あのインチキ占い師の占いは結局当たらなかった。俺は死なずに生きている。しかしあの日からそうたたないうちにあった高木との張り込みの後。高木と雑談してる俺に向かってトラックが突っ込んで来た時は肝が冷えた。
『貴方がナタリーさんを安心させてあげないのが悪いんじゃないかしら』
あのムカつく女占い師の言葉は一理あった。ナタリーはそんな事をおくびにも出さないがあの女占い師に相談するくらい潜在的な不安を抱いていた事、それに気づけ無かった自分自身に憤慨した。
結局あの日善は急げでナタリーを呼び出し婚約指環を渡しプロポーズをしたことが功を奏した。手帳を落とした際確かに拾おうとしたが指環がそこにない事で冷静にあの占い師の予言を思い出せた。それにあの女占い師の予言通りになるのがしゃくで急いで身を翻していた。
結果的に俺の死の運命も、ナタリーの死の運命もあの女占い師に救われた事になる。つまりアイツは非常に不本意極まりないがナタリーや俺の命の恩人と言えるだろう。
しかし俺はアイツを恩人とカテゴライズしたくない。ナタリーはアイツに感謝してるようだし俺とて感謝の気持ちが無いわけでは無い。だがアイツには確かな加虐性があった。
「班長、結婚式にリンネの奴呼んだってマジかよ。はは、笑える」
「言うな。ナタリーが妙に恩義を感じててな」
喫煙所で松田とその話になれば松田は大笑いしながら来るわけねーと言っていた。まぁそれは俺も思っていた。
「それでお前らとあの女占い師はどういう知り合いなんだ」
「昔の同級生で爆弾魔事件の協力者で不本意だが一応命の恩人ってところだろうよ」
一応の納得をする。あの爆弾事件で萩原と松田は爆弾の場所について、特に二つ目の爆弾の場所については市民からの不審物の通報と曖昧に誤魔化していたし、俺は事前に米花中央病院と聞いていたがあの女の占いによるものなのか。
「それにしても松田も命を救われているのか。その様子だと萩原もか」
「ああ、一番最初はハギだ」
だから二人とも死神のカードに動揺していたのか。それだとしても偶然という事はないのか?適当に言った事が当たってそこからスピリチュアル系の詐欺に嵌ることも多い。
「納得は出来てないし、アイツの人間性には一切の信頼は置けないがだ。アイツの占い、いや予言はマジだぜ班長」
「子供の頃からアイツは何かが見えていた。知らない筈のことも知っていたし未来の不幸を言い当てたりしていた」
「その割には厳しい評価だな」
松田はあの女占い師の能力を信じているらしい。俺より付き合いが長い以上そう感じる経験も多かったのだろう。一方で能力以外には結構辛辣な評価だ。
「当たり前だろ。アイツの嫌世的な眼も気に食わないが一番は攻撃性と自己本位性だ」
「班長、気づいてたか?アイツはあそこで班長が10万払ってなけりゃ班長もだがアンタの奥さんも見殺しにする気だったんだぞ。アイツは自分に悪意を向けた人間に対して冷酷だしその敗北感を与えるために救える可能性を放棄する。そういう奴だ」
松田の言葉に腑に落ちる。俺がアイツを恩人と認めたくない理由はたぶんその部分だろう。アイツは俺の返答次第でナタリーを見殺しにする気だった。そこにたどり着くとだんだん腹が立ってくるが、しかしこの怒りをあの女占い師に向けたところでなんの意味もない。
思わずため息が漏れる。あの女に怒りを向けるのは助けられた手前筋違いだ。しかしこの釈然としないやり場のない気持ちはなかなか処理できそうにない。
「あまり好きになれないな」
「班長もそう思うよな。俺もそう思うわ」
「俺もアイツは気に入らねえところも多いけど、俺らより余計なものが見えちまっているっていうのは案外大変なのかもしれねーな」
松田の言葉に煙草を吹かせながら考える。10万を要求してきた時の顔と渡した後の顔が思いだされる。
⋯⋯嫌な女だ。
「やっと見つけたわよ」
「⋯⋯ごきげんよう、ナタリーさん。ご壮健で何よりだわ」
「それで、今日は占いを外したポンコツ占い師にクレームかしら」
営業中、私を見つけるや否やずんずんと近づいてくる女性が一人。
こういう事は度々経験がある。当たるとそれなりに評判でありそうやって期待されるからか、ままならないことを私のせいにしたいからなのかこういうトラブルは起きがちである。天気予報じゃないんだし占いが当たらないことにクレームを入れるのはどんな暇人よと適当に聞き流してながら、その人の近い未来の不幸でも見ながら留飲を下げてやり過ごしているけど。
「なんで招待状返してくれないのよ」
「⋯⋯本気かしら?あれ、私への当てつけじゃなかったの」
ナタリーさんの言葉にあっけにとられる。いや私は招待されるほどの間柄でもないし、あれは完全に当てつけだと思っていた。『あんな占いされたけど私達幸せになります。性悪占い師は幸せな私達の姿見て嫌な気になってね』じゃないのか。
そんな風に言えばナタリーさんは頭を抱える。そしてジトっとした目を向けられる。
「⋯⋯ワタルから聞いたけど性格悪いわね貴女」
「否定はあまりしないけど関係値の薄い相手を結婚式に誘おうとしてる最中に吐く言葉ではないわね」
「それで私達の恩人は来てくれるのかしら」
「いや行かないわよ。ワタルさん刑事でしょ。私緊張しちゃうもの」
私の回答にナタリーさんはえーと言う。いやなんでたった一回占っただけの人の結婚式に行かなければならないのか?しかも私のメリットは薄い。しかもたくさんの刑事に目を付けられるなんてデメリットでしかない。
「貴方のおかげでワタルも決心してくれたのよ。キューピッドの貴女にも来てほしいわ」
「お祝儀って高いのよ」
「ワタルから10万も巻き上げたくせに」
「それは適正価格よ。自分の運命を変えてるんだからむしろ良心的じゃなくて?」
冗談めかしてそういえばナタリーさんは10万の事を出してくる。しかしあれは適正価格だし何ならお値打ち価格だ。死の運命を乗り越えてるんだから本来その10倍請求してもいいくらいだ。
「それにワタルさんに会ったら今度こそ殺されるから遠慮しとくわ」
「そんなこと言わずに祝ってほしいけど」
⋯⋯つまり祝福してほしいんだな。適当におだててペテンに撒けば引き下がるだろう。
「なら祝福してあげるわよ。特別にロハで視てあげるわ」
そう言ってカードを並べる。捲るのはあの日彼女が引かなかった女帝のカード。
「今のあなたにはぴったりなカードよ。安心してワタルさんと結婚なさい」
女帝は収穫や繁栄といった意味もあるけど最もメジャーなのは結婚、そして出産だ。マリッジを控える女性にはこれ以上ないカードだ。彼女には輝かしい未来がある。安心して次のステップに進んでほしい。
「⋯⋯これで誤魔化されてあげるわ。本当にありがとう」
⋯⋯慣れない。それは私が性悪だからというのもある。ワタルさんの返答次第では私は彼女を見殺しにしたという負い目もある。それ以上に無邪気に輝いて見える彼女が、彼女の視界の先に広がる彩り鮮やかであろう世界を感じれることが
眩しく、羨ましく、妬ましく。そう感じることに苦しくなる。
「ええ。もうこんなところに来ない方がいいわよ」
ここに居るのは迷い人だけなのだから。