呪術廻戦『懐玉・玉折・玉消』   作:神切優羽

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投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。
仕事と体調不良で中々動けませんでした。

引き続き、誤字脱字やキャラのブレや印象に違和感を感じたら書き直しますので教えてください。

よろしくお願いします。


第13話:悟VS摂

「……答え合わせと行こうか、悟」

 

言葉の終わりと同時に、摂の手元にある具現化刀『空音』が微かに揺らぎ、澄んだ高周波の振動波が全方位へと拡散された。

直後、五条悟の全身から解き放たれた『無下限呪術』の凄まじい重力圧力が、古びた資料室の空間そのものを内側から崩壊させ始める。

 

限界を迎えた壁に網の目のような亀裂が走り、天井の巨大な木製梁が激しい悲鳴を上げて瓦礫となって降り注ぐ。だが、摂はその狂暴な破壊の渦の中でも一切の揺らぎを見せなかった。

 

『空音』の二股の刃を滑らかに一閃。高周波の音響衝撃を放つことで、自身に迫る無下限の重力波と瓦礫の運動エネルギーを物理的に相殺し、最小限の跳躍で死角へと逃れる。

 

摂は崩れ落ちる天井の隙間を滑るようにすり抜き、資料室の窓ガラスを砕いて屋外へと躍り出た。

追って外へと飛び出してきた悟が、夕闇に染まる高専敷地の中央広場へと着地する。

 

赤黒い西日に照らされた石畳の上。摂は静かに立ち止まり、ゆっくりと右手を顔に添えた。

そして、高専に入学した頃からずっと掛け続けていた黒縁の伊達眼鏡を、指先で静かに外した。

 

「……実はね、悟。高専に入ったばかりの頃、君のその『六眼』に少しだけ嫉妬し、憧れていたんだ。多すぎる情報を制御するためにサングラスを必要とするほどの圧倒的な才能……その見た目だけでも君に追いつきたくて、世界を正しく捉えるためのフィルターとして、この眼鏡をかけ始めた」

 

西日に照らされた摂の素顔。眼鏡の奥に隠されていたその瞳には、かつての少年の面影はなく、ただ氷のように冷たく澄み切っていた。

摂は静かにその眼鏡を胸ポケットへと手繰り寄せる。

 

「でも――もう要らないな。僕の目には、君すら見えていない構造(システム)の完成形が、眼鏡などなくとも完璧に見えているからね」

 

「……憧れてた、ねえ。ずいぶんな思い出話じゃねえか」

 

悟はサングラスの奥の『六眼』を鋭く細め、地鳴りのような低い声で呟いた。

 

「けどな、摂。どれだけ賢ぶってシステムを騙ったところで、お前のやってることはただの狂気だ」

 

「狂気で結構だ。世界を救うのは情緒ではなく、機能するかどうかだからね」

 

摂の手元で『空音』が閃き、夕闇の空間を切り裂いた。

次の瞬間、高専の広場を舞台に、二人の『最強』と『理』による死闘の幕が上がった。

 

◇

 

『空音』から放たれたのは、刀身による直接的な物理攻撃ではない。

『遍虚呪法』の媒体となった高周波の音波振動と、視覚を揺さぶる虹色の光条――五感を伝って相手の脳内へと直接侵入する情報型の攻撃だった。

 

悟の『不可侵(無限)』は、一定以上の質量や有害な呪力攻撃を自動で判別し、遮断する。

だが、摂の放つ音と光は物質として攻撃の意志を持たず、ただ空間に「現象」として充満する。

 

(音波の微振動……それに目眩を誘導する光線。物理遮断を透過して、視覚と聴覚から脳へ直接ノイズを流し込んでやがる……!)

 

悟の脳内で、凄まじい精度を誇る『六眼』がフル回転を開始する。

しかし、六眼はその圧倒的な情報処理能力ゆえに、摂が意図的に乱反射させた「解読不能な過剰情報」までも過敏に拾い集めてしまった。

 

ズキリ、と悟の眉間に鋭い痛みが走る。

以前、この男に脳の処理落ちを誘発された時の感覚が蘇る。悟は即座に脳の呪力防壁を強化し、警戒レベルを極限まで引き上げた。

 

(くそっ……また六眼の処理領域に過負荷をかけて、『不可侵』の全自動展開にラグを作らせる気か……!)

 

「気づいたかい、悟。君のその完璧な『目』こそが、僕のノイズを最も効率よく受信するアンテナなんだ」

 

摂は一瞬の隙も見逃さず、広場の石畳を爆発的な踏み込みで砕いて肉薄した。

『不可侵』の展開が一瞬だけ遅れたその刹那、摂は具現化刀『空音』を低く構え、悟の超至近距離へと飛び込む。

 

「二度も同じ手にかかるかよ、摂……!」

 

悟は脳を突き刺す激痛を力任せにねじ伏せ、右手を掲げた。

 

「術式順転――『蒼』!!」

 

悟の掌の前に生まれたのは、空間そのものを極小の一点へと強引に圧縮する蒼い球体。

強烈な吸引力が生じ、摂の体術の軌道を強引に捻じ曲げる。

 

