インフィニット・ストラトス ~暮桜の懺悔~ 作:熾天使セラフィム
永夢が目を覚ますと、そこは見知らぬベッドの上だった。
ぼんやりとした意識のまま身を起こす。
白いシーツ。
薬品の匂い。
閉じられたカーテン。
病院か――と思ったが、どこか違う。
永夢はカーテンを開け、周囲を見回した。
視界へ飛び込んできたのは、簡素な医療棚と折り畳み式の診察机。そして壁際へ並べられた簡易ベッド。
どうやら病院ではなく、研究施設内の保健室らしい。
永夢はすぐさま自分の身体を確認した。
腕。
脚。
視界。
呼吸。
異常なし。
頭痛も吐き気もない。
「……夢、じゃないよな」
そう呟いた瞬間、首元で金属音が鳴った。
視線を落とす。
胸元には、金属製チェーンに吊るされた拳大のアーミラリ天球儀があった。
銀色の輪が幾重にも重なり、静かに光を反射している。
永夢はそれを手に取り、観察する。
そして、自身の知識と照合した。
「……待機形態」
その結論には、ほぼ迷いがなかった。
だが同時に、強烈な違和感もある。
倉持技研では、ISを待機形態のまま保管することはまずない。
盗難リスクが高すぎるからだ。
基本は実体化状態で専用格納庫へ収容。
複数の認証ロックを掛けるのが鉄則である。
なら、これは何だ。
永夢は考える。
必死に考える。
しかし、答えはとっくに出ていた。
脳が、それを認めたくないだけだ。
「……暮桜」
その瞬間。
カチリ、と小さな音が鳴った。
まるで肯定するかのように、天球儀のリングがゆっくり回転する。
「うわぁ……」
永夢は思わず顔を覆った。
最悪だ。
もし本当に、自分が“二人目の男性IS適性者”だった場合――。
待っている未来は簡単に想像できる。
検査。
監視。
研究。
実験。
そして解剖寸前の勢いで行われる人体データ採取。
「モルモットとか冗談じゃないぞ……」
日本政府。
各国代表。
IS委員会。
絶対に碌なことにならない。
永夢は頭を振り、負の思考を強引に打ち切った。
今は現状確認が先だ。
ここはどこか。
誰が自分を運んだのか。
どれだけ時間が経ったのか。
永夢は保健室らしき部屋を歩き回り、情報を探す。
すると、すぐに答えは見つかった。
壁面に、巨大な倉持技研のロゴがプリントされていた。
その隣にはデジタル時計。
表示時刻は午前三時十七分。
「……三時間、気絶してたのか」
暮桜へ触れた時点で、日付は既に変わっていた。
つまり、自分は三時間近く意識を失っていたことになる。
状況から考えれば、自分をここまで運んだのは母さん――烏間真理だろう。
永夢は小さく息を吐いた。
その時だった。
ガチャリ、と。
保健室の扉が開く。
「起きたのね」
聞き慣れた声だった。
白衣姿の真理が、紙コップのコーヒーを片手に立っている。
だが、その表情はいつもの柔らかなものではない。
研究者としての顔。
倉持技研第一研究所所長の顔だった。
永夢は反射的に背筋を伸ばす。
「……母さん」
「気分は?」
「普通。吐き気も頭痛も無し。身体機能も正常。多分、脳神経系にも異常は――」
「そういう報告はいいわ」
真理はため息混じりに言った。
「聞きたいのは、“あなたが何をやったのか覚えてるか”よ」
「…………」
永夢は沈黙した。
そしてゆっくりと、胸元の天球儀へ視線を落とす。
それを見た真理の目が細まった。
「やっぱり、そうなのね」
「母さん」
「何?」
「……俺、逃げた方がいいと思う?」
半分冗談。
半分本気だった。
すると真理は数秒黙り込み――
盛大に吹き出した。
「ぷっ……あははっ!」
「笑い事じゃないんだけど!?」
「だって、そんな真顔で“国家レベルの問題”言う子いる!?」
腹を抱えて笑う真理を前に、永夢は頭を抱える。
だが次の瞬間。
真理は笑みを消した。
「……安心しなさい」
静かな声だった。
「少なくとも、お母さんはあなたを実験動物になんてさせない」
その言葉に。
