死にたがりのアリウス生とそれにつきまとうトリニティ生のお話

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第1話

「あなたが例の転入生かしら?」

 

「…………」

 

 元々、世の中の大抵は嫌いだったが、思えばあいつは最初から鼻につくやつだった。

 

「噂は色々聞いているのだわ。なんでも、一言も喋らないで、話しかけると睨みつけてくる狼のような転入生がいるとか」

 

 一人でトリニティに来て一人を満喫していた自分に、こいつはどっからか話を聞いたのか、わざわざ探して話しかけてきたのが始まりだった。

 もちろん無視して離れたけれど、それから姿を見つける度に何度も突っかかって来るようになってうんざりしていた。

 

「この学園で暮らしていくコツを知りたいのではなくて? わたしが色々と教えてあげるのだわ……ってちょ、ちょっと……!」

 

 ガン無視決め込んでも一向に諦める気配がないし、あろうことか、回数が20を超えた辺りから、無理やり引っ張って連れて行こうとまでしてくるようになった。

 それは流石にうっとおしいが過ぎると、最近は先に見つけて避けるか、出会った瞬間逃げるかし始めてようやく接触を断つことが出来た。

 

『見つけたのだわ!』

 

 ……それでも端から聞こえてくる喧騒の中に、あいつの呼ぶ声が混じってるのではないか、と耳を澄ませてしまうことも多々ある。

 

「…………」

 

 そういう理由もあって、こうして屋上で寝転んでいる。

 喧騒も遠く、立入禁止の看板もあったから、真面目そうなあのトリニティ生が入ってくることもないだろう。

 

「……」

 

 ……温かい食事とベッド。それだけでここトリニティはアリウスより遥かにマシだ。

 希望者はトリニティへ転入ができる、っていう話を聞いて暗く汚れたアリウスをすぐに捨てた。

 トリニティに希望を抱いていたわけではなかったが、それ以上にアリウスに未練なんてものはなかった。

 つまらない考えを押し付けてくるマダムも、何も変えてくれなかった先輩連中スクワッドたちも、何もできなかった自分たちも。全てクソみたいな場所だった。

 ……だからまぁ、トリニティに来れば何かが変わるかも、なんて全く思わなかったなんて言ったら嘘になる。

 確かにここは自由だ。でもやっぱりここに来ても先は見えなかった。自分がどうすべきか、どうしたいかすらも見えてこない。

 生きてはいける。けれどただ生きてその先になにかがあるのだろうか。結局その先に新しい苦痛が待ってるだけなんじゃないだろうか。

 

「……はぁ」

 

  ――久しぶりの静寂で、嫌な思考が回り始めたな、とアリウスとは違う青い空を見て、結局こうして変わらないため息をついている。

 こうして虚しい毎日が続いていくのならいっそのこと――――

 

「……初めて声を聞いたのだわ」

 

 ――前までの自分なら、人の影以前に扉の音や足音で気付けていただろう。そんな血なまぐさい技術が衰えていることを喜ぶべきなのだろうか。

 ……現実逃避に違うことを考えてると、情けなくてもう一度ため息が出た。

 

「……ここ、立入禁止って書いてあったけど」

 

「そうよ。ここは高くて危ないから、ほんとは入っちゃダメなのだけれど、ここの階段を登ってく子がいたって聞いたものだから、もしかしたらあなたかも? って思って」

 

「……なんでそうまでして構ってくるんだよ、オマエ」

 

「私、あなたとお友達になりたくて!」

 

「なんでだよ。話したこともないやつに友達になろうなんて変だろ」

 

 ……水晶みたいに輝く瞳が、こちらを見透かすようにじっと見つめている。毎日手入れも欠かしていないのであろう、サラサラの長い銀髪が爽やかな風になびいて煌めいていた。

 

「……? クラスメイトとお友達になりたいって変かしら……」

 

 コイツには皮肉も悪意もない。屈託のない笑顔の純白の少女があまりにも眩しすぎて、目をそらす。

 

「……嫌なやつだな、お前」

 

 

 

 

 

 

「あら、奇遇なのだわ! 今日の調子はどう?」

 

 屋上での出来事から数日。あれから気配を消すことを覚えたのか、不意の遭遇率があがっていた。

 もちろん、あの頃アリウスのように徹底して気を巡らせていれば、避けることはできるが、日常生活を送りながら隠れ鬼、なんてものを続ける気力もない。

 

