七つの大罪:暴食のヒナ   作:ていん?が〜

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後編です。
地下生活者とベアトリーチェについて独自設定がありますのでご注意を。


第11話:正義のアボカド 後編

 5年前、中等部に入学したばかりの12歳のヒナは現在の冷徹な威厳やヤンキー染みた獰猛さなど微塵も持ち合わせていない、ただただ純粋で無垢な少女であった。

 

 放課後の帰り道、茜色に染まるゲヘナの空の下を、彼女はトコトコと軽やかな足取りで歩いていた。

 

 「あ〜あ、お腹すいたなぁ。今日の夕飯、ハンバーグだといいな……それも、すっごく大きいのを10個くらい!」

 

 ヒナは無邪気に鼻歌を口ずさみ、足元に転がっていた小さな小石を、何気なくつま先でチョンと軽く蹴り上げた。

 

 次の瞬間、その小石は「パァン!」という鋭い破裂音と共に空気を切り裂き、目にも留まらぬ速度で一直線に飛翔した。

 それは軽々と音速の壁を突破し、数百メートル先にある頑強なコンクリートの塀へと激突した。

 

 ズドォォン!! という凄まじい衝撃と共に、塀は粉々に砕け散り、砂煙が上がる。

 しかし、当のヒナはそんなことには微塵も気づかず、キラキラとした瞳で道端の看板を眺めながら、満足げにペロリと舌を出していた。

 

 「帰ったらおやつも食べようっと!」

 

 

 少女の背後、歪んだ時空の裂け目から、2つの影が静かに彼女の歩みを見つめていた。

 

 その卓越した超人的な身体能力と体内に秘められた計り知れない代謝エネルギーのポテンシャル。

 それこそが遥か昔からキヴォトスの裏で暗躍していたゲマトリアが追い求めた究極の「器」であった。

 

 「……ご覧なさい、マダム。あの可憐な少女の内に秘められた、途方もない神秘の渦を」

 

 黒服は顔面の亀裂を明滅させ、影のような頭部から不気味な感嘆の溜息を漏らす。その視線には探究心という名の愉悦がどす黒く渦巻いていた。

 

 「ええ、本当に……あのような無垢な器に、これほど過剰なエネルギーが同居しているとは。まさに、崇高なる芸術の雛形ですわ」

 

 隣に立つベアトリーチェは、ドレスの裾を優雅に翻し、冷ややかな瞳でヒナの背中を射抜く。彼女の唇には、獲物を待ちわびる蜘蛛のような、残酷で甘美な笑みが浮かんでいた。

 

 「さあ、計画の準備を整えましょう。あの少女を我々の都合の良い駒として塗り潰し、その飽くなき渇望を、我々の探求の燃料へと変えるのです……」

 

 無邪気に歩くヒナの視界に、ふいに奇妙な2人組が割り込んだ。端正なコートを纏い、片手にステッキを持った男、デカルコマニー。

 そして、彼が掲げる額縁の写真の中にのみ存在する、シルクハットを被った紳士、ゴルコンダである。

 

 「やあ、小さき愛しき方。こんなところで立ち止まっては、足元の可愛らしいお花も萎れてしまいますよ」

 

 ゴルコンダが写真の中で恭しく一礼し、慇懃な笑みを浮かべた。

 

 「おや、もしや空腹ですか? 丁度良い。我々の屋敷には極上のチーズがとろけ出し、肉汁が泉のように溢れ出す特大のハンバーグをご用意しておりますよ。……それも10個でも20個でも貴女の気が済むまで…ね」

 

 ヒナの瞳が、宝石のようにパァッと輝いた。

 

 「本当!? 本当にハンバーグがたくさん食べられるの!?」

 

 すかさず、デカルコマニーがステッキを地面に打ち鳴らし、野太い声で相槌を打つ。

 

 「そういうこった!」

 

 ヒナは疑いもせず、「わーい! ハンバーグだ!」と飛び跳ねた。屈託のない笑顔で、大人びた怪人たちの懐へ何の躊躇いもなく飛び込んでいく。

 

