ゲヘナ学園、本校舎前の広大な中央校庭。
硝煙と砂埃が吹き荒れる殺伐とした敷地内を、日々の抗争やゲリラ戦に明け暮れる無数の生徒たちが行き交っていた。
そんな世紀末めいた空気のど真ん中に、『奴ら』はいた。
「雷帝政権を許すなーーッ!! 我々は断固として抗議するぞ!! なぜ学園の食堂で毎日毎日、罪なき牛や豚の命を無残にミンチにしたハンバーグを出すのか!? なぜ油の海で揚げた唐揚げを山盛りにして生徒に配給するのか!? 残酷!! あまりにも人の心がないッ!! 諸君、動物たちの尊き命を一体なんだと思っているのだ!! 今こそ目を覚まし、崇高なるヴィーガニズムのために立ち上がろうではないかーーッ!!」
銀色に輝くミディアムショートの髪を振り乱し、側頭部から左右対称に生え揃った4本の鋭い黒角を天に突き立て、赤いメガホンを片手に絶叫しているのは、ゲヘナ学園1年生の羽沼マコトであった。
空いた左腕をビシッ! と天高く突き上げ、汗だくになりながら全身で正義の演説を叩きつけるマコトのすぐ隣。
「……………………………………」
そのすぐ真横。
外ハネのついた白黒のツートーンヘアを気だるげに揺らし、切れ上がった切れ長の真紅の瞳を半開きにした少女――鬼方カヨコが、無言のまま佇んでいた。
後頭部から生える二本の漆黒の角を僅かに傾げ、左手には歪んだクレヨンで『みんな、お野菜たべよ〜〜〜』と殴り書きされた段ボールのフリップ。
そしてもう片方の右手には、商店街の肉屋『肉のげへな屋』の油染みた包み紙。
そこから取り出した揚げたてサクサクの分厚い牛豚合挽きメンチカツをモッチャモッチャと恍惚の表情で豪快に頬張っていた。
「イイイイイイイイイイイヤッハアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
さらにその背後。
燃えるような深紅の髪を爆風にたなびかせ、龍の如く後頭部から禍々しく突き出た赤い2本の角を誇らしげに掲げた少女――下倉メグが、地獄の底から響くような奇声を張り上げていた。
頭部に装着しているのは、世間で大流行している某小さくて可愛い奴らのうち、極めて好戦的な黄色いウサギのプラスチック製お面。
そして、それ以外の身に纏う布地は――完全なる『ゼロ』。
日焼けひとつない豊満な肉体を惜しげもなく白日の下に晒した、正真正銘、生まれたままの完全全裸。
両手で握りしめた鋼鉄製の凶悪なトゲ付き刺股を、まるでプロペラのように頭上で猛烈な速度で旋回させながら全裸の肉体を激しく震わせてステップを踏み散らしている。
珍妙極まりない不審者3人組による謎のデモ活動に対し、通りかかるゲヘナの生徒たちは、誰一人として足を止めることなどなかった。
目を合わせるどころか、気づいていないふりをして早足で駆け抜けていく。
「おい見ろよ……また羽沼マコトが何か喚いてるぜ……。関わるな、視線を合わせたら最後、草しか入ってない謎の青汁を飲まされるぞ」
「ていうか横の全裸のウサギお面は何なんだよ!? 刺股の遠心力で胸がぶんぶん暴れてて直視できないんだけど!? 誰か早く風紀委員会呼んでこいよ!!」
「無理言うな、あの白黒の角の女が食ってるメンチカツの肉汁、思いっきりマコトの背中に飛んでんじゃねえか。地獄絵図すぎるだろ……早く行こうぜ、関わったら雷帝の粛清部隊に巻き込まれる!」
ヒソヒソと交わされる陰口とともに、潮が引くように誰もいなくなる校庭。
その光景を目の当たりにし、マコトはガクッ……! と膝から地面へと崩れ落ちた。
握りしめていた拡声器の先端がカツンと地面に落ち、泥に汚れる。
