こういうカップリングもありだと思います!
トリニティ総合学園、中央校舎へと続く並木道。
初夏の柔らかな陽光が木々の隙間から降り注ぎ、純白の制服に身を包んだ生徒たちが優雅に談笑しながら石畳の道を歩いている。
そんな平和そのものの光景の中にあって、ただ1人、周囲の光をすべて吸い尽くすかのような重苦しい影を引きずって歩く少女がいた。
「はぁ……」
深く、重く、胃の底から絞り出すような溜息。
猫背のままトボトボと、まるで両足に100kgの鉄球でも括り付けられているかのように足を運ぶ少女――補習授業部2年生、阿慈谷ヒフミである。
「どうした、ヒフミ? 腹でも痛いのか? それとも昨日のペロロ様の新作グッズが手に入らなくて脱水症状を起こしているのか?」
隣で不思議そうに首を傾げながら声をかけるのは、同じく補習授業部2年生の白洲アズサ。
彼女は両手に持った特大サイズのチョコバナナホイップクレープを、もっちゃもっちゃとリスのように頬張りながら歩いていた。
口の周りはすでに真っ白な生クリームでコーティングされており、頬や鼻にまで生クリームが侵略している。
「アズサちゃん……いえ、全くの健康です。お腹も痛くありませんし、ペロロ様の限定マスコットは始発で並んで無事に3個確保しました……。ですが……」
ヒフミは深々と俯き、前髪の影に瞳を沈める。
「ナギサ様から……最近お目をかけていただけてないんです……」
この世のすべての終わりを告げられたかのような、絶望に満ちた沈痛な声。
「ナギサから? いつもティーパーティーの執務室に呼び出されて、紅茶とロールケーキを山ほど食わされているとぼやいていただろう。解放されてせいせいしたのではないのか?」
「せいせいだなんてとんでもないです! むしろ逆ですよ、逆! まったく……アズサちゃんにはこの事態の深刻さが1mmも分かっていません!」
チョコクレープの包み紙をクシャリと握りしめるように、ヒフミは拳を震わせた。
異変の始まりは数ヶ月前。ティーパーティーホスト代行たる桐藤ナギサが、ゲヘナ学園風紀委員長との極秘会談のため、高級寿司屋『銀鱗』に出かけたその翌朝のことであった。
本校舎の光り輝く大理石の廊下で、ヒフミは優雅に歩くナギサの姿を偶然見かけたのだ。
「おはようございます、ナギサ様!」
いつものように、これ以上ないほど親愛の情を込めた満面の笑顔で駆け寄り、元気いっぱいに挨拶をしたヒフミ。
しかし――。
「………………………………………」
ナギサからの返答はおろか、視線の微動だになかった。
まるでそこに空気しか存在しないかのように、ナギサは虚空をじっと見つめたまま、ツカツカとヒフミの真横を通り過ぎようとしたのだ。
「え? えぇと…ナギサ様…?」
生まれて初めて直面する、至近距離での完全なる無視スルーという異常事態に、ヒナ鳥のように混乱したヒフミは慌ててナギサの前に回り込み、もう一度声をかけた。
「ん? ……あ、あぁ! ヒフミさん! おはようございます! ごめんなさい、少し考え事をしておりまして!」
そこでようやく、目の前に人間が存在することに初めて気づいたかのように、ナギサは肩をビクッと跳ね上げて飛び上がった。
そして、貼り付けたようなぎこちない社交辞令の笑みを浮かべて一言二言の挨拶を交わすや否や、
「では、私は公務がありますのでこれで!」
と、早口で告げて足早にその場から立ち去ってしまったのだ。
「ナ、ナギサ様………」
スタスタと遠ざかるナギサの華奢な背中を、ただ茫然と見送るしかなかったヒフミ。
この日を境に、ナギサの様子は日に日におかしくなっていった。
廊下ですれ違っても常に上の空で、何か幻影でも追っているかのように視線が定まらない。
いつもなら「ヒフミさん! ちょうど良いところに! 今日のロールケーキは格別ですのよ!」と強引に腕を引いて連行してくるはずなのに、一度としてティーパーティーからの招集がかからない。
痺れを切らしたヒフミが意を決して執務室を訪ねても、「あ、ヒフミさん、ごめんなさいね。今とても手が離せない案件がありまして」と、わずか数十秒で適当に会話を切り上げられて追い出される始末。
さらに調査を進めると、ナギサは公務と称して頻繁にトリニティ自治区を抜け出し、他校の自治区へ単身で出かけている形跡が多発していたのだ。
そんなティーパーティー最高権力者の不可解な変貌に、ヒフミの脳裏を支配する疑念。
私 を 捨 て た の で す か ナ ギ サ 様 ?
