い。そしてそれが一般の常識で測りづらい。
普通に考えると犯人を前にしたあの場面。ゴール前にボールが転がり込んできたように見える。それを作ったのかその位置に行ったのがリンちゃんの作為なのか。それが分からない。
それ以上にボールをシュートするではなく人を殺すという場面、刃物を出すのに覚悟が要るし出したなら引っ込めるのも相応に覚悟が要る。
そのはずなのに自然と出して自然に引っ込めた。死との関わりについてあんなに線を引いてるのに、普通なら強い線が引かれてるはずの境界があまりにもふわふわしていた。
リンちゃんは違うモノを視ていると言葉では思っていた。
「萩原君、ドアインザフェイスって知ってるかしら」
「困難なハードルをぶつけたあとは妥当よりやや高いハードルも通させ易いってやつ」
「鋏を出したところで君は私の単独行動を咎められなくなった。そんな打算的行為だよ」
リンちゃんは煙草の煙を噴き出しながらクツクツと笑ってそう言う。……違う。そういう事で片付けろと言っている気がする。
「だからそんな眼を向けないで欲しいわね」
夕日で影になった黒い顔の中碧の瞳が俺をみていた。
「傷つくわ」