七つの大罪:暴食のヒナ   作:ていん?が〜

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お久しぶりです。
ヒナちゃん復活です。


第26話:正義のいちご

 風紀委員長・空崎ヒナが、七囚人・狐坂ワカモとの6時間に及ぶ血で血を洗う死闘から帰還した翌日。

 

「さぁ、復帰よ」

 

 空崎ヒナ、完全復活!

 

 前日の朝、衣服をボロボロに引き裂かれ、顔中にキスマークと何者かの涎を塗りたくられた状態で帰還したヒナの姿を見た際、アコ、イオリ、チナツを含めた風紀委員会メンバーたちは「一体どんな卑劣な拷問を受けたのか」と血相を変えて激しく動揺した。

 しかしヒナ本人はその一切を語ろうとはせず、ただ冷え切った眼光で「狐坂ワカモがゲヘナ自治区に現れた場合、問答無用で即時射殺を許可する」とだけ言い残すと、医務室のベッドで泥のように眠りについたのであった。

 

 風紀委員会の内部では、あの凶悪無比な七囚人がどのような非道な罠を張り巡らせて我らが委員長を追い詰めたのかと様々な推論が飛び交ったが、真実は闇の中。

 当の空崎委員長が固く口を閉ざしている以上、真相は完全なる迷宮入りとなった。

 

 

 そして現在。

 

 いつもの威厳ある軍服に身を包んだヒナは、ゲヘナ学園地下の大集会所に、風紀委員会の全メンバー数百名を緊急招集していた。

 

 

 ザワザワ、ガヤガヤ……。

 

 

「な、なんだろう、今日の全体集会……」

 

「トリニティと全面戦争でも始まるのかしら……?」

 

 

 不穏な空気が立ち込める中、軍靴の足音を響かせてヒナが演壇へと登壇した。

 

 その瞬間、水を打ったように会場全体がシーンと静まり返る。

 

 ヒナはマイクを手に取ると、かつてないほど鋭く、真剣極まりない表情で口を開いた。

 

「本日はキヴォトスの未来を左右する『極めて重大な全体会議』を始めるわ」

 

 ただ事ではない空気感。下級生たちからベテランの上級生に至るまで、何が始まるのかと全員がゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「本日の議題は――――――」

 

 ゴクリ。

 

 

 

 

 

「いちごの大規模品質改良の具体策についてよ」

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 最前列で控えていた天雨アコの口から、あまりにも間抜けな掠れ声が漏れ出た。

 しかし、ヒナは一切の動揺を見せることなく堂々と演説を続行する。

 

「今まで、私は『いちご』という劣等な草に対して、寛大な心で目を瞑ってきたわ。ホールケーキの上に生意気にも鎮座する姿しかり、苺大福として中に堂々と忍び込む姿しかり……だが世の愚か者どもは、苺ジャムだのいちごジュースだのと、『加工』という劣化を促す愚行を繰り返すばかり。そして何より、生のいちごそのものの味覚構造にも、私はほとほとうんざりしていたのよ」

 

 ヒナは心底忌々しそうに、深々とため息をついた。

 

「なぜ、あれはあんなにも酸っぱいのかしら? 舌を直接刺激する砂糖の甘みと比べれば、あの余計な酸味など有害物質でしかないわ。その上、噛んだ瞬間に溢れ出る水分という名の蛇足。中途半端な果汁で胃袋のスペースを無駄に圧迫するなど、まさに生物進化の歴史が生んだ致命的な失敗作ね」

 

 ヒナは鋭い視線を客席の生徒たちへと巡らせる。

 

「嫌悪して無視を決め込み、距離を取るのは簡単よ。だけど、そうなるといちごという種はどうなるかしら? 生まれながらの酸味という原罪に苦しめられ、子孫ともども永遠に不完全な咎を背負い続けることになる……それは、いちごのためになると思う?」

 

「(……知らんがな)」

 

 アコとイオリの心の声が寸分の狂いもなくUNISON(S○UARE・G○RDEN)した。

 

「だからこそ、この私が救済しなければならないのよ。ゲヘナの支配者として、私の高貴な口に入るに相応しい完全無欠の改良を施してこそ、いちごはいちごとしての尊厳ある『いちご生』を謳歌できるのよ」