「クッ……! なぜだ!! なぜ誰も私の高潔なる魂の叫びに耳を傾けようとしないのだ!! ゲヘナの民草はここまで腐敗しきっているというのか!? あの忌々しき雷帝の暴力洗脳は、ここまで深くこの学園の隅々にまで蔓延っているというのか……ッ!?」
マコトは拳を握り締め、悔し涙をポロポロとアスファルトへ零しながら地面を何度も力任せに叩いた。
己が掲げる崇高な理想が、路傍の小石のように蹴飛ばされた屈辱。
「ヤハァ! ヤハヤハ!!」
ブルンブルンとダイナマイトボディを豪快に振り回しながら、全裸のメグがマコトの背中をポンポンと叩き、慰めるように擦り寄ってきた。
「おぉ……! メグ、お前だけは私の味方でいてくれるのだな! 私のこの痛切な悔しさを、慰めてくれるというのか……!」
感激に胸を震わせ、すがりつくように顔を上げるマコト。
「…………………………………………」
しかし、お面の奥のメグは完全にピタリと静止し、石像のように無反応を貫いた。
時が止まったかのような沈黙。
「あぁ、すまない! 『ウサギ』、お前は私を慰めてくれるのか!」
「ヤッハァ!!」
パアァッとテンションを跳ね上げ、全裸で両手をパタパタさせながら小躍りするメグ。
自認がウサギである彼女に対し、人間の名前で呼びかけるなど無粋なのだ。
そして、その狂乱のやり取りの傍らで、モッチャモッチャと最後の衣を咀嚼し終えたカヨコは、満足げに喉を鳴らすと、手についたメンチカツの肉汁と油をペロペロと子猫のように舐め取っていた。
「……む? ところでカヨコ、先ほどから気になっていたのだが」
マコトが立ち上がり、怪訝そうな顔でカヨコへと振り返る。
「お前……まさかこの崇高なる抗議運動の最中に、私の目の前でおぞましき肉の塊を貪り食っていたんじゃあないだろうな?」
ズイッ! と鼻と鼻が触れ合うほどの至近距離まで顔を寄せて詰め寄るマコト。
「………………………………」
カヨコは眉ひとつ動かさず、切れ上がった真紅の瞳で無言のままマコトの鼻頭をジッと見つめ、手についた油をチュパチュパペロペロと舐め続けていた。
「……おぉ! そうか! 手に残ったその植物性の油の匂い……お前が先ほど食べていたのは、獲れたてのジャガイモをすり潰した『野菜コロッケ』だったのだな!!」
「………………………………(コクリコ)」
普通にラードの匂いなのだが、カヨコは一切の罪悪感を感じさせない無表情のまま、深く一度だけ首を縦に振った。
「疑ってすまなかった同志よ! 貴様のその飽くなき野菜への探求心、私は心から誇りに思うぞ!!」
勝手に都合のいい解釈で納得したマコトはバシバシと力任せにカヨコの華奢な背中を叩いて称賛した。
カヨコは痛がる素振りすら見せず、眠たそうに猫のように「ふわぁ」とあくびを漏らす。
まさに、その時であった。
「失礼。あなたが、羽沼マコトさんでしょうか?」
「あ?」
マコトが声の主へと振り返ると、そこにはゲヘナ学園の黒と深紅の制服を身に纏った、見慣れない顔立ちの3人組の女子生徒が佇んでいた。
「なんだ貴様ら、見ない顔だな。万魔殿の回し者か?」
怪訝な顔をして身構えるマコト。
すると、左側に立っていた白髪の生徒が、胸元に手を当てて優雅に一礼した。
「申し遅れました。私はゲヘナ学園1年生の『鈴木サユミ』と申します」
サユミと名乗ったその少女は、膝の裏まで届く見事な白銀のサイドテールを揺らし、理知的な切れ長の瞳は薄紫色に妖しく澄んでいる。
胸元にはゲヘナの校章バッジが寸分の狂いもなく水平に留められ、その頭部には黒いプラスチック製のカチューシャ型のツノが器用に固定され、手には黒革のバインダーと万年筆を携えている。