阿慈谷ヒフミという少女は、生まれつき異常なまでの自己肯定感の低さを持っていた。
自分には何の取り柄もない。容姿も平凡、頭脳も平凡、運動神経も平凡。
キヴォトスに溢れる燦然たる天才や英雄たちと比べれば、自分など路傍の小石、二酸化炭素を吐き出すだけの生ゴミ同然の存在であると、自虐的なまでに己を卑下していた。
しかし――その劣等感に比例するかのように、彼女の内奥には『特別でありたい』『選ばれし者として崇められたい』という肥大化した承認欲求が、銀河系のように果てしなく渦巻いていたのだ。
そんな鬱屈した少女にとって、トリニティ総合学園の頂点に君臨する桐藤ナギサから一方的に寵愛を受け続けているという事実は、まさに麻薬のごとき甘美な救済であった。
阿慈谷ヒフミは普段、周囲の友人たちに対しては、
「もう〜、ナギサ様ったらまた私を呼び出して〜、補習授業部の課題もあるのに困っちゃいます〜」
と、いかにも迷惑そうなお困りポーズを取っていた。
だが、その仮面の裏側の内心では、
「どうです? 学園トップの最高権力者とツーツーの仲であるこの私! 特別で、選ばれし存在であるこの阿慈谷ヒフミを崇めなさい! 跪きなさい!!」
と、唯一無二の人脈ステータスに途方もない全能感と悦楽の幸福を感じていたのだ。
だが、その甘美なヒフミ帝国の歯車は、突如として音を立てて狂い出した。
ナギサの関心が、明らかに自分から離れている。
しかも、先日ヒフミが遠目から物陰越しに目撃したナギサは、かつてヒフミとロールケーキを囲んでいた時以上の、蕩けるような至福の笑顔を浮かべ、虚空に向かって甘い吐息を漏らしながら微笑みかけていたのだ。
そこから導き出される、唯一にして最悪の結論。
ナギサ様が
「ヒフミ、寝取られたってなんだ? ナギサが誰かと添い寝するのがそんなに嫌なのか? 確かに、無防備な睡眠時に他者を招き入れるのは暗殺のリスクが跳ね上がる。防犯上の観点から見ても、即座にクレイモア地雷をベッドの下に敷設するべきだな」
顔面を生クリームとチョコソースまみれにしたアズサが、モチャモチャと咀嚼音を響かせながらトンチンカン極まりない持論を展開する。
「アズサちゃんは黙っててください。もうそれでいいですよそれで。はいはい添い寝ですね、命の心配ですね、素晴らしい防犯意識ですね」
冷え切った棒読みで言い放つヒフミ。その瞳からは完全にハイライトが消失していた。
「ウグゥゥゥゥッ!!!!!!!」
突如、隣のアズサが喉を両手で押さえ、白目を剥いて激しく悶絶し始めた。
「ア、アズサちゃん…!?」
ヒフミは一瞬飛び上がりかけたが、すぐにスゥーッと体温が氷点下まで冷え切った。
見れば、アズサが両手に持っていたはずのクレープの『紙の包み紙』が2つとも綺麗に消失しており、代わりにアズサの半開きになった口の中から、ピンク色の包装紙の先端がピロピロと顔を覗かせていたのだ。
このバカは、クレープの本体と一緒に厚紙の包み紙まで丸呑みし、喉に詰まらせて窒息しかけていた。
ドゴオオオオオオォン!!!!!