 

 ビシッと指を突き立てて締めくくるヒナ。

 

 

 風紀委員会メンバーたちは、その演説に言葉を失っていた。

 

 最前列の火宮チナツは「あぁ……植物の存在意義にまで慈悲の手を差し伸べられるとは、なんという崇高な博愛精神……!」と目を潤ませて手帳にペンを走らせているが、それ以外の全メンバーは呆れ果てて顎が外れそうになっていた。

 

 業務時間中の緊急全体集合という極めて貴重なリソースを割いて、なぜ小学生の自由研究以下の妄想を聞かされているのか。

 

「あ、あの……委員長……」

 

 後方の2年生部員がおずおずと手を挙げ、恐る恐る尋ねた。

 

「この会議は、何時までの予定でしょうか……? 私たち、午後は自治区第3地区の巡回警備や、万魔殿からの予算請求の精査業務が詰まっておりまして……」

 

「は? 決まってるでしょ。会議が終わるまでよ。私の納得のいく完全な品種改良案が策定されるまで、中途半端な形で終わらせる気は一切ないわ。それまでは、一歩たりともこの部屋からの途中退室は許さないから」

 

 突如として宣告された理不尽なデスゲーム。

 まさか本気ではないだろうと、何人かの生徒は苦笑いを浮かべていた。

 

 しかし――。

 

「心配しなくとも、『飯とトイレ』ぐらいはちゃんと用意してあるわよ。ほら」

 

 

 ドサドサドサドサッ!!!!

 

 

 ヒナが背後のカーテンを跳ね上げると、そこには山のように積み上げられた『そらさき屋特製・超高濃度牛脂牛丼(缶詰仕様)』と、数百個の簡易携帯トイレが床を埋め尽くすように転がり出してきた。

 

 その備蓄数、優に3000食以上。

 

 チナツ以外の全員の表情が、一瞬で凍りついた。

 

 これは…本気で2日3日の長期監禁を想定したクローズドサークルだ。

 空崎ヒナの言葉に裏などない。言った通りの暴力と独裁が、そのまま現実になるのだと悟った瞬間であった。

 

「ま、待ってください! 委員長!!」

 

 怒号を上げて立ち上がったのは天雨アコであった。

 

「こんな監禁まがいの暴挙を犯して、風紀と秩序を守る組織の長として許されるとでも思っているのですか!? 職権乱用にも程があります!!」

 

 一言一句、ぐうの音も出ない完璧な正論。

 しかし、ヒナは冷酷な笑みを浮かべ、ゆっくりと首を傾げた。

 

「……へぇ、アコ。私に対して、随分と威勢のいい口を利くようになったじゃない? 私、内部からのクーデターって、大ッ嫌いなんだけどなぁ」

 

「大袈裟に被害者ぶるのはおやめなさい!! まったく……復帰明け早々にこんな大馬鹿をやらかすだなんて……お母様に電話して、頭を冷やしてもらいなさい!!」

 

 アコは勝ち誇った手つきでポケットからスマートフォンを取り出し、周囲の上級生たちも「そうだ、ヒナコママを呼べ!」「お母様を召喚してくれ!」と期待に満ちた眼差しを向けた。

 

 だが。

 

 

「いいよ、好きにしたら?」

 

 ヒナは腕を組み、ニヤニヤと笑った。

 その不気味な余裕に嫌な予感を覚えたアコは、慌てて端末の画面ロックを解除し、連絡先一覧を開く――が。

 

「……え? ……な、ない!? お母様の電話番号も……メールアドレスも……モモトークのアカウントさえも、跡形もなく消えている……!?」

 

「な、何だってぇ!?」

 

 イオリをはじめとする風紀委員会の上級生たちが一斉に己の私用端末を取り出して確認するが、全員の端末から『空崎ヒナコ』のデータが綺麗さっぱり完全消去されていた。

 

「まさか、たった3重のセキュリティロック程度で、この私のハッキングを防げると思ったの? 私も随分と舐められたものね」

 

