七つの大罪:暴食のヒナ   作:ていん?が〜

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今回のお話はかなり長くなるので中編です。


第33話:正義のピザ中編

 数日後。ミレニアムサイエンススクール、特設メガスタジアム。

 

 普段は最先端テクノロジーの発表や学術競技会が行われるはずの広大なグラウンドは、お祭り騒ぎの熱気に包まれていた。

 立ち並ぶ極彩色の屋台からは香ばしいソースと焦げた油の匂いが立ち昇り、夜空でもないのに祝砲代わりの花火がドカン! ドカン! と派手に炸裂している。

 

 キヴォトス全土の各自治区から集まった無数の一般生徒たちが、押し合いへし合いしながらスタジアムの入場ゲートへと雪崩れ込んでいた。

 

 そんな狂乱の雑踏のど真ん中にあって、1人だけ魂が抜けた顔で呆然と立ち尽くす少女がいた。

 

「う、嘘でしょ……あのリオ会長が、こんなバカバカしい大食いイベントをあっさり承認するなんて……」

 

 セミナーの会計、早瀬ユウカである。

 手にしたバインダーを震わせながら天を仰ぐユウカだが、そんな運営側の裏方事情など、押し寄せる観客たちにとっては知ったこっちゃなかった。

 

「あ、見ろよ! セミナーのユウカじゃん!」

 

「うわ、本当だ! 今日も太ももムチムチだねぇ〜!」

 

「おい早く行こうぜ! 席埋まっちまうぞ!」

 

 一部の生徒が指を差して通り過ぎるものの、大半の客はユウカの存在など完全に背景の一部として無視し、アリーナ席へと怒涛の勢いで押し寄せていく。

 

 

 そして――そんな喧騒を切り裂くように、正面ゲートから堂々と姿を現した忘れちゃいけない問題の3人組。

 

 

「いやぁ〜! 本日も晴天日和!! 快晴の祭りは王として実にグッドだなぁ、オイ!」

 

 派手なアロハシャツを羽織り、頭上に純金の王冠を輝かせた志真コノカが両手を広げて豪快に笑う。

 

「ひ、ひえぇ〜〜!! き、緊張しますぅ……! 心臓が口から飛び出そうなくらいバクバクいってますぅ……!」

 

 その隣で、制服の裾をギュッと握りしめ、小動物のようにガタガタと震えながら歩く阿慈谷ヒフミ。

 

「ハッ、パンピーの心臓は軟弱ね。足手まといになるなら今からでも出場取り消したら?」

 

 漆黒の軍服を風になびかせ、腕を組んで尊大に歩く空崎ヒナ。

 

 ヴァルキューレ、トリニティ、そしてゲヘナ。

 本来であれば絶対に交わるはずのない各学園の三羽烏が、満を持して横並びでスタジアムのど真ん中へ登場したのだ。

 

 無論、あまりにも異様で危険極まりないこの3人組の出現に、周囲を取り囲む観客席からは一斉に戦慄のざわめきが巻き起こった。

 

「おいおいおい……マジかよ!? ゲヘナのあの空崎ヒナがいるぞ!?」

 

「隣の王冠被ったヤンキー、ヴァルキューレの裏の怪物・志真コノカじゃない!? なんであいつらが並んで歩いてんだよ!?」

 

「なんであんな化け物どもの真ん中に、トリニティの大人しそうな普通の女の子が挟まれてるわけ!? 人質!? それとも生贄!?」

 

「ちょ、近づくな馬鹿! 視線が合っただけでスタジアムごと更地にされるぞ……!!」

 

 周囲から浴びせられる恐れと好奇の眼差し。

 

 

 

「(アッハッハッハッハ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!! 笑いが止まりませんねぇ!! どうです!? 今の私、冷酷非道な権力者たちに挟まれ、右往左往しながら健気に耐えるか弱い可憐なヒロインに見えるでしょう!? 只者じゃないですよねぇ、誰が見ても只者じゃないですよねぇ!! 私が誰かって? そう……! アイアム阿慈谷ヒフミ!! これぞ、人脈パゥワァ〜〜〜〜!!!!)」

 

 怯えきった表情で縮こまる仮面の奥の奥。ヒフミの心の中の鼻が、グングンと天を衝く勢いでニョキニョキと伸びていく。

 

