インフィニット・ストラトス ~暮桜の懺悔~ 作:熾天使セラフィム
四月。
桜が咲き誇る季節。
ある者は新しい生活へ期待を膨らませ。
ある者は春休みの終わりに絶望する。
それは、このIS学園でも変わらない。
――一年一組を除いて。
時刻は午前八時四十三分。
ホームルーム開始二分前。
本来なら、女子生徒たちがあちこちで派閥を作り、賑やかに談笑している時間帯だ。
だが。
一年一組だけは異様なほど静まり返っていた。
理由は単純。
今年、このクラスには“イレギュラー”が二人もいるからである。
一人は、織斑一夏。
かの《ブリュンヒルデ》、織斑千冬の実弟にして、世界初の男性IS操縦者。
実際に肉眼で見た感想としては――普通。
驚くほど普通の男子高校生だった。
……いや。
ISという国家戦略兵器の試験会場へ間違って入り込み、そのまま起動させた時点で、どう考えても普通ではないのだが。
そして、もう一人。
教室後方。
周囲が制服姿の女子生徒ばかりの中、ただ一人だけパイロットスーツ姿の男が、パイプ椅子へ足を組んで座っていた。
そう。
俺である。
……いや、言い訳くらいはさせてほしい。
なぜ俺だけ制服ではないのか。
理由は単純。
学園側が、俺のサイズの制服を用意できなかったのである。
仕方ないだろう。
身長百九十二センチ用の制服なんて、そう簡単に見つかるわけがない。
二つ目の理由。
俺の立場だ。
名目上は一年一組所属。
だが、俺は既にIS第一種資格を取得済みである。
つまり、一部授業を除いて出席義務がない。
座学の大半は免除。
教科書を開いてノートを取る必要もない。
制服を着る機会自体が、そもそも少ないのである。
そして三つ目。
今日のホームルーム終了後、早速IS実技訓練が予定されていた。
担当教官が誰なのかは知らない。
……まあ、嫌な予感しかしないが。
そんな事情もあり、俺は最初からパイロットスーツ姿だった。
流石にヘルメットは被っていない。
だが、その代わり。
右腰には黒いガンホルダー。
そして、そこへ収められた一挺のガバメント。
護身用として日本政府から正式支給された拳銃だった。
もちろん実弾ではない。
IS用特殊制圧弾仕様。
対IS戦を想定したものではなく、あくまで非常時の自己防衛用装備だ。
だが。
女子高生しかいない教室に、“拳銃を携帯した男”がいる時点で絵面が最悪だった。
しかも俺の格好は、どう見ても学生ではない。
黒い耐Gパイロットスーツ。
腰のホルスター。
鍛え上げられた体格。
そして、首から提げられた待機形態の《Ex-S》。
結果。
一年一組は、入学初日とは思えないほど静まり返っていた。
(見てよ、この空気……)
静かすぎる。
隣のクラスからは女子生徒たちの賑やかな話し声が聞こえてくるというのに、一年一組だけ妙に重苦しい。
誰も大声で話さない。
視線だけが、ちらちらとこちらへ向いている。
そして、その視線の大半は――。
腰のガバメントへ注がれていた。
「え、拳銃……?」
「うそ、本物……?」
「え、なんで学生が銃持ってるの……?」
「怖っ……」
「でもIS用ってニュースで……」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくない!?」
ひそひそ声が飛び交う。
聞こえてます。
全部聞こえてます。
俺だって好きで持ってるわけじゃない。
だが、日本政府とIS委員会が、
『世界で二人目の男性IS操縦者を丸腰で外へ出すとか正気か?』
という結論に至った結果、こうなった。
ちなみに俺自身も、最初は反対した。
しかし。
『君、間違いなく拉致対象だからね?』
と、ロイド博士に真顔で言われてしまった。
否定できなかった。
なので今、俺は“拳銃持ちの男子学生”という最悪な存在になっている。
しかも。
教室後方で腕を組みながら座っているせいで、余計に怖い。
自分でもそう思う。
時折、女子生徒たちのひそひそ声が聞こえてきた。
「ニュースの人だよね……」
「Ex-Sガンダムの……」
「近くで見ると大き……」
「というかSPとか軍人にしか見えない……」
否定できないのが辛い。
俺は内心でため息を吐きながら、壁掛け時計を見上げた。
八時四十五分。
その瞬間。
ガラリ、と教室の扉が開く。
「み、皆さーん! ホームルームを始めますよー!」
山田真耶先生が、教室へ入ってきた。
その瞬間まで。
一年一組の通夜みたいな空気は、延々と続いていたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「み、皆さーん! ホームルームを始めますよー!」
「……………………」
――返事がない。
仕方ない。
ここは社会人男性として空気を読もう。
「はい」
俺はきっちり声を出して返事をした。
「あ、ありがとうございますっ、烏間さん!」
山田先生がぱっと表情を明るくする。
嬉しかったのか、ぺこりと頭まで下げてきた。
やめてください山田先生。
この空気の原因、多分俺です。
「……えーっと。み、皆さん、仲良く助け合って楽しい三年間にしましょうね!」
どうやら考え事をしている間に話が進んでいたらしい。
まあ。
山田先生との付き合いは三年どころではない気がする。
IS業界に関わる限り、多分ずっと縁が続く人だ。
「それでは、出席番号順に自己紹介をしてもらいます!」
始まった。
学校入学直後に必ず発生する最初のイベント。
自己紹介。
これ次第で、今後三年間のクラス内立ち位置が決まると言っても過言ではない。
(……前世でも今世でも、まともに成功した記憶ないな)
前世はまだ無難にやれた。
だが今世は駄目だった。
周囲と話題が噛み合わない。
知識量も感覚もズレすぎていた。
高校時代、スザク先輩がいなければ割と本気で終わっていただろう。
あの人は本当に聖人だった。
「織斑一夏です! よろしくお願いします!」
おっと。
また思考している間に進んでいたらしい。
どうやら件の織斑一夏の番だった。
「以上です!」
短っ!?
