ある意味で閲覧注意です。
先に謝ります、ごめんなさい!!
ゲヘナ自治区、喧騒の路地裏に佇む年季の入った大衆食堂『大黒亭』。
油煙で黄ばんだ短冊メニューが壁一面に揺れるボックス席の奥、だるそうに背もたれへ体重を預けた空崎ヒナが、テーブルを挟んだ向かい側に座る情報部の先輩へ向けて、唇を尖らせながら延々と愚痴を垂れ流していた。
「――でね、先輩。あの金髪サイドテールの女、私が扉を開けて部屋に入った瞬間、偉そうに『これまでお前が街中で起こしてきた――』とか何とか、したり顔で説教を垂れようとしてきたんですよ」
「うん、まぁ生徒会長だしね」
運ばれてきた麦茶のコップを手に、先輩が相槌を打つ。
「だから私、遮って聞いてやったんですよ。『飯は?』って」
「第一声それだったのね」
「そしたらあのタコ、『私は今、学園の最高統率者としてお前の規律違反について――』なんて寝言をほざき始めたから、即座に踏み込んで胸ぐら掴んで思いっきり天井まで吊るし上げてやったんです」
「あちゃー……」
「『昼飯前に呼びつけといて、飯のひとつも用意してねえのはどういう了見だオラァ!』って言いながら、ガタついたミキサーみたいに上下左右に親の仇並みにシェイクしてやりましたよ。首が千切れる勢いでギャーギャー喚いてましたね」
「容赦ないわね、本当に……」
「で、床に叩き落としたら、震える手で『そこに……用意して……あるから……』って温熱テーブルを指差してきたんで、牛1頭と豚2頭の丸焼きを3分で平らげて、『味が薄い、脂が足りない、次は50倍用意しろ』って言い捨てて、扉を蹴り破って出てきたってわけです」
「……空崎」
先輩は手元の箸袋を置き、深く重いため息を吐き出した。
「あんた、また雷帝閣下に手を出したの? これで何回目よ」
「年上ってだけで尊敬しろなんて土台無理な話ですよ。ましてや利用しようと浅知恵絞ってくるような輩には、相応の対応をしてるだけです」
ヒナは軍帽の鍔を指先でクイと押し上げ、フンと鼻を鳴らした。
その目の前のテーブルには、厨房から運ばれてきたばかりの巨大なすり鉢がドカンと鎮座していた。
『特製・明王盛り牛カルビ丼』。
丼という器の概念を物理的に冒涜するかのように、白米の姿など1mmたりとも見当たらない。
直火で炙られ、テラテラとした脂の膜をギラつかせた牛カルビ肉が、幾重にも折り重なって標高1mを超える凶悪な肉のピラミッドを形成していた。
ズゾゾゾッ! ガブッ! バクバクバクッ!!
ヒナは両手で丼を掴むや否や、咀嚼というプロセスを限界まで省略し、掃除機のごとき吸引力でカルビのピラミッドを胃袋へと丸呑みに吸い込んでいく。
「ぶはぁーーっ…!! はぁ……先輩、私は心底悲しいですよ。世の軟弱なアホどもが、水と醤油で薄めたうっすい味付けの肉の搾りカスを『牛丼』と呼んでありがたがっていることに。ましてや国民食だのファストフードだのと崇めているなんて、理解不能ってもんですよ」
「はいはい、また始まった。牛丼原理主義ってやつ?」
先輩は呆れ顔で、自分の前に置かれたごく普通の並盛り牛丼に紅生姜を乗せながら受け流す。
「ラーメンにスープは入れずにカエシだけで満たせだの、チャーシューは噛むな飲めだの、相変わらずアンタの食の主張は理解できないわ、マジで」
「はぁ〜、食わず嫌いは恥ずかしいですよ先輩。知ったかぶりが一番恥かきますよ」
「アンタがそれを言うか」
澄まし顔で語るヒナの頭へ、先輩の手からポコンと乾いたチョップが軽く振り落とされた。
「はいはい、コントも済んだところで行きますよ先輩。2軒目は、あっちの通りに新しく出来たステーキハウスです」
「……え? ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
先輩が目を瞬かせ、ヒナの前のテーブルに視線を落とす。
そこには、先ほどまで山盛りだったはずのカルビの山が消滅し、ソースの一滴すら残さず舐め取られたかのようにピカピカに輝く空のすり鉢が転がっていた。
「うわっ! ビックリした!? 瞬きする間にご飯食べ終わるなんて未だに慣れないって! アンタ、マジシャンか何か!?」
「水も滴る乙女ですがなにか???」
「嘘つけ!」
澄み切った顔で首を傾げるヒナに毎度毎度のツッコミを入れる先輩の漫才コンビの独壇場である。
