超、くらげほねなし。   作:浜地

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序章

 ──昔々、あるところに⋯⋯

 

「それじゃあいきます。今日読ませてもらうのは──川端康成の『掌の小説』より、『竜宮の乙姫』」

 夜闇に包まれた板敷きの広間。その奥まったところにある、数人の人々が思い思いに座る板間よりも一段高い高座に、一人の少女が座っている。

 僧侶か落語家のように経卓の前で本を開く彼女は、出来るだけ厳かに聞こえるよう暗い外陣に向けて声を張る。

 板敷きの外陣で胡坐をかく人、垂れ絹つきの笠を被って勉強をする人、何かを書き記す人、じっと少女の事を見つめる人。誰もが好き勝手にたむろする優しい闇の中で、くすりと人知れず唇が弧を描く。

 

 ──っていうほど昔でもなくて。

 

「昨日は濃厚なかぐいろ小説だったけど、今日は純文学⋯⋯温度差で風邪ひきそうになるよね。今日お集まりのカメーさんもカタビラさんも、あとマシロも。夏風邪だけは引かないように! ああいうのって後に響くタイプだし……こんな夜中にログインしてる作業中毒はどう考えたって不養生なんだから」

 少女たちが夜を過ごしているここは、いわばどこかの寺の本堂と言ったところか。

 闇と一体化した墨塗りの柱。五色に光る灯籠の灯火。やけに描画が粗いのかポリゴンの目立つ燭台の明かりが、木彫りのメンダコの像をあたかも仏像か何かのように柔らかく照らす。

 本来神仏を祭るべき須弥壇に収まるメンダコの像はどこか可愛らしくデフォルメされていて、宗教的な威厳など微塵も感じられない。それでも、メンダコを背に正座する少女を見守るかの如く、薄く煌めくネオンライトの瞳が後光となって高座を包んでいた。

 

 ──かといって遠い未来の話でもなくて。

 

「類友だよ類友! お()だって百合小説朗読して徹夜なんて毎度のことだろうに!」

「こちとら合同の締め切り落としそうなんだから、筆止めたらマジで死ぬんだって」

 ひょんと音を立てて、胡坐をかいた男が盃を放り投げる。乾いた音とともに畳敷きの高座に、或いは内陣に転がる盃。野次とばかりに何か書き物をしていた女がメガネを上げながら言葉を放つ。

「そんなぁ。アニメの感想を求めてTwitter見てたら数時間浮上しないなんてザラじゃないの? 

 ⋯⋯てかカタビラさんはどうしてこんな状態になるまで放置してたのさ!?」

 少女はからりと笑って雑談モードに。正座を軽く崩して書物を置き、畳に転がった盃を投げ返す。

「知り合いが急に飛んじゃって〜。DMにも反応ないし、ツクヨミにもログインしてないっぽいし。おかげでマジやば限界ムリツムリって感じ?」

 書き物をしていた女は片手を空中で止めたまま、水でも煽るような嚥下を続ける。コントローラーを放して栄養ドリンクでも飲んでいるのだろう。スマコンで覆われ二重になっているはずの視界の中でも筆を執りながら飲み物を飲める姿は、まさしく作業漬けの生活を送り続けたが故の慣れだろう。

「オーディブルとレッドブルのダブルオーバードーズじゃないとやってらんないのよ〜。ほら、人の声ってなんだかんだ集中できるじゃない?」

「それならヤッチョの雑談枠いけばいいじゃんかさぁ」

 少女は不満げに左手の数珠をたぐり、胸元の手ぬぐいで涙を拭くような素振りをする。

 暗にラジオの代わり扱いされたにも関わらず、口元は笑顔だ。大げさに涙をこぼすエモートを使わずとも、声で不満をいう(ブーたれる)くらいでちょうどいい。

 

 ──今より少しだけきらびやかで、それでもあんまり変わらない時のこと。

 