永夢は、胸の奥に張っていたものが少しだけ緩むのを感じた。
「さ、行くわよ」
真理が紙コップをごみ箱に捨て、保健室の扉を開く。
「行くってどこに?」
「起動実験室」
・・・・・・・
扉を開く。中には倉持技研のトップクラスの研究者が集まっている。そんな中、一人だけ俺に話しかけるありがたーい人物がいた。
「おめでとう~永夢くん。ISを起動させたって本当?」
そう。倉持技研第一研究所副所長がその人、ロイド・アスプルンド博士である。彼はイギリスと日本のハーフである。国籍は日本らしいが。俺が知る限り世界で2番目に賢いのは間違いなくこの人である。え?一番?篠ノ之博士に決まってんだろ。何故、所長じゃないのかは自分が向いていないからと聞いた。ちなみに、俺が第1種を受験した際の試験官はこの人である。いやー、きつかった。なんで、甲種持ちが試験官をするんだよ。
「えぇ、まぁ。まだ、展開させてはいませんが。ISのイメージインターフェースをコンソール無しで展開できたんで多分」
俺は、そういって天球儀を掴みインターフェースを空中に投影した。
そうすると、母さんもロイド博士も周りの研究者たちも目を開いて見ていた。
「本当に男性でもISを動かしたぞ」
「いや、コンソール無しで展開できる方法が見つかっただけかもしれん」
「でも、天球儀は光っているぞ」
周りでざわざわと天才たちが考察をし始めた。やばい、聞きたい。だが、そんな俺の願いは母さんには届かなかった。母さんは、手を叩き凛とした声で天才達を止めた。
「ハイハイみんな。思考回路を回すのは後にして。まずは、暮桜を展開させるわよ」
なるほど、研究所所長の名は伊達じゃないな。あの天才たちの思考回路を止めるとは。
「私は、モニタリングルームに移るわ。何人かはついてきて。ロイドは永夢を機動実験室に連れてサポートをして」
「オッケー。さ、永夢くん。ついてきて、倉持の機密を見せてあげるよ」
そういうとロイド博士は俺の腕をつかみ、奥の部屋へと連れていかれた。移動している最に俺はこの際ロイド博士に疑問だったことを聞いてみた。
「ロイド博士、俺がISを機動させたとして今後どうなるんです?」
彼は、私の言葉に手を顎に当てて少しばかり考えるとポツリポツリと話し始めた。
「うーん。少なくとも君が考えている最悪な事態にはならないと思うよー。さすがの日本政府もIS委員会もこの倉持技研を敵に回すつもりはないはずさ。安心してくれ、君の事は倉持が守るさ。もちろん私も。優秀な若者を生贄するつもりは無いよ」
「さ、着いたよ。この扉の奥が起動実験室だ」
彼は虹彩認証と静脈認証を済ませるとこちらに顔を向けて扉を開いた。
・・・・・・
起動実験室の中央。
永夢の手の中で、銀色のアーミラリ天球儀が静かに回転していた。
幾重にも重なったリングが淡く発光し、その中心では蒼い光が脈打っている。
ISの待機形態。
周囲の研究員たちも、半ば実験兵器を見るような目をしていた。
「それにしても、アーミラリ天球儀かぁ。暮桜も良いセンス持ってるねぇ。ゼンマイが付いてるし多分それオルゴールにもなるんじゃないかな」
ロイド博士は待機形態の暮桜を見て語ってきた。
「じゃあ永夢君、起動シーケンスを」
「分かりました」
永夢は頷き、天球儀を握る。
「暮桜、起動」
リングが一瞬だけ明滅。
だが。
――何も起きない。
沈黙。
「……反応なし?」
研究員の一人が端末を見る。
エラーは出ていない。
コア反応正常。
エネルギー正常。
リンク正常。
なのに展開しない。
永夢は眉をひそめた。
「どうなってるんだ……?」
リング中心部へ視線を向ける。何か小さな文字が映っている。ロイド博士も俺と同じように眼鏡越しに目を細めて見つめる。けど、
読めねぇ。
「ロイド博士見えます?なんて書いてあるか?」
「見えないなぁ。誰かルーペ持ってきてー」
研究員の一人が持ってきてくれた。覗き込む。
STANDBY MODE
の文字があった。