 ヒナは優雅に髪をかき上げ、愉悦の笑みを浮かべる。昨夜の単身潜入は、この瞬間のためにあったのだ。

 

「い、委員長! あんた鬼かよ! 悪魔かよ!! 部下にここまで非道な仕打ちをして心が痛まないのかよ!!」

 

 涙目で叫ぶイオリ。だがヒナは、至極当然といった顔で言い放った。

 

「何言ってるの? 私は『この小説の主人公』よ。だから何をしてもいいの」

 

 主人公補正を盾にした、とんでも理論。

 

 絶対の抑止力であった『ママ』という切り札を失った哀れな子羊たちが絶望の涙を流す中、無情なる風紀委員会監禁事件が幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 会議開始から、1時間経過。

 

「却下。却下。それも話にならないから却下よ」

 

 壇上のヒナは、冷徹に演壇の書類を跳ね除け続けていた。

 

「委員長! 遺伝子組み換えによって糖度を極限まで高めた『ハニーリッチ・ベリー』はいかがでしょうか!」

 

「却下よ。糖度を上げても、根本的な酸の含有量がゼロにならない限り、私の舌は誤魔化せないわ」

 

「で、では、いちごの内部に濃厚なカスタードクリームを注入して栽培する『クリーム充填型いちご』では……!」

 

「却下。中身を弄る前に、あのツブツブとした種の食感が歯に挟まる不快感をどう解決する気? 構造的欠陥よ」

 

「な、ならば……いっそのこと、品種改良で果肉をすべて牛脂に置換した『ミートベリー』を開発するのは……!」

 

「却下。それ、もういちごじゃなくてただの牛脂の塊じゃない。元の植物のアイデンティティを完全に捨て去るような安易な逃げは、私の正義が許さないわ」

 

 次々と跳ね除けられるアイデアの数々。

 極限の閉鎖環境下において、必死に絞り出した知恵を秒速で粉砕される精神的ダメージは凄まじかった。

 

「私……無能なんだ……。いちご1つ救えない、ただの無力なゴミなんだわ……」

 

 否定の嵐に晒され続けた生徒たちの間で、自己評価の低下と自虐の連鎖が爆発的に広がり、頭を抱えてすすり泣く者が続出し始めた。

 

 

 

 開始から、3時間経過。

 

 集会所内の光景は、もはやカルト宗教の洗脳現場か、あるいは難民キャンプの様相を呈していた。

 

 

 会場の左側では、思考力を失いかけたグループが、床に座り込んで牛丼の缶詰をチビチビと貪っていた。

 

「……モグモグ……うぅ、牛脂が重い……。でも、油を補給しないと脳が動かないよぉ……。いちごの表面を豚バラ肉で巻いて揚げたら、酸味も消えるんじゃないかな……」

 

「ダメよ、さっきのミートベリーと同じ理由で即死(却下)よ……。もういっそ、いちごに謝罪文を提出して許してもらいましょうよ……」

 

 

 会場の右隅では、完全に心がポッキリと折れた生徒たちが体育座りで蹲り、虚空を見つめながらブツブツと呟いている。

 

「どうせ私なんて、いちごのヘタ以下の存在よ……」

 

「ヘタはまだ果肉を守る役割があるだけ立派だよ……私なんて、風紀委員の制服を着ただけの二酸化炭素排出マシーンだもん……」

 

 

 そして――会場の最後列の物陰では。

 

「ハハハ、この水○ウの説、マジでおもしれー」

 

 自虐グループの背中に隠れるようにして、スマートフォンで動画鑑賞に興じる銀鏡イオリ。

 最初から議論への参加を完全に放棄した、だらけきった脱落者グループの筆頭であった。

 

 隣で腕を組んでいたアコが、ジト目で呆れたように声をかける。

 

「イオリ、一応これでも公務中ですよ? 委員長に気づかれたら、即座にデストロイヤーの銃身で脳天をカチ割られますよ」

 

「無理無理アコちゃん、あんな理不尽な暴君の相手なんて、凡人にはクリア不可能な無理ゲーのクソゲーだよ。それにさ、現実的な勝率を考えたらさぁ」

 