女子生徒たちが一斉にズッコケる。
完全にドリフだった。
そして次の瞬間。
ゴスッ!!!
鈍い音が教室へ響いた。
織斑一夏の脳天へ、織斑千冬の拳が直撃していた。
(決まった……! サンライトイエローオーバードライブッ!!)
おっと、たぎってしまった。
「げぇっ!? 千冬ねぇ!?」
さらにもう一発。
今度はタライでも落ちたみたいな音がした。
きっと織斑一夏の頭蓋骨は金属化しているに違いない。
あるいは織斑先生の拳そのものが《鉄拳》レベルに硬化しているのか。
でなければ、あんな音が鳴るものか。
恐るべし、織斑の血筋。
「諸君。私が織斑千冬だ」
教室の空気が一瞬で引き締まる。
「君たち新人を、一年で実戦レベルまで引き上げるのが私の仕事だ」
本来なら。
ここで女子生徒たちの歓声が飛ぶのだろう。
《ブリュンヒルデ》織斑千冬。
IS世界における英雄そのものなのだから。
だが。
今年は違った。
誰も騒がない。
いや。
正確には――騒げなかった。
教室後方。
パイロットスーツ姿で拳銃まで携帯している男が、腕を組んで座っているせいで。
「ほう」
千冬先生が口元を歪めた。
「毎年、私が自己紹介するたびに馬鹿どもが騒ぎ立てるのが風物詩なのだが。今年は随分静からしいなぁ? 山田先生」
「え、えぇ! 本当に静かで助かります!」
やめろ。
二人してこっちを見るな。
しかも笑顔で。
「で、挨拶もまともにできんのかお前は?」
「いや、千冬ね――」
ゴンッ!!
今度は頭が机へ叩き落とされた。
無様。
「学校では織斑先生と呼べ」
そう言って一夏を解放すると、千冬先生はこちらへ顔を向けた。
「時間がない。自己紹介は途中で切り上げる」
助かった。
そう思った瞬間。
「だが、一人だけ絶対に紹介しなければならん奴がいる」
あっ。
「そこのパイプ椅子でふんぞり返り、“自分以外NPC”みたいな顔をしているお前だ」
クラス全員の視線が、一斉に俺へ突き刺さった。
認めたくないので、俺は後ろを向いた。
「お前だ! お前! 後ろには壁しかないぞ!」
チクショウ。
逃げられない。
俺は諦めて立ち上がった。
「よっこらせっと」
パイプ椅子から足を下ろし、ゆっくり立ち上がる。
その瞬間。
女子生徒たちの空気がまた固まった。
身長。
パイロットスーツ。
腰のガバメント。
そして、首から下がる《Ex-S》。
どう見ても学生ではない。
「倉持技研第一研究所所属、テストパイロットの烏間永夢です。二十歳です」
静まり返る教室。
「皆さんと違い、一部授業を除いて基本的に参加しません。IS適性ランクはS。専用機は《Ex-Sガンダム》です」
数人の女子生徒が息を呑む。
そして。
「最後に。IS業界に八年間関わってきた先輩として、一つだけ言っておきます」
俺は教室を見渡した。
「この業界は実力至上主義です」
空気が変わる。
「実績が無ければ、容赦なく叩き落とされる」
女子生徒たちの表情が強張った。
「はっきり言いましょう。今の皆さんは、一部を除いて何の役にも立ちません」
静寂。
「このIS学園での三年間で、どれだけ成長できるか。それで、皆さんの人生は決まります」
一拍置く。
「以上です」
そう言って俺は椅子へ座った。
教室が、静まり返る。
すると。
「聞いての通りだ」
千冬先生が教壇へ寄り掛かった。
「彼は世界で二人目の男性IS操縦者だ。だが、うちの愚弟とは違い、政府正式認可済みのISパイロットでもある」
「第一種IS機装整備士資格も取得済みだ」
女子生徒たちがざわつく。
「分かりやすく言えば、私が八回落ちた試験だと思えばいい」
教室が凍った。
「……は?」
「え?」
「八回?」
「そいつは一発合格。しかも最高評価だ」
今度は女子生徒たちの脳が止まった。
千冬先生は、その反応を見ながら続ける。
「永夢の言う通り、この業界は実力が全てだ」
「成績が振るわなければ、容赦なく脱落する」
そして。
「だから這い上がれ。死ぬ気でな」
最後に。
「特に愚弟」
「なんで俺だけぇ!?」
一夏の悲鳴が響いた。
だが千冬先生は無視した。
「さて、SHRは以上だ」
そして、こちらを見る。
「永夢。貴様は第八アリーナへ直行しろ。教師役が待っている」
もうかよ。
俺は立ち上がり、後方扉へ向かう。
だが途中で足を止めた。
「あの」
「なんだ」
「教師役って誰なんです?」
その瞬間。
千冬先生の口元が、三日月みたいに歪んだ。
「《ミステリアス・レイディ》だ」
嫌な予感しかしない。
そして彼女は、楽しそうに言った。
「溺死するなよ?」