 すかさず。胡座をかいていた男が口を挟んだ。

「はっ、そりゃカタビラにゃ無理さあ。コイツぁ時折ガチ無言が挟まってないと勝手に楽しくなっちまう人間だから」

「そういうカメーは『KASSEN』の野良待ち? 好きだね〜、わざわざソロ入りでフルメン神戦やりたがるとか」

 長年の友人相手に茶々入れるような応酬。苦々しげに俯く男は、盃を拾って一息に飲み干す動作をする。

 喉が動いていないことから、きっとこれはただのフリ(エモート)。流石に社会人だろう彼が平日の夜に酒を煽っているとは思えない。

 それに。味も冷たさもない電子上の液体を好き好んで飲み干すのは味気ないと、わずか数時間前にこの男自身が言っていた通り。

「1on1はしばらく封印さあ。着ぐるみスキン野郎にあそこまでボコされちゃやる気も無くなるってもんで」

「えっカメーさん、いつの間にいろPと対戦してんの!?」

 刹那。食い気味に少女が話に割り込んだ。高座の上から感情を高ぶらせてカチンと拍子木を机に叩きつけ、前のめりになって「いろPの声聞けた!?」と食い入るように声を張る。

 男は一瞬圧倒されたかのようにたじたじになり、やってしまったとばかりに目をそらした。

 そしてわざとらしく腕時計でも見るように腕をまくると、何か自分にしか見えない文字列(ウインドウ)をスライドするかの如く空中に指で線を描く。

「⋯⋯⋯⋯おっ。マッチ始まるわ」

 それだけ呟いた瞬間、男の姿が泡のようになって消える。VR空間特有の、ログアウトした時のポリゴン片が薄暗い本堂の闇へと散っていく。

「あっ、逃げたぞあのやろっ!」

 

 ──あるいは、そこまでキラキラしたライバーなんかいなくて、文武両道な人なんていなくて。むしろ案外みんなぐだぐだな、今とそう変わらないところに。

 

「まーそりゃ⋯⋯どーせ根掘り葉掘り聞くでしょ。かぐいろ過激派だもんねアンタ」

 やれやれと言った風に肩を竦めた女は、水を差すかのようにまた空の手で何か栄養ドリンクでも飲む動作をした。

 少女は経卓の上に枝垂れるようにため息をつくと、全くもうと呟いて髪をかきあげる。

「んなことないしぃ。あんな妄想駆り立てられるペアライバーが出てきたのが悪いんだよ。私の見立てじゃいろPは絶対かぐやちゃんと同棲してて⋯⋯ってかカタビラさんも作業しなよ。私のほうが楽しくなっちゃう」

 にへらと笑って身体を起こし、経卓の上の和本に指を添える。

 今日もやっぱりラジオの代わりは無理そうかな。

 唾と言葉を飲み込んで本を閉じようとした時、外陣に座っていた眼鏡の女が髪を振り乱しながら「おわーっ!」とひとしきり叫んだ。

 ⋯⋯どうやら集中力の限界らしい。

 即売会の締め切りまであと数日というところまで迫った原稿は、印刷所に多大な迷惑をかける超割高締め切りであっても未だに白紙の部分が多いと彼女自身が呻いていた。

 そのストレスを抱えながら絵を描くしかない彼女のことを考えれば、奇行の一つもむべなるかな。

 しょうがないなと笑いながら、少女は眼の前で喚く女を生暖かい目で見つめた。

「だってクソほど面倒くさい(たいぎい)んだもーん!!! 宿題やる前に掃除したくなるのとおんなじ! わかるよねぇ!?」

「わかるけどさぁ! ⋯⋯ああもう、さぎょいぷとか言って雑談になってるじゃん!」

 

 ──あるところに。どこにだっている、普通の女子高生がおりました。

 

「海月⋯⋯あ、くらげ。」

 ふと。その時。

 板敷きの広間の端、障子と壁の角まったところで柱に身を隠すかのように蹲っていた少女が、高座の上へと声をかけた。

 声を出した瞬間、彼女の顔にかけられていたバッテンマークの雑面(ぞうめん)が消えていく。昔々の『杜子春』みたいだな、と創作界隈の内輪ノリそのものな言葉が浮かび、そのまま脳裏を過ぎ去っていった。