「ロイド博士、STANDBY MODEって書いてます」
「STNDBY?どういうことだ?」
ロイド博士も周りの研究員達も腕を組んで考え始めた。
「多分ですけどこんな感じです」
永夢は天球儀を軽く空中へ放り上げた。
瞬間。
リングが高速回転を開始。
蒼い光が空中へ走り、永夢の周囲へ立体UIが展開される。
周囲がどよめいた。
「おい、空間投影……!?」
「っていうか情報量が普通のISじゃない……!」
空中には、
機体骨格、火器接続状況、PIC出力、暮桜同期率、インコム制御ライン
が幾何学模様のように浮かんでいる。
その中央。
MODE : STANDBY
永夢は指を滑らせる。
下層メニュー展開。
INTERACTIVE MODE
タップ。
ゴォン……
低い駆動音。
天球儀のリングがさらに開き始める。
空気が微かに震えた。
研究員たちの顔が強張る。
「始まるぞ……!」
永夢は空中UIへ視線を向けたまま、
DEPLOYMENT EXECUTE
を実行。
――次の瞬間。
赤い警告表示。
WARNING
機械音声。
"Insufficient vertical clearance."
「……は?」
永夢が顔をしかめる。
研究員たちも一瞬意味が分からない。
だが次の瞬間。
空中UIへ、暮桜展開予測ラインが表示された。
4メートル級機体。大型バックパック。肩部ユニット。背部火器。そして中央。
俺は、この予測ラインを見て前世の記憶が蘇る。Ex-Sガンダム。
展開開始位置。
その起点が――
永夢の現在位置から設定されていた。
数秒の沈黙。
そして研究員の一人が天井ではなく、永夢の足元を見た。
「あ」
別の研究員も気づく。
「……違う」
「高さ不足って、天井じゃない」
ロイド博士が呟く。
「永夢君の展開高度か……」
つまり。
Ex-Sは通常のISのように“装着”されるのではない。
一度、
「機体フレームを身体の周囲へ形成する」
必要がある。
だが永夢は今、地面に立っている。
その状態では、
脚部ユニット
大腿部火器
下半身フレーム
を展開する空間が足りない。
ロイド博士が乾いた声を漏らす。
「……空中展開前提なのか。サードシフトにしたとはいえ、もはや別物だなこれは」
永夢は少し黙り込み、そして小さく笑った。
「なるほど」
「だから“ジャンプしろ”ってことか」
俺は、ガンダムに乗れる喜びを隠しながら笑顔でロイド博士に聞いた。
「動かして、良いですか?」
永夢が床を蹴る。
次の瞬間。PICが起動した。
身体が“軽くなる”。
違う。
浮いている。
重力という概念が、突然曖昧になった。
「っ――!」
床から数十センチ。
永夢の身体が宙へ浮かび上がる。
それを確認した瞬間。
空中UIの表示が変化した。
STANDBY MODE
↓
AIRBORNE CONDITION CONFIRMED
LOCK RELEASE
「来るぞッ!」
ロイド博士の声。
直後。
天球儀が分解を開始した。
最初に、銀色のコアフレームが永夢の身体へ展開した。
そこへ装甲が噛み合う。
肩部ユニット。
背部ブースター。
大腿部火器。
胸部Iフィールド発生機。
次々と重武装が空中から接続されていく。
金属同士が噛み合う重低音が、起動実験室全体を震わせた。
最後の装甲が固定される。
蒼いツインアイが発光。
重低音と共にセンサーが起動した。
そして。
そこには、ガンダムが立っていた。
「ははっ……! なんだこれは! 本当にISか!?」
ロイド博士はEx-Sを見て狂喜乱舞していた。周りの研究員も激しく興奮していた。
そして俺は、
「ありがとう。暮桜」
彼女のサプライズに感謝していた。
「行こうか、ガンダム」
タスクフォースαじゃなくてブルースプリッターです。また、人が着込む都合上、Gクルーザーへの変形は出来ません。無人稼働ならできます。Ex-Sガンダムを知らない人は調べてみてね。かっこいいよ。