そしていつの間にか伝票を片手にレジへと向かい、自分の分の会計を済ませたヒナはスタスタと軍靴を鳴らして出口の引き戸へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいってば!」
先輩は青髪を振り乱しながらも慌てて自分の並盛り牛丼を口いっぱいにかき込むと、レジに立つ割烹着のおばちゃんへ1000クレジット札を叩きつけ、「ごちそうさま! 美味しかったです!」と早口で叫んでヒナの背中を追いかけて飛び出していった。
一方その頃。ゲヘナ自治区、閑静な住宅街の外れ。
「ヤハァ! ウラヤハ! ヤハハハハハハハッッ!!」
凶悪なトゲ付き刺股を槍のように掲げ、生まれたままの全裸ボディを堂々と日光に晒しながら先陣を切る下倉メグ。
その後ろを、羽沼マコト、鬼方カヨコ、そして変装したノア、コノカ、ヒフミが列をなして進んでいた。
やがて、メグがピタリと足を止めた場所。
「うむ! 我が同志たちよ、よくぞここまで辿り着いた! こここそが我が革命の牙城、秘密結社『ヴィーガン・レジスタンス』の本部アジトだッ!!」
マコトが胸を張り、ドヤ顔で両手を広げて紹介したその建造物。
「………………………………」
阿慈谷ヒフミの思考回路が、一瞬で凍結した。
そこに建っていたのは――コンクリート造りの秘密基地でも、反乱軍の地下要塞でもなく。
瓦屋根の乗った、築30年はいってそうな、どこにでもある平凡極まりない木造2階建ての一軒家。
庭先には色褪せたプラスチックの物干し竿が渡され、そこにはシワだらけのバスタオルとファンシーな花柄の靴下が呑気に風に揺れていた。
玄関の脇には、泥のついた園芸用のプランターと、錆びたママチャリが1台。
「………おい、なんだこのボロ家は。どう見てもただの普通の一軒家じゃねえか。おいマコト、ここテメェの実家か?」
千本木サヤカこと志真コノカが、アロハシャツの襟をはだけさせ、片眉をピクピクとひくつかせる。
「じ、実家の何が悪いというのだッ!!」
マコトは図星を突かれて顔を真っ赤にしながら、唾を飛ばして反論をまくし立てた。
「よく聞け千本木くん! 実家住まいには数々の計り知れない戦略的メリットが存在するのだ! 第1に、毎月の家賃・水道光熱費が完全無料! これにより浮いた活動資金をすべて革命運動のビラ印刷費に回すことができる! 第2に、冷蔵庫を開ければ何もしなくても麦茶と冷えたトマトが常備されている! そして第3に、自治区の固定資産税を親が全額負担しているため、雷帝政権からの経済的差し押さえを完全に回避できる鉄壁の治外法権要塞なのだッ!!」
「なるほど、実に素晴らしい経済合理性ですね。初期投資とランニングコストを極限まで圧縮し、浮いたリソースをすべて理念の拡大へと集中投下する……組織運営のスタートアップ戦略として、教科書に載せたいほど完璧な判断ですわ、マコトさん」
鈴木サユミこと生塩ノアが、納得したフリをしながら万年筆を走らせ、相槌を打つ。
「うむッ! さすがは鈴木くん、物事の本質を瞬時に見抜く聡明な頭脳を持っているな!!」
マコトは鼻の下をビヨーンと伸ばし、上機嫌でふんぞり返った。
ヒフミは隣で「(いやいやいやいや! ただの親のスネかじり実家暮らしじゃないですか!? あっ、いや私たち高校生ですから実家暮らしは当然ですけど…あれ? 私間違ってる??)」と心の中で大混乱。
するとマコトは、急に表情を極秘任務に臨む特殊部隊員のように険しく引き締め、玄関ドアの前に立って一同を振り返った。
「いいか貴様ら? これから我が城の最深部、作戦本部である2階の自室まで案内するが……それまでの間は、絶対に声を上げるなよ? 足音ひとつ立ててはならん。息を潜め、存在感を完全に消すのだ。万魔殿の親衛隊よりも恐ろしい『魔物』が潜んでいるからな……」
「へいへい、わーったよ。さっさと開けろや」
コノカが耳をほじりながらダルそうに頷き、カヨコは無言のままメンチカツの最後の一口を飲み込み、メグはお面を小刻みに揺らし、ヒフミとノアも小さくコクンと頷いた。
ごくり、と唾を飲み込んだマコトが、抜き足差し足でノブに手をかけ、ミリ単位で慎重にドアを押し開けた――その瞬間。
ガラガラガラッ!!
