陰キャVtuberな私は、今日も隣のギャルに負かされる   作:あっぷる

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急なお家訪問は難しいって話

ゴールデンウィーク明けの教室は、何かが微妙に違っていた。

正確には、宮下さんが。

 

朝、席に座る時。昼、戻ってきた時。何かの拍子に目が合った時。

 

宮下さんが、にこっと笑うようになった。

 

(……いや、いつも笑ってるんだけどさ)

 

宮下さんがよく笑う人なのは、始業式の時から知っている。というより、笑っていない顔の方を見た記憶がないくらいだ。問題はそこじゃない。

問題は、その笑顔が——なんというか、密度が、違うことだった。

ほんの少し、視線を寄越す時間が長い。ほんの少し、口角の上がり方が深い。ほんの少し、目が合った瞬間に、確かに、私を見て笑っている。

 

(……気のせい、ではないんだよな、これ)

 

たぶん、公園のあの日からだ。あの日、私はうっかり、宮下さんの歌を褒めた。それ以来、なんというか——気に入られた、んじゃないだろうか。

私が。宮下さんに。

 

自分で考えておいて、こそばゆい。

 

やっかいなのは、その微笑んだ顔がいちいち威力が高いことだ。

あの笑顔も、視線も、まっすぐ向けられると、受け止め方が分からない。目のやり場が、消える。

 

(……何でそんな目で見てくるんだ)

 

宮下さん、やめてくれ。その顔は、私にきく。

 

***

 

放課後。

 

ホームルームを終えた解放感で、教室の音量がいつもの三割増しになっていた。

机と机の間の通路を、部活の鞄を担いだクラスメイトが行き交う。

 

私は引き上げる頃合いを計っていた。

あと十分も粘れば、人波が引く。それから帰る。それでいい。

 

「愛ちゃーん、お願い!  数学やばい、教えてー!」

 

ふと、早坂さんの絶望の声が、右斜め前で炸裂した。

机の上で前のめりに合掌している姿勢が、もはや祈祷の領域に入っている。

 

「えーどうしたー、アオイ?」

 

「ヤバいの! 因数分解で死ぬ! 確率でもう一回死ぬ! 教えてくれないと真面目に進級が!」

 

「いやそんなに危ないのー?」

 

田辺さんが斜め後ろから笑いながら割り込んでくる。

 

「危ないのー! ねえ愛ちゃん、定期考査もう来週だよ!? 一週間切ってるよ!?」

 

中間考査。来週から。

私の手帳の中では、とっくに赤丸が打たれている。試験範囲の確認も先週末に済ませて、参考書の問題にも手をつけている。

うん、大丈夫。私はちゃんと進めてる。

 

「あー確かにー、もうすぐかー」

 

宮下さんがのんびり頷いた。困っている顔ではなく、面白がっている顔だ。

 

「ねえねえ愛ちゃん、麻由も、勉強会しよ! 一緒にやれば乗り切れる!」

 

「いいよ、じゃあみんなでやろっか!」

 

宮下さんがあっさり快諾した。早坂さんが「マジ!? 愛ちゃん神!」と拝む。

 

(……本当にとんとん拍子で会話進むな)

 

聞くともなしに、会話は耳に入ってくる。

でも私は、この輪の外にいる。完全に他人事。早坂さん、大変だなあ。

鞄に筆箱を滑り込ませながら、帰る算段だけ立てていた。

 

「でもさー、うち実家もんじゃ焼き屋なんだけど、その時ちょうど換気扇の点検入っててさー。業者の人とお母さんでバタバタしてるから、ちょっと難しいかなー」

 

「えーマジ? ウチもムリ! 弟と同じ部屋だからみんな入れられない! 麻由の家は?」

 

「うちはその日、父親が在宅仕事の日でー」

 

「あちゃー、ダメかー」

 

宮下さんが腕を組んで天井を見上げる。

早坂さんが「ファミレスかなー」「だけど近くのお店2時間までってなったからねー」と田辺さんと検討し始める。

帰り支度は、もう済んでいる。私は椅子を引いて、立ち上がった。

 

「あ、そうだ」

 

宮下さんが、ふっと首を傾けて、私の方を向いた。

目が合う。

 

「ねえユッキー、家、寮じゃん?」

 

