ヒナ委員長のキャラ崩壊祭りです。
トリニティ総合学園が誇る最高峰の社交場、ティーパーティー。その一角を担う桐藤ナギサは、かつてない高揚感と共に、高級車(ロールスロイス)の後部座席に揺られていた。
窓の外を流れるのは、トリニティの平穏な街並み。だが今日の彼女の目的地は、学園の境界付近に位置する、知る人ぞ知る最高級の寿司屋「銀鱗」である。
「(ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナさん。あの混沌とした学園で秩序を保とうとする彼女の精神性には、以前から深い敬意を抱いていましたわ。今日の外交は、トリニティとゲヘナの未来を占う重要な一歩になるはずです)」
ナギサは自身の膝の上で手を組み、穏やかな笑みを浮かべた。彼女は「文化」こそが相互理解の架け橋になると信じている。
職人の技が光る繊細な江戸前寿司。それを通じて、ヒナという人物と深く語り合えることを楽しみにしていたのだ。
一方、その頃。
ゲヘナ学園から境界線へと向かう高級セダンの中では、全く異なる空気が流れていた。
「……帰っていいかしら、アコ。もう無理」
ヒナは、まるで死刑台に向かう罪人のような顔で窓の外を睨んでいた。
「何をおっしゃるんですか、委員長! ティーパーティーからの招待ですよ!? 断れば外交問題に発展しかねません。それに、最高級の寿司だと聞きました。たまには繊細な味を覚えて、その極端な偏食を治すきっかけに……」
「断る。魚? 生? 味がしないわ。おまけにあの米……お酢なんて、ただ酸っぱいだけじゃない。私が求めているのは、熱と脂と、暴力的な塩分なのよ。白身魚の旨味? ――殺すぞ」
「口が悪いですよ! とにかく、今日だけは我慢してください。いいですね?」
アコは数日前から、文字通り「口八丁手八丁」でヒナを説得し続けてきた。
ヒナにとって、寿司は「食わず嫌い」の最上位に位置する敵対勢力だった。脂が乗っていると言われるネタですら、彼女の基準では「水」に等しい。
だが、アコの必死の剣幕に押され、いやいやながらも彼女は現地へ向かうことになったのだ。
「銀鱗」の暖簾の前で、2人は合流した。
ナギサは完璧な社交辞令と共にヒナを迎え、2人は白木の香りが漂う清廉なカウンター席へと案内される。
「ヒナさん、今日はよくお越しくださいました。ここの大将は、キヴォトスでも五指に入る名匠なのですよ。素材本来の味を活かした、芸術品のような寿司をぜひ……」
ナギサが優雅に語り、恰幅の良い大将が「本日はまず、この日のために用意した最高の小肌から……」と口を開きかけた、その瞬間だった。
「大トロとウニ。それぞれ50貫ずつ。早く持ってきて」
ヒナの無機質な声が、店内の静寂を切り裂いた。
大将の動きが止まり、ナギサのティーカップを掲げようとした手も止まった。
「……はい?」
「聞こえなかった? 大トロ50貫。ウニ50貫。それ以外のネタに人権はない。寿司っていうのは、脂の塊と濃厚な内臓を食べるためのシステムでしょ? 白身なんてふざけた雑魚を出そうものなら殺されても文句は言えないわよ」
ヒナは気だるげに頬杖をつき、早くしろと言わんばかりに指先でトントンとカウンターを叩いた。
ナギサは頬を引きつらせながらも、なんとか外交官としての理性を保つ。
「ヒ、ヒナさん……。さすがにそれだけでは、このお店の趣向が……。せっかくですから、他のネタも試してみませんか? 例えば、このハマチなどは脂も乗っていて……」
「ハマチ…? あの青魚特有の臭みがあるやつを…?」
ヒナは5分間、ナギサの説得を無言で聞き流した。そして、溜息をついて吐き捨てた。
「わかったわよ。慈悲をかけてやるわ。……ハマチとえんがわ、それも50貫ずつ。それとサーモンも50貫。……感謝してよね。これでも私は、妥協しているんだから」
合計250貫。もはや外交ではなく、ただの兵站(ロジスティクス)の問題である。
大将は顔を真っ赤にして怒鳴り散らそうとしたが、ナギサが背後から「代金は全てティーパーティーが持ちますから、どうか……どうか穏便に!」と必死のジェスチャーで制止した。
やがて、カウンターの上には狂気のような数の寿司が並べられた。
ナギサが「さあ、まずはこの大トロから……」と声をかけると、ヒナは信じられない行動に出た。
彼女は卓上の醤油差しを無造作に掴むと、本来はお茶を飲むための湯呑みに、ドボドボと醤油を注ぎ始めた。
表面張力が限界に達するまで、湯呑みは真っ黒な醤油で満たされる。
「……ヒナさん? 何をして……?」
ナギサの問いには答えず、ヒナは大トロの一貫を指先で摘み上げると、そのまま醤油の詰まった湯呑みの中へ「ダイブ」させた。
