お母さんがいなくなってから、8年後。
私達は、相変わらず里親二人と一緒に暮らしている。
お母さんは、私達が10歳の頃に亡くなった。
お母さんが亡くなってから、私は弧太朗の心に影を落とさないよう必死に努力した。
毎日欠かさず話しかけたり、いじめっ子から守ったり、お腹が空いた時はご飯を作ってあげたりした。
そのおかげで、弧太朗は少しずつ私の前で笑うようになってくれた。
私と弧太朗も中学最後の学年を迎え、来年には高校生になる。
里親の和雄さんが、食事をしながら弧太朗に話しかける。
「弧太朗はこの前の定期試験で学年1位だったそうだな。凄いじゃないか」
「別に褒められるようなことじゃない」
「お前なら、第一志望の高校にも合格できるだろう。その調子で頑張れよ」
和雄さんは、弧太朗に期待を寄せて満足そうに微笑んだ。
弧太朗はすごく頭が良くて、私達が通っているエリート揃いの中学でも毎回1位をキープしている。
転生前はバリバリ受験生をやっていた私でも、弧太朗に勝てた事は一度もない。
さすが我が弟、姉としては鼻が高いですわ。
なんて考えていると、和雄さんが、今度は私に話しかけてくる。
「そういえば、瑠奈。お前の志望校をまだ聞いていなかったな。お前はどこに行くつもりなんだ?」
「私は雄英に行こうと思ってる」
「雄英だと?」
私の言葉を聞いて、和雄さんの眉が僅かに顰められた。
「まさかお前、ヒーローになるつもりじゃないだろうな? ヒーロー科に行くつもりなら、学費は鐚一文も出さん。自分でなんとかしろ」
そう言って、和雄さんが私を静かに睨みつける。
この人は、弧太朗を優遇し、私を冷遇している節がある。
例えば誕生日プレゼントで差をつけたり、露骨に私を仲間はずれにしたり、そういう下品な嫌がらせをしてくる事はないけど、同じ粗相をしても私だけ怒られるのはよくある事だ。
双子だから、何かと比べられてどちらかが冷遇されるのは、引き取られる時からわかってはいた。
不満がないわけじゃないけど、私が冷遇される側でよかった。
逆だったら顔面グーでいってたかも。
「父さん、いい加減にしろ」
和雄さんの物言いに、弧太朗が苛立ちを露わにしながら立ちあがろうとするので、私は腕を前に出して制止しつつ、和雄さんを宥めた、
「お父さん。私は経営科に行くつもりだから。ヒーロー科に行く気はないよ。それと、お金の心配ならしなくていいよ。雄英なら国立だから学費が安く済むし、経営科に進学すれば逆にお金を稼げるから、少しは弧太朗の助けになると思う」
「なんだ、身の程を弁えているじゃないか。それを早く言え」
和雄さんがそう告げてコーヒーに口をつけるのを確認すると、私はふんっと鼻で笑ってみせた。
ハッキリ言って、今の和雄さんとのやりとりは茶番だ。
私を冷遇しているように見えるけど、要するにこの小心者のおじさんは、私と弧太朗に死んでほしくないだけなのだ。
特に女の私は明らかにキツく当たられているけど、むしろ私の事を大事に思ってくれているからこその態度だ。
女ヒーローの場合は、事故や事件で命を落とす危険性だけじゃなく、ヒーロー活動中に性被害に遭うリスクも付き纏う。
若い女の子がヒーローを目指す事の危険性を理解しているなら尚更、親として多少言い方がキツくなってでも止めるのは当然の反応だ。
それに、和雄さんが私を女だからと侮っているわけではないのも知っている。
日中はほとんど“無個性”も同然だけど、弧太朗を守る為に体を鍛えて格闘技も齧っているから、腕っぷしにはそこそこ自信がある。
私に本当に実力がないなら、「受験するだけしてみたら」とでも言って突き放せばいい話だ。
こんなみみっちい脅しまで使って釘を刺してくるのは、私がヒーロー科を受験して、ワンチャン受かってしまうのが怖いから。
元々私はヒーロー科に行くつもりはなかったから、和雄さんに反抗せずに穏便に話を終わらせた。
まあ、ヒーロー免許を取るつもりが無いとは一言も言ってないんだけどね?
実際のところ、別にヒーロー科の学校を出ていなくても、ヒーロー免許を取れないわけじゃない。
ヒーロー科に通わずに免許を取ろうと思うと、サポートアイテムとかの装備は自己負担になるし、先輩ヒーローからのバックアップが得られないっていうデメリットはあるけど、私はバックアップもサポートアイテムも別に要らないから、実質痛手になるようなデメリットが一切無い。
ヒーロー免許を持っていると色々便利だから、和雄さんには黙って取ってしまおう。
「さっきの話、どういうつもりだよ」
「何のこと?」
ご飯が終わった後、お皿洗いをしていると、弧太朗が話しかけてくる。
何に怒っているのだろうか。
父さんのご機嫌取りをしようとした事か…それともお金の話をした事?