 彼らは言葉巧みに12歳の幼いヒナ少女を誘惑し、倫理の通用しない暗黒の地下本拠地へと連れ去ったのである。

 目的は、彼女の無限の可能性を縛り付け、組織の駒として利用するための複雑怪奇な契約書にサインをさせることだ。

 

 

 

 薄暗い実験室。中央の重厚なデスクには、禍々しいオーラを放つ終身研究契約書が広げられていた。

 その前に座る仮面の男・地下生活者が、ヒナに向かってニヤリと異形の笑みを浮かべる。

 

 「やあ、ヒナちゃん。小生と一緒に、もっと楽しいゲームをしないかい?」

 

 「ゲーム? なにそれ、たのしいの?」

 

 「そうさ。これは『契約』という名前のゲームだよ。もしこれにサインをしてくれたら、ヒナちゃんはいつでも好きなだけ美味しいご飯が食べられるようになる。レベルアップするたびに、もっともっと強い武器や甘いお菓子が手に入る特権階級になれるんだ。……どうだい、ワクワクするだろう?」

 

 地下生活者は時計の文字盤のような瞳を怪しく回転させ、少女を篭絡しようと語りかける。

 だが、ヒナは契約書の文字になど目もくれず、ケラケラと笑いながら地下生活者の背中に飛び乗った。

 

 「キャハハ! おじさんの顔、おもしろーい!」

 

 「お、おっと……!」

 

 ヒナは地下生活者の肩に乗り、その仮面じみた異形の顔を両手でベタベタと触り始めた。時計の針が回る瞳を指でつつき、額のローマ数字をなぞる。

 

 さらに、面白い玩具を見つけたかのように、仮面の隙間から覗く髪をグイグイと容赦なく引っ張り回す。

 

 「こ、こら、ヒナちゃん……。小生の大切な髪を、あまり乱暴に扱ってはいけないよ……」

 

 地下生活者の仮面に、ピキリと血管のような亀裂が走る。今にもブチ切れそうな怒声が喉までせり上がっていた。

 だが、隣で黒服が冷ややかな視線を送っていることを思い出し、彼は深く息を吐いて仮面の歪みを強引に修復する。

 

 「……小生はね、ヒナちゃんをとても大切に思っているんだ。だから、もっともっと素敵な景色を見せてあげたいと思っているんだよ。……さあ、だからその手は一度離して、この紙の右下に、可愛い名前を書いてくれるかな?」

 

 地下生活者は怒りで震える手でペンを差し出し、無理やり笑顔を作って、ヒナをサインのテーブルへと誘導し始めた。

 

 しかし、契約の締結を迫られた12歳のヒナは机の上の書類を一瞥もすることなく小さな両手でお腹をさすりながら、ぷくーっと頬を膨らませた。

 

 「……お腹空いた。私、お腹がいっぱいにならないと、何もしたくない。こんな難しい文字読めないもん」

 

 幼い少女特有の、純粋にして理不尽な駄々が始まった。

 

 黒服たちは、目の前の少女が契約書に目を走らせるのではなく、ただひたすらに空腹を訴えて不機嫌に頬を膨らませるという想定外の反応に、言葉を失った。

 

 まずは場の空気を落ち着かせ、少女を嗜める必要があると判断した黒服は、手際よくティーセットを用意させた。

 

 「……ふむ。空腹では思慮も鈍るということですか。では、まずはこれで落ち着きなさい」

 

 差し出されたのは、組織が誇る英国風の最高級紅茶と、職人が手掛けた繊細で上品な薄焼きクッキーだった。

 

 それが、後に彼らが「終わりの始まり」と呼ぶことになる大災厄の引き金であった。

 

 運ばれてきたクッキーを一口齧ったヒナは、その瞬間に眉を吊り上げた。

 

 「何これ、全然味がしない! 量も少ない!! 今すぐ100キロのA5ランク黒毛和牛の霜降りステーキと、500リットルのキンキンに冷えたコーラを持ってきて!!」

 