「そして、こちらにおわすお方は……同じく1年生の『千本木サヤカ』様です」
「おっす」
サヤカと呼ばれた少女は、アロハシャツの上からゲヘナの制服ジャケットを前開きでだらしなく羽織り、頭上には眩い輝きを放つ純金の王冠が斜めに無造作に乗せられ、左右の側頭部にガムテープで強引に貼り付けられた段ボール製の赤いツノを揺らしていた。
制服のボタンを上から三つも乱暴に引きちぎるように開け放ったその姿は、どこからどう見てもただのスケバンそのものであった。
「そして、こちらも1年生の『本渡カエデ』ちゃんです」
「ど、どうも……! はじめましてです……!」
カエデと紹介された少女は、サイズの合わないゲヘナの制服の袖を両手でギュッと握りしめ、頭にはフェルト生地で作られた黄色いツノのヘアピンを刺し、金髪のツインテールを小刻みに震わせながらペコペコと頭を下げていた。
その瞳は怯えきっており、今にも泣き出しそうな小動物のオーラを全身から放っている。
サユミは真剣な眼差しでマコトの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「ところで、先ほどから遠巻きに拝聴しておりましたよ。羽沼マコトさん、あなたのスピーチを」
「む!」
マコトがピクッと眉を跳ね上げる。
先ほどまで全校生徒がゴミを見るような目で素通りしていた演説を、この3人は足を止めて聞いていたというのか。
「な、何だと……? 貴様ら、私の言葉を聞いていたというのか?」
「ええ、もちろん」
サユミは一歩、また一歩と優雅な足取りでマコトへと間合いを詰める。
「あなたの演説は――――」
「素晴らしいっ!!!!」
ガシッッッ!!!!
サユミは一歩踏み込むと、マコトの両手を力強く、万力のような握力でガッチリと握りしめた。
「え……? す、素晴らしい……!?」
「ええ、まさに圧巻でした! 単なる動物愛護の枠に留まらず、畜産業が排出するメタンガスによる環境負荷の低減、植物性タンパク質摂取に伴う腸内フローラの劇的な改善、そして肉食の過剰摂取がもたらすアドレナリン暴走の抑制効果に至るまで……科学的、生態学的な見地から見ても、あなたの提唱するヴィーガニズム運動は、この野蛮なゲヘナ学園を新時代へと導くための唯一無二の最適解です!!」
「お、おぉ……!?」
「それを、周囲の冷笑や無理解をものともせず、たった1人で声を張り上げて大衆に訴えかけるその不屈のカリスマ性……! あなたこそ、暗黒に閉ざされたゲヘナの夜明けを告げる真の革命の旗手ですわ、羽沼マコトさん!」
息をつく間もなく浴びせられる、論理的かつ圧倒的な知識に裏打ちされた褒め殺しの猛連打。
「あ……あは……あはははは……! そ、そうだろう、そうだろうともッ!! いやぁ、わかるか鈴木くん!! 科学的アプローチだな! まさに私が言いたかったのはそれなのだよ!! さすがは我が同志、見る目があるではないか!!」
生まれて初めて浴びる他者からの論理的な大絶賛に、マコトは鼻の下をデレデレに伸ばし、完全に骨抜きにされていた。
そして、その横では――。
「おいおいおい! 見ろよヒフ……じゃなかった、カエデ! こいつ、アタシの羽織ってるアロハシャツの後ろ姿を、さっきから1ミリも瞬きしねぇでガン見してやがるぞ!」
ガシィッ! と、サヤカがカヨコの肩を乱暴に抱き寄せた。
「………………………………」
カヨコは一言も喋らない。
ただ、サヤカのアロハシャツの襟元のあたりを、小さな黒い羽虫がプ〜ンと呑気に飛んでいるのを、首を僅かに動かして真紅の瞳でジッと追い続けているだけであった。
