キヴォトス全域で大流行! 知らなきゃ恥ずかしい!
あの話題のスイーツ、『ヒナちゃんアイス』!
あのゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナ氏が監修したという時のスイーツ!
可愛らしくデフォルメされたチョコイラストと愛銃のウエハースはさることながら、濃厚な味わいはやみつきになること間違いなし!
そらさき屋限定販売のため、お買い求めはお早めに!!
ゲヘナ学園風紀委員会が独自製作したこの熱烈なCMにより、元々高かった『ヒナちゃんアイス』の人気はまさに鰻登りであった。
そしてこの爆発的人気にあやかろうとするハイエナどもは、当然のように湧き出る。
数あるパチモ……パロディ商品が雨後の筍のように現れては潰れを繰り返す中で、便乗した万魔殿がフルーツ100%使用を謳う『マコト様アイス』を大々的に売り出す。
だが、強気の1000クレジットに加えて、製造に余計な手間がかかりすぎること、そして原価率が完全に割れていることから人気は出ることなくひっそりと消滅するなど、キヴォトスはまさに空前のアイス戦国時代へと突入していた。
しかし…だ。何も資本主義のハイエナは売り手側だけに留まらない。
市場には、『全く異なるアプローチ』から金銭と名声を稼ごうと目論む者たちもいるのだ。
クロノススクール、報道部部室。
1年生の川流シノンは、手元に届いた1枚の公式通知書から目を離せずにいた。
『川流シノン 殿
貴殿を、空崎ヒナ氏独占インタビューのレポーターに抜擢する』
「……えっ、嘘……これ、本当に私なんですか……!?」
「やったじゃん、シノン!」
ポンと背中を叩いて声をかけたのは、同じ報道部の先輩である風巻マイだ。
カメラを片手にニッと笑いながら、シノンの肩を揺さぶる。
「あのゲヘナの『生ける災厄』空崎ヒナの単独スクープだよ! 局長連中も最初はビビって誰も手を挙げなかったんだけどさ、新進気鋭のシノンに白羽の矢が立ったわけ! 悔しいけどさ、行っといでよ!」
「は、はいっ! マイ先輩、私、絶対に最高のスクープを撮ってきます!」
マイから力強く背中を押され、シノンは意気揚々と駆け出した。
それが、己の人生最大の地獄への第一歩だとは、夢にも思わずに。
インタビュー当日。
ヒナが指定した場所――ゲヘナ自治区のメインストリートに新規オープンを控えた『そらさき屋アイス本舗』の店舗前で、シノンは奇妙な光景を目撃して足を止めた。
「……あれ?」
店の前に佇んでいたのは、白髪の少女、空崎ヒナ。
しかし……。
「あら、クロノスのレポーターさん。本日はお忙しい中、ご足労いただき感謝しますわ」
ニコニコとお淑やかに微笑みを浮かべ、両手を前で揃え、まるで由緒正しきお嬢様のように頭を下げる。
「(……えっ!? 誰!? あの人が、本当に空崎ヒナ……!?)」
シノンの頭の中にあった事前情報と、目の前の光景が全く一致しない。
誰に対しても尊大で、ゲヘナの不良はおろか歯向かう愚か者ごと暴力でねじ伏せるゲヘナ最強の魔王。
しかし目の前にいるのは、可憐な笑顔で初対面の自分を優雅にエスコートする淑女そのものであった。
「(夢……? 幻覚……?)」
シノンはこっそり自分の頬をつねったが、当然のように痛い。
「(もしかして……世間に出回っている粗暴な噂は、万魔殿や敵対勢力が流した悪質なデマで、本当の彼女はこんなにも穏やかで優しい人なんじゃ……!)」
シノンの胸に、熱い報道魂が灯る。
デマを払拭し、彼女の真実の美しさをキヴォトス全土に報道しよう。ジャーナリズムの正義に燃えるシノンに向かって、ヒナは柔らかく微笑みかけた。
「立ち話もなんですし、ささっ、中へどうぞ。お茶とお茶菓子を用意してありますので」
「あ、はい! ありがとうございます、お邪魔します!」
ヒナに手招きされるまま、シノンは一切の疑いもなくピカピカの新店舗へと足を踏み入れた。
――そして。
カチャリ。
重厚な電子ロックが作動する、冷たい金属音が室内に響いた。
『監禁罪』成立である。
「……え?」
シノンが違和感を覚えて振り返ると、閉ざされた扉の前に、変わらぬ女神のような笑顔を浮かべたヒナが立っていた。
そしてその小さな両手には、なぜかシノンが首から下げていたはずの業務用高画質ビデオカメラと、ポケットに入れていたスマートフォンが握られている。
「あれっ!? わた、私のカメラ……!?」
シノンが慌てて胸元と腰を確認するが、何もない。いつの間に抜き取られたのかすら認識できなかった。
メキメキメキ……ッ!!
