呪術廻戦『懐玉・玉折・玉消』   作:神切優羽

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キャラがブレている気がしたので書き直しました。
どちらが良いと思いますか?


第6話:歪んだ平穏(改訂版)

あの凄惨な夏が、無理やり幕を引かれてから数ヶ月。

季節は、容赦なく秋へと移り変わっていた。

 

高専の裏山から吹き下ろす風は少しずつ冷たさを帯び、道場の周りには、黄金色の落ち葉が静かに積もり始めている。

 

「——そこだ、摂!」

 

五条悟の鋭い声と同時に、凄まじい風圧が摂の顔をかすめた。

術式を完全にオフにした、純粋な肉体同士の近接格闘訓練。甚爾に肉体を踏み抜かれ、己のフィジカルの脆弱さを痛感した摂が、二人に頼み込んで始めたものだった。

 

「くっ……!」

 

摂は鍛え直したステップで悟の右ストレートを紙一重でかわし、カウンターの掌打を放つ。だが、術式を使わずとも、悟の身体能力は天性の化け物だ。容易く捌かれ、逆に足払いを喰らって摂の身体が畳に転がった。

 

「ふぅ……。やっぱり、素の反応速度じゃまだ悟には届かないか」

 

「いや、マジで数ヶ月前とは別人の動きだけどな。摂、お前ちょっと執念が怖えよ」

 

悟が白い髪を乱暴に掻きながら、感心したように笑う。

摂は汗を拭いながら、道場の壁際に立つもう一人の親友へと視線を向けた。

 

「傑。……次は、予定通り剣術の訓練を頼めるかい」

 

「ああ、いいよ。——出ておいで」

 

夏油傑が穏やかな笑みを浮かべ、呪霊を取り出す。現れたのは、無数の触手を鋭い刃のように変形させる、近接特化型の呪霊だった。

摂が剣術を磨くため、傑は嫌な顔一つせず、何度もこうして訓練に付き合ってくれていた。

 

「いくよ、摂」

 

傑の合図と共に、呪霊の刃が死角から摂の首筋へと肉薄する。

摂は具現化した『空音』の刃でそれを弾き、火花を散らしながら懐へと踏み込んだ。

 

(もっと早く。もっと正確に。あの男の、甚爾の速度をこの肉体に覚え込ませるんだ)

 

三人での狂ったような特訓の日々。

その時間は確かに充実していたし、自分たちは変わらず「三人で最強」のままでいられると、摂は信じたかった。

 

——だが、季節の歩みと共に、世界の歪みは静かに進行していた。

 

十一月。

蝉の時雨が完全に途絶えた高専の敷地は、どこか寂しげな静寂に包まれていた。

青かった空は高く冷たい秋の空へと変わり、グラウンドの向こうを揺らしていた陽炎の代わりに、冷たい風が枯れ葉を巻き上げている。

 

すべては、不気味なほど「いつも通り」に回っていた。

 

天内理子が死んだ。星漿体としての同化は失敗に終わり、呪術界の根幹を揺るがすはずの大事件が起きた。それなのに、時計の針は何の引っかかりもなく、平然と次の秒を刻み続けている。

 

「……おかしいな」

 

自室の机で資料をめくりながら、摂は静かに呟いた。

眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、自身の思考が弾き出す「世界の帳尻」の合わなさに、深い胡散臭さを感じていた。

 

同化の失敗。

高専の上層部が下した決定は、驚くべきことに「現状維持」だった。天元は暴走することもなく、結界が崩壊することもなく、世界は何事もなかったかのように平穏な日常を維持している。

事件そのものが、最初からなかったかのように、綺麗な白い布で覆い隠されていく。

 

摂の眼が、冷たく細められる。

 

(最初から、すべての前提が狂っていたのではないか)

 

天元との同化は、一人の少女の命を強制的に奪ってまで成し遂げなければならない、呪術界の絶対命題だったはずだ。それが失敗したというのに、世界は平気な顔をして回っている。