「うえっ!?」

 

私は立ったまま、固まった。

 

「あー! それいいじゃん! 寮なら一人暮らしじゃん!」

 

早坂さんが食いついた。

 

「ね! ユッキー一人暮らしっしょ? 気楽にやれるしさー!」

 

宮下さんの声のトーンが、いつもより少し高い。何かを楽しみにしている時の高さだ。

 

「いえ、あの——」

 

「そういえば渡さんも、勉強できるじゃん! こないだの小テスト、愛ちゃんと一緒に渡さんクラス上位10人のリストに入ってたよね!」

 

早坂さんがにやっと笑って、両手を合わせる。

 

「お願いー渡さん! みんなで一緒にやろー!」

 

「私からもお願い、渡さん」

 

田辺さんも穏やかに頭を下げてくる。

 

「……えっと」

 

声を絞り出しながら、断る理由を探す。家に人を上げるわけにはいかない。

配信機材。壁のポスター。棚のアクスタ。あれらをクラスメイトにさらすわけにはいかない。

 

——「その日はちょっと、予定が」。それでいい。

そう言えば、断れる。断れ、私!

 

「ユッキー、お願いー!」

 

右手を両手で握られた。宮下さんと目が合う。

机一つ分の距離で、正面から、まっすぐに。きらきらした目で、こっちを見ている。

 

(……ちょ、距離、近い)

 

こんな顔で正面からお願いされて、はいそうですかと突っぱねられる人間が、どこにいる。

さっきまで用意していたはずの断り文句が、どこかへ消えた。

 

「……わかりました」

 

「やったー! ありがとユッキー!」

 

私の馬鹿!

 

***

 

 

午後九時。緊急配信。

 

配信開始ボタンを押す前に、SNSに一言だけ投げておいた。「緊急。助けてくれ」。

十分後、配信を開いたら、もう人が集まっていた。

 

「ハロにゃ——いや、ハローじゃない。緊急。緊急事態!」

 

> どうした

> スカーレット:緊急配信、久しぶりですね!

> 何があった!?

> 体調?事故?炎上?

 

「違う、そういうのじゃないにゃ。落ち着いて聞いてほしい。……明日、私の家に、人が来る」

 

> は?

> それだけ?

> 緊急の意味

> 人が来るの何がやばいの

 

「やばいんだよ! クラスの子が三人、この部屋に来るの! 勉強会で!」

 

> あー(察し)

> この部屋=配信部屋

> なるほど緊急だ

 

「そう、それ。この部屋には、配信機材一式があるの! Vtuberの部屋ですって自己紹介してるようなセットが!」

 

> 確かに

> 一発でバレる

> それは隠さないと

 

「それだけじゃない! 棚にアクスタとフィギュア、壁にエタリンのポスター、ディープめな漫画ラノベ同人誌がいっぱい。コッテコテのオタクがここにいますよって、部屋が主張してるの!」

 

> コッテコテのオタクて

> スカーレット:レモンさん結構集めてますね……

> ポスターはちょっと抵抗あるって前に配信で言ってませんでしたっけ?

 

ポスターは一番くじでたまたま当たったものだから……。

——じゃなくて。

 

「そして来る子の中に、みんなご存じギャル子がいます。なんなら勉強会を私の家にしようと言った元凶」

 

> ギャル子!?

> ギャル子が来るの!?

> それ一番まずいやつ

> ギャル子に引かれたら立ち直れないじゃん……

> てか断れよ

 

「この私が! 断れるわけないでしょうが!!」

 

> 逆切れするなwww

> 落ち着け

> スカーレット:作戦会議しましょう!

> まず機材から

 

作戦会議。たいへん助かる。

私のリスナーは本当に頼もしい。

 

「機材だよね。モニターは大丈夫、テレビですって顔して堂々と置いとくにゃ。問題はマイクとアーム。これは言い訳が効かない」

 

> 確かにマイクは無理

> 配信者バレに一直線

> スカーレット:外して押し入れに入れましょう!

