陰キャVtuberな私は隣のギャルスクドルに今日も負かされる 作:あっぷる
「ちっすー! ユッキー、おはよ〜!」
「お、おはよう、ございます……」
朝、自席にやってくると、隣の席の宮下さんに賑やかに挨拶された。
宮下さんは今日も元気だった。私なんかとはまるで元気の単位が違う。私の平時のテンションを10とすると、向こうは300くらいある。
というか同じ人間だとはとても思えない。天から降ってきたんじゃないか。陽キャだけに(意味不明)。
私は鞄を下ろし、机の中に教科書を入れる。
「ねえねえ、ユッキー昨日何時に寝た? アタシ、新学期テンションで全然寝れなくてさー」
「えっと、私は、普通に……11時、くらい」
「えー早いー! アタシ1時すぎだよ、やばくない?」
「えっと……、」
一瞬、相槌の続きが出てこない。
この問いには何て返すのが正解なんだ。「ウェヒヒッ、ヤバいっすね」と共感すればいいのか?
そもそも私も宮下さんと同じテンションまであげないといけないのだろうか。絶対声が裏返ってキモくなる。
(……怖い)
宮下さんが怖い。大げさに聞こえるが、まじで怖い。
明るく屈託なく接してくる人ほど、ある日突然「あ、この子無理」とこちらを切り捨てる。漫画で読んだ。世界はそういうふうにできてる。
だから絆されてはいけない。切り捨てられる前に距離を取る方が安全である。やられたら私は学校に来れなくなる。
教室は戦場、寮の自室と画面の中だけが私の癒しなのである。
「あ、それでさー、今日の体育って何やるんだっけ?」
「えっと……たしか、シャトルラン……」
「うっそ、シャトルラン!? マジでー、新学期早々これかー」
宮下さんが楽しそうに笑う、その横で、私の頬の筋肉は固まっている。
2日目の朝。私はもう、今日の体力を半分削られている。
***
午前の授業はそこそこ平和に過ぎた。
宮下さんは隣の席にいるが、授業中は当然黙っているし、休み時間も前方の友人に呼ばれて教室の真ん中に吸い込まれていく。
一方の私は休み時間は文庫本を盾にして座席に張り付く。
見事な棲み分けである。
もしかして宮下さんに絡まれるのではないかと思っていたがそんなことはなかった。自意識過剰だったかもしれない。......寂しいわけではない。
そして四限終了のチャイム。
昼休みになったので私は鞄から購買で買ったサンドイッチを取り出した。
隣では、すでに宮下さんが田辺さんたち数人と机をくっつけて笑っている。明るい話し声。バレー部がどうとか、来週の休みがどうとか。別世界。
私はそちらを視界に入れないようにして、サンドイッチを一口かじった。
するとふと、視界の端で動きがあった。
明るい色の髪が、こちらに向かって近づいてくる。
近づいてくる。近づいてくる。近づいて——止まった。
私の席の前で。えっ、なんで?
「ユッキー、一人で食べてるのー? こっち来て一緒に食べよーよ!」
「……あ、いえ、私は、ここで」
「えー、いいじゃーん! まゆまゆたちもいるよ!」
宮下さんが、満面の笑みで誘ってくる。
教室の前方を見ると、田辺さんたちがこちらを見ていた。「あ、こっちにどうぞー」みたいな手の振り方。
(……断る理由を、考えろ)
しかし考えろと言われて即座に出てくるなら、私は立派にコミュ障をやっていない。
「あ、えっと……」
「ほらほら、机こっち持ってきてー!」
宮下さんが私の机に手をかけた。
物理的距離が強制的に縮む。
「ほら、こっちこっち!」
宮下さんが私の机を押す。
机が田辺さんたちの島にくっつけられる。即席の四人席が完成する。私は逃げ場を失った状態で、サンドイッチを片手に着席を強いられた。
「渡さん、久しぶりー」
「あ、はい……お久しぶり、です……」
田辺さんが軽く声をかけてくる。隣のショートカットの子も「あ、早坂でーす、よろしくー」と短く挨拶してくれた。
「ユッキーね、前B組だったんだよ!」
宮下さんが私の紹介をしてくれる。
向こうも私の様子を見て、テンポをこちらに合わせてくれる。詰めてくる時はぐいぐい詰めるくせに、私が口籠もると待ってくれる。優しい。故に困る。
