陰キャVtuberな私は、今日も隣のギャルに負かされる   作:あっぷる

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5敗目 実は私は勉強が得意だって話

「愛ちゃん、昨日も活動遅くまでだったんでしょー? 大丈夫?」

 

一限が始まる前、にぎやかな教室の中で、田辺さんの声が聞こえた。私は文庫本を少し持ち上げ、本を読むふりでそちらに耳を向けた。

 

「同好会入ったってマジー?」

 

早坂さんが声を上げた。他にも宮下さんの机の周りに二、三人集まっている。

 

「うん、せっつーの屋上ライブ見て決めたんだ!」

 

「せっつー?」

 

「同好会の優木せつ菜ちゃんのことで、可愛いし歌がすっごくうまくて、めちゃくちゃかっこいいんだ!」

 

宮下さんの返事は、いつもより少しだけ柔らかかった。

 

同好会、入ったのか

文字の上で目が止まる。屋上ライブ、それに優木せつ菜ちゃんという言葉が、先日見たあの光景を引き戻してくる。

まっすぐ前に飛んでくる力強い声、サビで空に向かって伸びていったあの歌――あの人だかりの中に、宮下さんも混ざっていたのか。

 

「他の同好会の人たちもみんな可愛くて面白いしさー!」

 

宮下さんの声がもう一段大きくなる。宮下さんは本当に楽しそうに話す。

田辺さんたちはそんな宮下さんを見て、「同好会楽しそうだねー」と笑っていた。

 

(宮下さんがスクールアイドルか……。まあ、宮下さん可愛いし派手だし、似合うっちゃ似合うのか)

 

そう思って、視線を本に戻す。宮下さんが何をやっていようと、私には関係のない話だ。

 

 

「――そういえばユッキー、何読んでるのー?」

 

「うぇ!?」

 

すると急に宮下さんが振り返ってこちらへ聞いてきた。

視線はブックカバーをしている私の本に向いている。

 

今、完全に油断してた。まずい。

 

私は普段「本屋さん大賞受賞!」とかの一般の人々の前でも読める本しか学校に持ち込まない。

 

しかし何だかんだクラスにも慣れてきてついつい気が緩んでいた。

今日は好きなゲームの非公式の創作小説を持ってきていた。

つまり同人誌、薄い本と呼ばれる類の小説。しかもちょっとだけエッチで過剰なの。

どうせブックカバーで隠すしええやろ、と思っていた。

 

「え、えっと……」

 

そもそもそんなの学校に持ってくるなよ、という話ではあるが、昨夜に読破までもうすぐというところで寝落ちしてしまったので、断じてしょうがなかったのだ。

 

「……ミステリーです」

 

……生命の神秘的な?

濁して適当にジャンルを答えた。

「Eternal Linkage ~誓いは偽りでも、この熱だけは~(カイル×エミリア長編)」とは言えない。

 

「ね、何て小説なの?」

 

宮下さんが机の方に身を乗り出してくる。

 

「えっと、それは、その……」

 

口の中でモゴモゴしていると、ナイスタイミングで予鈴が鳴った。

教室の前のドアから数学の先生が入ってきて、ざわめきが少しだけ収まる。

 

宮下さんは「あ、また後でねー」と前に向き直って、教科書とノートを机の上に出し始めた。

 

(……危なかった。学校にこういうのを持ってくるの、マジでやめよう)

 

もし宮下さんにタイトルを見られて中身まで知られていたら、明日から学校で正気を保てる気がしない。

私は文庫本を鞄の奥底に押し込んで、ノートを開いた。

 

 

***

 

 

「はーい、おはよう。今日は最初に小テストやります」

 

教壇に立った先生が、いつもの淡々とした口調でそう言った。

 

教室にざわめきが走る。

 

「えっマジで?」「聞いてないんだけど!」「今日テストとか言ってた?」

 

数人がページを慌ててめくり返す音、誰かのため息、椅子の鳴る音が一斉に重なった。

 

「先週言いましたよ。聞き逃したのはこちらの責任ではありません。では机の上のものしまってー」

 

先生は一切の同情を示さず、テスト用紙の束を持ち上げてみせる。教壇の前列から後ろに向けて配り始めた。

 

「先生待って、せめて五分だけ復習時間ー!」

 

教室の真ん中あたりで、誰かが嘆いていた。私は教科書とノートを机に入れながら、その声を聞き流す。

 

(……問題ない)

 