 

「だよね。外して押し入れに突っ込む。次にポスターとフィギュアとアクスタ。ポスターとフィギュアはしまった方がいいだろうけど、アクスタは大丈夫だよね? カイルかっこいいし、そんなに派手じゃない」

 

> いいから全部しまえ

> はいはい、しまっちゃおうね

> 段ボールに詰めてそれも押し入れにイン

> スカーレット:確かにカイルくんかっこいいですけど……

> 名残惜しいだろうけど一時的なお別れだから我慢して

 

「うう、分かってる。しまうよ。みんなの言う通りにする」

 

顔も知らない相手に、明日の部屋の片付けを相談している。

妙な絵面だが、今はありがたい。

 

> 素直

> 素直なレモンちゃん貴重

> ところでゲーム機は?

 

「ゲーム機? あれも隠すに決まって——」

 

> いや待て

> ゲーム機は残せ。むしろ残せ

> 勉強終わったらみんなで遊べるだろ

 

「……は? いや、私はそういう、わいわいゲームする側の人間じゃ」

 

> 今からなるんだよ

> いい機会だろ

> 一個くらい「隠さないもの」があった方が部屋が自然

> 全部消すと逆に不自然

> それでいうと漫画と小説も残せるものは残したままにした方がいいかも

 

「……確かに。それは確かにそうだ!」

 

言われてみれば、ゲームは一人でやるという発想しかなかった。

 

> よし作戦は固まった

> あとは寝るだけ

> 早く寝ろよ

 

段取りはついた。机の上で広げかけていたメモを閉じる。

準備することがなくなると、急に、別のものが顔を出してくる。

 

「……ねえ。明日、大丈夫かな」

 

口から、するっと出た。

 

> どうした急に

> 大丈夫だろ

> 何が不安なんだ

 

「いや、その。私、人を家に入れたことなんて、ほとんどなくて。場が持つのかとか、変な空気にならないかとか。考え出すと、きりがない」

 

> 大丈夫

> 大丈夫だって

> 相手から誘ってきたんだろ?

> なら向こうはお前と過ごしたいんだよ

> 普段通りでいい

> スカーレット:レモンさんなら大丈夫です!

 

画面を、しばらく見ていた。

 

> いってこい

> 報告待ってる

> 終わったら配信しろよ絶対

 

不思議と、肩の力が抜けていた。

 

「……ありがとにゃ。みんなのおかげで、レモンちゃん元気出たにゃ」

 

> お

> 戻ってきた

> 元気出たならよかった

 

「明日は完璧にこなしてくるにゃ。報告を楽しみに待っとくにゃー♪」

 

> いってらっしゃい

> スカーレット:応援してます!

> 待ってるぞー

 

配信を切る。

普段より、ずいぶん長く話していた。

 

 

***

 

 

土曜日の朝。

 

——のはずだった。

 

カーテンの隙間から、想像していたより強めの日差しが入っている。

位置がおかしい。朝の十時の光ではない。もっと、上の方からの。

 

(……あれ?)

 

枕元のスマホを引き寄せる。画面を点ける。

 

『12:04』

 

(——え)

 

跳ね起きた。

 

「え、え、え、え」

 

声に出して四回、同じ音が漏れた。意味のある言葉は、まだ出てこない。頭が、今の状況に追いついていない。

 

(……昨夜、あまり眠れなかった、ことは、覚えてる)

 

ベッドの中で、目を瞑ったまま、スリッパは出すべきか、座布団は足りるか、お茶は冷えているか、氷は張ってあるか、と、頭の中の検索結果がぐるぐる回っていた。回って回って、たぶん回りながら寝た。

 

回りながら寝た代償が、今、噴出している。

 

(——約束、午後一時。現在、十二時四分。残り準備時間、一時間)

 

数字が脳内で並んだ瞬間、私は布団を蹴飛ばしてベッドから降りた。

 

机の上、配信用のモニター。マイクアーム。コンデンサーマイク。ポップガード。オーディオインターフェイス。配信PC本体。サブ機。机の脇には防音マットの切れ端。机の下にはペダル型のミュートスイッチ。壁にはエタリン三作のポスターが計6枚。本棚には設定資料集とコミカライズ全巻。

 

これ、一時間で隠せるか?

