呪術廻戦『懐玉・玉折・玉消』   作:神切優羽

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壊玉編
第1話:欠落の肖像


2018年

東京都立呪術高等専門学校、医務室。

 

「……おかしいわね」

 

家入硝子は、指先に挟んだ煙草の灰を落とし、デスクに広げた複数の写真を凝視した。

 

2006年。まだ若く、青臭い自信と全能感に溢れていた頃の自分たちの写真だ。

 

一人は、今や「最強」の名を独り占めにする五条悟。

一人は、呪詛師として処刑されたはずの夏油傑。

そして、端で気だるげにピースサインを作る自分。

 

個人個人の写真はある。

だけど、全員で写った集合写真が無いのだ。

 

ふと一枚の写真に目が行く。

五条と夏油がふざけ合っている写真だ。

 

その写真を持ち上げて気づく。

写真の端に誰かいる。

腕だけが少しだけ写りこんだ写真。

そこに違和感を感じる。

 

「……私たちは、四人組だった…?」

 

思い出そうとすればするほど、思考の海に霧が立ち込める。 その霧の向こう側で、誰かが優しく微笑んでいるような、そんな温かい気配だけが、硝子の胸に棘のように刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

2006年。

セミの鳴き声がうるさいほどに降り注ぐ、高専のグラウンド。

 

「摂(せつな)! 今のナシ! もう一回だ!」

 

五条悟が額に汗を浮かべ、珍しく声を荒らげていた。

その視線の先には、一人の青年が立っている。

高専の制服を第一ボタンまで几帳面に留め、艶やかなチョコレートブラウンの髪を揺らしながら、彼は薄いフレームの丸眼鏡を指先で直した。

 

宵町摂。

彼は、呪力で具現化した奇妙な形状の刀――音叉のように二股に分かれた『空音(そらね)』をプラプラ揺らしながら、穏やかな笑みを湛えていた。

 

「悟、もう三回目だよ。僕の『空音』が鳴った時点で、君の負けだ。認めなよ」

 

「納得いかねーんだよ! 六眼(これ)で視てても、お前の呪力の動きは捉え切れてんのに、なんで最後の一撃でスカされる? 空間ごと捻じ曲げてんのか?」

 

悟の背後から、夏油傑が呆れたように溜息をついて歩み寄る。

 

「悟、みっともないよ。摂の術式は『認識の支配』だと言っただろう。君が『当たった』と思った瞬間、摂は既にそこにいない。君の脳が『そこに摂がいる』という嘘を掴まされているんだ」

 

「傑の言う通りだよ」

 

摂は眼鏡の奥の瞳を細め、慈しむような視線を二人へ向けた。

 

「僕の呪力は声が大きいだけさ。君たちが『右』だと思っていても、僕がそれを上回る声量(出力)で『左だ』と世界に叫べば、君たちの脳はそれを信じてしまう。ただそれだけのことだよ」

 

「……その『ただそれだけ』が、一番タチ悪いんだっての」

 

悟は毒気を抜かれたように地面に座り込んだ。

六眼は万物を見通すが、情報を処理するのは「脳」だ。

摂の呪力は、その処理過程に直接割り込み、圧倒的なノイズで情報を書き換える。

「最強の瞳」にすら、強制的に嘘を信じ込ませる暴力的な物量。

 

「さて、組手はおしまい。今日は午後から任務だ。お昼を食べてすぐに向かおう」

 

摂がそう言って歩き出すと、虹色に光る『空音』の刀身が陽光を反射し、シャボン玉のような淡い輝きを放った。

その輝きに見惚れていた悟が、ふと尋ねる。

 

「なぁ摂。その刀さ……。チカチカ光るし、変な音出すし。それさえなきゃ、お前の術式って発動できないんじゃねーの? 弱点、丸出しじゃん」

 

摂は足を止め、振り返った。

逆光の中で、彼の表情は読み取れない。ただ、その柔和な声だけが、二人の鼓膜に心地よく響いた。

 

「そうなんだよ。まったく不便だね。この音が届かない相手には、僕の言葉(術式)は届かないんだから。……だから悟、あまり僕を一人にしないでくれよ。……怖いからね」

 

「怖い訳ないだろう?私たちは最強なんだから」

 

傑が摂の肩に手を置く。摂は少しだけ驚いたように目を見開き、それからいっそう深く微笑んだ。

 

「ありがとう、傑。……そうだね。僕たちは最強だ」

 

 

 

昼食を食べ終えた四人は任務で廃墟となった巨大な物流工場に来ていた。

 

「宵町、その眼鏡。伊達なんだろ? 任務中、邪魔じゃないの?」

硝子が訊ねる。

 

「カッコいいからね。それに、世界が少しだけ歪んで見える方が、僕には都合がいいんだ」

 

「変な奴。五条と同レベルのナルシストだな」

 

「心外だね。悟のは自信家、僕のは……そう、単なる演出だよ」

 

摂はそう言って、眼鏡を外してレンズを拭いた。

 

「さて、今回の任務は一級と準一級が一体ずつだっけ、どうする?」

 

「さくっと終わらせるために二手にわかれない?」

 

摂の問いに悟が答える。

 

「じゃあ、悟と硝子、私と摂のペアにしようか」

 

「「「異議なし」」」

 

傑が提案し全員が了承する。

 

「じゃ、俺たちこっち行くわ」

 

「じゃあ、僕たちはこっちだね」

 

それぞれ別の方向に移動する。

 

「先に祓った方の勝ちなー」

 

そう言い残し、悟が走って消えていく。

 

「じゃあ、私たちも急ごうか」

 

傑と摂も走り始める。

 

「いつも通り僕が術式をかけたら傑が取り込んでよ」

 

「おーけー。摂がいると呪霊を取り込むのが楽で助かるよ」

 

夏油傑の術式『呪霊操術』は文字通り呪霊を操る術式だ。

本来は呪霊を弱らせてから取り込む必要があるが、宵町摂の術式『遍虚呪法』による催眠で無抵抗に調伏できる最恐のコンボが完成する。

 

いくつかの曲がり角を曲がり、奥の部屋にたどり着いた。

そこにはいくつもの死体が丸めあげられたような塊の呪霊が宙に浮いていた。

 

「ここで事故で亡くなった人たちの霊が集まってできた呪霊かな?いくよ?『空音』」

 

摂が空中で何かを引き抜く動作をすると手には二股に分かれた音叉のような形状の刀が握られていた。

 

「すぐに楽にしてあげよう」

 

摂はそう言うと虹色に光る空音の刃で壁を叩く。

 

コ───ン──…。

 

という甲高い音が部屋に鳴り響く。

呪霊は何かを叫びながら突っ込んでくるが…。

 

積み上げられた段ボールに突っ込み雄たけびを上げる。

 

「段ボールの山が僕たちに見えているようだね。君はもう僕の催眠下にある」

 

摂が空音を構えて呪霊に向かう。

 

「あとは直接刺して『僕たちは味方だ』という催眠をかければお終い」

 

階級の高い呪霊と言えども宵町摂の術式にかかれば赤子の手を捻るより簡単な任務になる。

 

こうして今回の任務も問題なく完了するのであった。

 

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