「マコトーーッ!! 今帰ったんかいな自分ッ!!!!」
玄関の三和土の向こうから、雷鳴のごときドスの利いた大声が響き渡った。
突如として姿を現したのは、頭部にチリチリのパンチパーマじみた強烈な天然パーマを蓄え、胸元に牙を剥く巨大な黄金の虎の顔がド派手にプリントされた蛍光ピンクのトレーナーを着こなす中年女性。
豹柄のスパッツに健康サンダルを履き、腰に手を当てて仁王立ちする、どこからどう見ても『いかにもな関西のオカン』そのものであった。
「ゲェッ!? か、母ちゃんッ!!」
マコトの喉から、カエルが潰れたような悲鳴が漏れた。
「ゲェとは何やゲェとはッ! 母親の顔見て開口一番カエルみたいな声出し腐って! ……んまぁーーッ!! 今日もお友達ぎょうさん連れてきたんかいな!?」
マコトの母ちゃんは目をひん剥くと、玄関先で刺股を構える全裸のメグを視界に捉えるなり、鬼の形相で両手を振り回した。
「まぁーたメグちゃんッ! アンタという子は、いっつもいっつも服着ぃへんでスッポンポンで街中ウロウロしてぇッ!! 風邪引いたらどないすんねん!! ほらッ、これ着ぃ! 今すぐ着ぃやァッ!!」
「プルルルルルルルルルルルルルルッ!!!!! ウラヤハッ!! ヤハァッッ!!」
母ちゃんは手際よく玄関の棚から引っ張り出してきた『シマウマの顔がプリントされた特大サイズのスウェット上下』を広げ、嫌がって身体をくねらせるメグの首から力づくでスポーーンッ! と被せ、両腕と両足を無理やりねじ込んだ。
「暴れるんやないの! 寒空の下でお腹冷やしたら下痢ピーなるやろが! ほれ、足通して! ぎゅっとな!」
「フギャァ……」
わずか10秒。あれほど凶暴に刺股を振り回していた野生の珍獣が、しま○らで安売りされたトレーナーとヨレヨレのスウェットズボンを完璧に着せられ、項垂れるただの女子高生へと無力化されていた。
「それから、カヨコちゃん!!」
「………………………………」
母ちゃんはクルリと振り向くと、メンチカツの包み紙を背中に隠そうとしていたカヨコの手首をキュッと優しく握った。
「いつもウチのバカの世話焼いてくれて、ほんまありがとうねぇ! 毎日毎日ワケの分からんメガホン持って近所に迷惑ばっかりかけて、カヨコちゃんがおらんかったら今頃どこの豚箱に放り込まれとるか分からへんわ!! ほら、これ持ってき!! 飴ちゃんお舐め!!」
エプロンのポケットからガサゴソと取り出されたのは色とりどりのフルーツドロップの小袋。
カヨコは真紅の瞳でジッと手のひらの小袋を見つめると、受け取った小袋の端を器用に前歯でピリッと引き裂いた。
ポイッ、カラコロ……。
口の中へ放り込まれたハッカ味の飴玉を舌の上で転がしながら満足そうに目を細めるカヨコ。
「あらぁ? 今日は見たことない新しいお友達もおるやないの! どこの子ぉ? 狭ぁて何にもないトコやけど、ゆっくり寛いでいってな!」
「あ、あはははは……お、お邪魔してますぅ……」
あまりの圧倒的なオカン・エナジーの津波の前に、本渡カエデことヒフミは完全に気圧され、引きつった営業スマイルを顔面に貼り付けるのが精一杯。
一方――。
「うーっす、邪魔するぜオカン! なかなか気前のいい家じゃねえか!」