 

いや、一時間で隠せるか、と自問する時間がすでに無駄である。

隠せるかどうかではなく、隠す。それしかない。

 

第一段階、配信機材の隠蔽。モニターはテレビのふりで残す。

問題はその他だ。マイクアームを折りたたみ、コンデンサーマイクはハンカチで巻いて、ポップガード、オーディオインターフェイス、配線、全部まとめて、昨日の配信の段取り通り、押し入れに突っ込む。

 

雑になっている。雑になっているが、止まれない。

 

第二段階、推し活グッズの撤収。エタリンのポスターを六枚、丁寧に剥がす——時間がない。剥がす。剥がした。

一枚、角が少し折れた。折れたが、後で直す。クローゼットの上段に押し込む。

 

デスク横の引き出しから推しキャラのアクスタとフィギュアを回収。五体、十体、十二体——数えるな、片付けろ。段ボールにまとめて、押し入れの空いた隙間へ。特典のマグカップ二点は食器棚の奥へ追いやる。マグの取っ手が他の食器に引っかかった音がする。あとで確認、今は無視。

 

そして、本棚の漫画小説同人誌。押し入れの枠的に全部はしまえない。

同人誌は問答無用で押し入れに突っ込む。漫画と小説はそこそこ知名度ありそうなやつは棚に残したままにして、他は押し入れに。こうして見ればサブカルが好き程度で済む、はず。

 

スマホを見る。

 

『12:51』

 

部屋を見回した。本棚に文庫本と漫画。アクスタとフィギュアとポスターの撤収、できている。配信機材の影、消えている、はず。

 

ひとまずは隠すもの隠せたか。

ベッドの上で、私は深く息をついた。

 

ピンポーン。

 

「ちょ、ちょ、ちょ」

 

玄関までの距離は、十畳の部屋と廊下を合わせて、十歩もない。十歩もないのに、私はその十歩で完全に息を切らせた。

正確には、走った距離ではなく、その手前の二時間で消費した心拍数の蓄積が、今、玄関の前で噴き出した。

 

「は、はい——」

 

ドアを開けた。

 

陽キャ三人が、廊下に並んでいた。

 

「ユッキー、おじゃまー!」

 

宮下さんの第一声で、私は息を吸い直す動作の途中だった。

声を返す前に、息を吸う。吸えていない。

 

「……お、おじゃま、します」

 

早坂さんと田辺さんが、ほぼ同時に頭を下げる。

 

「めっちゃ、息切れてない? 大丈夫?」

 

「……だ、大丈夫、です」

 

家に着いた早々に、心配される側になった。

 

 

***

 

 

陽キャ三人を、部屋に通した。

 

「おじゃましまーす!」

 

宮下さんの足取りに、躊躇はない。実家に帰ってきたくらい自然に上がった。悪い意味でなく。

早坂さんと田辺さんは、宮下さんの後ろから、もう少しばかり慎重に入ってきた。

 

「あ、渡さん、綺麗な部屋だねー」

 

田辺さんが部屋を見回しながら言った。

 

綺麗、か。ほんの少し前まで戦場だった。

私が部屋中を駆け回り、さまざまなものを押し入れにしまった結果が、この「綺麗な部屋」なのである。

 

四人で囲める机がないので、ローテーブルと座布団を引っ張り出して座ってもらった。

三人がそれぞれ鞄から教科書とノートとペンケースを取り出していく。机の上に並ぶ参考書の量で、三人の準備度合いが透けて見えた。

 

宮下さんの前:英語と数学と物理の教科書。

田辺さんの前:国語と数学とプログラミングの教科書。

早坂さんの前:数学の教科書、一冊。

 

「アオイ、それだけ?」

 

宮下さんが早坂さんにツッコむ。

 

「いや、数学に集中したくて!」

 

「アオイ、英語も厳しくなかった?」

 

と、田辺さんも突っ込む。

 

「言わないで! 一個ずつ!」

 

田辺さんが笑った。私も、口元が、ほんの少しだけ動いた。

 

「じゃあ、始めよっかー。アオイ、まず数学のどこからやる?」

 

「えっと、これー!」

 

早坂さんが教科書を開く。指差した先は、因数分解の応用問題だった。

 

「あー、確かにここちょっと難しいよねー」

 

宮下さんがすらすらと解説を始める。

 

(……解説、早い。宮下さん、教えるの、上手いんだな)

 

宮下さんの説明は、無駄がなく、要点を整理して早坂さんの理解度に合わせてペースを調整している。

教える側として、明らかに慣れている。

 