「(こんな取り柄のない地味で平凡な女の子がなぜ大会に? と、外野の愚民どもは思いますよねぇ? まさか! 凶悪な魔王たちに無理やり巻き込まれたのか!? ……と思いますよねぇ? そう! 外野がそう思うのは大大大正解!! 巻き込まれた可哀想な被害者の体で参加すれば、世間へのインパクトは大大の大っ!!! あとは適当に競技を流して、数口だけちびちび食べて『うぅ…もう食べられません…でも精一杯頑張りました!』と涙目で倒れ込んでみせれば、『ヒフミちゃん、あんな怪物たちの中でよく頑張ったわ!』『阿慈谷さんは本当に健気で勇気のあるトリニティの鑑だわ!』と、全キヴォトスからの好感度向上アピール大成功!! ゆくゆくは莫大な主人公ポイントを稼ぎに稼ぎまくって、この小説のタイトルを【七つの大罪:嫉妬のヒフミ】に改変してやりますよ! アーッハッハッハッハッ!!!!!!!)」

 

 ダツ10匹を縦直列に連結したかのように、鋭利かつ細く長く伸び、触れる者すべてを刺殺できそうなほどに尖り切った鼻を誇らしげに掲げ、心の中のヒフミは高笑いをあげていた。

 

 

 が――。

 

 

「ヒフミ。大会に参加しておいて、1切れしか食べれませんでしたぁ……なんて無様な恥を晒したら、夜空に輝くペロロ座の星の1つにしてやるから」

 

 

 ヒフミの肩にトン、と冷たい手が置かれ、耳元で絶対零度の死神(ヒナ)の囁きが吹き込まれた。

 

「は、はいぃぃぃっ……!!」

 

 ヒフミの心臓がキュッと音を立ててノミのサイズまで縮こまり、伸び切っていた心の鼻が一瞬で粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

 一方、特設スタジアムのメインスタンド観客席。

 

 すり鉢状に広がる座席には、各学園の制服を着た生徒たちが所狭しと密集し、歓声と熱気でメガホンを打ち鳴らしていた。

 

「しかし、よくもまぁ……こんなアホらしい大会に、ここまで他校の生徒が集まるものなのですね」

 

 最前列の特等席で、天雨アコが双眼鏡を首から下げながら深々とため息をついた。

 その隣には、腕を組んで仁王立ちする銀鏡イオリと、救急セットを抱えた火宮チナツが控えている。

 

「皆、刺激と娯楽に飢えてんだよ。しかも主催はあのお堅いミレニアムのセミナーだ。イベントとしてのクオリティが保証されてる安心感があるからこそ、観にくるハードルも下がってんだろうぜ」

 

 アコたちのすぐ隣のブロック。

 前後左右の座席を30席ほど完全に貸し切り、制服姿の志真王国の国民たちを左右に従えた志真コノカが、特大サイズのポテトチップスを豪快にバリボリと貪りながら口を挟んだ。

 

「……コノカ王、あなたは選手として参加しないんですね。少し意外と言いますか…目立ちたがり屋のあなたなら、真っ先にリングに上がるものかと」

 

 アコが怪訝な顔で視線を向けると、コノカは鼻でフッと笑った。

 

「あ? あたしが参加するわけねーだろ。こういうバカな催し物はな、安全圏の特等席から高みの見物かますのが一番楽しいんだよ。わざわざ鶏のレースに自分から混ざって、客に見世物にされるなんざ真っ平御免だね」

 

 コノカは空になったポテチの袋を隣に控えていた国民生徒へ無造作に放り投げる。

 阿吽の呼吸でそれを受け取った国民が、すかさず冷えた2Lペットボトルのコーラを差し出し、コノカはそれをラッパ飲みでグビグビと喉へ流し込んだ。

 

「言葉は乱暴だけど……実際、その通りだよね。ピザの総量も制限時間も一切非公開ではあるけど、あの委員長と同じ土俵で胃袋勝負なんて絶対やりたくないわ」

 

 イオリが苦笑いを浮かべながら、アリーナの中央を見下ろす。

 

「ふん、何を今更尻込みしているのですかイオリさん。どうせ結果など最初から決まっています。我らが委員長の一人勝ちという未来以外あり得ません。私たちにできる仕事は、優勝祝いの豪華祝勝会の宴会場を予約することだけです!」

 

 チナツがメガネをクイッと押し上げ、狂信的な笑みを浮かべて胸を張った。

 

 

 その時――スタジアムの照明が一斉に暗転し、フィールドの中央に設置された特設ステージへと、眩いスポットライトが集約された。

 

 

「観客の皆様ァァァッ!! 大変長らくお待たせいたしました!! 本日の実況・司会を務めます、クロノス報道部の川流シノンです!!」

 

 