「その目の鋭さであたしには全部分かるぜ! テメェ、このハイビスカスの大胆なカッティングと、裏社会の頂点に君臨する者にしか着こなせねぇ極彩色のセンス……その真髄に魂を奪われてんだろ!? わかる、わかるぞその気持ち! 気に入った! お前を今日から、我が『千本木王国』の筆頭家臣にしてやるよ!!」
ガハハと豪快に笑いながら、カヨコの頭を乱暴にガシガシと撫で回すサヤカ。
「………………………………(ふわぁチ○ン)」
カヨコは頭を揺すられながらも抵抗することなく、ただ虫が飛び去った空を見上げ、眠たそうに2度目のあくびを零していた。
さらに、そのもう一方の横では――。
「わぁぁ〜〜!! その、手に持っている物々しいトゲ付きの刺股……もしかして、あの『ち○かわ』に出てくる討伐用の武器の再現ですか!? 私、ち○かわのグッズが大好きで、限定マスコットも始発で並んで集めてるんですぅ♪♪」
「ヤハァ!! ウラヤハ!!」
カエデが目を輝かせて両手を合わせると、メグはお面を揺らしながら激しく刺股を上下に振って喜びを表現した。
全裸の怪異を前にしてヴァルキューレに通報するどころか、まさかの共通のキャラクターの話題で完全に意気投合し、キャッキャと盛り上がるカエデと全裸ウサギ。
――そう。
賢明なる読者の皆様はお察しの通り、この怪しげなゲヘナ制服の3人組の正体は、他でもない。
志真コノカ、阿慈谷ヒフミ、そして生塩ノアの3人であった!!
およそ1時間前。
コノカが心臓エンジンの一撃で沈められた現場にて、腰を抜かして震えていた3人のゲヘナ生徒たちを、ノアとコノカが徹底的に締め上げ、尋問(※想像にお任せします)。
現在の自治区の情勢と反体制派の情報をすべて吐き出させた挙句、彼女たちの制服を文字通り身ぐるみを剥ぎ取り、現地調達のガラクタで角を偽装して変装した姿だったのである。
そしてサユミ(ノア)の真の狙いは、雷帝政権に真っ向から敵対している反体制グループの筆頭・羽沼マコトに接触し、彼女を操り人形にして万魔殿本部への潜入ルートと、雷帝のさらなる機密情報を引き出すことにあった。
「ふふふ……マコトさん、もしよろしければ、あなたの崇高なる革命のヴィジョンについて、もっと静かな場所で詳しくお聞かせ願えませんか?」
ノアが蕩けるような聖母の微笑みで囁きかける。
「うむ! もちろんだとも鈴木くん!! 我がアジトへ案内しよう!! カヨコ! ウサギ! 客人を丁重にエスコートしろ! 本日の晩餐は最高級の乾燥ワカメとキャベツの芯のフルコースだァッ!!」
「………………………………」
カヨコは無言のまま、制服のポケットからこっそりと2個目のメンチカツの包み紙を取り出し、器用に背中で隠しながら歩き出す。
「ヤハァ! フゥゥゥゥゥハッ!!」
メグはトゲ付き刺股を槍のように掲げ、全裸の肉体を弾ませながら先導役を務める。
その背中を見送りながら、サユミ(ノア)は薄紫色の瞳をスッと細め、手帳のページを指先で滑らかにめくった。
「(……対象・羽沼マコトの誘導、極めて順調。思考回路の単純さは推定通り、いえ、推定の3倍はおめでたい構造ですね。……さぁ、見せていただきましょうか。2年前のゲヘナの闇、その最深部を)」
口元に冷徹な三日月の笑みを浮かべ、ノアはコノカとヒフミに目配せを送ると、軽やかな足取りでマコトの背中を追って歩き出したのであった。
正義のヴィーガンと悪のカーニボア。
引けない戦いがここにある!
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