「……調子ね。今ちょうど最悪になったところかな」

 

「そう……それはごめんなさいなのだわ。でもここまでは悪くはなかったってことよね? それはとってもいいことだと思うわ!」

 

 しばらく相手してわかったが、こいつは相当意地が強い。一度会ったが最後、何度無視しても一方的に喋り続けてきた。

 

「そういえば、近くにできたカフェの話は聞いたのだわ? なんでもゲヘナから直接仕入れたカカオでできたチョコケーキがとても美味しいって聞いたのだけど、よかったら一緒にどうかしら!」

 

「行かない」

 

 無視は全く効果がないこともわかったので、こうして拒絶の意思を示しているものの、何の成果も得られずに今に至る。

 それどころか最近は喋ってくれるようになった、と喜んでいるようで、むしろ逆効果なのか。

 

「この前、お昼を一緒に食べるのを許可したのは、単純に席があそこしか空いていなかったからってだけ。仲良くもない相手とわざわざ食事に出かける理由なんて……」

 

「もちろん、誘ったのはわたしなのだから奢らせてもらうのだわ」

 

「……」

 

 

 

 

 

「ん〜!? すごく濃厚なチョコの風味……! ほっぺがとろけ落ちそうなのだわ!」

 

「こっ、これ全部チョコレートでできてるの……!?」

 

 バカにしないで欲しいが、もちろんケーキというものは知っている。チョコレートも知っているが、両方とも、砂糖すら高級品のアリウスじゃ目にすらできる代物ではなかった。

 外では両方普通に流通してるものなのも、知ってはいたのだが……。

 

「まさかチョコレートをケーキにするだなんて……」

 

 ケーキに恐る恐るフォークをいれる。チョコ色のスポンジとチョコレートクリームの層が何段かに別れていて、口元に運ぶとチョコの強い香りに鼻腔をくすぐられた。

 

「……っ」

 

 自分でもびっくりするぐらいの勢いで、すくい取ったケーキを頬張ると、強烈な甘さが脳内を駆け巡る。今までの人生で摂取した砂糖の量を、遥かに上回る甘味の量に、快楽中枢が焼き切れるかのような強烈な信号で頭が真っ白になる。

 

「これが……幸せ……!?」

 

 もう一口、もう一口とフォークを運ぶ手が止まらない。

 舌の上で蕩ける濃厚なチョコ。ケーキ下部のクッキー生地は、軽やかな食感とともに甘いバターの風味が鼻に抜け、上に乗ったチョコ細工は噛む度に小気味よい音を奏でながら口の中に溶けていく。

 ……百聞は一見にしかずとはよく言うが、まさに文字通り。今まで見聞きしたものよりこの一口に含まれる情報量の方がはるかに勝っている。

 

「ふふ、気に入ってくれたならよかったのだわ」

 

 手を止め彼女の方を見ると、紅茶のカップを持ちながらこっちを見て穏やかに微笑んでいた。

 

「私もケーキが好きで、休日や放課後はよくこうしてケーキ屋さん巡りをしているの。もし気に入ったのなら、一緒に他のケーキ屋さんを回ってみないかしら?」

 

「……それは、いいかもしれない」

 

 こいつと一緒、というのはともかく、他にもこんなものを食べられるなんて言われたら頷かないわけにはいかない。

 ただ、何かが少しだけ引っかかった。

 

「……そんな日常的に、これを」

 

「そうね、それが私の日常かしら」

 

 そう言って彼女は、慣れた所作でケーキを一口運んだ。

 

 

 なにか嫌な気分になったような、気がした。最初はたったそれだけの違和感だった。

 

 

 

 それからというもの、彼女とはよく出かけるようになっていた。

 気を許したつもりはなかったが、ケーキは美味いし奢って貰えるんなら……と付き合った数日間。結局一緒に出歩くのにも慣れ、それ以外の色んな美味しいものも、遊びも教えてもらっていた。

 ハンバーガーを食べた。カラオケで歌った。パフェを食べた。五段アイスを食べた。遊園地に行った。そのどれもが楽しかった。

 

「ここは友達とよく行くお店で、お肉はもちろんだけれど、野菜も新鮮で美味しいのだわ」

 

「え、知ってる曲が全然ない……? じゃあ私が知ってる曲を教えてあげるのだわ!」

 

「ジェットコースター! ジェットコースター乗りましょう!」

 

