インフィニット・ストラトス ~暮桜の懺悔~ 作:熾天使セラフィム
私の世界観による設定上、仕方ないのです
俺は第三アリーナの控室で椅子に座っていた。
頭の上には氷嚢。
戦闘後から続いている鈍い頭痛を冷やしている。
脳裏には、先程のブルー・ティアーズ戦のデータがまだ残っていた。
あのビット。
おそらく、まだ試作段階。
軌道変更時、スラスターノズルが露出していた。
推力偏向制御が未成熟。
あの時点で完成度は読める。
そして、ミサイル型ビット。
思想そのものは、こちらのファンネルミサイルと近い。
だが完成度は低い。
ミサイル発射機構がサイドアーマーの砲身依存。
つまり砲身を破壊された時点で終わる。
兵装依存度が高すぎる。
(……学べる部分は少ないな)
そう考えながら脳内で戦闘データを整理していると。
携帯端末が振動した。
着信表示。
織斑千冬。
「もしもし」
『私だ』
低い声。
いつも通りの織斑先生だった。
「何ですか? もうクソガキ共の下らない戦いは終わったんですか?」
『いや、まだだ』
『現在、一夏はビットに翻弄されている』
「アレにですか?」
思わず呆れた声が漏れる。
「あんなの、シールドエネルギーすら大してないでしょう」
「俺が白夜の左腕部に積んだマシンガンなら数秒で全部落とせますよ」
沈黙。
数秒。
そして。
『……その白夜について聞きたい』
「はい?」
白夜?
『お前、白夜の調整に関わっていたんだよな?』
「関わってたというか、男性用イメージインターフェース積んだのも、起動OS組み込んだのも俺ですよ」
「FCSもオートエイムも」
「最終組み立て自体は第二研究所ですけど」
「それが何か?」
『もう一つ聞く』
千冬の声色が変わった。
僅かに。
だが確実に。
『お前が最後に白夜へ乗ったのはいつだ?』
最後?
そんなの決まっている。
IS学園へ来る直前まで、俺は白夜と打鉄弐式の調整に駆り出されていた。
「三月十九日ですね」
『……そうか』
反応が妙だった。
短い。
だが、明らかに何かを警戒している。
「どうしました?」
『お前が提出した白夜のデータと、現物のデータが一致しない』
「……は?」
一瞬、思考が止まった。
「待ってください」
声が低くなる。
「俺は間違いなく、三月十九日時点で白夜を完成させて第二研究所へ引き渡してます」
「そこから先は知りませんが、たった三週間でISを作り直せるわけないでしょう」
『私に聞くな』
千冬が吐き捨てるように言う。
『専門家は貴様だろう』
「……」
『とにかく、次の試合で身をもって確認しろ』
通信が切れた。
控室に沈黙が落ちる。
「……どういうことだ?」
第二研究所。
あそこの所長は天才だ。
そして同時に、致命的に頭のネジが外れている。
俺と同じ第一種最高評価持ち。
つまり、“本当にやれる側”の人間だ。
だが。
国家プロジェクトでそんな真似をするか?