 イオリは寝転がったまま、親指で演壇の上を指差した。

 

「委員長! 酸味を完全に中和するため、果肉のph値をアルカリ性へと極限まで傾けた『重曹いちご』のバイオ生成はいかがでしょうか!」

 

「却下よ、チナツ。重曹の苦味でいちご本来の甘みまで死滅するわ。それより、果実の水分をすべて高純度なガムシロップへと置換する浸透圧工学はどうかしら?」

 

「素晴らしい着眼点です委員長! ですがガムシロップでは粘度が足りず、果皮が破裂する恐れがあります。ここは濃縮練乳を細胞壁に直接定着させるべきかと!」

 

 壇上では、ヒナとチナツが鼻先が触れ合うほどの至近距離で、猛烈なスピードのディスカッションという名のラップバトルを繰り広げていた。

 

「ほら見なよ。我らが風紀委員会が誇る天才頭脳、エースのチナツ様に全額ベット(オールイン)するのが一番現実的っしょ?」

 

 ケラケラと笑うイオリ。そう、このだらけグループは、最初からチナツの孤軍奮闘にすべてを託していたのだ。

 

 アコは深々とため息をついた。

 

「まったく……。まぁ、今回ばかりはあなたの言う通りでしょうね」

 

「でしょー?」

 

「だからこそ、もうそろそろ……この不毛極まりない時間も『終わりを迎える頃合い』でしょうね」

 

「ん? なに、向こうの議論に進展でもあったの?」

 

 イオリが再び壇上へ視線を戻すと、ヒナとチナツは『いちごの糖度を測定限界の500に設定した上で水分に代わる充填物を練乳にするか、キャラメルソースにするか』について、血走った目で激論を交わしていた。

 

「おいおいアコちゃん、ありゃまだまだ朝まで白熱しそう――」

 

 

 ドゴオオオオオオオオオオン!!!!!!!

 

 

「………へ?」

 

 突如として集会所の分厚い側壁が、まるで大型巡航ミサイルの直撃を受けたかのように粉々に爆砕された。

 

 白煙と粉塵が立ち込める中、ヒナも、チナツも、自虐に浸っていた全生徒たちも、一斉に破壊音の発生源へと首を向けた。

 

 パラパラと崩れ落ちるコンクリートの瓦礫。

 吹き抜けとなった大穴から、神々しい真昼の太陽の後光が会場へと差し込む。

 

 

 そして――その光の中心に、パステルカラーの上品なセーターを着た『彼女』が、ふんわりとした笑顔で佇んでいた。

 

 

「あ……あああぁぁぁああああぁぁぁぁ……………」

 

 壇上のヒナの膝から、完全に力が抜けた。

 その場にペタリとへたり込み、全身を小刻みにガタガタと震わせる。

 

「な、なんで……なんでよ……」

 

 ヒナの瞳に、この世のすべての絶望が集約されていた。

 

 

「なんで『ママ』がここにいるのよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」

 

 

 そこには、空崎ヒナコその人が立っていた。

 

「……あらぁ〜? ヒナちゃぁん。これはいったい、どういうことなのかしらぁ〜?」

 

 いつも通りの、慈愛に満ちた優しい声。

 いつも通りの、おっとりとした柔らかな笑顔。

 

 しかしそれを額面通りの優しさと受け取る者など、この空間には誰1人として存在しなかった。

 

「い、いや……あの……そ、そう! これはレクリエーションよ!! 普段の過酷な治安維持業務から離れて、みんなの気分をリフレッシュさせるために、私が親睦会を開いてあげてたの!! そうでしょ、みんな!?」

 

 平然と嘘八百を並べ立てる風紀委員長。

 あろうことか、怯える部下たちにまで視線で圧をかけ、共犯者へと仕立て上げようとする往生際の悪さ。

 

 その意図を、忠臣チナツは即座に察知した。

 

「はい! 委員長は、過労で心をすり減らしていた私たちの健康を案じ、自由な意見交換を通じたレクリエーションの場を設けてくださったのです! 委員長がされていることは、極めて正当な福利厚生活動です!!」

 