不穏な破壊音が響く。
ヒナの華奢な指先が僅かに力を込めただけで、数十万クレジットの最新鋭ビデオカメラと頑丈なスマートフォンが、まるで湿気たビスケットのようにひしゃげ、火花を散らしながら完全に鉄クズの塊へと成り果てた。
「あ……あびゃ……っ!?」
一連の出来事に、シノンの脳は処理限界を突破し、口をあんぐりと開けて固まることしかできない。
そして、ヒナがゆっくりと口を開いた。
「これで、外の世界から『完全に隔絶された』…わね」
その声は、先ほどまでの甘やかな淑女のトーンなど微塵も残っていなかった。
氷山のように冷徹で、聞くだけで心臓を直接万力で握り潰されるかのような底知れぬ重圧。
その顔からは一切の表情が削ぎ落とされ、能面のように冷たい無生物の貌へと変貌していた。
「(ひっ……!? お、オ○ッコ……漏れちゃう……っ!!)」
シノンは膝をガクガクと震わせ、今にも粗相をしそうになりながら後ずさった。
だが、目の前の魔王は、そんな隙すら与えない。
「あなた、コナン・ドイルを知ってるかしら?」
「へ……? こ、コナン……? え、えぇ……『シャーロック・ホームズ』を書いた、有名な作家……ですが……」
突拍子もない質問に、シノンは喉をカラカラに鳴らしながら掠れた声で答えた。
「そう。ホームズシリーズは世界的な大ヒットを記録した。教養の無い阿呆でもその名前を知っているほどに……だけど、ね」
カツン、とヒナの軍靴が一歩踏み出される。
「コナン・ドイルはね、本当は推理小説じゃなくて、崇高な『歴史小説』を書きたかったのよ。自分が最も魂を注ぎ、才能を発揮できるのは歴史小説だと信じて、心血を注いだ大作を世に出し続けた。……だけど、大衆の反応は冷淡で、まったく売れなかった。そして生活のために仕方なく、適当に書き殴ったホームズの短編が、予想外の大爆発を起こした」
ヒナの瞳の奥で、黒い炎がメラメラと燃え上がる。
「自分が手抜きで作ったものが、命を削った力作よりも遥かに評価され続ける屈辱。世間はホームズばかりを求め、ついぞ歴史小説が評価される日は来なかったわ」
「つまりね」
ヒナがズイッと顔を近づける。
「今の私は……
その顔中の至るところに、怒りと屈辱による極太の青筋がビキビキと浮かび上がっていた。
「(ひいいいいぃぃぃぃぃっ!!! 遺書……! 遺書を書いておくべきでしたぁぁぁ!! お父さん、お母さん、マイ先輩、先立つ不孝をお許しくださいぃぃぃ!!)」
シノンが内心で絶望の涙を流した、その瞬間。
ポン、と優しくシノンの肩に手が置かれた。
「……だからこそ、マスメディアのあなたを呼んだのよ。私の真の傑作を、世に埋もれさせないための『発信塔』としてね」
そこには、店に入る前と寸分違わぬ、完璧なお淑やかフェイスを貼り付けたヒナがいた。
狂気と理性の境界線など、この女の中には最初から存在しなかったのだ。
「世の中の味覚音痴なボケどもに、いきなり
ヒナはシノンの肩を掴んだまま、店の奥へと無造作に引きずり始めた。
肩に食い込む万力のような握力。悲鳴を上げれば即座に首の骨が折られると本能で理解したシノンは、声すら出せずにズリズリと引きずられていく。
連れて行かれたのは、店の最奥に置かれた一組のテーブルと椅子。
そして、そのテーブルの中央に鎮座していたのは――。
「んがっ……!? ゲホッ、ゴホッ!!」
近づいただけで、シノンの両目からボロボロと大粒の涙が溢れ出し、喉が焼け付くような激しいくしゃみが止まらなくなった。
そこにあったのは『赤色そのもの』であった。
「特別配合した四川唐辛子と花山椒、そして特製タレに漬け込んだ極厚カルビを強火で一気に焼き上げ、特製ブレンドの麻辣と各種調味料で炒めた激辛炒飯の上に敷き詰める……」
ヒナがうっとりとした表情で、その赤黒くテカる山を見つめる。
「これぞ、我が至高の新作――『
見た目も匂いも完全に致死性の科学兵器であったが、これでもヒナにとっては、大衆へ向けた『限界ギリギリの譲歩』を重ねた代物であった。
本当は例のごとく『総重量40kg』で提供しようとしていたところを、チナツの言葉巧みな医療統計を用いた説得により、奇跡的に『400g』という常識的なサイズにまで圧縮されたのだ。
さらに麻辣の調合比率についても、チナツとの三日三晩に及ぶ血生臭い会議の末、双方が辛うじて合意した妥協点であった。
これで世間が納得しないなら、もうキヴォトス全土を武力で焼き払ってでも私の味覚を認めさせてやる。
ヒナにとって、これは文字通り己のプライドと覚悟のすべてを賭けた結晶だったのだ。
――だが、監禁されたシノンにとって、そんな『裏事情』など知る由もない。
「(た、食べたら確実に内臓が破裂して死ぬ……! でも、食べなかったらこの悪魔に物理的に殺される……!!)」
Death or Kill
生存ルートの存在しない究極の二択。
極限状態に達したシノンの脳は、ついに考えることを完全に放棄した。
「い……いただきますぅぅぅっ!!」
震える手で金属製のレンゲを握り、真っ赤な炒飯とカルビをごっそりと掬い上げ、口の中へと一気に放り込んだ!