ヒフミは一切の躊躇なく、冷徹な無表情のままアズサの脳天へ渾身の右ストレートを叩き落とした。
「ぶぺっ!!」
破裂音とともに、アズサの口から勢いよく紙屑が吐き出される。
しかし――地面に転がったそれを見て、ヒフミはさらに眉間のシワを深くした。
吐き出されたのは、無残に半分まで齧り取られた包み紙の残骸のみ。残りの半分ともう一つの包み紙は、すでにアズサの胃袋へと収まってしまったらしい。
「
地面に大の字になって倒れ、後頭部からモクモクと湯気を立ち上らせるアズサを、ヒナ鳥を見るような冷たい目で見下ろすヒフミ。
だがアズサは、むくりと上半身を起こすと、真剣な顔で親指を立てた。
「硬いし、味がついてない。65点だ」
「………………」
謎の採点を下すアズサ。
コハルを遥かに下回る補習授業部きってのクソバカ野郎の奇行は今に始まったことではないが、紙を食って過半数越えの及第点をつけるな、とヒフミは心の中で静かに突っ込みを入れた。
「まぁいいです……行きますよアズサちゃん」
地面に倒れたままのアズサに手を差し伸べることすらなく、ヒフミはサッと踵を返した。
「どこにだ? アリウスか? アリウスへの里帰りについて来るのかヒフミ?」
顔面についた生クリームを舌先でペロペロと舐め回しながら立ち上がるアズサに、ヒフミは振り返ることもなく、低くドスの利いた声で言い放った。
「守護ですよ」
数時間後。ゲヘナ自治区、薄暗い裏通りの路地裏。
異様な熱気と油の臭いが立ち込める無法地帯の片隅に、周囲の風景から完全に浮きまくった2つの影が潜んでいた。
「うふふ……うふふふふ……。ナギサ様を信じていましたが、もう限界です。最初からこうして、ナギサ様のすべてを影から見守って差し上げるべきだったのです……」
電柱の陰から双眼鏡を構え、ストーカーとして百点満点の回答を叩き出すヒフミ。
その視線の先――トリニティの制服を着た桐藤ナギサが、普段の冷徹な佇まいからは想像もつかないほどルンルンとした足取りで、スキップ交じりに裏通りを歩いていた。手には高級洋菓子店の紙袋が大事そうに抱えられている。
「なぁなぁヒフミ、腹が減った。そこのケバブが食いたい。串焼きもたこ焼きもお好み焼きも食いたい。あと、あのそらさきや? の牛丼とやらも食いたい。お小遣いをくれ」
隣にしゃがみ込んだアズサは、嫉妬に狂った女の醜い監視劇などハナから認識できておらず、犬のようにヒフミの制服の裾をクイックイッと引っ張りながら、しきりに小遣いを無心してくる。
「チッ………うるさいですね……。はい、これで好きなだけ食べてなさい」
ヒフミはポケットから取り出した分厚い札束で、アズサの頬をパシィン! と力任せにビンタした。
アズサはその札束ビンタを熟練のクロスガードで寸分狂わず受け止めると、札束を懐にねじ込み、そのまま向かい側にあった『野菜マシマシ油ギトギト極太二郎系ラーメン屋』に吸い込まれていった。
「ふぅ……これなら最初から
ヒフミが再び双眼鏡に目を当てた、その瞬間。
ピキリ、と。
ヒフミの全身の思考回路が、一瞬にして完全凍結した。
目線の先。
桐藤ナギサが満面の笑みで駆け寄ったその先。
路地の角から姿を現したのは――黒い軍服を身に纏い、頭上に禍々しい角をそびえ立たせたゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナであった。
「………そういうことだったんだ」
ヒフミの喉から、ひゅっと空気が抜けるような音が漏れた。
双眼鏡のレンズ越しに見えるナギサの顔は、かつてヒフミに見せたことのないほど赤く染まり、まるで初恋の相手を前にした乙女そのものであった。
ナギサは持参した紙袋を嬉しそうにヒナへと差し出し、ヒナは尊大な態度でそれを受け取ると、そのまま2人並んで歩き出す。
そして――2人は並んで、ゲヘナ学園の本校舎のエントランスへと吸い込まれていった。
カラン……。
ヒフミの手から、双眼鏡が力なく地面へと滑り落ちた。
「妬ましいなぁ」
ヒフミの瞳から、ポタ……と一筋の雫が垂れた。