 夜。楽しかった思い出とともに彼女の声が響くことが増えた。いつの間にか、こんな毎日を楽しんでいることを否定することもできなくなって、嫌なことを考えることも減った。

 

 ――減ったけれど、独りが、余計に辛くなった。

 

「……虚しい」

 

 vanitas vanitatum et omnia vanitas全ては虚しい。どこまで行こうと全ては虚しいものだ。初めて聞いた時から脳裏にこびりついて離れない言葉が、いつまでも追いかけてくる。

 

『使えないな……そんなんじゃ実戦でやられるだけだぞ』

 

『……もっと協調性っていうものがさ、足りてないよね、ほんとに』

 

 そんなことばかり考えて、どんどん嫌な記憶が蘇ってくる。

 

『はぁ……今まではその態度でよかったのかもしれないけど、そんなんじゃトリニティじゃやっていけないよ君』

 

『なんか暗いね君。他の転入生の子は上手くやってるよ?』

 

『そうね、それが私の日常かしら』

 

 日常。

 それは努力の先にあるものだと思っていた。血反吐を吐いて鍛錬を積み、地獄へ叩き落としたトリニティへ復讐をして、勝利を勝ち取りその先にあるのだと。

 でもそれは違った。植え付けられていただけだった。押し付けられていただけだった。

 日常それは当たり前だと。美味しいものを食べて、友達と笑い、明日は何をしようか考えながら寝床につく。それが当たり前の幸せなのだと。

 それが当たり前だというのなら……今までの人生はなんだったのだろうか。

 糧になっているのならまだ理解はできる。辛い過去を経験したことで、幸せな今があるというなら、納得はできる。

 でも違う。あの過去と今の毎日に因果関係はない。あの頃の自分たちが地獄で血反吐を吐いている間も、彼女たちはこの毎日を繰り返していて……。

 

「っ! ……っげ、ぁ……」

 

 考える度に吐いていた。無駄な時間だった、無意味な苦痛だった。彼女と楽しい日々を送るごとに、あの頃の時間が無価値だったのだと叩きつけられ、結局満たされない。

 友達がいて、美味しいケーキを食べて、趣味があって休みがあって毎日が楽しくて。そんな毎日を送っている裏で自分はどんな地獄を過ごしていた?

 このままアイツと日々を過ごせばいつまでも幸せなのか? この吐き気を我慢して暮らしていけば、いつかぱたりと消えるのか?

 

「…………」

 

 そんなことを考えるとまたあの屋上へ来ていた。敷地内で一番高く、危険だからと立入禁止になっていたあの屋上へ。

 あの時は邪魔が入ってできなかった。あれから楽しい日々を過ごせていて、ここへ来た理由なんて忘れていた。

 

『私、あなたと友達になりたいのだわ!』

 

 変なやつだ、と思った。

 明らかに嫌がっているのがわかっているのに、しつこく気にかけてきて。友達になりたいなんて自分だけの都合で追いかけ回して。自己中で、傲慢なやつだと。

 でもおかげで当たり前の幸せとやらを知れた。ケーキもパフェも甘くて美味しかった。カラオケは次の日喉が痛くなるが楽しかった。ジェットコースターも思っていたより悪くはなかった。お化け屋敷は二度と行かないが。

 でも、そんな幸せを感じる度に、自分のすべてが否定されていって辛くなる。

 遊んで吐いて、笑って吐いて、美味しいものを食べて、吐いて、吐いて吐いて吐いて。そんな人生に先があるとは思えない。

 

「……思ってたより高いな」

 

 フェンスに近寄り、あの時見れなかった地上を覗く。何階あるのかはわからないが、ここからなら少なくとも苦しむことはないだろう。

 

「そんで、よくここがわかったね」

 

 姿の見えない主に声をかけると、ぎいと音を立てて背後の扉が開いた。

 振り向くと、思っていた通りアイツがそこに立っていた。

 

「……あの時も思ったけど、真面目なトリニティ生がよくこんなとこまで足を運ぶよね。しかも今日は寮まで抜け出してきてさ」

 

「……モモトーク、返事は遅いけどいつも既読は早いでしょう? 既読もないの変だなって思って、部屋に向かう途中で、どこかへ行くあなたを見つけたから……」

 

 皮肉にもなんの反応もしないのは、あの時と一緒だけれど、違うのはどこか不安そうな表情を浮かべながら、びくびくとこちらの反応を伺っているところだ。

 