 「は、はあ!? 100キロのステーキに500リットルのコーラだと!? このような神聖な実験場に、そんなジャンクフードの暴力を持ち込めるわけがないだろう!」

 

 芸術家を気取るマエストロが青筋を立てて拒絶し、黒服も当然用意できるわけがないので、冷酷に「これで我慢なさい。さぁ、早く契約書にサインを」と告げた。

 

 すると、幼いヒナは年齢相応に子供らしく、凄まじい癇癪を起こした。

 

 「嫌だ嫌だ嫌だァァァァァァァッ!!! ステーキ!! コーラァァァァッ!!! 出してくれないとお家帰らない!! 契約もしないぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

 金切り声をあげて激しく泣き喚きながら、ヒナは床の地面に大の字になって寝転がり、両手両足をバタバタと激しくばたつかせて大暴れし始めた。

 

 

 ドゴバキグシャァァァァァァン!!!!

 

 

 12歳にしてキヴォトス最強の物理破壊力を有する彼女が床を叩く度、強烈な局地的大地震が発生した。

 手足が風を切るだけで衝撃波が生まれ、周囲の超高性能演算サーバーは一瞬で粉砕され、頑強なコンクリートの壁は消し飛んだ。

 

 当時のゲマトリアの本拠地は、少女の癇癪という名の『子供のわがまま』によって、わずか数分で原型を留めないほどに完全壊滅した。

 

 その場に居合わせた者たちの被害は、あまりに甚大であった。ヒナが床を叩き、足を振り回すたびに発生する局地的な大衝撃波が、組織の頭脳たる彼らを容赦なく蹂躙した。

 

 「あ、あり得ない……! 私の美しい作品(サーバー)たちが、あんなにも無様に……!」

 

 マエストロが悲痛な声を上げた瞬間、飛んできたヒナの踵が彼の胸部を直撃した。

 続く轟音と共に、黒服、ゴルコンダ、デカルコマニー、ベアトリーチェ、そして地下生活者が次々と壁や天井へと叩きつけられる。

 

 「し、小生は……死の真理を探究したいだけであって、今ここで死ぬ予定は……ッ!」

 

 地下生活者の悲鳴も虚しく、彼らは骨折や内臓破裂を伴う全治1年の重傷を負い、仲良く救急病院へと緊急搬送される羽目になった。

 

 

 

 

 それから丸1年後。

 

 地獄のような治療と過酷なリハビリを終え、ようやく退院したメンバーたちは、深いトラウマに怯えながらゲヘナの遥か未開の地へと辿り着いた。

 

 今度こそ見つからないよう、極めて厳重かつ細心の注意を払って新しい本拠地を隠密裏に設立したのである。

 

 「今度こそ完璧…魔術的防壁と隠蔽術、すべての感知を遮断したわ」

 

 ベアトリーチェが震える手で最後の結界を張った直後、黒服が深く、深く息を吐いた。

 

 「これなら……これなら、あの『特異点』も我々を見つけることはできません。二度と、あのような災厄は御免です」

 

 組織の悲願を達成したかのような安堵感が室内に満ちた。

 

 

 しかし

 

 

 バゴォォォォォン!!!!

 

 

 「……あ、ここだ。おはよ。お腹空いたから、ご飯食べさせて」

 

 中学2年生になり、少し背が伸びた空崎ヒナが、笑顔で新しい拠点の鉄扉を蹴破って乗り込んできたのである。

 

 実は1年前、ヒナは難解な契約書の説明を受けている最中、退屈のあまり辺りをキョロキョロと見回していた。

 その際、ゲマトリアが誇る未知の科学技術で作られた物質生成装置やカプセル群を目撃した彼女は、12歳児としての瑞々しい想像力をフルに発揮し、

 

 「(あ、あの機械って、魔法の3Dプリンターみたいになんでも好きなご飯を無限に出せるすごい装置なんだ……!)」

 