「金を稼いで俺の手助けをするって話だよ。なんで姉さんが俺のための金を稼がなきゃならないんだ」
「あんたは余計なこと考えなくていいのよ。自分のことだけ考えてなさい」
「そう言う姉さんこそ、自分のこと考えたらどうなんだよ。まさかとは思うけど、俺のためにやりたいこと我慢してないよな?」
「別に自分を犠牲になんかしてないよ。そういうのは弧太朗が一番嫌がることだって知ってるもん。私はね、あんたがやりたいことやって、幸せに暮らしてくれたらそれで幸せなの」
私がそう言うと、弧太朗は納得いかなさそうな顔で片眉をピクリと動かす。
『自分のことを考えろ』か……
同い年の私が言うのもなんだけど、本当に優しい子に育ってくれてお姉ちゃん嬉しいよ。
「……ずるいよな、そういうの」
「なんか言った?」
「何でもない。ああそうだ姉さん、今日の夕飯美味しかったよ。ありがとう」
弧太朗のその言葉に、思わず笑みが溢れる。
いつも作っているご飯は、前世でお母さんに教えてもらった料理だ。
養母の枝実さんはあまり料理をする人じゃないから、ご飯はいつも私が作っている。
何度作っても、あの味を再現する事は未だにできてないけど。
最初は弧太朗を元気づけるために始めた料理だけど、毎日この笑顔が見られるなら、前世で家の手伝いをしてきてよかったって思う。
こうやってハッキリ「美味しい」って言ってもらえると、前世のお母さんが褒められてるみたいでなんだか嬉しい。
「どういたしまして」
◇◇◇
それから1年が経った。
私は無事雄英の経営科に合格し、I組に配属された。
ちなみに弧太朗は、都内有数の難関高に進学して、そこでも優秀な成績を残している。
さすが私の弟、天才。
ある雨の日、帰り道を歩きながら弧太朗にラインをしていると、隣を歩いていた友達が話しかけてくる。
「ねぇ、瑠奈は推してるヒーローとかいないの? 私はやっぱりオールマイトかな!」
私の隣を歩いていた澪が、オールマイトの話をしてきた。
澪は、ヒーロー科に進学した、中学からの友達だ。
と言っても、中学の頃に澪がヒーロー科に受かったって噂になったから、私から声をかけて友達になったんだけど。
今日はたまたま図書室で自習をしていたから、一緒に帰る事ができたのだ。
ちなみに今年は、アメリカで活動していたオールマイトが日本に戻ってきた年だ。
オールマイトは、今までのヒーローの常識をひっくり返す大活躍をして、瞬く間にNo.1ヒーローの座を手にした。
原作では、主要なヒーローの多くがオールマイトのいない時代を知らない30代以下だったからピンと来なかったけど、オールマイトの活躍は、転生者の私から見ても衝撃だった。
「私は、好きなプロヒーローは特にいないけど、私にとってのヒーローはいるよ。私の弟」
「うわ出た、ブラコン瑠奈。言っとくけどあんたのブラコンっぷり、学年中に知れ渡ってるからね?」
「え、そうなの?」
「ルックスも成績も良いアイドル的存在のあんたに、なんで誰も手を出さないと思う? あんたが弟しか眼中にないってこと、皆知ってるからだよ」
「へー、そうなんだ」
「なんでちょっと嬉しそうなのよ。別に褒めてないから」
そっかそっか、私が弧太朗を好きだって事は、ちゃんと皆知ってるのか。
なんて思いながら笑っていると。
少し離れたところにある銀行に、スーツを着た男性三人組が入っていくのが見えた。
三人は、何かを話しながら銀行に入っていく。
会話の内容は聴き取れなかったけど、口の動きから、『人質』やら『山分け』やら、普通に銀行に用がある人の口からは絶対に出てこない単語を口にしているのが確かに見えた。
あの人達、もしかしたら銀行強盗かもしれない。
「ごめん澪、あの銀行の中の様子を調べてくれない?」
「は? 何よ急に、てか公共の場での“個性”の使用はダメでしょ!」
「ほんとごめん、でもなんか嫌な予感がするの。後で全部私のせいにしていいから」
私がお願いすると、澪は「スタバの新作奢れよ」と言いながら渋々“個性”を使って中の様子を調べてくれた。
するとその直後、澪が青ざめた顔をして私の制服の袖を掴む。
「瑠奈、やばいよこれ…!! どうしよう…!?」
澪は、軽くパニックを起こしながらも状況を説明した。
何でも、銀行強盗が小さな女の子を人質に取って金品を奪っているらしい。
犯人の一人が爆破系の“個性”を持っているらしくて、少しでもアクションを起こしたら建物ごと爆破すると脅しているという。
私は、パニックになっている澪を落ち着かせて、今やるべき事を話した。
「担任の先生に連絡して! 私、警察に通報するから」
「えっ、なんで先生?」
「ここら辺にはヒーロー事務所が無い! 一番早くここに駆けつけられるのは先生達よ」