広場に根を張っていた巨木が根こそぎ引き抜かれて『蒼』の引力へと吸い込まれ、一瞬で圧壊して木っ端微塵に破砕された。

摂は呪力で肉体を強化しながら地面を滑るように後退するが、悟の追撃は留まることを知らない。

 

「逃がすかよ!!」

 

悟の手から放たれるのは、単発の攻撃ではない。

空間の位相を捻じ曲げる『蒼』の連続生成。

 

広場の石畳が次々と崩落し、重力波の余波で空気そのものが歪んでいく。

右から、左から、背後から。迫り来る『蒼』の引力場に対し、摂は『空音』を高速で振り抜き、簡易的な呪力砲を放つことで直接の衝突を最小限に抑え込む。

 

空間が歪み、石片が散弾のように弾け飛ぶ超高密度の領域。

摂の演算力はフル回転していた。悟の呪力消費、発動までのフレーム数、引力の中心点の座標――それらすべてをコンマミリ秒単位で計算し、死線の糸を縫うように回避を続ける。

 

だが、五条悟という男の規格外さは、その程度の計算を容易く踏みつぶす。

 

「ハッ……見切った気になってんじゃねえよ!」

 

悟の瞳が凄絶に光った。

連続する『蒼』の引力によって引き寄せられた広場の瓦礫群――それを盾にして死角を作った摂の目の前に、一瞬で悟が空間跳躍で出現する。

 

悟の左手に、禍々しいほどの赤い輝きが宿る。

 

「――術式反転『赫』!!」

 

無限の『発散』を放つ極大の衝撃波。

赤い光柱が広場を突き、大気が焼き尽くされる。摂は即座に『空音』を交差させ、自身の持つ暴力的な質量の呪力を防壁として集約させた。

 

極大の発散エネルギーと、圧倒的な密度の呪力防壁が激突する。

衝撃波が高専の古い校舎の壁面を削り取り、背後の山林へと突き抜けた。

 

「……ッ!」

 

摂は全身の呪力を限界まで引き上げることで『赫』のエネルギーを正面からねじ伏せ、直撃だけは防ぎ切ってみせた。だが、受け止めきれなかった圧力を前に皮膚が裂け、腕や肩から鮮血が吹き出す。肋骨が数本嫌な音を立ててきしんでいた。

 

だが――五条悟はその程度で攻撃の手を緩めはしない。

 

「防ぎ切ったか……! だが、次はどうする!」

 

『赫』の旋風が収まりきるより早く、悟は完全に死角へと回り込んでいた。

術式の発動直後とは思えない規格外の初動速度。悟の全呪力を纏った重厚な前蹴りが、無防備となった摂の胸元へと一直線に叩き込まれる。

 

みしり、と骨が砕ける鋭い感覚とともに、重体となった摂の身体は呼吸を奪われ、その強烈な衝撃で手から具現化刀『空音』が強烈に弾き飛ばされた。

 

『空音』は空中を幾重にも旋回しながら放物線を描き、離れた石畳へと突き刺さる。そして、受け止めきれなかった『赫』の余波と衝撃の不協和音に耐えかねたように、甲高い音を立てて木っ端微塵に砕け散った。

 

「……ッ、これで終わりだ、摂!」

 

触媒であり、ハッキングの要であった具現化刀の喪失。

丸腰となり、血を吐いて石畳に倒れ込む摂を見て、勝利を確信した悟が一瞬で間合いを詰め、その腕を拘束しようと手を伸ばす。

 

だが――転がり倒れた摂の瞳には、一切の動揺も、焦りすらも存在しなかった。

 

口端から血を流しながらも、摂の表情には冷酷なまでの平穏が戻っていた。

 

「……勘違いするなよ、悟」

 

「な……!?」

 

摂は踏み込んできた悟の動作を完全に予見していたかのように、静かに右手の指先を立て、悟の額へとそっと触れさせた。

 

「『空音』はただの触媒だ。僕の『遍虚呪法』は、刀などなくても僕の声、仕草のみでも成立する。……こんな時のために、君たちを騙し続けてきた甲斐があったよ」

 

「くそっ……警戒して……ガードを固めてたハズなのに……ッ!!」

 

悟のサングラスの奥で、蒼い『六眼』が苦痛と焦燥に見開かれた。

 

前回の苦い記憶があるからこそ、悟は脳内に幾重もの呪力防壁を張り、警戒を固めていた。

しかし、摂の言葉、指先の接触、そしてこれまでの激闘の中で五感に刻み込まれていたすべての仕草が、悟の張り巡らせた防壁の「隙間」を縫って、内部から直接コードを書き換えていく。

 

――静寂。

 

音すら聞こえない精神の深淵で、悟の脳内プログラムが凄絶な速度で侵食されていく。

 

「が……あ……!?」

 

悟の全身から『無下限』の呪力が急速に消失し、霧散していく。

六眼の光が急速に濁り、あらゆる思考、運動神経、術式の制御が、摂の流し込んだ膨大なハッキングコードによって遮断されていく。

 

「……終わりだ、最強」

 

摂は額から指先を静かに離すと、氷の瞳で見下ろした。

かつて誰も立ち入れなかった『最強の男』五条悟が、その場に棒立ちのまま、光の消えた瞳でピタリと動きを止めていた。

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