千本木サヤカことコノカは、まるで自分の実家に帰ってきたかのような図々しさで土足のまま上がり込もうとし、マコトから「靴を脱げ靴をォッ!」と慌てて引き止められていた。
そして、最後尾に控えていた鈴木サユミこと生塩ノア。
彼女はスッと手帳を閉じると、これ以上ないほど上品で物腰柔らく、そして完璧な良家の令嬢スマイルを浮かべて母ちゃんの前へと進み出た。
「初めまして、お母様。突然の不躾な訪問にもかかわらず、温かくお迎えいただき心より感謝申し上げます。私は1年生の鈴木サユミと申します。常日頃よりマコトさんの卓越した指導力と周囲を明るく照らす太陽のようなカリスマ性には学級一同深く敬服しておりますのですよ」
「んまぁーーーッッ!! なんてお行儀のええお嬢さんやのッ!!」
母ちゃんの目がハートマークになり、両手でノアの手を激しくブンブンと上下に握りしめた。
「マコト、あんた! こんなシュッとした賢そうな友達がいつの間にできたんや!? 見ぃやこの礼儀正しさ! アンタも見習いなはれッ!!」
「ぐ、ぐぬぬ……! す、鈴木くんは我が革命の参謀なのだから当然だッ!」
「何が革命や、アホなこと言わんと部屋の万年床畳みなさいッ! サユミちゃん、お茶淹れるからね! 居間で麦茶とかりんとうでもつまんでってな!」
「ありがとうございます、お母様。お心遣いに甘えさせていただきますね。ところで、お母様。玄関先に飾られているその多肉植物の寄せ植え……日当たりと排水のバランスが極めて緻密に計算されており、実に素晴らしい手入れですね。奥のビカクシダの胞子葉の広がり方を見るに、日頃から霧吹きでの湿度管理を徹底されているとお見受けいたしました」
「えっ!? あんた、これ見て分かるんかいな!? せやねん! この葉っぱ、毎朝毎晩霧吹きでシュッシュせんとすぐ枯れてまうねん! いやぁ〜、若いのによう勉強してはるわぁ!」
「いえ、植物に対するお母様の深い愛情が、葉脈のハリとなって表れているだけのことに過ぎませんよ。ところで、先ほど廊下のカレンダーを拝見したのですが、来週は商店街のポイント5倍セールですね? あそこの精肉店、木曜の夕方4時以降にタイムセールで国産若鶏の胸肉がグラム38クレジットまで値下がりするのをご存知でしたか?」
「うっそやろ!? 38クレジット!? ほんまかいなサユミちゃん! うち、水曜の特売しか見とらんかったわ! あんた神様か!?」
ノアの機関銃のような主婦目線トークの猛連打に、母ちゃんのテンションは成層圏を突破し、バシバシとノアの華奢な肩を叩きながら爆笑していた。
「(……ノ、ノアさん!? なんでミレニアムの最高頭脳を、ゲヘナの地方都市のスーパーマーケットの特売チラシの暗記なんかに無駄遣いしてるんですかぁぁぁッ!?)」
ヒフミが心の中で絶叫する中、完全にマコトの家庭を掌握したノアは、振り返ってコノカとヒフミに小さくウインクを飛ばすのであった。
女子高生ですから実家暮らしは普通ってもんです。
話の構成としてはどっちがいいですか?
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第1章や第2章のような単発の話
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雷帝編のようなシリーズものの長編