インフィニット・ストラトス ~暮桜の懺悔~ 作:熾天使セラフィム
「そういえば永夢君、聞いた?」
背後から、セシル博士が声をかけてきた。
作業台の上では、分解途中の白式用スラスターが転がっている。
「聞いたって何を?」
「IS学園に転校生が来るんですって」
「転校生?」
IS学園に途中編入。
そんな真似ができる時点で、一般生徒なわけがない。
「代表候補生ですか?」
「アタリよ」
やっぱりか。
問題はどこの国かだ。
「どこです?」
「中国」
「……最悪」
思わず顔をしかめた。
別に中国人そのものが嫌いなわけじゃない。
ただ、倉持技研としては、あの国に良い印象が欠片もない。
あそこは昔から、うちのシステムにやたら侵入を仕掛けてくる。
研究データ。
設計図。
IS関連技術。
狙いは毎回分かりやすい。
だから、ある時まとめて叩き返した。
春休みにEx-Sのオムニ・カルキュレーションで。
こっちのネットワークへ入り込んできた連中を逆探知し、侵入経路を利用して、向こう側の閉鎖ネットワークまで全部洗ったのだ。
政府系。
軍。
研究機関。
関連企業。
ついでに隠していたバックドアまで含めて全部。
実行したのは、倉持技研の甲種三人。
全員、妙に機嫌が良かった。
多分、相当ストレスが溜まっていたんだと思う。
怖かった。
オムニ・カルキュレーションにあんな使い方ができるとは。
当然、痕跡は残していない。
ただ、中国側からすれば、ある日突然、自国の情報網を何者かに丸裸にされたようなものだ。
しかも犯人は不明。
だから向こうは今も必死に探っている。
何をされたのか。
誰がやったのか。
どうやって侵入されたのか。
……まあ、答えに辿り着くことはないだろうけど。
「分かりました。絶対話しません」
「えぇ、それがいいわ」
セシル博士も即答した。
「面倒になるもの」
珍しく、心底うんざりした顔だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
放課後。
俺はアリーナ中央で《ヤタガラス》に搭乗していた。
別に訓練じゃない。
ただ、飛びたかった。
放課後のアリーナには、まだ何人もの生徒が残っている。
実戦訓練。
模擬戦。
自主練習。
そんな中、黒いISを纏った俺を、女子生徒たちは遠巻きに見ていた。
まあ、無理もない。
普段、俺がISを動かすのは授業時間外。
しかも整備か実験ばかりだ。
こうして飛行状態に入る姿を見る機会なんて、ほとんどない。
視線は感じる。
だが、気にしない。
俺はヤタガラスの各部状態を確認していく。
PIC、正常。
シールドエネルギー、正常。
マニピュレーター、正常。
腕部及び脚部クロー、正常。
エナジーウィング、正常。
脚部スタビライザー、正常。
各部スラスター、正常。
確認と同時に、機体が応答する。
スラスターが短く噴射し、黒い機体を僅かに揺らす。
背部ユニットが展開。
エナジーウィングが夕焼けを切り裂くように開き、淡い光を放った。
脚部クローが低い駆動音と共に展開、収納を繰り返す。
問題なし。
俺は全てのUIを閉じた。
視界いっぱいに、赤く染まった空が広がる。
アリーナを吹き抜ける風が、装甲表面を静かに撫でた。
「行こうか。ヤタガラス」
そう呟いた瞬間。
機体が、嬉しそうに反応した。
PIC起動。
重力が薄れる。
黒い機体が、ゆっくりと地面から浮かび上がった。
足先が床を離れる。
宙へ溶け込む感覚。
各部スラスターを小刻みに噴射し、機体へ初速を与える。
速度上昇。
規定ライン到達。
その瞬間。
背部のエナジーウィングが、大きく展開した。
――ドンッ!!