先週の授業で予告があった時、私はそれを律儀に書き留め、昨日のうちにテスト範囲を一周しておいた。*1

 

勉強できない陰キャはただの陰キャ。なんてね。

 

「制限時間十五分。始めてください」

 

先生の合図と同時に、教室がしんとなる。シャープペンシルの音だけが、ぱらぱらと残った。

 

私は問題用紙に目を通す。複素数と方程式の範囲。基本問題が3つに応用問題が1つ。そして最後は文章題の1つの計5つの大問構成。

 

(……いける)

 

私はシャーペンを握り直して、一問目から順に手を動かし始めた。三問目までは詰まらず通過。四問目で一度立ち止まったが、計算をやり直して通った。五問目の文章題は、最初に式の立て方を間違えて消しゴムを使ったが、二度目で答えに辿り着いた。

 

「はい、終わり。後ろから集めて」

 

先生の声が響いた時、私は最後の解答欄を埋め終えていた。手応えとしては悪くない、というかむしろ良い。

 

私はシャーペンを置いて、ふっと小さく息をついた。

 

 

***

 

 

答案が返ってきたのは、その日の終わりのホームルーム前だった。

 

「はい、返すよー。名前呼ばれたら取りに来てください」

 

先生が答案の束を抱えて、教壇の前で読み上げ始める。クラスメイトが順番に取りに行って、戻ってきては席で点数を確認する。教室の各所で「うわー」「やばっ」「思ったよりひどい」みたいな声が散発的に上がった。

 

「渡さん」

 

呼ばれて、私は立ち上がった。教壇に向かう数歩のあいだ、密かに胸が高鳴っているのを感じる。手応えはあった。落としても15点くらいだろう。80点は固いはずだ。

 

「はい」

 

先生から答案を受け取って、軽く目を落とす。

 

85点

赤いペンで書かれた数字は、概ね想像通りの位置に着地していた。最後の応用問題を間違えたのと、二問目で少しケアレスミスがあったが、上々の出来だ。

 

私は内心でガッツポーズを取って、表情には一切出さずに席に戻った。答案は机の中央に伏せて置いた。

 

周囲の答え合わせ会話が聞こえてくる。「あたし62点だったー」「やば、58点」「平均70くらいかなー」「マジで?」「数学難しくない?今回」

 

今回は問題が難しめだったし、平均は70を切るくらいだろう。

みんなが手を焼いた回で85点なら、上出来も上出来だ。

 

内心で静かに胸を張っていた。

 

「愛ちゃん何点だったー?」

 

田辺さんが宮下さんに点数を聞いた。

 

「アタシ? 95ー!」

 

しかし宮下さんはあっけらかんと答えた。

 

(――は?)

 

85点。さっきまで胸を張れた数字が、95という数字の隣で一気に見すぼらしくなった。

 

「あー愛ちゃんやっぱねー」「相変わらずすごいねー」「愛ちゃんいつも上位じゃん」

 

周囲の反応は、慣れていた。誰も驚いていない。95点を取ったことを、当然の結果として受け止めている。

 

私は固まったまま、答案の隅をぎゅっと指で押さえていた。

 

昨日、同好会の活動で遅かったんじゃないの?

 

私は宮下さんの方をまっすぐ見られなかった。前の席の背中だけが視界の端で、いつも通りの陽気な動きで、田辺さんと笑い合っている。

点数の話はもう次の話題に流れていた。

 

私の85点は、机の中央で伏せられたまま、急速に色褪せていく。

 

勉強できない陰キャはただの陰キャ。そうテストの前に思っていた。

悲報、私はただの陰キャだった件。

 

ギャルで勉強もできるとか、反則でしょ。

 

 

***

 

 

その日の夜、いつもの時間に配信を始めた。

 

今回はゲーム実況回だった。前から積んでいたインディーゲームをプレイする。

横スクロールのシンプルなアクションゲームだが、結構難易度が高くボスを倒したら脳汁が出るようなタイプ。

あと主人公キャラが可愛い。

 

そうして一時間ほど無心でプレイして、適当なところで区切りをつけた。

 

「はい、ゲームはこのへんで切り上げますかね。続きはまた今度」

 

> おつー

> 面白そうなゲームで見てて楽しかった!

> 今日は終わり?

> 早くない?