「あ、じゃあ麻由と一緒だったんだ」
早坂さんが言う。
田辺さんとは去年同じB組だった。一年間ろくに喋らなかったが、向こうは私を覚えていたらしい。
「そうそう、一緒だったのー。友紀ちゃんとはあんまり喋ベル機会はなかったけどねー」
田辺さんがからっと笑う。
「友紀ちゃん、B組どうだった?」
「あ、まあ、普通でした……」
「黛先生のクラスだよね? 地理おもろいって有名じゃーん」
「そうそう、黛先生の授業は当たりだったよー」
田辺さんが頷く。
「黛先生って厳しかった?」
「いえ、そんなには……」
簡単な受け答えだけして、相槌で流す。
よし。
これは、いい流れだ。
短い返事で受け流せている。
思えば私はこういう薄い相槌の会話なら得意なのだ。相槌は音ゲーに通ずると言われているらしいのでばっちり問題ない。
ふんふん、と相槌の体で頷きながら、サンドイッチの二口目をかじる。
「あ、そうそう、友紀ちゃんって部活とかやってる?」
早坂さんが振ってきた。
「あ、いえ、帰宅部、です」
「うちらバレー部なんだー、放課後忙しくてさー」
「そうなんですね……」
「友紀ちゃんは放課後何してるの?」
きた。深掘りである。深掘りはコミュ障の天敵。
(……当たり障りのないことを言え、当たり障りのないやつを)
「えっと、ゲームとか、します……」
「あー、ゲームかー」
すると、早坂さんがふと言った。
「うちの弟もゲーム好きでさー。最近エタリンばっかやってる。ストーリーがいいってうるさいんだよねー」
え。
Eternal Linkage、私のドストライク。
エタリンは、私が中学生の頃から追いかけている有名なシリーズで、シナリオが神がかっていて、特に第三章の主人公の覚悟を描く流れと、ラスボス前の仲間との別れのシーンが——いや、待て。一時停止しろ私。
(冷静になれ、ここは「あ、ちょっとだけ知ってます」で済ませるんだ)
「あ、それは、まあ、はい……」
「やってる感じ? 弟が横で騒いでるんだけど、ストーリーがいいって」
「そう、です、ね……」
「どんな話なの? 弟に聞いてもよくわかんなくてさー」
自然と口が動く。
「えっと、エタリン、王道のファンタジーRPGで、滅びかけの王国を立て直すために、とある理由で記憶を失った主人公が旅立つ話、です。記憶が少しずつ戻ってくる中で仲間との関係が変わるところがすごくよくて」
意外にも私はちゃんと説明できていた。みんなもにこにこと聞いてくれている。よかった、嬉しい。
「で、私が一番好きなのは二作目の『偽りの誓い』でして。一作目から百年後の世界なんですけど、前作で主人公が下した選択の結果が世界の隅々まで染み込んでて、もうそれだけでエモいんですよ。前作主人公が建国の英雄として銅像になってる描写とか、ぽっと出てくるだけで泣けます」
ふと、スイッチが入った。私の中の何かが入った。
リアルで久しぶりに話せたからか、自分の好きな話題だからか。
「二作目はとにかく仲間との掛け合いがいいんですよ。あるキャラがいるんですけど、そいつが物語の途中で一回離脱するんです。で、その理由が、ずーっと前にさらっと出てた小さな約束に繋がってて。ネタバレになるんで詳しくは言えないんですけど、初見だと絶対気づかないし、分かった瞬間に"あっ"てなるんですよ」
ああ、やっぱり二作目はいい。語ることが無限にある。
「とはいえ三作目も捨てがたくて、三作目はバトルシステムと同時に劇伴の作曲チームが変わったんですけど、これが大正解で。戦闘曲のメインリフが過去作のテーマの変奏なんですけど、原曲が長調なのを短調に組み替えてテンポ上げてあって、同じ旋律なのに緊張感が段違いなんですよ。ボス戦でそれに気づいた瞬間、鳥肌で。あとキャラのモチーフが章ごとに和声を変えて出てくるんですけど、終盤で複数のモチーフが対位法的に重なる曲があって、関係性の変化が音だけで説明されてるんです。サントラを物語順に並べ直して聴くと、もう構成として——」
そこで気づく。
早坂さんの表情が、固まっている。