本当に、あの少女の犠牲は必要だったのか。上層部の老人どもは、ただ自分たちの権力とシステムの維持のために、天内理子という命を都合のいい玩具にしただけではないのか。

 

「このままでは、僕たちも同じだ」

 

この歪んだ仕組みの中にいる限り、現場で血を流す術師は、あの上層部の老人たちに便利な「道具」として利用され、摩耗し、最後は使い捨てられる。それが、この理不尽な盤面から見通せる、最も確実な未来だった。

 

その秋の終わり、五条悟の「特級昇格」が正式に告げられた。

 

あの死闘を経て、反転術式を完全にモノにした悟は、一人で「現代最強の呪術師」へと変貌を遂げていた。

かつて、三人で泥を払いながら道場で笑い合っていたあの秋の日の思い出が、まるで遠い過去の出来事のように感じられる。

 

「じゃ、行ってくるわ。夕方には戻るから、美味いもんでも食いに行こうぜ」

 

一人で任務へと出かけていく悟の背中を見送る。

摂は、隣に立つ夏油傑の横顔を、眼鏡の奥の瞳でそっと観察した。

傑は、いつも通りの穏やかな優等生の笑顔を浮かべている。だが、その笑顔は、顔に張り付けている「嘘」の皮膚のように薄く、今にも引き裂かれそうなほど強張っていた。

最近、傑は目に見えて痩せていた。訓練に付き合ってくれる時の呪霊を出す手元も、どこか頼りない時がある。

 

「傑。……少し、顔色が悪いんじゃないか?」

 

「いや、気のせいさ。少し疲れただけだよ」

 

傑が言葉を発した瞬間、その喉が、何か酷く不味いものを無理やり胃の奥へ押し込むように、微かに震えた。

摂はその異変に気づきながらも、今の彼にかけるべき「正解」が見つからず、ただ沈黙するしかなかった。親友として、彼のプライドを傷つけたくないという配慮が、今はひどくもどかしい。

 

「……そうだね。僕もそろそろ任務の時間だ。行ってくるよ」

 

 

 

 

 

午後。摂が割り当てられた任務は、都内の廃校に現れた一級呪霊の討伐だった。

 

不気味なほど静まり返った旧校舎の廊下。ひび割れた窓ガラスから差し込む西日が、床に積もった埃を赤黒く染め上げ、長く伸びた影を不気味に歪ませている。

前方の教室の引き戸が、内側から軋んだ音を立ててゆっくりと開いた。そこから這い出てきたのは、頭部が完全に欠落した、異様なセーラー服姿の呪霊だった。

 

「見て見ぬふりをした子の目は、いらないよね」

「私を笑ったその顔を、ちょうだい」

 

かつてこの学校で、容姿、特に顔について凄惨な虐めを受け、誰にも助けられずに自殺した生徒がいたという。その悲劇が生んだ都市伝説。「自分を笑った者の頭部を破壊し、見て見ぬふりをした者の目や口を奪い去る」という歪んだ噂が形を成した怨霊。

呪霊の細い指先がピキピキと音を立てて逆方向に折れ曲がり、徹底して摂の「目、口、頭部」を抉り取ろうとする強い殺意が、廊下の空気をじっとりと重くしていく。

 

「——『遍虚呪法』」

 

摂は即座に『空音』の刃を廊下の床へ叩きつけ、独特な不協和音を響かせた。

本来なら、この音を聴かせた時点で敵の認識は摂の支配下に置かれ、天地左右すら分からぬまま無防備に肉体を晒すはずだった。

 

しかし、呪霊は動きを止めるどころか足元から伸びた不気味な影を実体化しながら凄まじい速度で摂の顔面へと突き出してきた。

 

「……ッ!」

 

