インフィニット・ストラトス ~暮桜の懺悔~ 作:熾天使セラフィム
翌日早朝。
第八アリーナ。
正式訓練時間外。
人気のない巨大空間の中央で、一機の白いISが静かに浮かんでいた。
《白式》。
かつて《白夜》と呼ばれていた機体。
現在は、最低限のフレーム改修のみを終えた状態だ。
徹夜で仕上げた故に結構不安だ。
追加姿勢制御スラスター。
冷却効率を改善。
補助エネルギーラインを再設計。
外装フレームを補強。
だが。
根幹――ISコア側は一切触れていない。
触れない。
篠ノ之束が直接弄った時点で、もはやブラックボックスだった。
「……起動」
俺は白鍵を握る。
瞬間。
白い装甲が展開。
光が身体を包み込む。
だが。
直後、脳へ重い違和感が走った。
「っ……」
視界が一瞬だけ揺れる。
当然だ。
白式は完全に織斑一夏用へ最適化されている。
普通なら、俺ではまともに適合できない。
だからこそ。
『オムニ・カルキュレーション接続確認』
脳内へ電子音声。
現在、Ex-Sは待機形態《アーミラリ天球儀》として、第八アリーナ整備ブロックへ封印状態で保管されている。
だが。
オムニ・カルキュレーションだけは遠隔リンクを維持。
白式の制御補助を強引に肩代わりしていた。
要するに。
今の俺は、“Ex-Sを介して白式へ無理矢理乗っている”状態だ。
「……相変わらず無茶苦茶だな」
誰に言うでもなく呟く。
普通なら成立しない。
だが成立してしまっている。
倉持技研製だから。
俺だから。
そして何より、オムニ・カルキュレーションだから。
白式がゆっくり浮上する。
白い粒子光。
軽い。
驚くほど軽い。
ヤタガラスとも違う。
Ex-Sとも違う。
あまりにもシンプル。
余計なものが削ぎ落とされている。
「……なるほど」
数度、加速。
旋回。
停止。
そこで理解する。
「初心者向けっていうのは、嘘じゃないのか。小学生でも動かせそうなシンプルさだ」
操作系統そのものは異様なほど単純化されていた。
機体側が“やりたい動き”を先読みして補助してくる。
だから直感的。
織斑一夏のような素人でも動かせる。
その代わり。
細かい機動制御が死んでいた。
ヤタガラスなら可能な、空間単位の姿勢制御が出来ない。
融通が利かない。
良くも悪くも“扱いやすさ全振り”。
「……極端だなぁ」
だが。
嫌いじゃない。
俺は右手を動かす。
瞬間。
白式の右手へ、一振りの刀が形成された。
《雪片弐型》。
白式専用近接兵装。
見た目だけなら、以前の雪片二式とあまり大差ない。
だが。
中身が違う。
「展開」
刀身が展開する。
発光が起きた。
瞬間。
零落白夜発生。
空間へ白い粒子が散る。
ISシールド強制破壊能力。
だが次の瞬間。
「解除」
光が消える。
刀身が通常状態へ戻る。
「……あ」
そこで気付いた。
もう一度。
展開。
解除。
展開。
解除。
白い閃光が連続する。
「これ……」
思わず感心する。
「使い分け前提か」
刀身展開状態。
零落白夜による対IS特化モード。
シールドエネルギー破壊専用。
そして解除状態。
こちらは純粋な実体剣。
つまり。
必要な瞬間だけ零落白夜を発生させられる。
「面白いな……」
以前の雪片二式より合理的ですらある。
常時展開ではない。
だからエネルギー効率が改善されている。
さらに。
展開を一瞬だけ使えば――
閃光。
「目潰しか」
軽く目を細める。
なるほど。
近接戦中、視界妨害としても使える。
フェイント。
虚を突く。
相手の認識阻害。
シンプルだが強い。
篠ノ之束。
あの女、センスがおかしい。