 猿の意匠を取り入れた書生のような服装の少女は、じっとメンダコ像の方を⋯⋯経卓の前に座る少女の方へ視線を向ける。焦げ茶色の虹彩に、蝋燭の灯りがゆらりと輝きを返す。

 マシロ。少女の唇が動く。海月(・・)と呼ばれたことは気にしないことにして、彼女の瞳を見つめ返す。

 所在なさげに揺れ動く視線が一点に定まり、海月の双眸と真っ向から目があった。

「わ、私たちのことは気にしないで。多分半分くらいミュート放置して作業してるんだから……」

 顔に貼られたバッテンマークの雑面(ミュートのしるし)を自分から剥がして、言葉少なに息を吐き出す。必死そうな、それでも愛嬌すらある少女の顔を見て、海月は思わず口元をほころばせた。

 2週間。短いけれど、それなりに長い時間。

 それより長い2年間よりも、この夏休みが始まってからの2週間足らずが何より嬉しい。

 出音(しゅっとん)から上がる笑みを無理やり抑えつつ、海月は意地悪そうに口元を留める。

「ちゃんと聴いてるのはマシロだけだよ⋯⋯へん。どうせただの作業用BGMですよーだ」

「そ、そんなこと⋯⋯」

 慌て気味に手を振った書生姿のマシロの反応は、海月にとってむしろ新鮮そのものだ。

 骨の髄までふじゅ〜漬けのツクヨミ中毒者ならこうはいかない。ネタをネタだとわかるオタクにはこのくらいの演技は通じない。

 況やつい先程ログアウトしたカメーも、コントローラーごと横転したのかひっくり返ったままピクリともしないカタビラも。

 今ここにはいないけれど、原稿を落として音信不通になったカレイドスコップも鯖主(仮)のたっちゃんも。誰もが「また始まった」と笑うのがオチだろう。

 ⋯⋯勿論。それを求めてダル絡みしているのはあるんだけど。

「冗談冗談。マシロ、この前短編書いたんだしさ。少しくらい充電しててよ」

 マシロへ軽く笑いかけた海月は、気合を入れるようにかちんと拍子木を打ち、厚く着込んだ羽織を脱ぐ。

 スキン着脱のコマンドではなく、実際に羽織ったパーカーを脱ぐように。じとりと滲んだ汗に当たる冷房の風をスイッチとして──海月がくらげ。になりきって。

 ⋯⋯正直。こんなことをしても登録者が増えるわけでもないし。創作する人(クリエイター)が一番すごいってわかってるけど。

 だけど──背筋を伸ばさないと。作者の好きに、私自身が好きだって伝えないと意味ないし。

 だから。これは。声に出して胸を張り、正面から向かい合って本を()む時のルーティーン。

 

 ──毎日毎日『ツクヨミ』に潜って、通話をしたり作業をしたり、はたまたいつものようにネット上の二次創作を朗読したり。

 

「えー、それじゃあ。お耳汚しを失礼して!」

 ぱちん。少女は語りに合わせて扇子を経卓に叩きつけ、場面転換とばかりに息を吸う。 

 読み上げる文は頭に入っている。そうでなくても、スマコンを通じて視界にオーバーライドされている。

 ポップアップするテキストウインドウには、かつての文豪が記した百と何十もの短編の、そのうち一つが余すこと無く並んでいた。

 よし。一呼吸。少女の薄い胸板が動き、喉を震わせる。心を静めて、はじめの一音を掴んでいく。

 

 ──たまには、純文学なんかを朗読してみたり? 