摂は寸前で頭部を左へ傾けた。

ガキィン! と、背後のコンクリート壁が爆音と共に粉砕され、飛び散った破片が摂の頬をかすめて血を滲ませる。

 

(なるほど。五感という窓口をハナから完全に閉じ、外部からの光や音を魂のレベルで拒絶している。だから僕の術式を流し込む隙間がない。……だが、それだけじゃないな)

 

呪霊は細い腕を前に突き出しながら、廊下全体の影へと呪力を注ぎ込む。

直後、夕日に照らされた窓枠の影、教室内から伸びる机の影、そして摂自身の影までもが、意志を持った大蛇のようにのたうち回り、床から鋭利な「影の槍の雨」となって一斉に突き上がった。

 

前後左右、退路を断つための全方位からの波状攻撃。間合いは中・遠距離。呪霊は摂に近づかせないまま、その頭部を確実にハメ殺す算段だ。

 

死角から肉薄する漆黒の刃に対し、摂は『空音』を構え直した。

 

(引けば、間合いを維持されてジリ貧になる。ならば——)

 

前後左右、退路を断つように殺到する黒い結晶の刃。まるで雨のように迫る刃に対し、摂は『空音』を構え直し一歩、前へ踏み込んだ。

 

脳裏をよぎるのは、この数ヶ月間、道場で血反吐を吐きながら繰り返した特訓の記憶。

五条悟の、術式をオフにしてなお天性の化け物である右ストレート。

夏油傑が、摂の剣術を磨くために容赦なく繰り出してきた近接特化型呪霊の凶刃。

『素の反応速度がまだ足りない』『摂、お前ちょっと執念が怖えよ』と笑いながらも、自分を「怪物」へと引き上げるために付き合ってくれた親友たちの声が、今、摂の体を動かしていた。

 

(この呪霊の術式は、僕の『頭部』を奪うという強い指向性に縛られている。ならば——軌道は比較的読みやすい)

 

視界を埋め尽くすほどに膨れ上がる影の槍。だが、その軌道を、摂はあえて最小限の頭部移動だけでかわしていく。

 

耳元を風圧が裂き、髪の毛が数本切り飛ばされる限界の回避。

そのうち、自身の急所――特に「顔面」へと収束する影の軌道だけを、眼鏡の奥の瞳で冷徹に見切る。

『空音』の刀身が硬質化した影を弾き、甲高い金属音が廊下に鳴り響く。

 

しかし、足元からも容赦なく影の棘が突き上がる。

摂はそれを『空音』で弾くことすらしない。脚部に呪力を極限まで集中させ、迫り来る影の槍を、ただ歩を進めるように、強引に「踏み潰して」粉砕した。

肉体強化による、圧倒的な物理の質量。

 

「ガ、ア、ォオオオ!!」

 

防壁を強引に突破され、完全に想定の間合いの内側へ侵入された呪霊が、初めて焦燥に似た咆哮を上げた。

呪霊の全身から噴き出したどす黒い影が、摂の至近距離で爆発的に膨れ上がる。それは、摂の視界を完全に遮断し、その顔面を頭部ごと文字通り握り潰し、奪い去るための「巨大な影の手のひら」へと変形した。

 

ゼロ距離からの絶対的な一撃。

だが、摂の動きはすでに、呪霊の「殺意の速度」を遙かに凌駕していた。

 

術式ではない。ただ数ヶ月間、二人に付き合ってもらい鍛え上げた近接戦闘。

この経験が呪霊の攻撃を完璧に見切っていた。

 

完全な隙。

呪霊の懐、防壁の裏側。そこには、体勢を1ミリも崩していない宵町摂が、冷徹に佇んでいた。

 

数ヶ月間、傑の出す変則的な呪霊を相手に、何千回、何万回と繰り返した、体幹のブレない完璧な剣術のフォーム。その蓄積が、今、一切の思考を挟まずに肉体を最速で動かす。

 

「終わりだよ」

 