「そう……下手くそな尾行に途中まで気付かないなんて、やっぱり焼きが回ってんだね、私」

 

 やっぱり無意味な人生だったんだ。そう吐き出すようにつぶやくと、彼女の顔が怯えたような表情に変わる。

 

「っ……! やっぱり……ねぇ、こんなことやめましょう……? なにか辛いことがあったのは薄々感じていたのだわ……でも、こんな――」

 

「お前に何がわかるの」

 

 少し声が大きくなった。彼女の身体がビクンッと震える。

 

「わかったとして、何ができる? 一緒にいるのが楽しくても、昔と比べて辛いって説明したら何ができるの。ねぇ教えてよ。どうしたらいいの?」

 

「それは……わからない。でも話を聞くことは……」

 

「聞いて何? 辛かったね、しんどかったねって言ってくれれば 少しは楽になる? いつか救われる? それまでは我慢して生きなきゃいけないの?」

 

 抑えが効かずに声を荒げる。彼女は何も言わない。

 

「ねぇなんで。今までずっとしんどかったのに、まだそれを抱えて生きていかなきゃならないの? いつまで惨めなままでいなきゃいけないの」

 

 理屈にもなってない叫びが溢れ出る。彼女は何も言ってくれない。

 

「わかんないよね。だってそんな答え(もの)ないんだもん」

 

 じゃあね、と振り向いて歩き出そうとして、腕を強く引っ張られた。振り向くと今にも泣き出しそうで怯えた表情のまま、それでも腕を掴んで離さない彼女がいた。

 

「っ……ぁ、わ、私はあなたにい、いなくなって欲しくなくて……」

 

 目尻に涙を貯めながら声を出そうと頑張っているが、何を言えばいいのかわからないのか、その言葉が口から出てくることはない。

 

「……そう。辛いままで生きろっていうんだ。しんどいままでいて欲しいってことなんだ。やっぱりお前傲慢だよ」

 

 想像もしていない言葉だったのか、彼女の身体が驚いてまた震える。

 

「あの時もそうだった。友達になりたいなんて、こっちの気も知らずに、自分の都合を押し付けて……」

 

「わっ私、そんな、つもりじゃ……」

 

「じゃあもう離して! わからないんでしょ、解決できないんでしょ!」

 

「……そう、ね……私はあなたの過去を知らないし、し、知ったとして、聞いたとしてあなたに救いを与えることはできない……のだわ……」

 

 そう言いながら彼女は腕を離さない。振りほどこうともがいても、泣きそうな顔のまま、強く腕を掴んで離れない。

 

「一人になる度に吐いて、あの頃の夢で飛び起きて、楽しい瞬間に嫌な記憶が蘇って気分が落ちて、そんな毎日を続けないといけないの!? あんたに話せばどうにかなるのっ!?」

 

「それは……でも……っ」

 

 わかっているんだろう。優しくて賢い彼女は気休めの寄り添いがなんの解決にならないことぐらい。

 

「じゃあ放っておいてよ……っ!」

 

 

 

 振りほどけた、そう思って油断した瞬間、叫んだ彼女に足を払われ体勢を崩す。

 

「――――ッ嫌なのだわっ!!」

 

 大きく尻餅をついた私の腹にのしかかり、両腕を抑えられる。

 

「――傲慢……そうね、私は確かに傲慢なのだわ」

 

 息を荒げたまま、彼女が喋る。泣きそうなのはそのままだけれど、さっきまでの迷っているような怯えているような表情はどこにもなく、覚悟を決めたような、力強い表情でこっちを見つめていた。

 

「……私にはあなたの絶望はわからない。話を聞いて、寄り添うことはできても本当の意味で理解することはできないのだわ」

 

 だったら――と口を挟もうとする私に、彼女は『それでも!!』とさらに声を荒げて被せる。

 

「それでも! 私はあなたと一緒にいたいのだわ! 傲慢でもなんでもいい、私が一緒にいて欲しいから、なんでもするの」

 

 ついに彼女は喋りながら泣き出し始める。大粒の涙がぽたぽたと流れて頬が濡れる。

 

「辛い時はそばにいて、楽しいことを共有して。そんなことしかできないからアナタを救うことは出来ないかもしれない……」

 

 『けれど、いつかその日が来るかもしれない』彼女はそう続けた。その可能性が少しでもあるなら手放したくないと。

 

「だって私があなたと一緒にいたいから……まだ、一緒にしたいことがたくさんあるから……」

 