 

「…………【血みどろになった父がこんな遺言をして死んだものですから】」

 口に出してみるとおどろおどろしい出だし。始めは恨み節のように低く地を這うような声色で。続く地の文は、恋人に雑談がてら話してみるような聞きやすさで。

 昔話のように語るところは少し大仰に。それでも、比喩に過ぎないことを示して熱をやたらと入れないように。

 抑揚をつけた声色で一人二役。いいや三役も四役もと言葉を重ねていく。

 

 ──綺羅びやかなライバーたちを追いかけて、感想を言い合ったりアニメを一気見したりなんだり。

 

「【そして海に落ち込む時に美しい小船になったではありませんか。その小船は一筋の光明のように 真直ぐ沖へ走って行くではありませんか】」

 転調。低く呻くような雰囲気から一転、七福神の宝船を謳い上げるように朗々と。

 ここから先は男と女の会話劇。嫋やかな女と平凡な男、この二人に注力して声を変える。

 ……多分。作者さんは、女の方を見せたいはず。そうでもないと、彼女を中心として摩訶不思議な帰結を辿らない。昔話の乙姫をこんな俗っぽく崩すなんて、文豪ってやつは意地が悪い。

 となると。海月は逆に、一見してあまり良いところがない男の側にこそ考察を巡らせる。

 墓の土台石と共に海に飛び込んだ彼が、女の後を追って安堵した彼が、或いはエゴイスティックに立腹した彼が。ただの身勝手で愚かな小市民だということ以外にどういう心情を持つか。

 ちらりと目線を上げ、眼の前の外陣に視線をやる。燭台の明かりに慣れてしまった眼では薄暗い板間を細かく見通せないけれど——ぎゅっと握られた少女の小さな握り拳だけが闇の垣間から見て取れた。

 

 ──時には、やりすぎみたいな考察と妄想を雑語りしたりして。

 

「【墓石よ、小舟となって恋人の船の浮かぶ海の上に浮かべ】」

 地の文に記されていた怒りの感情。書かれていなかった、恋人へ伸ばす腕とそれを理性で抑える息苦しさ。呪いにも似た情動の矛先を逸らすように、唯一助かる水面を求める偽りの文句。

 それらがすべて綯い交ぜになった言の葉を。少女は、海月は、絞り出すような間と緩急を以て読み上げていく。

 吐き出す吐息。震える声の端。眼を文頭まで滑らせ——途端。また雑談の一部であるかの如く【この女が竜宮の乙姫なんですよ】とオチをつけて。

 海月は開かれた経本の代わりに手拭いを畳み、場面を切り替える。

 

 ──そうやって貴重でも何でもない夏休みを、思う存分に満喫していました。

 ──名前を刑部(おさかべ)海月(みづき)。読みにくければ⋯⋯くらげ。と呼んでください。

 

 

 

「【昔話とおんなじでしたわ。おしまいまですっかり】────っと」

 

 おしまい。どっとはらい。とっぱらりんのぷう。

 肩で軽く息を整えながら、海月は顔を上げる。

 良い物語を読み上げた後は、いつだってこうだ。物語っていう海に潜って宝物を引き上げた時みたいな感覚。

 恐る恐るの後味を思い切って振り払い、少しだけおどけるように、震えの残った心臓を抑えて。

「ご清聴、ありがとうございました。⋯⋯ASMR以上、朗読劇以下くらいにはなったかな?」

 熱を持って火照った身体を冷やすかのように手元の扇子を仰ぐ。リアルの方でそんなもの用意しちゃいないけれど、手扇で我慢するしかない。

 ⋯⋯こういう時、何にも返事が返ってこないと少し怖くなる。

 海月は小さく瞼を閉じる。息を整えるついで、明るさに慣れすぎた高座の上から薄暗い外陣の方へと暗闇にまた目を慣らす。

 それでも。目を開けた時、誰もが白眼視していたらどうしよう。

「⋯⋯はは、やっぱり疲れちゃうなぁ」

 