 マイクを片手に、ステージの中央へと勢いよく駆け込んできたのはクロノススクールの川流シノンであった。

 

 かつてのインタビュー(※第18話参照)で味わった『空崎風麻辣炒飯』と『ヒナちゃんアイス』による重度の中毒禁断症状から未だに抜け切れておらず、若干目の下にクマを作り、手の震えを誤魔化すようにマイクを力任せに握り直す。

 

「記念すべきキヴォトス初の大規模フードファイト!! この栄えある舞台に名乗りを上げた、選りすぐりの大食い猛者たちをご紹介いたしましょう!!」

 

 ウォォォォォォォォッ!!!! と、スタジアム全体を揺るがす大歓声。

 

「それでは早速行きましょう!! エントリーNo.1!!」

 

 シノンが北側の巨大入場ゲートをビシッと指差す。

 

「トリニティ総合学園が誇る正義実現委員会の副委員長であり、常に冷静沈着なる巨躯の指揮官……羽川ハスミーーーッ!!」

 

 

 プシュウウウウッ!!

 

 

 白煙のスモークが激しく噴き出す中、長身に黒い翼を羽ばたかせ、凛とした表情の羽川ハスミが堂々とグラウンドへと足を踏み入れた。

 

「タダめ……ゴホン、正義実現委員会の威光と誇りを、他校の皆様に見せつけてあげましょう」

 

 口元を手袋で覆い、咳払いをするハスミ。

 

「続きましてエントリーNo.2!! 同じくトリニティから、補習授業部部長!! 一見どこにでもいる普通の生徒が、一体何の間違いでこの修羅場に迷い込んだのかァ!? 阿慈谷ヒフミーーーッ!!」

 

 

 プシュウウウウッ!!

 

 

 東側のゲートから、おずおずと猫背で姿を現すヒフミ。

 

「ヒエェ……なんでこんなことになっちゃったんでしょう……(司会のアナウンサーのお姉さん! 弱者アピール100点満点の完璧なアナウンスありがとうございます!!)」

 

 涙目で怯えるポーズを取りながら、内心で親指を立てるヒフミ。

 

「そしてエントリーNo.3!! 何故かトリニティ自治区を主な縄張りとして暴れ回るゲヘナのヤンチャなグルメインフルエンサー集団・美食研究会の副会長!! 胃袋にブラックホールを宿す無限の大喰らい……鰐淵アカリーーーッ!!」

 

 

 プシュウウウウッ!!

 

 

 南側のゲートから、妖艶な笑みを浮かべ、優雅に手を振りながら現れた鰐淵アカリ。

 

「あらあら、まぁまぁ。ミレニアムの科学力で作られたピザのお味……果たして私の美食チャートで何点を叩き出してくれるかしら?」

 

「まだまだ続きます! エントリーNo.4!! アリウス分校の廃墟からやってきた飢餓の刺客!! 日々の生活費を稼ぐために壊滅させたデカ盛りチャレンジの飲食店は、もはや両手両足の指を合わせても数え切れない!? アリウススクワッドのネガティブスナイパー……槌永ヒヨリーーーッ!!」

 

 

 プシュウウウウッ!!

 

 

 西側のゲートの煙の中から、巨大な対物ライフルを背負った槌永ヒヨリが、大粒の涙と鼻水を垂らしながら猛ダッシュで飛び出してきた。

 

「うわああああああああああああんっっ!!!! お腹と背中がくっつきそうですううううううう!!!!! 挨拶とかいいから早くピザ持ってきてくださいピザアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 空腹のあまり狂乱状態で絶叫するヒヨリ。

 

「そして皆様ァッ! 大変長らくお待たせいたしました!! 最後に登場するのはエントリーNo.5!! ゲヘナ学園最強の武闘集団・風紀委員会を率いる絶対君主にして、キヴォトス全土を震撼させる規格外の暴食の魔王……空崎ヒナーーーッ!!」

 

 

 ドッバアアアアアアアアンッ!!