 という、ゲマトリアの技術に対する世界一最悪な誤解を脳内で完成させてしまっていたのだ。

 

 

 そこから、ゲマトリアの哀れな逃避行が始まった。

 

 

 どんなに拠点を隠そうとも、飢えたヒナの脂質レーダーからは逃れられない。

 ヒナに居場所が見つかれば、一晩でその拠点を畳んで泣く泣く別の土地へと逃げる、という極限の自転車操業が繰り返された。

 

 そのあまりに不条理で過酷な逃亡生活の最中、精神的に最も未熟だった地下生活者は「小生、もうこんな理不尽な怪物の相手は嫌だ……死の真理を探究する前に小生が死ぬ……」と心が完全にポッキリと折れ、ゲマトリアを脱退。

 

 さらに、プライドの高いベアトリーチェは「私はアリウス自治区で独自に『崇高』の研究を行うから、あの怪物の引っ越し騒ぎにはもう関わらないから」と体の良い理由をつけ、実質的な休職に近い形で組織から距離を置いた。

 

 残されたメンバーたちも、毎月のように発生する超高額な拠点の移転費用と壊滅に伴う弁償費用のせいで、本来の目的である『神秘の研究』のための予算が底を突き、研究は完全にストップ。

 ゲマトリアは事実上、ヒナのお夜食の恐怖に怯えるだけのただの難民集団へと成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在。

 

 空崎ヒナは、暇になるとごく自然にゲマトリアの本拠地を訪れる。

 

 風紀委員会の書類仕事から解放された休日や、パトロールの合間のちょっとした空き時間、あるいは単にジャンクな夜食が恋しくなった時、彼女の足はキヴォトスの外側に属するこの暗黒の空間へと向くのだ。

 

 「……ですから! 空崎ヒナ、我が組織はあなたを完全に『公式永久出禁』にしていると、これまで何度も、何百回も説明しているはずですが!?」

 

 黒服は顔面の亀裂をパチパチと怒りで明滅させながら、デスクを叩いた。

 しかし、対面に座るヒナは、愛銃『終幕:デストロイヤー』の銃口を爪で弄びながら、冷淡に鼻で笑った。

 

 「フン、おかしなことを言うわね。私はゲヘナの秩序を守る風紀委員長よ? お前たちのようなキヴォトスの外側から来た超法規的犯罪者集団の『出禁要求』に、真面目に耳を貸す道理なんてこれっぽっちも無いわ」

 

 「道理がないと言うならば、我々ゲマトリア側も、あなたの個人的なわがまま――アボカドの品種改良要求に応える必要など一切無いはずだ!」

 

 黒服が正論を吐いた、その瞬間。ヒナの瞳からハイライトが完全に消失した。

 

 「あ、そう。それなら……言葉ではなく、『暴力』でその生意気な首を縦に振らせるまでよ。私、今日はお腹が空いていて、とっても機嫌が悪いの」

 

 「なっ……!?」

 

 風紀委員会トップの人間にあるまじき、あまりにも無茶苦茶な暴論。

 

 「いい? 私はアボカドの青臭さを完全に抹殺した、真の成果物を見るまで今日は絶対にここから帰らないから」

 

 凄まじいプレッシャーと共に、ヒナの指がデストロイヤーの引き金へと掛けられる。

 

 黒服は内心で「(し、しまった……! ここでまた暴れられては、今度こそ移転費用が無くなって我々はキヴォトスの路上で生活する羽目になる……!)」と、かつてないほどの焦燥感に駆られていた。

 

 

 ギィッ…ギシ……。

 

 その絶体絶命の膠着状態を破ったのは、軋むような不快な足音だった。

 

 

 

 「待たれい、小さき暴食の魔王よ……! 私の最高傑作を、そのような野蛮な火器で脅し取るのは美しくない……!」

 