「……ただなぁ」
俺は雪片弐型を軽く振る。
その感触で分かる。
「脆い」
原因は明白。
展開装甲を、そのまま刀身形成へ使用している。
つまり。
構造強度そのものが低い。
強度より機能優先。
まともに打ち合えば、いずれ壊れる。
特に高出力近接武器との正面衝突は危険だ。
「対人ならともかく、対重装甲じゃ厳しいか……」
しかも。
白式最大の問題はそこじゃない。
「拡張領域……ゼロ」
俺はため息を吐く。
ヤタガラスなら考えられない。
だが白式には、本当に何も無い。
拡張領域そのものが、篠ノ之束によって削除されていた。
武装追加不可。
予備弾倉不可。
追加装備不可。
つまり。
“最初から積んだものだけで戦え”という思想。
「ロマン全振りすぎる……」
さらに悪いことに。
「FCSまで外してるのかよ……」
ロックオン補助無し。
射撃演算無し。
オートエイム無し。
本当に近接特化しか考えていない。
極論。
“斬れば勝ち”だけで作られている。
頭がおかしい。
だが。
それでも。
「……嫌いじゃないんだよな、こういうの」
白式を旋回させながら、俺は小さく笑った。
欠陥だらけ。
極端。
ピーキー。
なのに。
何故か妙に楽しい。
まるで。
“戦え”とでも機体そのものが語り掛けてくるようだった。
けど、現実問題は違う。
織斑千冬のような存在なら、この剣一本スタイルでも戦えるだろう。
しかし、彼女は別に剣しか使えないわけではない。
銃を使い。
バズーカを使い。
盾を使い。
様々な兵装を使いこなしたうえで、“最終的に剣一本へ辿り着いた”人間だ。
だから強い。
選択肢を知った上で、捨てている。
だが白式は違う。
「最初から選択肢が存在しない」
それは強みでもあり、弱点でもある。
近接へ持ち込めば異常な強さを発揮する。
零落白夜。
雪片弐型。
あの二つだけで、IS戦のルールそのものを破壊できる。
だが。
逆に言えば、そこへ辿り着けなければ終わりだ。
射撃特化機。
要塞型。
重装甲機。
空間制圧型。
そういう相手には極端に相性が悪い。
「初心者向けなのに、やってることは上級者専用機なんだよな……」
矛盾していた。
操作そのものは簡単。
だが。
戦術要求値が異様に高い。
織斑一夏が今後どれだけ成長しようと、この機体に振り回される未来しか見えない。
――いや。
違うか。
「束さん、最初からそれ込みで作ってるな……」
おそらく。
白式は“育成機”だ。
未熟な操縦者へ無理矢理、近接戦闘を叩き込むための機体。
逃げ道を消し。
武装を削り。
接近するしかない構成へ固定する。
結果として。
操縦者は否応なく前へ出るしかなくなる。
「……スパルタにも程がある」
俺は苦笑した。
だが。
あのウサギ博士ならやる。
むしろ、あの女なら“成長イベント発生装置”くらいの感覚で組んでいても不思議じゃない。
その時だった。
白式の警告ウィンドウが点灯する。
WARNING
ENERGY OUTPUT RISING
REIRAKU BYAKUYA LINK ACTIVE
「ん?」
瞬間。
雪片弐型の刀身が、ひとりでに淡く発光した。
零落白夜。
しかもさっきより出力が高い。
「待て、勝手に――」
次の瞬間。
白式が加速した。
「うおっ!?」
白い残光。
一瞬でアリーナ端まで到達。
遅れて衝撃波。
空気が揺れる。
俺は即座に姿勢制御。
強引に制動を掛ける。
白式が空中でスピンしながら停止した。
「……なんだ今の」
心拍数が上がる。
今の加速。
明らかに通常挙動ではない。
俺は即座にオムニ・カルキュレーションでログ解析を開始する。