篝火ヒカルノ。
何をしやがった。
「マズイな……」
嫌な予感がした。
これはただの調整ミスじゃない。
もっと根本的な何かだ。
俺は立ち上がる。
「……セシル博士に報告だな」
そう呟き、控室を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
整備ブロックへ入った瞬間。
いつもの騒音が耳へ飛び込んできた。
整備アームの駆動音。
高出力ジェネレーターの低音。
工具がぶつかる金属音。
その中央。
セシル博士はヤタガラスの追加弾装チェックを行っていた。
「……あら?」
こちらへ気付いたセシル博士が顔を上げる。
「休んでなさいって言ったでしょ」
「休憩終了です」
俺は真っ直ぐ彼女の元へ向かう。
「ちょっと面倒な話になりました」
その一言で、セシル博士の表情が変わった。
「何があったの?」
「白夜です」
「……白夜?」
「えぇ」
俺は端末を操作しながら言った。
「織斑先生曰く、“俺が提出した白夜のデータと現物が一致しない”そうです」
数秒。
セシル博士が固まる。
「……は?」
「俺も同じ反応しました」
「いや待って、そんなのあり得ないでしょ」
「ですよね」
「ISを三週間で改造? しかも白夜レベルを?」
「普通は不可能です」
だが。
俺は小さく息を吐いた。
「第二研究所なら、“不可能”で済まない可能性がある」
その瞬間。
セシル博士の顔から笑みが消えた。
彼女も理解したのだ。
倉持技研第二研究所。
あそこには、“やってはいけない事をやれる連中”が揃っている。
具体的には、あまりにも一部の能力が尖りすぎている濃い面子達が。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
整備ブロックに、短い警告音が鳴った。
同時に、天井スピーカーから低い声が響く。
『――烏間永夢。第三アリーナへ出撃しろ』
織斑千冬。
試合開始の合図だった。
整備ブロックの空気が、一瞬だけ張り詰める。
セシル博士が小さく息を吐いた。
「……行くしかないわね」
「えぇ」
俺はヤタガラスへ視線を向ける。
黒い機体は既に再武装を終えていた。
拡張領域内には最低限の弾薬。
ファンネルミサイルは未使用。
今回は必要ない。
相手は――論外だ。
俺はハンガーフレームを上がり、コックピットへ乗り込む。
シート固定。
神経接続開始。
視界へ戦術UIが展開された。
《ヤタガラス》
システムオールグリーン。
その奥。
装甲内部へ格納された《アーミラリ天球儀》が静かに起動する。
Ex-S。
オムニ・カルキュレーション接続開始。
脳裏へ、演算補助感覚が流れ込んできた。
「リンク正常」
『こっちも確認したわ』
セシル博士の声。
『……永夢君』
「なんです?」
『試合が終わったら、“白夜”を回収してきて』
「……は?」
一瞬、意味が分からなかった。
「回収?」
『日本政府から正式通達よ』
「いや待ってください」
俺は眉を寄せる。
「白夜は織斑一夏の専用機として登録された機体でしょう」
「なんで回収する必要があるんです?」
そこで。
ふと、思い出した。
織斑一夏。
あいつ。
第2種どころか、第3種IS操縦資格すら持っていない。
つまり。
完全な無免許。
「……あ」
『気付いた?』
セシル博士が疲れたように言った。
『貴方っていう“正式な男性IS操縦者”が現れた以上、日本政府としては無免許人間へISを持たせ続けるわけにはいかないの』
『しかも白夜は国家機密級の第三世代型』
『本来なら、試験運用ですらかなり危うい案件だったのよ』
「なるほど……」
完全に法的問題だった。
これまでは、“世界で唯一の男性操縦者”という理由で半ば特例扱いされていた。
だが今は違う。
俺がいる。
第一種IS操縦資格持ち。
しかも倉持技研所属。
国家代表運用も視野に入る正式パイロット。
そうなると、一夏の立場は一気に危うくなる。
「まぁ、そりゃそうなるか」
『納得した?』
「えぇ」
俺はシートへ深く座る。
「つまり、今回は試合ついでの機体回収任務ですね」
『そういうこと』
ヤタガラス固定完了。
カタパルト接続。
前方シャッターがゆっくり開いていく。
眩しい光。
歓声。
観客席の熱気。
『――ヤタガラス、発進許可』
「了解」
次の瞬間。
黒いISが射出された。
爆音。
加速。
エナジーウィングが淡く展開し、ヤタガラスが第三アリーナへ飛び出す。
そして。
アリーナ中央。
そこにいた“それ”を見た瞬間。
俺の思考が止まりかけた。
「…………は?」
白いIS。
白夜。
……いや。
違う。
あれは。
「何だ、あれ……」
名前が違う。
戦術モニターへ表示されている機体識別名。
《白式》。
白夜じゃない。
まずそこがおかしい。
さらに。
オムニ・カルキュレーションが高速解析を開始する。
(左腕部マシンガン消失)
(両腕ナックルガード排除)
(追加装甲撤去)
(機体バランス再構築)
(近接戦特化……?)
理解が追いつかない。
俺が設計した白夜じゃない。
完全に別物だった。
しかも。
(性能低下……だと?)
総合性能が落ちている。
装甲。
継戦能力。
拡張領域。
全部下がっている。
代わりに異常なまでに尖っているのが――。
(零落白夜出力特化型……!?)