 100点満点の完璧な擁護。

 追い詰められていたヒナの顔に、パァッと希望の光が灯りかけた。

 

 ――しかし。

 

「いいえ、お母様。委員長が納得する無理難題の答えが出るまで、ここから一歩も出さないと脅され、不法監禁されておりました」

 

「そうそう! 缶詰の牛丼と携帯トイレまで持ち込んで、数日間は閉じ込める気満々だったんだよ! 委員長のパワハラ否定ラッシュで、心をへし折られた下級生たちがいっぱい転がってるし、本当に最悪だよヒナコさん!」

 

「なっ……!? アコ、イオリ、てめぇぇぇぇぇぇっ……!!」

 

 秒速で部下から裏切られる風紀委員長。

 

「……ふ〜ん。アコちゃんたちが言っていることの方が、どうやら本当みたいねぇ〜」

 

 泣き崩れる生徒たちと、転がる缶詰を一瞥したヒナコは、一瞬で答え合わせを完了させた。

 ヒナは青筋を立てて叫ぶ。

 

「そ、そもそも、なんでママがここに来られたわけ!? 連絡先データは、昨日の夜に全部消去したはずでしょ!!」

 

「……それを教えてあげたら、ヒナちゃんは素直にお仕置きを受け入れるのかしらぁ〜?」

 

「…………………………」

 

 ヒナはギュッと唇を結び、押し黙った。

 

 

 トコトコトコ……。

 

 

 ヒナコが、愛らしい足取りでゆっくりと壇上へ向かって歩みを進めてくる。

 

「ッ……!!!」

 

 ヒナは迷うことなく演壇を蹴り上げ、高く跳躍!

 背中の巨大な悪魔の翼を激しく羽ばたかせ、ママがあけた壁の穴に向かい、音速逃亡を図った!

 

 だが。

 

 

 ガシィッ……!!!

 

 ヒナがママの頭上数十mの高さを音速で通過しようとした、まさにその瞬間。

 垂直跳びで軽々と音速を超えて跳躍したヒナコの小さな右手が、ヒナの足首を万力のような力でガッチリと捕獲していた。

 

「いやああああああああああああ!!!!!!! ごめんなさいママあああああああああああ!!!!!!!」

 

 空中で宙吊りにされながら、全力で絶叫するヒナ。

 ヒナコはふわりと瓦礫の上に着地すると、娘の足首を掴んだまま、集会所の生徒たちへ向けて優雅にお辞儀をした。

 

「ごめんなさいねぇ、皆さん。後で私から、美味しいお詫びの品をたくさん持ってきますので……その前に、ヒナちゃんのお仕置きをしてくるわねぇ〜♪」

 

「やだあああああああああああああ!!!!!!! 許してママああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 地獄の断末魔を響かせるヒナを引きずりながら、ヒナコは壁の大穴から悠然と去っていった。

 やがて、遠くの校庭の彼方から響いていたヒナの絶叫は、バアァァァン!! という雷鳴のような尻叩き音と共に、突如としてプツリと途絶えたのであった。

 

 

 ポカンと口を開けて立ち尽くす、風紀委員会の一同。

 

 

「……さて。仕事に戻るか」

 

 イオリの気の抜けた一言を合図に、生徒たちは三々五々、解放された喜びに浸りながら会場を後にしていった。

 

「イオリ、すみません。私、少しお手洗いに行ってきますね」

 

「あぁ、了解。行ってらっしゃい、アコちゃん」

 

 アコは1人、足早に別方向の廊下へと進んでいった。

 

 

 

 

 ゲヘナ学園第3校舎、1階トイレ。

 個室に入り、鍵をしっかりと閉めたアコは躊躇なく『右手を口の奥』へと突っ込んだ。

 

「あがっ……げぇっ……!!」

 

 喉の奥を指先で刺激し、激しくえずくアコ。

 

 

 コロン……。

 

 

 アコの左手の上に、胃液に濡れた小さな耐酸性カプセルが吐き出された。

 

 アコがカプセルの蓋を開けると、中からは丸められた極小の耐水メモ用紙が現れた。

 そこには、達筆な文字で『空崎ヒナコ直通電話番号』『メールアドレス』『モモトークID』が整然と記されていた。

 