『雪片弐型と零落白夜リンク時、機体全身へ瞬間出力配分変更を確認』
「……は?」
さらにログを追う。
『近接接敵時限定、高機動モードへ自動移行』
『推進剤消費率増大』
『フレーム負荷増大』
『操縦者保護機能、一部解除』
「いやいやいや」
頭を抱えたくなった。
「なんで近接戦専用の時だけリミッター外れてるんだよ」
しかも。
解析すればするほど分かる。
これは偶然じゃない。
明確に意図された挙動だ。
つまり。
“斬りに行く瞬間だけ、機体性能を爆発的に引き上げる”設計。
代わりに。
継続不可。
負荷激増。
長時間運用不能。
「本当に短期決戦しか考えてないなこの機体……!」
まるで織斑千冬のコピーを作るためだけの機体だ。
だが。
強い。
間違いなく。
近接へ入った瞬間だけなら、下手をすればヤタガラスすら喰う。
もちろん総合性能では比較にならない。
だが。
“斬る瞬間”だけに限定するなら。
白式は異常だった。
その時。
脳内へ電子音が響く。
『外部通信接続』
直後。
『あー、動いてる動いてる』
「……セシル博士?」
『織斑先生もいるわよ』
通信ウィンドウが開く。
モニター越しに、セシル博士と織斑千冬がこちらを見ていた。
『で?』
千冬が腕を組む。
『実際に乗った感想はどうだ』
俺は少しだけ黙る。
そして。
「……欠陥機ですね」
即答した。
だが同時に。
「ただし、“当たれば最強”です」
千冬の眉が僅かに動く。
「雪片弐型と零落白夜が噛み合った瞬間だけ、異常な加速性能が出ます」
「恐らく接近戦限定の瞬間火力機」
「ただし継戦能力は最低」
「拡張領域なし」
「FCSなし」
「射撃能力ほぼゼロ」
「長期戦した瞬間終わります」
『ふむ』
千冬は静かに聞いている。
そして。
「……だが」
俺は白式を見下ろした。
白い装甲。
細身のシルエット。
無駄を削ぎ落とした機体構造。
「近接戦だけなら、確かに夢がありますね」
その瞬間。
通信越しにセシル博士が吹き出した。
『あーあ』
『永夢君、それ束博士と同じ感想になってるわよ』
「やめてください。最悪です」
『でも顔ちょっと楽しそう』
「否定はしません」
そう答えながら。
俺は再び雪片弐型を構えた。
白い刀身が静かに展開する。
零落白夜起動。
アリーナへ白い粒子が舞った。
――欠陥機。
――ロマン機。
――だが、確かに強い。
だからこそ。
「……困るんだよなぁ、こういう機体」
苦笑しながら。
俺は再び、白式を加速させた。
この機体をどうにかしなければという思いと。
別に、このままでも良いんじゃないかという思い。
その二つに挟まれながら、俺は白式を駆る。
白い残光が第八アリーナを裂く。
加速。
斬撃。
瞬間機動。
欠陥だらけ。
極端。
継戦能力皆無。
なのに――。
「……アカン」
思わず笑いが漏れた。
「ちょっと楽しくなってきた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第八アリーナ整備ブロック。
白式の待機解除を終えた後。
俺はハンガーデッキ脇の簡易整備スペースで、コンソールを眺めながらコーヒーを飲んでいた。
白式は現在、整備アームへ固定されている。
白い装甲の各所には、さっきの高機動テストによる熱痕が残っていた。
零落白夜起動時の瞬間負荷。
やはり普通じゃない。
「で?」
背後から声。
振り返ると、セシル博士と織斑千冬がこちらへ歩いてきていた。
「通信で一度聞いたけど、実際に乗った感想発表会といきましょうか」
セシル博士が楽しそうに笑う。
「どうだった?篠ノ之束博士渾身のロマン機は」