何の経験で、上手くなったんだろう。

 

そこから先は、宮下さんが進行役で、早坂さんと田辺さんが質問する側で、私は基本的に聞き役として座っていた。

たまに、宮下さんが「ユッキー、ここ分かる?」と振ってきて、私が短く答えを示す。

「ありがとユッキー、助かったー!」と宮下さんが言う。まっすぐ言われると、うまく受け流せない。

 

途中、私の方からも「英語のこの構文、どう訳すのが自然ですか」と田辺さんに聞いた。

田辺さんが「あー、ここはねー」と丁寧に教えてくれた。

 

勉強が一段落して、各自が次の問題に取りかかる、静かな時間。

私はふと、部屋に視線を走らせた。

 

押し入れの扉は、閉まっている。

大丈夫、隠せている。ただ確認すればするほど、逆に不安になってくる。

 

「あ、これ……」

 

その時、早坂さんが押し入れの方に手を伸ばした。

 

(——押し入れ!?)

 

特級呪物*1を雑に突っ込んだ、あの押し入れ。

 

「うちの弟も読んでるやつだ! 渡さんもこれ読むんだー!」

 

早坂さんが抜き取ったのは、押し入れ横の本棚に残しておいたコミカライズだった。

一巻の背表紙を眺めて、ぱらぱらとめくる。危ない、押し入れではなかった。

 

(……そうだ、それを見ててください)

 

残しておいた漫画は、こうなることを見越したブラフ。

見せる物がそこにあれば、人の視線はそこで止まる。

 

早坂さんは漫画を棚に戻して、数学に戻っていった。

押し入れの中身は、最後まで気づかれなかった。

 

(……リスナーのみんな、ありがとう!)

 

 

 

一時間ほど集中した頃、早坂さんが大きく伸びをした。

 

「あー! 頭パンク! もう無理、ちょっと休憩!」

 

「アオイ、まだ一時間しか経ってないよ?」

 

宮下さんが笑う。

 

「一時間も、でしょ! あー、早くバレーしたいなー。テスト前で休みなんだよー、部活。体動かさないと調子よくならないタイプなのー、わたし」

 

「それただ勉強したくないだけじゃない?」

 

田辺さんがツッコむ。早坂さんが「バレた!」と笑った。

 

「ねえねえ、休憩がてらちょっと遊ぼうよ! 渡さんちテレビあるじゃん、ゲーム機とかないの?」

 

ゲーム。これもリスナーに残せと言われて、部屋に残しておいた。

 

「……あります、けど」

 

「マジ!? やろやろ!」

 

私は棚からゲーム機を引っ張り出した。コントローラーを四つ、床に並べる。早坂さんが「おお、四人分ある!」と歓声を上げた。

 

「愛ちゃんやる? 麻由は?」

 

「やるー! あたし負けないよー」

 

宮下さんが身を乗り出す。田辺さんも「じゃあ私も」と笑った。四人分のコントローラーを囲んで、三人が顔を見合わせている。

 

その輪の真ん中に、私の出したゲーム機がある。

 

(……しまわないでよかった)

 

残しておいたから、この時間がある。三人が、私の部屋で、楽しみにしている。

胸のあたりが、ほんの少し、あたたかい。

 

早坂さんが、コントローラーを手に取った。

私はゲーム機を起動させる。

 

「これで気分転換してさー、勉強も頑張るから! これで上がんないと、あたし次のテストで数学やばかったら、部活やめさせられるんだよー」

 

ふと、早坂さんがからっと言った。

いや、それ結構まずくない?

 

すると、宮下さんの手がすっと伸びて、早坂さんのコントローラーを取り上げた。

 

「えっ、愛ちゃん?」

 

宮下さんは、にっこり笑っていた。

いつもの笑顔。けれど、目の奥が笑っていない、気がする。

 

「アオイ。それ、先に言ってよ」

 

「え、あ——」

 

「続き、しよっか。勉強の」

 

そこからは、控えめに言って地獄だった。

 

宮下さんは、早坂さんに一問解かせては間違いを指摘し、解き直させ、また次を出す。

容赦がない。「あー惜しい、でもここ符号ミス。もう一回」「いいよー、その調子。はい次」。

笑顔のまま、手を止めさせない。早坂さんが「もう無理ー! 愛ちゃん鬼ー!」と机に突っ伏すたび、宮下さんは「鬼でーす。あと五問ね」と涼しく笑う。

 

