呪術廻戦『懐玉・玉折・玉消』   作:神切優羽

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それでも読んでくださっている皆様ありがとうございます!!

引き続き表現の違和感や誤字脱字等ありましたら教えていただけると幸いです!!


第4話:星に捧ぐ、束の間の楽園

「「めんそーれ!!」」

 

突き抜けるような青空と、どこまでも透明な海。沖縄の強い陽射しが、視界を真っ白に焼き尽くさんばかりに降り注いでいた。

 

 

 

黒井さんが拉致された。

 

その報告を受けた摂は悟、傑、理子ちゃんと合流し、今後の動きを話し合った。

傑から天内理子に懸賞金がかけられている。という情報が共有されたがどうやら黒井さんを拉致した犯人は盤星教らしい。

悟から人質交換という可能性の話が出た時に摂は三人に一つの作戦を提案した。

 

『盤星教は非術師の集団だ。僕が最大出力で術式を展開し、周囲の人間に「五条悟が天内理子に見える」催眠をかける。人質交換に応じた後に悟。暴れちゃってよ』

 

結果として、作戦は完璧に嵌まった。人質交換の場所の指定が沖縄という一点のみ少し不意を突かれたが、何とか沖縄に到着。

盤星教の信者たちは人質交換に応じる摂たちに何の疑問を持つことなく人質交換は完了。

黒井さんを奪還し、数分後。彼らが天内理子だと思い込んでいた白髪の少年が、突如として暴れだす。

非術師の集団が、最強である悟を前に手も足も出るはずがなく、黒井さんはもとより悟も無事に戻ってきた。

 

 

 

そうして始まった、予定外の沖縄滞在。

「ゆとり極まれり」と文句を言っていたはずの悟は、理子ちゃんと共に誰よりも早く海へ飛び込み、摂はそれを見て呆れたように笑っている。

 

「摂! お前も早く来いよ! 眼鏡流されんなよ!」

「僕は遠慮しておくよ、悟。周囲の警戒もしておきたいしね」

 

砂浜のパラソルの下、摂は丸眼鏡を指先で直しながら、手元のアイスコーヒーを一口飲む。

隣では、黒井さんと傑の反省会が始まっていた。

 

「まさか盤星教の信者…。非術師にやられるとは、自分が情けない……本当に、申し訳ございません……」

 

「不意打ちなら仕方ないですよ。私の責任でもある」

 

傑はパラソルの影に座り、穏やかに、だがどこか苦い笑みを浮かべて首を振った。

 

「僕も黒井さんを一人にさせてしまったからね。僕のミスでもある」

 

摂もその反省会に参加した。

 

「いえ、それでも…」

 

と黒井さんは謝罪の言葉を続けようとしたが、摂がそれを遮る。

 

「全員反省しているという事で、この話はお終い。理子ちゃんのために、これからは明るくいこう」

 

摂の提案に、重苦しかった二人の表情にも、ようやく柔らかな笑顔が戻った。

 

「それにしても……」

 

傑が手元のアイスコーヒーのグラスを揺らし、カランと涼しげな音を立てる。その視線は、遠くで理子ちゃんと波打ち際を走っている悟の背中に向けられていた。

 

「盤星教が、なぜ人質交換の場所にわざわざ『沖縄』を指定してきたのか気になります」

 

「うん、僕もそこが引っかかっているんだ」

 

摂は丸眼鏡を指先で押し上げ、海の眩しさに目を細めた。

 

「おそらく、時間稼ぎが目的かな。理子ちゃんをどうにかできなくても明日の満月の夜に間に合わないようにするためのね」

 

「……そうなると、空港が占拠される可能性もあるのでは?」

 

黒井がハッとしたように二人を見つめる。

 

「可能性としては十分にあるね。でも、その件は大丈夫。僕の術式で認識は誤認させられるし、空港には後輩の七海や灰原がバックアップに来てくれたからね。高専には戻れると思うよ」

 

摂は穏やかに微笑み、アイスコーヒーを最後の一口まで飲み干した。

 

「さて。東京に戻れば、嫌でもまたあの重苦しい高専の結界の中だ。理子ちゃんには、ここでの滞在時間を精一杯楽しんでもらおう。……僕たちが、その『日常』のすべてを守り切ればいいだけの話だからね」

 

そう言って立ち上がる摂の横顔には、最強の一角としての揺るぎない自信と、身内を想う確かな優しさが満ちていた。

 

海辺を見ると悟と理子ちゃんがナマコを持って遊んでいた。

 

「傑。東京に戻るのを明日にしようと思うんだけど、どう思う?」

 

「それは…」

 

摂の突飛とも言える提案に、傑が少し眉をひそめて考え込む。

 

「高専に戻るのが一番安全なのは確かだ。だが……」

 

「うん。理子ちゃんの要望にはすべて応えろ、というのが天元様からのオーダーだからね。少しでも長く、彼女に『自由な時間』をあげたいんだ。……ただ」

 

摂は眼鏡を指先でクイと押し上げ、遠くの二人を見つめた。

 

「……悟が昨日から一度も術式を切っていない。滞在の延長は悟の了承を得られたらの話にはなるね」

 

傑が浜辺に向かって両手をメガホンのように構える。

 

「悟ー! ちょっとこっちに来てくれないか?」

 

「あ? なんだよ傑ー!」

 

悟がナマコを片手に、理子ちゃんと競うようにして砂浜を駆けて戻ってきた。

 

「なんだよ、お前らも海入れって。気持ちいいぞ」

 

「僕は遠慮しておくよ。それより悟、提案なんだけど」

 

摂は穏やかに微笑みながら、二人の顔を見つめた。

 

「東京に帰るのを、明日に延ばしたいんだけど、大丈夫?」

 