「率直に言いましょうか?」
「えぇ」
俺は白式を見上げる。
少し考えて。
「欠陥機ですね」
即答した。
セシル博士が吹き出す。
「やっぱり?」
「拡張領域ゼロ。FCSなし。射撃能力ほぼ無し。継戦能力も低い」
「しかも零落白夜前提の超近接特化」
「現代IS戦闘でやる構成じゃないですよ」
「だろうな」
千冬も頷く。
だが。
俺は言葉を続けた。
「……ただ」
二人がこちらを見る。
「やっぱり近接戦に限れば、異常に強いです」
「雪片弐型と零落白夜が噛み合った瞬間の爆発力が頭おかしい」
「近接へ入る瞬間だけ、別機体になります」
「あと、刀身展開による瞬間目潰し」
「アレ考えたの、多分束さんですよね?」
「私もそう思うわ」
セシル博士が苦笑する。
「絶対楽しんで作ってるわよあの人」
「でしょうね……」
俺は頭を押さえる。
「使ってる側は胃が痛いです」
「でも、途中からは普通に動かしてたじゃない」
セシル博士が白式を指差した。
「最初は“乗せられてる”感じだったけど、後半はちゃんと機体側を御してたわよ?」
「そうですか?」
「そうだ」
今度は千冬が口を開く。
「特に最後の連続機動」
「零落白夜起動と同時に慣性制御へ身体を合わせていた」
「最初に会った頃なら、あの加速で身体が流れていたはずだ」
「……」
「上手くなったな」
短い。
だが。
その言葉には確かな実感があった。
俺は少しだけ目を丸くする。
「織斑先生に褒められる日が来るとは……」
「何だ、不満か?」
「いえ。普通に嬉しいです」
そう答えると、千冬は少しだけ口元を緩めた。
珍しい。
本当に少しだけだが。
「どうだ?」
彼女が腕を組む。
「私の弟子にならんか?」
「……は?」
一瞬、思考が止まった。
セシル博士まで固まる。
「ちょ、千冬さん!?」
「別におかしな話ではないだろう」
千冬は平然としている。
「技術者としても優秀」
「操縦者としても伸びている」
「何より、実戦思考だ」
「今のお前なら鍛える価値はある」
真っ直ぐこちらを見る。
冗談ではない。
本気だ。
世界最強。
ブリュンヒルデ。
その本人からの直接勧誘。
普通のIS操縦者なら卒倒している。
だが。
俺は少し困ったように頭を掻いた。
「いや……」
「今回のは白式とEx-Sのお陰ですよ」
「オムニ・カルキュレーションで無理矢理補助してましたし」
「それに――」
自然と、一人の顔が浮かぶ。
「楯無生徒会長との訓練がかなり大きいです」
「……ほぅ?」
千冬の眉が僅かに上がった。
「あいつとか」
「毎日死ぬほど振り回されてましたからね」
「高機動戦の無茶振り耐性は、あの人との模擬戦でよーく鍛えられました」
「納得したわ」
セシル博士が遠い目をする。
「楯無ちゃん、容赦ないもの」
「溺れ死ぬかと思いましたよ何回も」
「死んでないなら問題ない」
千冬が即答した。
「ブラック企業かな?」
「IS操縦とはそういうものだ」
「嫌すぎる……」
思わず本音が漏れる。
だが。
不思議と悪い気分じゃなかった。
白式。
Ex-S。
ヤタガラス。
そして訓練。
積み重ねてきたものが、ちゃんと形になっている。
それを。
世界最強本人から認められた。
その事実が、少しだけ嬉しかった。
そんな俺を見て。
千冬は静かに言う。
「……まぁ、今すぐ答えを出す必要はない」
「考えておけ」
その言葉に。
俺は小さく笑った。
「善処しますよ。師匠候補」
「誰が候補だ」
即座に返ってくる。
そのやり取りに、セシル博士が吹き出した。
そして。
整備ブロックには、珍しく少し穏やかな空気が流れていた。