ルナ・ライズ 作:とんかつ野郎
決まって夜に現れ、集団で襲い掛かり窃盗を行うヴィランとの通報だった。
実情は分身の個性を用いて囲んでいるかのように見せかけていたヴィランもどきだった。
拍子抜けというか、ハリボテもいいところだ。しかし種がわからなければ、倒しても倒しても起き上がってくるゾンビのようなもので。相性が悪ければそれなりに厄介な相手ではある。
「送っていきますよ」
「んー。いらん」
件のヴィランの引き渡しも完了し、それなりに夜も更けてきた頃。
そんなわけですっぱり振られたわけだが、それで折れるほどアシガルはヤワなメンタルをしていない。
「じゃあ飯行きましょう。腹減りましたし」
「んー。行くか」
(あっそれはいいんだ)
踵を返し、工事現場から連なる道にある繁華街へ。
入ってすぐにどこからかかぐわしい中華の香りが鼻孔をくすぐった。時間もあるのか子供の姿ははたとなく、その分元気に飲み歩くサラリーマンたちの活気に満ちた笑い声や乾杯のコールが辺りから聞こえてくる。
「さっきまで近くにヴィランがいたとは思えないですね」
「そうなぁ」
「あ、義手。手伝います?」
「いらん。次言ったら蹴る」
話しながら、ミルコは慣れた手つきで武器状から人の手を模した義手に取り換える。
最近は技術が発展してきたこともあり、接続すれば疑似的な神経回路によって元の腕や指のように繊細な動作を可能とする義手なんかもあったりする。彼女が今しがた両腕につけたのはそういう類のものだろう。
「食いたいもんとかありますか」
「肉と野菜」
「おーけーです。あっちの方に良さげな店ありますね」
歩きながら、少しばかり無言の時間があった。
快活なイメージを持たれがちな彼女だが、実際はこれくらいの間がある。アシガルとしては一緒に歩けるだけで胸いっぱいだけれど、彼女はそれだけでは面白くないらしい。
故に、こうして歩きつつ時たま会話を振るのがちょうどよい距離感であったりする。
「ところで、普段からその義手にはしないんですか」
「戦うには不向きだからな。私の動きについてこられるようなのがありゃ、そんなん気にしなくてもいいんだが」
「うーんメカニック泣かせ」
かの天才メカニックである発目などが聞けば、かえって燃えてくるのだろうか。
しかし彼女は現在また別の『特殊なスーツ』開発にかかりきりだと聞くし、実際頼みこんだとて実現は当分先の話になるように思う。
そんなことを考えながらハンバーグの店に入った。つけ合わせにも多種類の焼き野菜が添えられていたりと店主のこだわりを感じられる老舗だと熱烈なレビューがあったので信用できそうである。
「で、お前はなんで私に付きまとってるんだ」
付きまとってはないですよ、という言葉はハンバーグと共に飲み込んだ。
代わりにあなたが好きだからですと返す。
「好......ッ、一歩間違えりゃストーカーだな。いっそのことそうなりゃ遠慮なく蹴っ飛ばしてやれんのに」
「もう少し本音を言えばあなたが心配だからです」
あまりに予想外だったらしく、ミルコが丁寧に齧っていた人参の先端を嚙み砕く。
「あ?」
「ただでさえ傷だらけなのにこれ以上傷ついてほしくないっていうか、本来あなたの体の状態ってとっくに引退とかしててもおかしくないんですよ」
「......」
「昔テレビの中継で戦ってたあなたに憧れて、その憧れが傷だらけで今も戦ってる。これ以上何かを失ったりしてほしくなくて、憧れに追いつこうとするのは、そんなに変ですかね」
「だから私を守ろうってわけか。勝手に」
「サイドキックとして雇ってくれるならそれが一番ですけど」
彼女はしばしぼうっと考えるような仕草を見せるが、程なくして首を横に振った。
「だめだ。私がやられるような現場に巻き込まれりゃ、お前が死ぬ」
言うまでもなくヒーロー・ミルコの個人戦闘力はトップクラスである。そんな彼女ですら命を掛け金に過去のヴィラン連合や死柄木弔との熾烈な戦いを潜り抜け、そのたびに大きすぎる代償を支払い続けてきた。
裏を返せば、彼女ですらそうならざるを得ない戦場があるのだということでもある。
「昔いたやたら早えのも、エンデヴァーのおっさんも、みんなそうだった」
言外に、お前にはそうなってほしくないという含みを残していた。
アシガルが感じている魅力の一つとして、彼女は表に出さないがとても優しい。アシガルの誘いにも百発百中ではないが予定を合わせたりしてくれるし、それとなく心配もしてくれる。本人は絶対に認めないだろうが義手を付け替えたのも一般人を驚かせないようにするための配慮だろうから。
まっすぐで、強くて、けれど不器用な彼女の優しいところが、とても好きなのだ。
「うわお前! 顔キモ!」
にやけていたらしい。失礼。
「なんでもいいけど、とりあえずしばらくついてくんな」
「政府絡みのミッションですか」
「そんなとこだな」
ミルコはあぐっと肉塊のままのハンバーグを齧りながら返す。
やたらぶっきらぼうに感じるのは彼女がまたアシガルを遠ざけようとしているためだろう。実際政府から依頼されるようなミッションは血生臭いような現場なども多く、適正のないヒーローにはそもそも依頼が飛んでこないような代物であったりする。
戦闘狂の彼女にはなんであれ向いているのだろう。巻き込みたくないという静かな意思表示を生温かい気持ちで受け取っておく。
「まあまあ。デザートもあるらしいですよ、ここ」
「ほ~ん」
アシガルは杏仁豆腐、ミルコはにんじんゼリーを注文。
ちなみにこの店は彼女からも好評であり、近場でミッションがあればまた寄ることになった。
〇
「......で、なんでまたついてきてんだ」
「そりゃ心配だからです」
関東郊外には、未だ復興が追いつききっていないような場所がちらほらある。
その一角にそびえる寂れたビルの屋上にて、人影が三つ。
「ミルコ。誰なんだこいつは」
「お初にお目にかかりますレディ・ナガン。ボーイフレンドです」
「ヒーロー名がボーイフレンド?」
「マジ黙ってろ。......はぁ、ヒーロー名はアシガル。足は引っ張らないと思う、多分な」
「ふぅん」
サイドキックかと納得されかけたが、別にそうでもない話をされたら普通にぎょっとされた。
冷ややかな視線が先から飛ばされていてあまりに気まずいけれど、、かの有名なレディ・ナガンのああいった表情を見れたのは少しばかりラッキーかもしれない。
「そんなわけでやっていきますか、ダツゴク確保!」
「何故こいつが仕切ってる。いや別にいいんだが」
「ああもう面倒くせぇ! まずは私がやるからな!」
そんなこんなで、とても隠密ミッションとは言えない様子である。
かくして何かあればミルコのことは守りたいと固く誓いつつ、ダツゴクの根城へと突入して。
突如、視界が暗転した。
否。否、いな、何かに飲み込まれていた。
視界が暗くなる。息ができない。もがく。もがく、
しかしまるで水がそのまままとわりついているかのように引きはがすことができない。まるでゼリーにでもまとわりつかれているかのような。
「なんだこいつ!」
「お前、」
地上で溺れているという謎の状況に、ミルコもナガンも驚きを隠せずにいるようだった。
もがけばもがくほど苦しくなっていく最中、囁くような声がして。
「掴めるわけないだろ? 流動的なんだから」
ダツゴクが一人。ヘドロのヴィランが、そこにいた。
Tips
ミルコ:食事の誘いには弱い
アシガル:食べてるところを見るのが好き