「ハァ!? お前、任務をなんだと思って……」

 

一瞬、生真面目な顔をしようとした悟だったが、摂の丸眼鏡の奥にある「意図」を察したのか、サングラスを少し下げてニヤリと笑った。

 

「……へぇ。お前がそういう甘いこと言うの、珍しいじゃん」

 

「甘いんじゃないさ。理子ちゃんに、まだ見せたい景色があるだけだよ」

 

摂の言葉に、理子ちゃんがパッと表情を輝かせる。

 

「本当か!? 妾、まだ行きたいところがあるのじゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

天内理子の要望により五人は美ら海水族館に来ていた。

広大なホールは青く澄んだ光に満ちていた。

 

巨大なアクリルパネルの向こう側を、ジンベエザメが悠然と泳いでいく。無数の魚たちが光の粉のようにきらめきながら群れをなすその景色は、まるで世界の底に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせた。

 

「すごいのじゃ……! まるで海の中にいるみたいじゃ!」

 

理子ちゃんがガラスにピタリと張り付き、子供のように瞳を輝かせている。そのすぐ後ろでは、黒井さんが嬉しそうに、けれどどこか名残惜しそうに彼女を見守っていた。

 

「綺麗だね、傑」

 

摂は銀縁の丸眼鏡を指先で少し押し上げ、青く染まる水槽を静かに見つめた。

 

「ああ。高専の暗い地下にいるよりは、ずっといい。……彼女をここに連れてきて正解だったよ」

 

傑が穏やかに微笑む。その隣では、悟がサングラスを頭に引っ掛け、退屈そうにしながらも、理子ちゃんが「黒井! あれを見よ!」と指差す魚を律儀に目で追っていた。

 

「ねえ、理子ちゃん」

 

摂が一歩前に出て、ガラス越しにジンベエザメを見上げる彼女の隣に並んだ。

 

「この魚たちはね、どれだけ広い水槽にいても、本当の海の広さを知ることはないんだ。……でも、ここにいる間だけは、誰に脅かされることもなく、ただ綺麗な水の中で生きていられる」

 

摂の言葉に、理子ちゃんがふと振り返り、その大きな瞳で摂を見つめた。

強がりと我が儘の奥に隠された、彼女自身の「諦め」を、摂は正確に感じ取っていた。彼女は自分が『星漿体』として消える運命を受け入れようとしている。

 

「……摂。妾はな、自分が特別だと思っておった。天元様と同化することは名誉なのだと。……でも、本当は少しだけ、怖かったのじゃ」

 

理子ちゃんは小さく、誰にも聞こえないような声で呟いた。ガラスに触れる彼女の指先が、微かに震えている。

 

「知っているよ」

 

摂は優しく、だがどこまでも真っ直ぐに彼女の視線を受け止めた。

 

「怖いのは当たり前さ。君は特別だけど、それ以前にただの女の子だからね。……だから、君が望むなら…。君が消えるその瞬間まで、僕の術式で、君の周りだけは完璧に美しい『嘘』の楽園にしてあげるよ」

 

「……嘘の、楽園?」

 

「そう。君が傷つくことも、怯えることもない、世界で一番安全な箱庭さ。どうだい?」

 

摂がいつものように穏やかに微笑むと、理子ちゃんは一瞬呆気に取られたように目を丸くし、それから本当に嬉しそうに、ふにゃりと笑った。

 

「ありがとう…。でも、大丈夫なのじゃ!最後まで自分の目で世界を見ておきたいのじゃ!」

 

その言葉、表情は強がっているようには見えなかった。

 

「ふん、胡散臭い男じゃと思っておったが……お前は案外、優しいのじゃな!」

 

「はは、それ、悟たちの前では言わないでね。またからかわれるから」

 

摂が苦笑いした瞬間、後ろから「おーい! 摂、理子! そっちにすげぇ不細工な深海魚いるぞ!」と悟の容赦ない声が響いた。

 

「どれじゃ!」

 

理子ちゃんがすぐにいつもの調子を取り戻し、悟の方へと駆けていく。

 

水族館の青い光の中で、摂は自分の能力に対する絶対の自信を深めていた。悟の無下限、傑の呪霊操術、そして自分の遍虚呪法。この三人さえいれば、どんな理不尽な現実からも、この平穏を守り切れる。

 

そう確信していた。

 

 

 

 

楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、摂たちは東京へと帰還した。

 

高専の結界内。敷地へ一歩足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。

 

「あー……! やっと戻った。マジで疲れたわ」

 

悟が術式を解除し、大きく伸びをする。二日間、一睡もせずに術式を出しっぱなしだったのだ。最強とはいえ、その脳と精神には確実に限界以上の疲労が蓄積している。

 

「お疲れ様、悟。これで任務完了だね」

 

傑が安堵の笑みを浮かべ、理子ちゃんと黒井さんも肩の力を抜いた。

 

摂もまた、護衛のために発動していた術式を解き、眼鏡の位置を直そうとした——その、一瞬の隙。

 

ドスッ。

 

肉を貫く、ひどく無機質な音が静寂を切り裂いた。

 

「——————え?」

 

理子ちゃんが短い悲鳴を上げる。

目の前で、悟の背中から胸元にかけて、巨大な刃が突き出されていた。鮮血が、高専の乾いたコンクリートの床を鮮やかに赤く染めていく。

 

「……悟!?」

 

傑が叫ぶ。

 

悟の背後に立っていたのは、小汚い半袖のシャツを着て、口元に傷のある、妙に体格の良い男だった。

呪力を、気配を、世界への影響を全く感じさせない。まるでただの『石ころ』がそこに落ちているかのような男が、悪びれもせず、歪んだ笑みを浮かべながら悟に刀を突き刺していた。

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