(宮下さん、こういう時はスパルタなのか……)

 

私は、自分の試験範囲を進めることにした。

隣で繰り広げられる地獄を横目に、英語の長文を読む。

 

「ねえ渡さん、ここの訳、分かる?」

 

田辺さんが、自分のノートを少しこちらに寄せてきた。関係代名詞の絡んだ、長めの一文。

 

「ああ、これは……主語がここで、このwhichが前の名詞にかかってて。だから、こう訳すと自然です」

 

「あ、なるほどー。すっきりした。ありがと!」

 

田辺さんが、ノートに書き込む。それから、ふと顔を上げて、私を見た。

 

「渡さんって、前のクラスの時と、印象変わったよね」

 

「——えっ」

 

「ほら、休み時間とか本読んでること多かったからさー。人と話すの、好きじゃないのかなって思ってたんだ」

 

田辺さんが、少し申し訳なさそうに笑う。

 

「でも、今日話してみたら、全然そんなことなかったし。話しかけてよかったー」

 

「……は、はあ」

 

気の利いた返事は、出てこなかった。けれど、悪い気分ではなかった。

 

午後五時を回った頃、ようやく早坂さんの方が一段落した。早坂さんは魂が抜けたように畳に転がっている。

 

「おわったー……あたし、生きてる?」

 

「生きてるよー。アオイ、よく頑張った」

 

宮下さんが、今度は普通の笑顔で、早坂さんの頭をぽんぽんと叩いた。

スパルタが終われば、いつもの宮下さんに戻る。

 

あのあと、私も何度か早坂さんの相手に駆り出された。

宮下さんがムチ、私がアメみたいな感じで早坂さんに教えていた。

 

「いやー助かったー。愛ちゃんと渡さん、ありがとー」

 

田辺さんがノートをまとめながら笑う。早坂さんも畳から起き上がって、「渡さんの説明、神だったわー」と拝んでくる。そこまでではない。

 

「じゃあ、お邪魔しましたー」

 

三人が立ち上がって、玄関に向かう。私も見送りに立った。

宮下さんが、玄関を出る前に、ふっと振り返った。

 

「ユッキーんち、いい部屋だねー。またおじゃましまーす!」

 

宮下さんが、にっこり笑った。

 

 

***

 

 

三人を見送って、ドアを閉める。

 

部屋に、私一人が残された。さっきまで四人分の声で埋まっていた空間が、急に広くなったように感じる。

 

押し入れを開けて、マイクとアームを元の位置に戻す。押し入れから段ボールを出して、ポスターを壁に貼り直し、アクスタを棚に並べ直す。一つずつ、元に戻していく。

 

一時の勉強部屋は、私のいつも通りの部屋に戻っていく。

 

機材は、バレなかった。押し入れも、最後まで開けられなかった。

残しておいた漫画が、ちゃんと囮になってくれた。あれだけ警戒した隠蔽は、ひとまず成功。よかった、と素直に思う。

 

でも、いちばん予想外だったのは宮下さんだ。勉強教える時にあんなに容赦がなくなるなんて。

普段は楽しむこと第一って感じだからけっこうまったりかと思ったけど、意外と体育会系だった。けど部活の助っ人もよくするって言っていたし、運動部の練習とかは真剣なのかもしれない。

思い出して、少し笑ってしまう。

 

振り回されて、解説までやらされて、くたくたに疲れた。

ベッドに倒れ込んで、天井を見上げた。

 

昨日の夜、「明日、大丈夫だよね」と漏らした自分に、教えてやりたい。

大丈夫だったよ。ちゃんと、楽しかったよ。

 

 

*1
見られたら私が死ぬよ!




〇渡 友紀(黒霧 レモン)
主人公。歌がうまいVtuber。
気がづいたら部屋にグッズであふれたとのこと。

〇宮下 愛
ギャル。最近友紀への眼差しが熱い。
人にガチで教えるとスパルタになる。

〇田辺 麻由
クラスメイト1。バレー部。
おっとりしている。成績はふつう。

〇早坂 葵
クラスメイト2。バレー部。
ノリがいい性格。成績は悪め。
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