吸い込まれるように放たれた、無駄のない、そして最も鋭い突き。

『空音』の切っ先を呪霊の胸元を深々と貫き、呪力を流し込んだ。

 

一級呪霊の巨躯は、悲鳴を上げることすら許されず、内側から崩壊するように音もなく静かに塵へと還っていった。

 

周囲を満たしていたどす黒い呪力が霧散し、廊下に再び、静かな秋の西光が差し込む。

摂は『空音』を消滅させ、焼け焦げた廊下と、自分の頬から滴り落ちる血を見つめながら、ひどく冷めた声で呟いた。

 

「……美しくないな」

 

 

 

 

 

高専に戻り、いつも通り悟と傑に連れ出されて男三人でラーメンを食った。

胃袋に放り込んだスープの熱さすら、どこか他人事のように遠い。

 

夜、男子寮の自動販売機の前で、摂は一人、手に持った冷えた缶コーラを眺めていた。

 

悟も傑も一人で任務に行くことが増えた。硝子は医務室に籠りきりだ。かつて、狭い教室でくだらない冗談を言い合っていた四人の空間は、バラバラに解体されつつあった。

 

もし、このままこの歪んだ構造が回り続ければ、どうなる。

五条悟という規格外の存在を起点に、高専のパワーバランスは完全に崩壊しつつある。もし、いつか僕や傑が、あの凄惨な戦いの時のように床に転がり、冷たい死体となって戻ってくるようなことがあれば——。

 

 

もし、僕が死ねば。

「最強」になったはずの悟は、自分の隣にいた者をまた救えなかったと、その圧倒的な力を持て余しながら、一生消えない罪悪感に苛まれるだろう。

硝子は、もう見飽きたはずの傷をまた塞ぐことになり、その心に修復不可能な傷を負うだろう。

指の間から砂が零れるように壊れかけている傑は、僕の死という決定打によって、完全に暗闇へと突き落とされるに違いない。

 

———残された仲間たちに、そんな悲しみや罪悪感を与える未来。

それらを未然に防ぐための選択肢は、現時点では一つしか残されていない。

自分が、絶対に死なないことだ。

 

「……上層部の老人どもに、これ以上都合よく使われてたまるか」

 

ぬるくなりかけたコーラを飲み干し、立ち上がる。

今回の戦闘で突きつけられたのは、摂の戦いを否定するイレギュラーの存在だ。数ヶ月の訓練では、その絶望の壁をまだ壊しきれていない。

 

天与呪縛のフィジカルギフテッド、あるいは今回のような感知不能の攻撃。

それらが、摂の認識能力を超えた速度で肉薄してきた時、最後に自分を支えるのは、術式というフィルターを通さない「肉体」そのものの、さらなる絶対的な強度だ。

 

「最強」になった悟の隣に、ただの荷物として居座るつもりはない。

傑が崩れ落ちる前に、その肩を支えられるだけの、圧倒的な強度を持たなければならない。

上層部の不条理な命令を、力ずくで撥ね退けられるだけの本物の『力』が必要だ。

 

秋の夜風が、摂の頬を冷たく撫でた。

摂は眼鏡をかけ直し、上着の襟を合わせると、そのまま静まり返った夜の道場へと歩み出した。

 

まだまだ足りない。この肉体を、あの伏黒甚爾という怪物を、そしてあらゆる不条理を「力」で圧倒できるレベルまで、徹底的に叩き直す。

暗闇の道場で、摂は一人、『空音』を具現化し、その柄を強く握りしめた。

 

あの上層部の盤面をひっくり返し、仲間たちの未来を守り抜く。

そのためには、僕自身が「術式という檻」すらも超えた、完全なる個にならなければならない。

 

それが、歪んだ世界を生き抜くために、何より大切な仲間たちの未来を守るために、導き出した回答だった。




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6話の内容を変更しました。どちらが良いと思いますか?特に反応が無ければ改訂版で続きを書こうと思います。

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