「わ、わかった…!」
私が説明すると、澪は震える手でスマホを操作し、担任の先生へ電話をかけた。
私も、持っていたスマホですかさず110番通報した。
『はい。事件ですか? 事故ですか?』
「事件です! 銀行強盗が、人質を取って立て籠ってます! 場所は──」
私は、電話に出てくれたおまわりさんに、状況を端的に伝えた。
私達にできる事はやった。
あとは、警察と先生達が一分一秒でも早く駆けつけてきてくれる事を祈るだけだ。
私が警察と教師陣の到着を待っていると、澪が青ざめて震える。
「先生、早く来てください!! 余計まずいことになってます!!」
澪は、声を荒げて電話越しに先生達に状況を説明した。
客や銀行員が要求を飲んだにもかかわらず、犯人達は人質の女の子を解放せずにその場で殺そうとしたらしい。
犯人グループには、最初から人質を生かして帰す気なんてなかったんだ。
すると銀行にいた客の一人が、人質の女の子を助けようと、犯人に飛びかかったそうだ。
そんな事をしたら、全員巻き添えを喰らってしまう。
最悪が起こってしまう前に、早く助けて。
誰にでもなく願った、その時だった。
「見つけた!! そこかぁ!!」
A組の先生が、体を煙に変えて猛スピードで駆けつけると、銀行のビルの中に勢いよく侵入した。
それから間もなく他の教師陣と警察も駆けつけ、5分もかからずに事件が解決した。
犯人グループは教師陣に捕まって警察に連行され、銀行員や客は全員無事に解放された。
「刀華、刀華ぁ…!!」
「おがあざあああん!!」
人質に取られていた女の子は、母親の腕の中で泣いていた。
無事に保護された女の子を見て、自然と安堵のため息が漏れる。
その後、私の共犯になった澪は、“個性”を無断使用したとしてこっぴどく怒られた。
私が“個性”を使うように無理強いしたと澪を庇うと、事情が事情だったからか、A組の先生はため息をついて今回の事を不問にしてくれた。
そして、私達はようやく帰れる事になったわけだけど…
「親父!!」
振り向くと、濃い紅色の髪をした体格のいい男の子が、持っていた傘を放り投げて、雨の中を走っていた。
男の子が駆けつけた先には、さっきまで銀行にいたであろう男の人がいた。
澪は、その男の人の顔を見ると、足を止めて口を開く。
「あの人……」
「どうかしたの?」
「さっき人質の女の子を助けようとしてた人だよ」
「……ふぅん」
父親のもとへ駆けつけ安堵の表情を見せる男の子を見て、私の脳裏に前世の記憶が浮かぶ。
あの男の子って、もしかして……
◇◇◇
それから2年後。
私と弧太朗は、高校3年生になった。
私達は、大学進学に向けて絶賛受験勉強中。
うちのクラスでは、進学組と就職組に分かれて進路の話をしている。
経営科では、3年生は、進学組は受験勉強があるし、就職組は就活でインターンやら面接やらで忙しいので、1、2年までのような実習がほとんど無い。
私は、必要な資格を取る為に大学に進学するつもりだ。
いやはや、人生で二度も大学受験を経験する事になるとは…
まあその分、他の受験生よりも経験値が多いから優位に立てるってポジティブな考え方もできなくないけど。
なんて考えつつ、赤本を持って図書室に行こうとしていると。
「志良木先輩!」
不意に、後ろから声をかけられた。
振り向くと、見覚えのある紅髪の男子生徒が立っていた。
制服が見るからに新しい。新入生だろうか。
「やっと会えた、ずっと探してたんです。お礼が言いたくて」
「えっと、君は?」
「1年A組の轟炎司です」
あ……!!
「2年前、父が銀行強盗に遭って生還できたのは、あなたが通報してくれたからだと聞きました。父を助けてくれて、ありがとうございます」
轟炎司。
私は彼を知っている。
未来のNo.2ヒーロー、エンデヴァーだ。
この時、私はまだ知らなかった。
あの日起こした小さな行動が、この世界の未来を大きく変えたという事を。
志良木瑠奈(17)
本作の主人公。
雄英経営科3年I組所属。
ブラコンを拗らせた女子高生。
中学までは弟と同じ学校に通っていたが、金銭的な理由と情報収集目的で雄英経営科に進学し、在学中に偶然未来のエンデヴァーこと轟炎司の父親を救う。
小学校入学前に里子に出されており、旧姓は志村。
志良木弧太朗(17)
主人公の双子の弟。
中学までは姉と同じ学校に通っていたが、高校は都内の難関高に進学した。
本作では、原作ほどヒーローに対して強い憎しみは抱いていない。
小学校入学前に里子に出されており、旧姓は志村。
轟炎司(15)
主人公の後輩。
雄英ヒーロー科1年A組所属。
弧太朗以外で、主人公が初めて救った原作キャラ。
主人公に偶然父親を救われたため、彼女に感謝している。