ポチャ、という鈍い音。
数秒後、醤油を極限まで吸い込み、真っ黒に変色した大トロを引き揚げると、彼女はそれを一口で飲み込んだ。
「……薄いわね。でも、及第点をやるわ」
「…………」
ナギサは絶句した。
大将は包丁を握る手が震え、もはや卒倒寸前だ。江戸前寿司の繊細な味付けも、シャリとネタのバランスも、全てが醤油という名の暴力によって消し飛ばされた。
さらに、ヒナの「効率化」は加速する。
一貫ずつ食べるのが「めんどうくさい」と言い出した彼女は、寿司からネタだけを剥ぎ取ると、湯呑みの中にドボドボと投入し始めた。
「チッ、少なすぎるわ。これじゃ9貫分しか入らないじゃない」
不機嫌そうに舌打ちをすると、ヒナはネタが浮いている真っ黒な醤油を、まるで麦茶を飲むかのようにゴクゴクと飲み干した。
「味が薄い。……それに、量が足りないわ」
醤油の致死量を軽々と超えているはずだが、彼女の超代謝機能の前では、塩分などただの電気信号に過ぎない。
ヒナの目は、さらなる「器」を求めて店内の奥を射抜いた。
そこにあったのは、酢飯を混ぜるための巨大な寿司桶。
「おい、バカやめろ!」という大将の静止を片手で制し(その圧力だけで大将は腰を抜かした)、ヒナは桶を強奪して目の前に置いた。
「こんなちまちました食べ方、私には合わないわよ」
桶の中に残っていた酢飯も構わず、ヒナは店中の醤油差しを集め、その中身を全て桶にぶちまけた。
そして、残りの240貫分のネタをその黒い海へ一気に投入する。
「いただきます」
桶を両手で掴み、豪快に傾ける。
ズルズル、ゴクゴクという、とてもレディの食事とは思えない「獣」の音が店内に響き渡る。
ネタが、シャリが、醤油が、一つの塊となってヒナの胃袋へと吸い込まれていく。
まさに野蛮。これこそがゲヘナとなじられてもおかしくない光景。
だが、この空間で文句を言える者は一人もいなかった。彼女から放たれる圧倒的な威圧感は、爆発寸前の核爆弾を前にした時の恐怖と同じだった。
下手に触れれば、ゲヘナ全体を敵に回すどころか、この場で物理的に消滅させられる。
数分後。
空になった巨大な桶を置き、ヒナは優雅に口元の黒い液体を拭った。
「……やっぱり、寿司は淡白ね。食べた気がしないわ。ナギサ、接待ご苦労様。外交としてはこれで十分でしょ?」
「あ……ぁ……」
「口直しに、行きつけのカツ丼屋に行くわ。いつもの特製カツ丼(特製カルビカツ10枚乗せ・総重量10キロ)を食べないと、お腹が空いて死んでしまう」
ヒナは鼻で笑いながら、呆然自失のナギサを置いて店を出て行った。
後に残されたのは、店中の醤油が消え、静まり返った寿司屋と、脳を破壊されたトリニティの最高権力者だけだった。
余談だが。
ヒナがこの「食事」をしている間、周囲でテロや妨害活動が起きることは一切なかった。
なぜなら、以前ヒナの食事を「行儀が悪い」と笑ったり、邪魔をしようとしたりした不良生徒たちは、その日のうちに例外なく「重傷」を負って発見されるからだ。翌日から彼らが学園に姿を見せることはない。
誰がやったのかは明白だが、それを口にする勇気のある者はゲヘナには存在しなかった。
数日後。
風紀委員会室にて、アコは1枚の紙を手に震えていた。
「……委員長、これ。昨日の健康診断の結果です」
「何? またオールAだったでしょ。当然よ」
ヒナはデスクに脚を投げ出し、片手には1キロを超える巨大なハンバーガーを握っていた。
そして、足元に置かれたボウルには、並々と「熱々の背脂」が満たされている。
「あ、当たり前じゃないですよ! あの日の外交であなたが摂取した塩分、普通の人なら即死レベルです! なのに……血圧も、血糖値も、肝機能も、全てが理想的な数値だなんて……っ!」
アコは目眩を覚え、壁に手をついた。自分の常識が音を立てて崩れていく。
「うるさいわね。……ん」
ヒナはハンバーガーをボウルの中の背脂にどっぷりとくぐらせ、滴る脂も構わずに大きな口で食らいついた。
「(……これよ。これこそが、命の味。あの黒い水に浸かった魚の切れ端なんて、やっぱり『食べ物』じゃなかったわ)」
幸せそうに喉を鳴らし、ジャンクフードを咀嚼するヒナ。
ゲヘナの風紀委員長の健康は、今日もまた、医学の常識を嘲笑うかのような「暴食」によって支えられていた。
現在6話まで書き溜めてるので、できてる分に関して
明日から毎日18時05分に投稿します。
また、リクエストありましたら
そのお話も書きます。
好評でしたらこれからも続けようと思いますので
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