 ——ふと。暗闇の中で、小さな白い掌が徐々に開かれていくのが見えた。

 礼儀正しく正座した少女の袴の膝。ゆっくり柔らかく重なる諸手。ほうと零される溜息。

 ミュートの雑面は被っていない。マシロは一言も喋らない。田舎っぽくはあるが端正な顔立ちは、燭台の明かりを受けて血色よく朱に見える。

 きらきらと後光を受けて煌めく虹彩には、誰かの人影が映っているような気がした。

「──よし、今日の私の作業はここまでかな。みんなミュートしちゃってるし、このままいても無言で寝落ちしちゃいそうだし⋯⋯それじゃあ落ちノシ!」

 海月はぱちんと拍子木を経卓に打ち付け、ありがとねと手を合わせながら頭を下げる。

 そうして一段高い内陣から板の間へと踏み出すやいなや、柱の陰に座るマシロの手を取った。

 

「ねえマシロ。もうちょっとだけ、落ちるの待っててくれる?」

 一瞬呆気にとられたマシロの手。少し熱い指先で握り返され、舞い踊るように立ち上がらせる。

 立ち上がった拍子に袴の裾がひらりと巡り、薄い影が闇に溶けていく。

 暗い本堂の障子を抜けた先は板敷きの濡れ縁。寺に似つかわしくないウミウシ型の鐘が夜風に揺れる最中を、階段を飛び越えながら玉砂利の地面へと駆け下りる。

「み、海月⋯⋯。これから、どこか行くの? えっと、月見ヤチヨって人の配信とか⋯⋯かな。ついてくよ?」

 不安さを隠しきれないのかもごりと口籠るマシロに、海月はううんと首を振って空を見上げた。

「へへ。今夜は実質寝落ち通話。マシロが落ちるまで⋯⋯あ、いつでも落ちて良いんだけどね!」

 にへと笑った海月の横顔から目を逸らす。必死に首を振って、それから少女は海月の視線の先に向いていく。

 マシロがつられて見上げれば、そこには一面の夜空があった。

 まるで暗い海の底から星空を見上げているかのような静寂。揺らめく光の遠さと、水面を通しているかのような不鮮明さ。

 星々の代わりに闇色の大空を動き回るのは、ドローンアートか何かのように光る点で形作られた鯨やシャチ。イワシにも似たライトの群れが大河のように駆け巡り、遠く向こうの巨大な摩天楼が聳え立つ人口島へと流れ込んでいく。

 ──日本最大の仮想空間、『ツクヨミ』。今こうして数え切れないくらいの人が、ネットの海で同じ夜空を見上げている。

 寺院の玄関である大きな木造の山門のへりに座り込んだ海月は、一緒に座るよう促しながら口ずさむ。

「いやね、もう少しだけ練習したくて。お手間なんだけど聞いてみてくれないかな⋯⋯って言っても全部通しで読んじゃうんだけどさ」

 その言葉に、マシロはうんと頷いた。今の時刻を確認するまでもなく、当然とばかりに首肯した。

「いいよ。だけど⋯⋯声のことはわからないから、いつも通りイイネくらいしか言えないよ?」

「いいのいいの! こういうのって、誰かが見てるって思えば締まりが出るんだからさ」

 

 それじゃあ早速。

 海月はすう、と息を吸うと、夜風に乗せるように物語る。

 闇に溶けるような黒い羽織。白く月明かりの目立つ和服。クラゲをモチーフにしたかのようなゆったりとした袈裟と袴。

 格好良くも過度に可愛らしくもない、かといってそこまで悪くもない。クラシックで地味でどこにでもいる、普通の『ツクヨミ』の住人みたいに。

 

「昔、昔のことじゃった」

 

 猿の意匠があしらわれた書生姿の少女は、マシロは、瞼を閉じることなく横目で海月の方を見つめる。

 愉しげに言葉を紡ぐ少女の姿を、静かな山門の下で耳にとどめていく。

 

「海は今ほど塩辛くなくて、亀の甲羅にはひび割れたような模様がなくて、カレイとヒラメは同じ身体で泳いでおって」

 

 月の下。口元をほころばせながら語っていく彼女の話を、マシロは何も言わずに聞いていた。

 

「クラゲには硬い骨があったのじゃ」

 

 

 

 

『超、くらげほねなし。』

 

 

 

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