 

 

 もはやスモークなど生温いと言わんばかりに、ゲートの鉄扉を衝撃波でへし曲げながら悠然と歩み出てくる空崎ヒナ。

 

「ふん……もしも私の舌を満足させられないようなシャバい味と量のピザを出したら、主催者ごとこのスタジアムを更地にしてあげるわ」

 

 不敵に笑う魔王の威圧感に、スタジアム中の観客が息を呑んだ。

 

「以上!! この選りすぐりの精鋭5名によって……え? あ、あれ?」

 

 シノンがテンポよく進行しようとした瞬間、ステージ脇から血相を変えて走ってきたミレニアムの大会スタッフが、シノンの耳元に慌ただしく耳打ちをした。

 

「えっ……マジで? 今から? ……あ、あー、失礼いたしました観客の皆様! なんと、直前に飛び入りで登録された最後の1名……第6の選手が存在するとのことです!!」

 

 シノンが動揺を隠せないまま、アナウンスを響かせる。

 

「そ、それではご紹介いたしましょう! エントリーNo.6!!」

 

「今大会を企画・立案したセミナーの書記!! あらゆる事象を完璧に記録する生きたアーカイブの頭脳は、極限の早食いという狂気の現場でも通用するのかァ!? ……生塩ノアーーーッ!!」

 

 

 カツン……カツン……カツン……。

 

 

 スモークの演出すら用意されていない予備の入場ゲートから、静かで規則正しいハイヒールの足音が響いた。

 

 現れたのは、純白の制服を寸分の乱れもなく着こなした生塩ノアであった。

 先日まで巻かれていたはずの分厚いギプスも、全身の包帯も、痛々しい眼帯も、そして車椅子すらも跡形もなく消失している。

 

「皆様、本日はセミナー主催のイベントにご参加いただき、誠にありがとうございます。記録に残るような、素晴らしい大会にいたしましょうね」

 

 胸元に手を当て、お淑やかに微笑むノア。

 

 観客席は一瞬でざわめいた。

 よりにもよって、知性派の象徴たるセミナーの書記であり、どう見ても大食いや早食いとは最も無縁そうな華奢な美少女が参戦してきたからだ。

 

 そんな中、観客席のコノカが「お?」と喉を鳴らして身を乗り出した。

 

「どうしましたか、コノカ王?」

 

 アコが尋ねるとコノカは片目を細め、怪訝そうにノアを指差した。

 

「思い出したわ、アイツだよアイツ。この前、あたしに喧嘩売ってきたミレニアムのクソガキは」

 

「えぇっ……!? あ、あの人がですか!? どう見てもそんな下品な真似をしそうには見えませんが……」

 

「あたしも最初はそう思ったぜ。だがよ、少なく見積もっても全治半年はかかるくらいに全身の骨をバキバキに折ってやったはずなんだがな……。なんで数日で傷ひとつなくピンピンしてやがるんだ? その上、呑気に大食い大会に参加だぁ……? アイツ、マジで頭のネジが何本か抜けてんじゃねぇのか」

 

 コノカは気味の悪い化け物を見るような冷たい目で、グラウンドのノアを見据えていた。

 

 

 そんな観客席のざわめきを余所に、中央ステージではシノンが進行を再開する。

 

「それでは選手入場も無事に完了したところで!! 選手の皆様に胃袋の限界まで挑んでいただく、本日のメインディッシュの登場ですッ!!」

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!

 

 

 地響きとともに各選手の前のグラウンドが四角く開き、油圧式リフトに乗って超巨大な円形テーブルが出現した。

 

 その上に鎮座していたのは――もはや料理という概念を物理的に超越した、超高密度の巨大な質量兵器であった。

 

「こちらがミレニアムのカロリー科学の粋を集めて焼き上げられた特製ピザ!!」

 

 シノンが絶叫混じりに解説を読み上げる。

 

「辺り一面を埋め尽くすモッツァレラチーズ200kg!! その上に無数に散りばめられた極厚フライドガーリックチップ50kg!! さらに直火焼きサーロインステーキ肉500kgに、濃厚照り焼きソース250L!! そして極めつけは、極限まで高密度に圧縮されたモチモチの特製生地1t!!」

 

「総重量……驚天動地の『合計2t』ッッ!!!! この超弩級ピザを一番早く完食した選手に、優勝賞金100万クレジットが授与されますッ!!」

 

 

 ピキリ、と。

 

 ヒフミの全身の思考回路が完全に凍結した。

 

「(トン……トンンンンッッ……!? なんなんですかそれは!? 私たちにクジラにでもなれって言ってるんですか!? 8等分に切り分けたとしても1切れ250kgですよ!? 死者が出るでしょこんな狂気の大会!! だ、ダメです……流石に命が惜しすぎます……開始の合図と同時に仮病を使ってリタイアしちゃおうかな……)」

 

 ヒフミが冷汗を滝のように流しながら本気で逃亡を企てていた、まさにその時――。

 

 

 ヒフミの目の前を、スッと黒い影が横切った。

 

 

「え……?『ハスミ先輩』……?」

 

 見れば、正義実現委員会の羽川ハスミが、スカートを揺らしながらスタスタと真剣な顔つきでシノンの実況ブースへと歩み寄っていた。

 