「不平等だこの世界は強者が好き勝手に好きなものを取り放題残された弱者は残飯すらありつけないナギサ様は凡骨の私よりもゲヘナのエリートを選んだ力があればなんだって手に入る簡単に特別になれるでも力がないと奪われるその他大勢に成り下がるモブ以下の存在こんな運命嫌だ羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい」
ヒフミの目から次々と零れ落ちるもの――それは、決して透明な涙などではなかった。
黒く、ドロリとした、コールタールのように粘度の高い邪悪な液体。
ボタリ、ボタリとアスファルトの上に落ちるたび、シューッ! と強烈な腐食音を立てて煙を噴き上げ、小石をドロドロに溶かしていく純度100%の怨嗟と妬み。
「おい、トリニティのお嬢様がいるぜぇ! 財布見ーっけ!」
突如、ヒフミの背後から下品な笑い声が響いた。
現れたのは、ゲヘナの風紀委員長の恐ろしさも知らずに他自治区から流れてきたばかりの、血の気の盛んなスケバンたちであった。
「なぁなぁ、顔面パンチと財布差し出すのどっちがいい? 10秒で選ばせてやるよ」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、リーダー格のスケバンがヒフミの華奢な肩にポンと手を置く。
しかし――ヒフミはピクリとも反応しない。
「あ? 何か言えよこのガーーーーーーー」
スケバンの威嚇は、そこで途絶えた。
ゆっくりと、ギチギチと首を180度近く回転させて振り返ったヒフミの顔面。
両目から絶え間なく噴き出す黒い泥に顔の半分を覆われ、その隙間から覗く口元には、この世のすべての生者を呪い殺すかのような怨毒の笑みが張り付いていた。
ギリギリと奥歯を噛み締め、血の滲むような形相。
「……その筋力」
ヒフミの喉の奥から、怨霊の如き濁った呪詛が溢れ出る。
「その美貌、その身長、その体重、その声、その武器、その胸、その体形、その腕、その足、その喉仏、その皮膚、その血」
「羨ましいなぁ」
ドロリとした黒い液体がヒフミの全身を包み込み、夜の闇よりも深い邪悪な輝きを放ちながら爆発的に膨張した。
「ひっ……! 誰か助けーーーーーーーーーーーーーー」
スケバンたちの悲鳴は、路地裏の闇の中へと一瞬にして呑み込まれて消え去った。
数十分後。
「ヒフミ、腹がいっぱいになった。お土産のイカ焼きだ、食え」
ポンポンに膨らんだ腹をさすりながら、両手の全指の隙間に計8本の巨大なイカ焼き串を扇状に挟み持ち、『アズヴァリン』と化した白洲アズサが路地裏へと戻ってきた。
そこには、いつものように大人しく佇むヒフミの姿があった。
――そして、その足元には。
全身を謎の黒い粘液まみれにされ、白目を剥いてピクピクと痙攣しながら地に伏している無数のスケバンたちの屍山血河が広がっていた。
「……アズサちゃん、私、努力って嫌いなんですよ」
ヒフミは静かに口を開く。
その声には、先ほどまでの怯えや自虐は欠片も存在しなかった。
「どんなに凡人が血の滲むような努力をしたところで、生まれついてのエリートの『ちょこっと本気を出しただけ』の足元にすら届かない……。それなら、努力なんて馬鹿馬鹿しいと思いません?」
【トリニティの悪霊】
【も と い】
「それなら私以外全員、下に堕とせば私だけが特別になれますよねぇ?」
【七つの大罪:嫉妬のヒフミ】
「知らん、イカ焼き食え」
グイグイとヒフミの頬にタレまみれのイカ焼き串を押し付けてくるアズサを完全に無視し、阿慈谷ヒフミは黒い怨念を瞳の奥にギラギラと滾らせながら、桐藤ナギサと空崎ヒナが消えていったゲヘナ学園本校舎の巨大な威容を、ねっとりと、何処までも深く見つめ続けていた。
次回、暴食 VS 嫉妬。
七つの大罪編が終わった後、誰の話が見たいですか?
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コノカ
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ヒフミ
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フブキ
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アズサ