田辺さんは、口を半開きにしたまま、何かを言おうとして言えずにいる。
文字通り、場が凍りついた。
「あ……ええと、私、そこまで詳しくは……弟が騒いでるの聞いてるだけで……」
早坂さんが、申し訳なさそうに笑う。
(私の学校生活、終わった……)
サンドイッチを持つ手が、止まった。
もう、目線を上げられない。
ただ、そんな殺伐とした空気の中、宮下さんが口を開いた。
「えーすごい詳しー! ユッキー、曲も詳しいとは通だねぇ!」
笑顔。圧倒的笑顔。何の躊躇もなく、この空気をぶち抜いてくる笑顔だった。
「ユッキーちょっとアタシにも教えてよー! めっちゃ面白そうじゃん!」
取り繕っていない素直な明るい声で宮下さんが話す。
「すごいねー、そこまで詳しい人初めて見たかも」
宮下さんにつられ、田辺さんも口を動かしてくれた。
「うちの弟よりも詳しいかも!渡さんすごいねー!」
早坂さんも笑う。
固まった空気が、宮下さんが口を開いてから0.5秒で元通りになった。何ですかそのスキル。私はまだ学校で習っていないんですが……。
「アタシも今度その楽曲について教えてもらおーかなー! ユッキー先生、よろしくね!」
宮下さんが笑って、私の肩をぽんと叩く。
田辺さんと早坂さんも笑った。場が、ゆるく和らぐ。
そのタイミングで、予鈴が鳴った。
(……た、助けられた?)
いやいや、油断するなよ私。
根っからの陰キャが陽キャに近づいてもろくなことにならない。そのうち放課後一緒に帰ろうとか言われるようになって、土曜にボウリングとかに誘われて、気づいたら陽キャグループの末席になって、テンションについていけなくて、次第に負い目を感じて自室から出てこれなくなって――
分不相応に陽キャに引きずられた結果、社会から脱落する未来である。
机を元の位置に戻す。
教科書を開きながら、私は小さく息を吐いた。
隣の席で、宮下さんも教科書を開いている。視界の端で、その明るい髪が揺れた。
***
寮の自室、夜。
私の部屋は防音仕様である。本来は音楽科向けの寮で、情報科の私は本来なら通常の部屋となる。
ただ、入学時にたまたま空きがあって、抽選で入ることができた。配信を始めたのはその後の話で、結果的に気兼ねなく歌える環境が手に入ったことになる。
PCの電源を入れて、配信ソフトを立ち上げる。
黒髪、猫耳、ふんわりしたワンピース。今日も完璧に可愛く動く。
「ハロにゃ〜♪ 今日は歌っていくにゃ〜♪」
> ハロにゃー
> ハロにゃー
> 待ってた
> 歌回!
> 今日も声楽しみ
「コメントありがとにゃ〜♪ まずはね、新曲のカバーから行くにゃ」
リスナーに曲名を告げて、音源を流す。
イントロが流れている数秒、私は深く息を吸う。
ここから先は、「歌う私」の時間。学校にいる時とも、配信で雑談している時とも違う私。
最初の一音を、置く。
歌は、勝手に滑り出した。
> は?
> うますぎる
> 鳥肌
> やっぱこの人なんなんだ
> 何回聞いても初見みたいに驚く
> スカーレット:素敵な歌声でした! 一音目から空気が変わる感じ、本当に好きです!
歌い終わって、息を整える。
「ありがとにゃ〜♪ 今日も気持ちよく歌えたにゃ」
> レモンちゃんの歌、毎回水準が違いすぎる
> 配信で聴いていいレベルじゃない
> 今日も最高でした
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴するにゃ〜♪」
リスナー達のコメントを見ながら、私は一人で頷く。
歌うのは好きだ。
人前では緊張して歌えないけれど画面越しならば堂々と歌える。
声を自由に響かせてリスナー達を楽しませられる。
「さて、ちょっと隙間の質問タイムにゃ」
> 雑談!
> 待ってた
> スカーレット:そういえば学校の調子どうですか?
「学校か……。今日はちょっとやらかしてしまったにゃ」
> 出た
> 何があった
「クラスのギャル子に、昼ごはん一緒に食べようって、誘われまして。私人見知りだから断ろうとしたんだけど……」
> ギャル子!?