 ハスミはシノンの耳元に顔を寄せると、ゴニョゴニョと何やら真剣な面持ちで耳打ちを始めた。

 

「えっ……? あ、えぇと……運営上層部に急ぎ確認を取りますので、少々お待ちください……」

 

 シノンは引きつった顔でピンマイクのスイッチを切り替え、インカム越しに裏方のスタッフと何やら慌ただしく協議を始めた。

 

「お、お待たせいたしましたハスミ選手……! ご自身で責任を持たれるのであれば、許可するとのことです……!」

 

「そうですか。柔軟なご対応、心より感謝いたします」

 

 ハスミは満足げにコクンと頷くと、何食わぬすました顔で自席のテーブルへと戻っていった。

 

「(他の選手が食べ残した分のピザまで全部まとめてタッパーに詰めて持って帰ってもいいか、だなんて……フードファイトでテイクアウトの可否を確認する奴、生まれて初めて見たんだけど……)」

 

 ドン引きした目でハスミの巨大な背中を見送るシノン。

 

 そして、他の選手たちもまた、それぞれに極端な反応を示していた。

 

「(き、聞いてない……聞いてないですわよ、よりにもよってこの大会にあの空崎ヒナがいるなんてぇ……!! あううぅぅ……急にお腹が……お腹が激痛で痛くなってきましたぁ……! 今すぐ回れ右して逃げ出したいですわ……!)」

 

 かつて2度もヒナにお星様にされた悪夢が蘇り、顔面を土気色にして震えるアカリ。

 

「うわああああああああああああん!!!!! ルール説明とかどうでもいいから早く食わせろですううううううう!!!!! 飢え死にしちゃいますううううううう!!!!!」

 

 テーブルに顔面を突っ伏し、両手でドカドカとテーブルを叩きながら駄々をこねるヒヨリ。

 

「ふん……まぁ、今日の晩御飯代わり……いや、晩御飯までの軽いおやつにはなるかしらね。チーズを直火で香ばしく炙っている点は及第点をあげてもいいわ。これで土台の生地が小麦粉じゃなくて全部『牛肉のミンチ肉』なら合格だったのだけれど」

 

 参加する身でありながら、平然とメニューのダメ出しをする暴食王・ヒナ。

 

 そして――。

 

「………………………………………………」

 

 そんなヒナの後ろ姿を数m離れた位置から瞬きひとつせずに無言で見つめ続ける生塩ノア。

 

 

「そ、それでは観客の皆様ァッ! 大変長らくお待たせいたしました!!」

 

 シノンがメガホンを構え、天高く腕を振り上げる!

 

「キヴォトス初代大食いチャンピオンの栄冠を掴み取るのは誰だァッ!? ……競技開始ッッ! 始めええぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 パァァァァンッ!! と号砲が鳴り響く!

 

 瞬間、ヒヨリが野獣のようにピザへ飛び込み、ハスミが上品にピザを咀嚼し始め、アカリが震える手でフォークを握り、ヒフミが泣きながらピザの端をちぎる――。

 

 各選手が一斉に目の前の巨大ピザへと齧り付いた…………が!

 

 

「………え?」

 

 

 モニターを見ていたシノンの動きが、完全に停止した。

 

 選手たちが我先にとピザを胃袋へ詰め込む狂乱の光景の中にあって――生塩ノアただ1人だけが、目の前のピザに一切手を触れることなく、ガタッと静かに立ち上がったのだ。

 

 そして、自分が座っていた金属製のパイプ椅子を片手で掴むと、グラウンドを横切って歩き出した。

 

 

 ズリズリ……ズリズリ……ズリズリ……。

 

 

 歓声が渦巻くスタジアムの芝生の上を、パイプ椅子の鉄脚が擦れる耳障りな不協和音が響き渡る。

 

 そして――。

 

 

「……あ?」

 

 ピザを両手で掴んで口に運ぼうとしていた空崎ヒナが、眉をピクッと動かして視線を上げた。

 

 ノアは、ゆっくりと椅子を開いてドカリと腰を下ろした。

 

 

 

 空 崎 ヒ ナ の 真 正 面 に 。

 

 

 

 テーブルを挟み、互いの吐息が触れ合うほどの至近距離。

 

「ん? あぁ、私に構わずどうぞお食べください」

 

 底知れぬ漆黒の強欲をその瞳の奥に秘めたまま、人喰いの魔物は目の前の獲物へ向けて美しく微笑みかけたのであった。




魔物の捕食が始まる。

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