 そう言って顔を歪めてボタボタと涙を流す。いつの間にか自分も泣いていることに気がついたのは、伝った涙が耳に入ってからだった。

 

「……だから死なせてくれないんだ。救えるかも、なんて曖昧な希望で惨めに生きろって言うんだね」

 

「そうよ」

 

 そう言って鼻をすすりながら口を一文字に結ぶ。

 ……本当にこいつは皮肉が通じない。いつでも真正面に受け止めて、いつでも輝いた瞳がまっすぐに見つめてきていて。

 

「……本当に、嫌なやつだな。お前」

 

 

 

 

 目覚ましの音で目が覚める。

 身体を起こし、布団を引っぺがす。少しの冷えが身体を刺すが、この程度あの頃と比べたらなんてことはない。

 

「……」

 

 洗面台の電気をつけると、酷い顔をした自分が鏡に映る。

 泣き腫らして顔は崩れ、夜ふかしの影響で目には隈だし肌はボロボロで最悪の気分になる。

 

「……また死ねなかった」

 

 ……早起きはあまり得意な方ではない。昔もそれでよく先輩にどやされていたなと、嫌な気持ちが蘇って深い溜息が出る。

 やっぱり、戻ってくるべきじゃなかっ――

 

「おはようなのだわ!」

 

 バンッと、結構な勢いで扉が開けられて思考が遮られる。

 洗った顔を拭きながら振り返ると、いつもの彼女が昨日のことなんて何もなかったかのようにそこに立っていた。

 

「……意外と早起きなんだね」

 

「そういうあなたは意外とお寝坊さんなのね。寝顔も穏やかで可愛かったのだわ!」

 

「……ほんとうるさい」

 

 あのあと、コイツに泣きじゃくったまま部屋まで引っ張られて、自分の部屋に戻らないコイツと一緒にそのまま寝ることになった。

 昨日のことを思い出して、恥ずかしくて目をそらす私に、彼女はいつものように微笑んでいた。

 

「でも……嫌な夢は見なかったみたいでよかったのだわ」

 

 ……結局全部を話した。アリウスのこと、手に入らなかった当たり前のこと。手に入れてからも結局辛いこと。

 その全部を彼女は黙って聞いてくれてた。

 ……確かに気分は多少マシになった。けどこれで何かが変わったわけではない。これからもこれと向き合っていかないといけないことには変わりない。

 

「ねぇ、今日は少し遠出をしてみない?」

 

「……」

 

 けれど、彼女もそんな絶望に付き合ってくれるらしい。辛い時は一緒にいてくれると。

 

「実は今日、シャーレの当番なのだけれど、どうせなら一緒にと思って!」

 

「……なんで私まで。昨日あんなことがあって、その気分のまま出かける気になると思うの?」

 

「そうね……あなたの言いたいことはわかるのだわ。でも、シャーレの先生を甘く見てはいけないのだわ」

 

 ……シャーレの『先生』。聞いたことはある。生徒第一に寄り添ってどんなことでも受け止めてくれる信頼のできる大人、だと。

 

「……」

 

 でも結局それが何になるのか。私を裁いてくれるのか、苦痛を消してくれるのか、世の中を変えてくれるのか? それが出来たとして、それで私は救われるのか。

 そんな超人がいるわけがないと絶望する私を尻目に彼女は続ける。

 

「そう……先生ならD.U.の穴場の美味しいケーキ屋さんの情報を知ってるに違いないのだわ……!」

 

「……あっ、そう」

 

 思っていた話の流れじゃなかったことに肩をすくめつつ、カーテンを開けると眩しい光が部屋の中に降り注いだ。

 

「さぁ、着替えましょう。きっと今日はいい日に……」

 

 そう言いかけて口をつぐむ。

 ……まぁその通りだろう。今日がいい日かどうかなんてわからない。『いい日になるといい』なんて気休めの言葉――――

 

「いえ、いい日にするのだわ!」

 

 ――そういい直して彼女は笑った。朝日の輝きに照らされて、無垢で純白の彼女の髪がサラサラと光、輝いた瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。

 

「……そう、じゃあ期待してるよ、カノン」

 

 着替えを済ませて、カノンと一緒に外へ出る。

 いつか、この絶望を振り払える日が来るかどうかはわからない。けれど、少なくとも、今日はいい日になるかも(、、)しれない。そんな予感といっしょに。

 


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