そして。
雪片。
いや。
雪片じゃない。
解析結果が表示される。
《雪片弐型》
「…………誰だよこんなの作ったの」
思わず真顔になった。
あまりにもピーキー。
あまりにも危険。
あまりにも頭がおかしい。
安定性を全部投げ捨てて、零落白夜だけへ全振りしている。
兵器として成立していない。
狂人の作品だ。
「篝火ヒカルノ……!」
第二研究所の変態所長の顔が脳裏に浮かぶ。
あいつだ。
絶対あいつだ。
『おい永夢ッ!!』
怒鳴り声。
織斑一夏だった。
『機体性能で勝って嬉しいのかよ!』
『セシリアとは正々堂々戦えよ!』
『大人のくせに情けねぇんだよ!!』
……何か言っている。
だが。
正直、何一つ頭へ入ってこなかった。
そんなことより。
目の前の《白式》がヤバすぎる。
(なんでこれで実戦許可出した……?)
理解不能だった。
その瞬間。
『試合開始!』
一夏が動いた。
「うおおおおおおッ!!」
白式が突撃。
雪片弐型が展開される。
そして。
零落白夜、起動。
白い粒子光が刀身を包み込んだ。
本来なら、IS装甲すら切断可能な必殺攻撃。
だが。
ヤタガラスは動かない。
俺は武装を取り出しすらしなかった。
ただ。
避ける。
最小動作で。
紙一重。
白刃が空を裂く。
だが当たらない。
「なっ……!?」
一夏の顔が歪む。
遅い。
単調。
動きが全部読める。
零落白夜は確かに強力だ。
だが、それだけだ。
機体制御が追いついていない。
剣速に対して姿勢制御が甘い。
加速後の慣性処理も雑。
しかも。
(エネルギー消費、最悪だな)
白式のエネルギー残量が見る見る減っていく。
当然だ。
あの構造で常時零落白夜発動など、燃費が狂っている。
「くそっ!! 逃げんなよ!!」
一夏が再び突撃してくる。
避ける。
また避ける。
避ける。
避ける。
ただそれだけ。
攻撃する必要すらない。
そして。
数分後。
白式が、止まった。
「……あ?」
一夏が呆然とする。
警告表示。
エネルギー切れ。
当然の結果だった。
零落白夜を垂れ流しながら突撃を繰り返せば、そうなる。
俺は静かにヤタガラスを接近させる。
そのまま。
白式の両腕を拘束。
地面へ押さえ付けた。
「な、離せよッ!!」
「終了だ」
強制解除コード入力。
白式の展開が解除される。
光が消えた。
その場へ落下しかけた一夏を、ヤタガラスのクローで適当に拾う。
『――勝者、烏間永夢』
アナウンス。
歓声。
だが俺はそれどころではなかった。
目の前に浮かぶ待機形態。
白式。
……いや、元白夜。
それを見ながら、頭を抱えたくなる。
「なんでこうなった……」
「返せよッ!!」
一夏が叫ぶ。
「俺のISだぞ!!」
意味不明だった。
俺はため息を吐く。
「いや、元々国家機密だからお前のじゃないぞ」
「はぁ!?」
「あとお前、無免許だ」
「……え?」
「正式通達。白式は回収対象になった」
一夏が固まる。
俺はそのまま白式を回収し、ヤタガラスで整備ブロックへ帰投した。
……帰ったら、第二研究所へ電話しよう。
本気で。
説教が必要だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――第三アリーナ、運営管制室。
重苦しい沈黙が流れていた。
モニターには、回収された《白式》の状態データ。
エネルギー残量ゼロ。
各部高熱化。
零落白夜強制連続使用による内部負荷警告。
そして。
その部屋の中央では。
「なんで俺のISを取り上げるんだよ!!」
織斑一夏が机を叩いていた。
「俺の専用機だぞ!?」
対面。
織斑千冬は椅子へ座ったまま、一切表情を変えない。
「違う」
一言。
低い声。
「白式は日本政府及び倉持技研共同管理下の国家機密兵器だ」
「お前の所有物ではない」
「でも俺が使ってたじゃねぇか!」
「それは“特例”だ」
千冬が冷たく言い放つ。
「世界で唯一の男性適性者だったからこそ許可されていただけに過ぎん」
「だが現在は違う」
机の上へ、一枚の電子書類が投影される。
日本政府通達。
《白夜一時運用停止及び機体回収命令》。