「……ふふ。『真の切り札』というものは最後まで隠しておくものですよ」

 

 そう、アコはヒナが昨夜のうちに端末のデータを消しに来ることなど、百も承知であったのだ。

 だからこそ、事前に紙に書き写した連絡先データをカプセルに封入し、胃袋の中へ飲み込んで物理的に保管していたのである。

 

 そして今朝、ヒナが突如として全体集合を命じた瞬間に異常を察知したアコは、移動のわずかな隙間に個室へ駆け込み、カプセルを一時的に吐き出して予備端末からヒナコへ以下のメッセージを送信していたのだ。

 

『お母様へ。委員長が何か良からぬ企みを実行しようとしています。1時間経っても私からの定期連絡がない場合、ゲヘナ学園地下大集会所へ直接お越しいただけますでしょうか』

 

 

「化かし合いは私の完全勝利ですね」

 

 完璧な演技でヒナの茶番劇に付き合い、見事に罠へと誘導した大女優・天雨アコ。

 彼女はアルコールスプレーで綺麗に消毒したカプセルを再びゴクンと飲み込むと、何食わぬ顔で涼しげにトイレを後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。キヴォトス某所。

 

 キィ……キィ……と、錆びついた車椅子の車輪の音が冷たいコンクリートに反響していた。

 

「……『災厄の狐』が、やられましたか」

 

 車椅子に座り、全身を頭のてっぺんから爪先まで純白の包帯で幾重にもぐるぐる巻きにされたミイラ女――KMU(キヴォトス医療同盟)のリーダー、氷室セナが静かに呟いた。

 

「偶然とはいえ、狐坂ワカモと空崎ヒナが正面衝突した。あわよくばワカモの勝利、あるいは両者共倒れによる共滅を期待していましたが……」

 

 同じく頭から全身をギプスと包帯で固められ、視界の隙間だけを開けたKMU副リーダーの蒼森ミネが、痛む腕でゆっくりと車椅子を漕ぐ。

 

「仕方ありません。ですが……あの怪物・空崎ヒナを、精神的・肉体的に極限まで削り切ることができたという貴重な戦闘データを回収できたのは、我らにとって極めて大きな収穫です」

 

「そうですね、団長」

 

 隣で同じく車椅子に乗った鷲見セリナが、包帯で雁字搦めにされた口元をモゴモゴと動かしながら言葉を紡ぐ。

 

「私たちには、まだ手札があります。『万魔殿の最終兵器』に『ヴァルキューレの王』。『トリニティの悪霊』に『ミレニアムの人喰い』。そして……狐坂ワカモに次ぐ、百鬼夜行が生んだもう1人の七囚人……いえ、『八囚人』と呼ぶべきでしたか。空崎ヒナの息の根を止めるための切り札は、まだキヴォトスの各地で闊歩しています」

 

「そ、そうですとも!!」

 

 キコキコと隣に車椅子を並べてきた、全身包帯ミイラ女2号こと朝顔ハナエが、興奮に体を震わせた。

 

「あの害虫同様に、どいつもこいつも狂気的でメチャクチャに癖が強い連中ばかりですけど……あの魔物たちを上手く誘導してぶつければ、空崎ヒナの完全駆除も決して夢ではありません!!」

 

「……ふっ、ふふふ……。首を洗って待っていなさい、空崎ヒナ。お前の命日は、もうすぐそこに迫っていますよ……」

 

 セナが包帯の奥の瞳を怪しく光らせ、復讐の笑みを浮かべた――その時であった。

 

「氷室さーん! リハビリの歩行訓練の時間ですよー! 早く来ないと消炎湿布貼り替えますよー!」

 

「あっ、はーい! 今行きまーす!」

 

 担当看護師の明るい声に、セナたちは慌てて居住まいを正した。

 

 看護師の後ろを、キコキコ、キコキコと規則正しい音を立てて健気についていくKMUの車椅子部隊。

 その包帯の奥には、決して消えることのない不気味な笑みが張り付いていたのであった。




キヴォトスにおける七つの大罪。
君は誰が何を担当してるか予想できるかな?
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