空気が爆ぜた。
一瞬で加速。
黒い残光を引きながら、《ヤタガラス》が夕焼けのアリーナを駆け抜ける。
「っ……!」
観客席から、誰かの息を呑む声が聞こえた。
速い。
だが、それだけじゃない。
ヤタガラスの飛行は、異様に滑らかだった。
急加速。
急停止。
空中反転。
普通のISなら姿勢制御で機体が暴れる挙動を、ヤタガラスは水面を滑るようにこなしていく。
アリーナ外壁スレスレを高速通過。
そのまま機体を九十度傾ける。
右脚スラスターのみを瞬間噴射。
遠心力を殺しながら、壁面に沿って旋回。
次の瞬間には急上昇。
夕焼け空へ向かって黒い機影が一直線に突き抜けた。
さらにそこから。
機体を完全停止。
一瞬の静止。
そして。
自由落下。
地面へ向かって真っ逆さまに降下する。
「きゃっ!?」
悲鳴。
だが。
地面激突寸前。
ヤタガラスは脚部スタビライザーとPICを同時制御。
機体を水平へ叩き込み、そのまま超低空飛行へ移行した。
床面数センチ。
火花を散らしながら、黒い翼がアリーナを駆け抜ける。
まるで。
空そのものと遊んでいるみたいだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ストップだ、烏間」
アリーナ上空を旋回していると、放送室から声が響いた。
織斑先生だ。
「お前の曲芸飛行は実に見事なものだった。モンド・グロッソでも、今すぐ優勝を掻っ攫えそうなくらいにな」
淡々とした声。
だが、その内容は普通に褒めていた。
「だが時間だ。続きは明日にしろ」
「……了解」
そこでようやく周囲を見る。
いつの間にか、空はすっかり暗くなっていた。
飛ぶことに集中しすぎて、時間感覚が完全に飛んでいたらしい。
俺はヤタガラスをゆっくり降下させる。
PIC出力低下。
脚部スタビライザー展開。
黒い機体が静かに地面へ降り立った。
そして。
「……は?」
観客席を見て、固まった。
人がいた。
いや、多い。
一年。
二年。
三年。
ついでに教師陣までいる。
しかも全員、妙に盛り上がっていた。
「今の見た!?」
「途中の急停止ヤバくなかった!?」
「なんで失速しないの!?」
「壁走ってたわよね!?」
「いや絶対アレ普通のIS機動じゃ――」
やめろ。
聞こえてる。
こっちは趣味で飛んでただけなんだ。
恥ずかしい。
猛烈に恥ずかしい。
俺は逃げるように控室へ駆け込んだ。
ヤタガラスを解除。
急いでパイロットスーツを脱ぎ捨てる。
代わりに着慣れた白衣と作業服へ袖を通した。
……うん。
落ち着く。
やっぱりこっちの格好の方がいい。
そうして控室の扉を開ける。
すると。
「ようやく出てきたか」
壁に寄りかかるようにして、織斑先生が立っていた。
「げっ」
「その反応はなんだ」
「いや、説教かなって」
「半分正解だ」
ですよね。
織斑先生は腕を組み、じっとこちらを見る。
鋭い視線。
だが、不思議と怒気はなかった。
「烏間」
「はい」
「お前、自分がどれだけ目立つ飛び方をしたか理解しているか?」
「……ちょっとテンションが上がってました」
「ちょっと、で済むか」
呆れたように溜息。
だが、その直後。
「……見事だった」
「え?」
「機動だ」
織斑先生は短く言った。
「通常のISなら姿勢制御が破綻する軌道を、お前は完全に制御していた。しかも、機体に無理をかけていない」
そこまで言ってから、先生は少しだけ目を細めた。
「まるで空を飛ぶ生き物だったな」
一瞬、言葉に詰まる。
多分。
それが、ヤタガラスに対する最高の褒め言葉だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
織斑先生と別れた後、俺は地下研究区画へ向かっていた。
……のだが。
「ねぇ、アンタが一夏と違う、二人目の男性ISパイロット?」
進路上に、小柄な少女が立ちはだかっていた。
「…………」
「ちょっと、聞いてる?」
なんだこのちびっこ。
「お嬢ちゃん、どうやって学園に入り込んだんだ?ここ、一応高校だぞ」
「なっ――!?」
目の前の少女は、一瞬で顔を真っ赤にした。
「私は高校生よ! この制服が見えないの!?
それに、身長はアンタがバカみたいにデカいだけでしょ!!」
「そうか」
俺は頷く。
「で、その制服はお姉ちゃんに借りたのか?」
「むきーーーーーっ!!!!!!」
さらに赤くなった。
ムキーって言った。
本当に言う奴初めて見た。
「私は中国代表候補生! 凰鈴音よ! 知らないわけ!?」
「知らないな」
「はぁ!?」
「一年で第二種取得。
そのまま中国国内の公式戦を暴れ回って代表候補生入りした奴なんて知らない」
「知ってるじゃない!!!」
いいツッコミだ。
「というかお前、自分から名乗りもせずに話しかけてきただろ。
代表候補生としてどうなんだ、それ」
「あ」
鈴音の顔色が変わった。
真っ赤だった顔が、一瞬で真っ青になる。
実を言うと、この学園に所属している代表候補生連中とは、春休みの時点で一通り顔合わせ済みだ。
国家代表候補クラスの連中だ。
最低限の挨拶くらいは、全員してきている。
つまり。
初対面でいきなり突っかかってきた代表候補生なんて、こいつが初めてだった。
「……あー」
鈴音が額に冷や汗を浮かべる。
どうやら、自分のやらかしに気づいたらしい。
忙しいな。
このちびっこ、数秒おきに顔色変えてるぞ。
すると次の瞬間。
鈴音はいきなり腰を九十度まで折り曲げ、勢いよく頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした!!!!!!」
「うおっ!?」
声デカっ。
通路に思いっきり反響した。
しかも角度が深い。
なんだこれ。
謝罪会見か?