 

「まだ終わらんにゃ。せっかくだし、最後に質問タイム行きまっしょい」

 

> おっ

> いいね

> 待ってました

 

質問用のフォームに溜まっていたものから、いくつかピックアップして読み上げていく。

最近のおすすめの本、好きな飲み物、配信を始めたきっかけ、定番の質問が続く中で、ふと、ある一行が目に止まった。

 

「えっと、次は……『そういえばレモンちゃんって勉強できるの?』。お、いい質問が来たな」

 

> あー

> 気になる

> 配信のノリ的にバカっぽいけど

 

「失敬にゃ。私はこう見えて、そこそこできる方ですにゃー」

 

> えーマジで?

> 意外

> いつもバカっぽい配信してるじゃん

> 実は頭よかったのか

> 証拠は?

 

「証拠、ね。ふっ、よくぞ聞いてくれましたにゃ。実はね、今日ちょうどテストがあったのにゃ」

 

> ほう

> 自信ありげ

> よっぽど言いたいやつ

 

「クラスでも上位、余裕の高得点ですにゃ。普段の行いがいいからね」

 

> おお

> ガチじゃん

> ほんとに?

 

「むう、信じてほしいにゃ。ちなみに、私の学校、まあまあの進学校にゃ。普通の高校じゃないんだぞ」

 

> えっそうなん?

> 進学校でそれは普通にすごい

> レモンちゃん見直した

> ガリ勉キャラもいけるな

> 学年全体で何位くらい?

 

「二年生になってからはわからないけど、一年最後のテストでは上位三割には入ってたにゃ」

 

> はぇー

> 配信と勉強両立できるの偉い

> ギャップ萌え

 

褒めコメントが流れてくる。私は内心、悪い気はしない。普段「バカっぽい」と弄られている分、こういう逆方向の評価が来ると、地味に嬉しい。

 

そう、私は隠れ優等生というか、暗いオタクのフリをしているけど実は学業もそれなりにこなす、実は強キャラタイプなのだ。

 

「もっと褒めていいぞ」

 

> 調子乗るな

> いやいや、進学校で上位三割は確かにすごい

 

あまり褒められ慣れていないぶん、こういう時はほんとに心地いい。

ふふん、もっと讃えるがいい。

 

> じゃあギャル子にマウント取れるじゃん

 

「うっ……」

 

マウスから手が離れた。

 

> あー

> 確かにそうじゃん

> 成績ならギャル子に勝てそう

> 学生の本分は勉強だからね。それで勝てたら万々歳よ

 

私はこめかみに指を当てた。

リスナーは、知らないのだ。今日、何があったか。

 

「……うん、せやね」

 

> ん?

> なんですか、その間

> なになに?

 

「実はね。今日の小テスト、私、85でぬくぬくしてたんよ。クラスの平均70切るくらいだから、上々だなって」

 

> うん

> 普通にいい点

 

「ギャル子、95点だった」

 

> は???

> ちょっと待って

> ええ……

 

「しかも昨日、同好会の活動で遅くまで忙しかったらしい。なんで95点取れるんだよ!」

 

> 文武両道すぎる

> ギャル子強すぎぃ!

> ギャル子推します

> レモンちゃんのファンやめて、ギャル子のファンになります

 

「君たちギャル子の話するとすぐそう言う! レモンちゃんだっていいところいっぱいあるよ! 可愛いし、ゲームうまいし。あと歌もうまい!!」

 

> 必死すぎる

> Vtuberだから可愛いかはわからないぞ

> ゲームうまいけど中級者レベルだし自慢するほどでは……

> だけどゲームはともかく、歌うまいのは事実

> 言うてレモンちゃんの歌は神やし

 

ゲームと容姿は流されたが、歌だけは全肯定された。まあ、そこは譲れない。私の一番の武器だし。

 

> でもギャル子も歌がうまい可能性が……

> 陽キャならカラオケ行きまくるだろうし、絶対うまい

> もしかしてレモンちゃん完全敗北?

 

「い、いやいや。歌は私の方がうまいでしょ! こうしてたくさんのリスナーも来てくれてるし!」

 

さすがに、ね。

なんだかんだ歌だけで群雄割拠なスクールVtuber業界で伸びてきてるし、普通の女子高生には負けないでしょ。

 

……あれ、そういえば宮下さん、新しく入ったところはスクールアイドル同好会だったっけ。

歌でも負けるようなことあれば、それこそ私のアイデンティティが崩壊するのだけど……。

 

 

 

*1
そのせいで夜遅くに本を読んで寝落ちして、学校に同人小説を持ち込むことになった。

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