> レモンちゃんに声かけてくれるとはお優しいことで
> 嬉しいことではあるが、自分も人見知りなだけに断りたい気持ちはわかる
> したんだけど?
「その場で机を強制的にくっつけてきて、四人席が即席で完成した」
> 強い……!!
> (逃げ場ないじゃん)
ほんと流れるように退路立たれたのは草なんよね。いや草じゃないが。
「で、ギャル子の友達が二人いて、もうアウェー感半端なかった。だけど優しい人たちだったから私も何とか相槌でつなぐことができたんだ。途中までは」
> 途中までは?
> 何があった
「趣味を聞かれて、私がゲーム好きって話してたら、ちょうど好きなゲームの話になって」
> スカーレット:いいですね! レモンさんの得意分野!
> ギャルもゲームするんだな
> そりゃあする子くらいいるでしょ
> それで
「私、語ったんよ。そのシリーズの熱いストーリーと、推しキャラの魅力と、ゲームの曲がエモすぎて優勝したことをノンストップで」
> やばい
> 完全アウト
> 普通の女子高生に対してそれは
> 火力盛りすぎでは?
「気づいた時には空気が固まった」
> 草
> それはそう
> スカーレット:それは……、ご愁傷様です
> 笑っちゃ悪いけど草
「……まあ、それで、空気が凍ったところで、ギャル子が」
> ギャル子が?
> どうした
「『えーすごい詳しー!』って。めっちゃ目輝かせながら食いついてきた。凍ってた場が、一瞬で息吹き返した」
今振り返っても神フォローすぎた。その時の空気をものともしない笑顔と声で私の自爆をなかったことにしてくれた。
> ええ子や
> スカーレット:ギャル子さん神すぎません?
> カードショップで一緒にカードゲームしてくれそうな子や
> これからレモンちゃんじゃなくてギャル子を推します。
「私を推せ。私のリスナーなんだから」
> 俺のものになれよ宣言いただきました
> やだ/// レモンちゃんのものになっちゃう~!
> スカーレット:いえーい!!
> か、かっこいいタル~!
「ち、違うから! そんな意味じゃなくてっ……! まあ、そんな感じの一日だったわけ。今日はもう一曲歌って終わりにしようかにゃ」
> もう一曲!
> 歌で癒されたい!
> スカーレット:待ってました!
伴奏を流す。
ヘッドホンの中で、最初の数秒、また息を整える。
歌い出す。
二曲目は、ゆっくりめのバラード。
昼休みにランチを誘ってくれたことも、宮下さんに助けられたことも、その後の五限のシャトルランで死にかけたことも、全部、声に乗せて押し出していく。
歌い終わる。最後の一音が、部屋の中でゆっくり消えていく。
> はぁ……
> 良すぎる
> 今日もありがとう
> このまま寝れる
> スカーレット:今日も最高でした! また聴きに来ます!
「こちらこそありがとにゃ〜♪ 今日はこれにて配信終了にゃ。ばいにゃー♪」
> ばいにゃー
> おやすみー
> ギャル子によろしく
配信終了ボタンを押した。
***
ヘッドホンを外して、椅子の背にもたれかかった。
部屋が急に静かになったと感じた。
配信中はリスナーのコメントと歌でだいぶ賑やかだったのに、終わった瞬間、寮の自室は元の静寂に戻る。この温度差にもだいぶ慣れた。
天井を見上げて、私はぼんやりと考える。
今日も、リスナーが私の歌を褒めてくれた。何度言われても、嬉しい。
歌うのは、好きだ。今でも。
小さい頃から得意だったし、褒められれば嬉しかったし、今も歌っている時だけは、何も考えなくていい。私の中で一番素直になれる時間が、画面の向こうに向かって声を出している、この時間である。
――ただし、ここでだけ。
黒霧レモンとして、画面の向こうに向かって。それなら、いくらでも歌える。
だけどリアルで人前は絶対に無理。たぶん、これからも。
理由は、ある。あるが、あまり思い出したくはない。小さい頃の恥ずかしい記憶。
思い出すと夜中にベッドの中で奇声を上げるはめになる。
(……寝よう)
考えるのをやめて、私はベッドに転がった。