――ドガァァァァァン!!!!
シノンの脳内で、火山が噴火した。
辛さとは、味覚ではない。痛覚である。
ヒナが『アボカド』の他に『人権』を認めている数少ない特権植物――『唐辛子』と『花山椒』。
ヒナがどれだけ妥協したとはいえ、常人の数十倍の刺激と塩分を求める彼女の『及第点』が、普通の少女の口腔内に通用するはずがなかった。
「むぐ……ッ!? ぐ、がああああああぁぁぁぁっ……!!」
言葉にすらならない絶叫。舌の上で数十本の焼けたナイフが暴れ回り、花山椒の強烈な痺れが歯茎と神経を力任せに麻痺させていく。
思考が焼き切れる。辛い、痛い、熱い、痛い、痛い痛い痛い!!
白目を剥きかけ、口から煙を吐きそうになっているシノン。
その時、対面に立っていたヒナが、スッと冷たい銀のスプーンを差し出した。
スプーンの上に乗っていたのは、冷凍庫から取り出したばかりの、純白の生クリームと極濃チョコレートが絡み合う『ヒナちゃんアイス』。
「ほら、ここからが『本番』よ」
ヒナはシノンの口を強引にこじ開けると、その凍てつくアイスクリームを、灼熱地獄と化したシノンの口内へ容赦なくねじ込んだ!
――ズドォォォォォォンッ!!!!
シノンの宇宙が爆発した。
「……ん……ぅ……」
シノンが次に意識を取り戻したのは、清潔な白い天井が広がる、病院のベッドの上であった。
「シノン! よかった……気がついたんだね!」
ベッドの脇には、両目にくっきりと涙の跡を残したマイが座り込んでいた。
シノンはぼんやりとした視界の中で、マイから『意識不明でそらさき屋の前に倒れていたところを発見され、緊急搬送された』という経緯を聞かされた。
だが、シノンの頭の中は、恐ろしいほどに『スッキリ』としていた。
ポワポワとした心地よい浮遊感。全身の血流が激しく巡り、頭の芯から余計な雑念がすべて綺麗に消え去っている。
まるで、灼熱の超高温サウナで限界まで限界を迎え、極冷の水風呂へ飛び込み、その後の外気浴で風に吹かれた時の――宇宙の真理に到達したかのような『解脱感』。
そう、今のシノンの精神状態は、いわゆる完全に『整っている』状態であった。
麻辣の激辛による
ヒナちゃんアイスによる
正反対の極限の暴力同士が口内で激しく衝突し、強制的に中和された結果、脳内でエンドルフィンが大量噴出するという奇跡の化学反応が起きていたのだ。
「……マイ先輩」
「な、なにシノン? まだ安静にしてないと――」
「ノートとペンを、貸してください」
マイが帰った後、静まり返った病室で、シノンは取り憑かれたような神速の手つきでペンを走らせた。
彼女の魂の叫びが、そのまま紙の上へと刻まれていく。
『【緊急特集】地獄と天国を同時に味わう!? ゲヘナ発・究極の『整い』グルメ!!
舌を焼き尽くす灼熱の業火『空崎風麻辣炒飯』と、魂を優しく包み込む絶対零度の甘美『ヒナちゃんアイス』!
この2つを交互に口にした瞬間、あなたの脳内宇宙は完全に崩壊し、見たこともない至高の涅槃へと到達する――!
キヴォトス全土の刺激を求める者たちよ、今すぐ『そらさき屋アイス本舗』へ急げ!!』
クロノス報道部の朝刊に掲載されたシノンの狂気的なレポート記事。
その扇情的な見出しに誘われ、何も知らない無垢な子羊たちが、好奇心に背中を押されて『そらさき屋アイス本舗』へと押し寄せることとなった。
そして彼らもまた、麻辣の激痛に涙を流し、直後にアイスを口に突っ込まれ、『未知の整い』を体験して次々とリピーターへと変貌していったのである。
――数日後。
無事に退院し、正式に有給休暇を取ったシノンの足は、迷うことなくある場所へと向かっていた。
「(……あぁ、あの刺激が……あの整いが、もう一度欲しい……っ!)」
ゲヘナ自治区のメインストリート。
『そらさき屋アイス本舗』の前には、今日もまた、毒蜘蛛の巣へと自ら飛び込む哀れな獲物たちの、果てしない大行列が並んでいるのであった。
高温のサウナのすぐ後に水風呂に入る行為は、ヒートショックという心臓や血管に大きな負担をかける症状に繋がります。
皆さんは、真似しないでください。