 部屋の奥の暗闇から、双頭のマネキン人形――マエストロが、その手に一つの小さな植木鉢を大切そうに抱えて現れた。

 植木鉢の中心からは、瑞々しい緑の苗木が一本伸びており、その先には見事な大ぶりのアボカドが一つ、実を結んでいる。

 

 「マエストロ……!?」

 

 「フハハハ! 私はこういう最悪の日が来ることを、完全に予見していたのだよ! 組織の崩壊を防ぐため、私はここ数ヶ月の私の全個人予算、および芸術研究費の全てをこの一点に注ぎ込み、あなたの求める不条理な要求を、至高の『芸術(作品)』へと昇華させたのだ!」

 

 マエストロは芝居がかった手つきで、懐から一本のナイフを取り出すと、苗木から摘み取ったアボカドを綺麗に真っ二つに切り裂いた。

 

 

 サクッ……。

 

 

 その断面が露出した瞬間、室内に植物特有の不快な青臭さは一切立ち上らなかった。

 代わりに溢れ出たのは、じっくりと炭火で炙られた極上の「A5ランク牛の脂身」と、濃厚なバターが混ざり合ったような、圧倒的な動物性脂の芳醇な香りであった。

 

 「おお……! これ、これは……!」

 

 ヒナの鼻腔が激しくヒクついた。

 

 「そう! アボカドの持つ繊細なクリーミーさは完全に維持しつつ、細胞膜の植物性遺伝子を分子レベルで書き換え、青臭さを徹底排除! 代わりに純粋な黒毛和牛の飽和脂肪酸の旨味を完全に融和させた究極の品種――その名も『マエストロ特製・融解動物性脂肪果実(プロトタイプ・アボカド・カルマ)』だ!!」

 

 マエストロは誇らしげに胸を張り、言葉を続けた。

 

 「しかもそれだけではない! 私はこの植物の育成難易度を極限まで引き下げ、たとえ砂漠のような劣悪な環境でも簡単に栽培できるよう品種改良を施した! その中の種を土に植え、毎日適当に水をやるだけで、この至高の脂質果実が無限に増殖するのだよ! さあ、それを持ってとっとと我が聖域から立ち去るがいい!」

 

 「……完璧だわ。マエストロ、あなたを少し見直したわ」

 

 アボカドの断面から漂う暴力的な脂の香りに、ヒナは完全に機嫌を良くした。

 彼女はデストロイヤーを背負い直すと、マエストロから植木鉢をひったくるように受け取り、満足げな笑みを浮かべた。

 

 「ええ、約束通り今日は帰ってあげる。また暇になったら来るわね」

 

 そう言い残すと、ヒナは鼻歌交じりに、破壊された鉄扉の向こうへと去っていった。

 

 ヒナの気配が完全に消えたことを確認した瞬間、黒服とマエストロは弾かれたように動き出した。

 

 「黒服! 今すぐサーバーのデータを全消去しろ! 引っ越しだ! 10分以内にここを畳んで、次はトリニティの地下の遺構へ逃げるぞ! ゴルコンダとデカルコマニーも隠れてないで早く手伝うのだ!!」

 

 マエストロは、震えて隠れていたゴルコンダとデカルコマニーを引っ張り出すと、総出で涙ぐましい速度で荷物をまとめ、何度目なのかもう数えることすら億劫になる終わりのない逃亡の準備に追われるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の昼下がり。ゲヘナ学園・風紀委員会室。

 

 「……ふふ、今日も元気に育ちなさい」

 

 普段は冷徹に違反者の処刑書類に判子を押しているはずの空崎ヒナが、窓際に置かれた怪しげな植木鉢に向かって、非常に優しい、穏やかな笑顔で小さなジョウロから水を注いでいた。

 

 そのあり得ない、世界がひっくり返っても起こるはずのない微笑ましい光景を目撃した天雨アコは、

 

 「ひょ、へ……っ!? い、委員長が……植物に、お水を……!?」

 

 あまりの恐怖と衝撃のせいで、文字通り両方の目玉が漫画のようにポンッと外へと飛び出しそうなほどの形相で硬直していた。




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