「いや別にそこまでしなくても――」
「いえ! 代表候補生としてあるまじき行為でした!!
弁解の余地もございません!!」
ガチガチだった。
さっきまでムキーって言ってた奴と同一人物とは思えないくらい硬い。
……なるほど。
多分こいつ、代表候補生モードと素の切り替えが極端なんだ。
「頭上げろ。通行人が見てる」
「は、はい!」
鈴音は慌てて顔を上げた。
すると、ちょうど近くを通りかかった女子生徒たちが、こちらを二度見していた。
「何あれ」
「烏間さんに土下座?」
「外交問題?」
「違うでしょ多分」
やめてくれ。
面倒な誤解を生みそうなワードが聞こえたぞ。
鈴音も聞こえたらしく、顔を真っ赤にしていた。
忙しいな本当に。
「……で?」
「へ?」
「用件。俺に話しかけた理由があったんだろ」
「あ、えっと……その……」
さっきまでの勢いが嘘みたいに歯切れが悪くなる。
そして鈴音は、ちらりとこちらを見上げた。
「……さっきの飛行、見てました」
「ん?」
「アリーナのやつ」
ああ。
曲芸飛行。
「……凄かったです」
ボソッと。
悔しそうに。
でも、誤魔化さずにそう言った。
その瞬間、なんとなく理解する。
ああ、こいつ。
根っこの部分は、ちゃんとIS乗りなんだな。
「そりゃどうも」
「ISを動かして、まだ二ヶ月くらいしか経ってませんよね?
どうやってあんな技術を……?」
「努力」
「努力?」
「努力」
「…………」
結局、それしかない。
何かを上手くなりたいなら、積み重ねるしかないのだ。
機体を知る。
理論を学ぶ。
動きを理解する。
何度も失敗して、調整して、また試す。
その繰り返しだ。
俺がISについて深く理解できたのも、《Ex-S》や《ヤタガラス》、《打鉄弐式》、そして《白夜》。
彼女たちが、俺に力を貸してくれたからに過ぎない。
「あ、ありがとうございます」
鈴音はどこか納得したように頷いた。
そして、少し迷うように視線を泳がせる。
「その……もう一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「一夏の専用機が取り上げられたのって、なんでなんですか?」
「免許」
「……免許?」
「当たり前だろ」
俺は即答した。
「無免許の人間にISを乗せるか? 普通」
「え、でも……」
鈴音が戸惑ったように眉を寄せる。
「一夏は、世界に二人しかいない男性ISパイロットの片割れなんですよ?
それなのに専用機を渡さないって――」
「その件について、中国代表候補生のお前が口を出す権利はない。
これは日本政府とIS学園の判断だ」
そこで一度言葉を切る。
そして、少しだけ声を低くした。
「それに」
「ISを、“夢を叶えるための道具”程度にしか考えてないガキに、簡単に渡せるほど彼女たちは安くない」
「っ……」
鈴音が息を呑む。
別に、一夏の夢を否定する気はない。
憧れを持つのは勝手だ。
織斑千冬みたいになりたいと思うのも自由だろう。
だが。
ISは玩具じゃない。
今の時代では戦争のために作られた兵器と認識されている。
人を守ることもできる。
逆に、人を殺すこともできる。
だからこそ。
扱う側には、技術と責任が必要になる。
……少なくとも俺は、そう考えている。
「わ、わかりました。ありがとうございます」
鈴音は小さく頭を下げ、そのまま去っていった。
俺はその背中を見送り、小さく息を吐く。
それから、地下研究区画へ向けて歩き出した。
――そうだ。
彼女たちを、ただの道具として扱う奴になんか渡せるものか。
彼女たちには意思がある。
暖かな光。
静かな思考。
言葉にはならない感情。
触れていれば分かる。
彼女たちは、確かにそこにいる。
だから。
汚させるものか。
踏み躙らせるものか。
そのために、俺はフレームを作り続ける。
いつか。
彼女たちが、自らの意思で自由に空を飛べる日が来るまで。
永夢の望みはIS達からすればホントどう思われてるんでしょうねぇ?千差万別でしょうけど。少なくとも4人からは嫌われていないはずです。
あ、クラス代表はセシリアです。