ルナ・ライズ 作:とんかつ野郎
ヒーロー・ミルコは考えることが得意でない。
得意でないが、その分直感には人三倍に自信があった。
プロヒーローの多くが語る『考えるよりも先に体が動いた』という談はミルコもよく共感できる。もっともミルコのそれは、助けるより戦う場面でこそ真価を発揮するわけなのだけど。
その経験に則れば、今回は運が良かったと思う。
「アシガル! ちょっと熱いぞ!」
ミルコは右の義手で照準を合わせると、付属されているピンを引き抜いて。
直後起きるのは、光である。ただし質量と熱と轟音を伴うものであり、さながら大爆殺神ダイナマイトを彷彿とさせるほどの爆発が、アシガルの上半身を一気に燃やす。
当然ながら皮膚はあちらこちら焼けるわけだが、それはアシガルだけでない。彼にへばりつくヘドロ体は蒸発するわ吹き飛ばされるわでよりひどい目に合うはずだ。
「ゴボッ!」
「ああぁぁ! 殴るとスナイプしか脳が無いって言ったのにさ! あいつ俺を騙しやがった!」
「引き剝がせりゃこっちのもんだ! バラバラなりやがれ!」
「いやいやいや、打撃は効かないんだよ。ほら、流動だからさぁ......って、あ?」
ミルコは義足のブランクを感じさせないほど素早く動きまわり、その最中にも蹴る。
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る――。再生能力が追いつかないほどに早く、強く、圧倒的な手数の蹴りによって本体からヘドロが次々に蹴りだされていく。
「満月乱蹴ゥ!」
「あアァァあ!? いやもうダメだって!」
自分も想像だにしない方法でもって追いつめられるのは驚愕が勝つらしい。ヘドロヴィランは形勢が不利だと見るや否や、迷うそぶり一つ見せず逃走の体制に入っていた。
その潔さにミルコは思わず舌打ちする。面倒だと、素直にそう感じたからだ。中途半端に戦おうとする相手よりも、このように割り切っている相手の方が確保は難航する傾向にある。
「排水溝なんかに逃げられたら追えねえ!」
「面倒だね」
呟き、射撃。
音を置き去りに飛ぶレディ・ナガンの弾丸がヘドロヴィランの体を抉って抜ける。
「だから流動だから効かないって!」
ドンッと続けて放たれる弾丸。威力と回転力も相まってかこぶし大の穴が空く。
「あぁそうか。どこまで削れば効いてくれるんだろうな」
「つ~か逃げんな!」
蹴りが鋭く体を抉る。弾丸がびちゃりとまき散らす。蹴りが軌道の跡を残す。弾丸が虚空ごと突き抜ける。蹴りが身体を薙ぎ払う。弾丸が残る部分を更に穿つ。
そうして大部分の体が削れ――ヘドロヴィランの体が、崩れた。
「「!?」」
全員の驚愕をよそに、ミルコたちの背後。遥か遠くから勝ち誇るような声がして。
「そりゃ囮さぁ。君らが必死こいてそれを削っている間にも、本体の俺はこっそり排水溝に向かってたってわけ」
そう語るヘドロヴィランは赤子のようなサイズになっていた。
体の大部分を囮に使ったためだろうが、恐らくは下水道などを通れば体は再びチャージできるのだろう。してやられた、とミルコは思う。直近で分身を扱うヴィランとも戦ったりばかりだというのに、本体を逃がすための施策の可能性を抑えられていなかった。
目算だが距離で言えば百メートルがあるかないか。二回ほど地面を蹴れば届く距離ではある。
であれば時間を稼いで、と。
「ゴホッ、レディ・ナガン。構えて。一撃だけ合わせます」
「お前。体は?」
「ミルコさんの攻撃ならモーマンタイです。100メートルの狙撃は、いけますか」
「......あぁ。外すわけもない」
小さく頷きを返し、火傷だらけのアシガルはナガンのライフルに手を沿える。
「そいつの体は貰い損ねたけど、今度はもっといい器を見つけたいもんだね」
一呼吸ほど、間があったと思う。
今が戦闘中であることを忘れるくらいに、ひどく静かな環境だった。まるで誰もいない空でも飛んでいるかのような、深海の底にでも潜っているかのような。
他の誰もを置き去りにするほどに深い集中。意識の凪の果てにこそ、ナガンの射撃はある。
「それじゃあ俺は失礼するよぉ、おぉ!?」
ヴィランの体の大半を吹き飛ばすほどの穴が開いた。
遅れて、遅れて、ズガンと。ライフルの重低音が鈍く響いた。
「な、なに、を?」
「簡単。めっちゃ早い弾丸がお前を貫いたわけ」
正しくはライフルから発射されてからも加速され続け、自損する直前にまえ速度と回転力が限界突破した特殊な弾丸なわけだけれど。そこまで懇切丁寧に説明してやる義理もない。
なんにせよあそこまで小さくなってしまえばペットボトルなんかに詰めることもできるだろう。今回のダツゴク案件は一旦落ち着いたと見える。
「ふぅ。ミルコさん、俺はちょっと疲れたんで休みますね」
「待ってろ。後で病院にでも連れてく」
「悪いなアシガル君。本来は私が対応と引き渡しをしてやりたいが、私だけじゃ問題があるから」
「いえ気にせず。今度飲みにでも行きましょう、今は寝ます......」
そう呟きながら、アシガルはすうと寝入ってしまった。
加減はしたつもりだったがそれなりに直接爆発を受けた身だ。爆撃の張本人としては、若干の罪悪感はあるが他に引っぺがす方法もなかったため仕方がないと思っている。
大爆殺神ダイナマイトの篭手を参考に新しく作られた義手の機構だったが、市街地で使うには色々と制限が必要かもしれなかった。
「ところでミルコ」
「あん?」
座り込んだレディ・ナガンがアシガルの頭に手を添えて呟く。
「面白い子を拾ったな。まだまだ粗削りな部分はあるが」
「んーまあまあ。筋は悪くねーと思うな」
「告白もされていたしな」
「こっ、いちいち、そんなん真に受けてらんね~だろ」
「別に考えても良いと思うが......まあいいか。それよりだ」
少しばかり、空気が変わったような心地がした。
ナガンはペットボトルにヘドロヴィランを詰め込みながら、おもむろに話し出す。
「こいつ。8年前にダツゴクとなったがそれ以降収監されていたはずのヴィランだ」
「あぁ!? またダツゴクされてるってわけか。タルタロスってのはザルなのかよ」
「いいや違う。個人の力によるダツゴクなんてのは不可能だ」
であれば協力者がいるとでも、と。
そう訝しむミルコの視線に対して、ナガンは肯定するように小さく頷いた。
「政府側に、内通者がいる」
Tips
ミルコ:からかわれてると思ってる
アシガル:真剣
ナガン:こいつら面白そう