「正式な第一種IS操縦資格保持者が確認された以上、無資格者へのIS運用継続は認められない」
「それが政府判断だ」
「無資格って……!」
一夏の顔が引き攣る。
「俺だって戦ってただろ!?」
「戦えるかどうかの話ではない」
千冬の声がさらに冷える。
「法と責任の話だ」
「お前は第3種資格すら持っていない」
「本来なら、IS学園の模擬戦へ参加していること自体が異常なんだ」
「でも千冬ねぇは許可してたじゃねぇか!」
「教官を姉と呼ぶな」
即答だった。
一夏が言葉に詰まる。
だが、すぐに食って掛かる。
「じゃあ何だよ!」
「永夢の方が正しいってのか!?」
「大人の癖に機体性能頼りで!」
「遠距離からミサイル撃って!」
「あんなの卑怯だろ!!」
その瞬間。
空気が凍った。
千冬の目が、細くなる。
「……卑怯?」
「そ、そうだろ!」
「正々堂々戦えって話で――」
「馬鹿者」
ドン、と低い音。
千冬が机へ肘を置く。
「戦場に正々堂々など存在しない」
「勝った方が正しい」
「生き残った方が正義だ」
一夏が言葉を失う。
「そもそも貴様」
千冬は淡々と続けた。
「烏間永夢が何故、ミサイルを使ったと思っている」
「……?」
「相手を最短で無力化するためだ」
「被害を最小化し、最速で終わらせる」
「それがプロだ」
「だが貴様は違う」
モニターへ白式の戦闘ログが映し出される。
零落白夜連続使用。
突撃。
回避不能な直線軌道。
無駄な高出力消費。
「感情任せに突っ込むだけ」
「機体制御もできていない」
「エネルギー管理もできていない」
「挙句、相手へ一撃も届かず自滅」
千冬が冷たく言い放つ。
「三流以下だ」
「っ……!」
一夏の顔が赤くなる。
「でも俺はまだ初心者で――」
「烏間永夢も初心者だ」
「……え?」
「IS操縦歴だけで言えば、貴様と大差ない」
一夏の顔が固まる。
「だが奴は、貴様と違って“学んでいる”」
「操縦資格を取得し」
「IS工学を修め」
「整備資格を取り」
「国家運用規定も理解している」
「その上で戦っている」
「……」
「貴様は何をした?」
返答できない。
「専用機を与えられたから乗っただけだ」
「それだけで、戦士になった気でいる」
「違うか?」
一夏の拳が震える。
だが反論できない。
千冬はさらに追撃した。
「あともう一つ」
彼女がモニターへ白式の内部データを表示する。
「貴様、自分の機体がどれだけ危険か理解しているか?」
「危険って……」
「白式は、白夜をベースに極端な近接特化改修が施されている」
「安定性を投げ捨て、零落白夜出力へ全振りした欠陥機だ」
「本来なら正式承認など絶対に通らん」
一夏が目を見開く。
「え……?」
「貴様は気付いていなかったようだがな」
千冬が呆れたように息を吐いた。
「烏間永夢が避け続けたのは、貴様を馬鹿にしていたからではない」
「下手に反撃すれば、白式が空中分解しかねなかったからだ」
「……は?」
「貴様の操縦技術では、あの機体性能に耐えられていない」
静かな声だった。
だが。
その内容は重い。
「つまり貴様は、“手加減されていた”」
「…………」
一夏の顔から血の気が引く。
「それでもなお、文句を言うか?」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
一夏は。
「……でも、アイツ感じ悪いだろ」
全然反省していなかった。
千冬が深く目を閉じる。
数秒後。
「山田先生」
「は、はいっ!?」
突然名前を呼ばれた山田真耶が跳ねる。
「織斑一夏へ学園規則、国家安全保障法、IS運用規定、操縦資格制度について一から叩き込め」
「期間は?」
「理解するまでだ」
「えぇぇ……」
一夏の顔が絶望に染まった。
だが。
千冬は一切容赦しなかった。
「まず自分がどれだけ危うい立場だったか理解しろ、馬鹿者」
車すら運転免許が必要なのにISを無免許運転させるわけがねぇだろ。おとなしく教習所(IS学園)通っとけ。
操縦資格は整備資格を取れれば問答無用で発行されます。だから整備資格は男性でも取れます。操縦資格も。動かせるかはわかりませんが。