ターニングポイントです。
ゲヘナ自治区、閑静な住宅街の昼下がり。
マコトの実家を飛び出した若き革命家たちは、石畳の小道をズンズンと軍靴やローファーを鳴らして躍進していた。
だが、その隊列の空気は決意に満ちたものとは程遠く、むしろギスギスとした苛立ちが充満していた。
「おい、マコト。テメェ、なんでこんなアホみてぇなスケジュールになってるか、分かってんのか?」
千本木サヤカこと志真コノカが、首をボキボキと鳴らしながら、先頭を歩く羽沼マコトの背中を鋭く睨みつけた。
「むっ! な、何を言うか千本木くん! 革命とは常に臨機応変、予測不可能な事態に対応してこそ真の戦士というものだぞ!」
マコトは冷や汗をダラダラと流しながら、必死に胸を張って言い訳を並べ立てる。
事の顛末は、あまりにもお粗末なものだった。
家を出る直前、マコトが母ちゃんに向かって「深夜の万魔殿侵入作戦まで学園近くの隠れ家に潜伏するから、今日の晩御飯はいらない!」と、あろうことか馬鹿正直に極秘計画の全貌をベラベラと喋ってしまったのだ。
その結果、母ちゃんから「アホか! 不良ごっこすんのも大概にせえ! 夕飯の19時までに絶対帰ってこい!!」という雷鳴のような怒声と共に、脳天をカチ割らんばかりのゲンコツをセットで頂戴する羽目になった。
それゆえ、深夜決行予定だった『プロジェクトV』は、急遽前倒しで真昼間に決行されることになったのである。
世にも珍しい、門限付きの日帰り革命の爆誕であった。
「現在時刻は14時。母ちゃんが激怒する晩飯時の19時まで、我々に残されたタイムリミットはわずか5時間だ! 急ぐぞ同志たちよ!」
「アホかテメェは! 深夜の警備の手薄な時間を狙うって話だったろうが!! 真っ昼間にどうやって万魔殿の厳重な警戒網を突破するってんだよ!」
コノカが額に青筋を立てて怒鳴り散らす。
「あ、あわわわ……! やっぱり無謀ですよぉ! 真っ昼間から万魔殿に侵入だなんて、飛んで火にいる夏の虫じゃないですかぁ……!」
本渡カエデこと阿慈谷ヒフミが、涙目で頭を抱えてしゃがみ込む。
実家暮らしの弊害により、完璧だったはずのスケジュールは完全に瓦解していた。
だが、その絶望的な状況下で1人の少女が涼しい顔で手帳を開いた。
「ふふ、ご安心ください。時間帯の変更に伴う警備シフトの変動データは、既に私のアーカイブにインプット済みです」
鈴木サユミこと生塩ノアが、万年筆を優雅に走らせながら告げる。
「14時台であれば、第3搬入口から清掃業者のダストカートが定期巡回に入ります。そのルートの監視カメラの死角を利用すれば、深夜ルートよりも最短で地下特異研究所へと到達できる別口の侵入経路が存在しますよ」
「おおおおおっ!!」
ノアの口から飛び出した完璧なリカバリープランに、一行から感嘆の声が溢れた。
「さすがは鈴木くんだ!! 私の右腕として申し分のない働きだぞ! よし、採用だ!!」
諸悪の根源であるマコトは、自分がすべてをぶち壊した張本人であることをすっかり忘れ、満面の笑みでノアの華奢な肩をモミモミと揉みほぐしている。
「(……この人、本当に自分のミスを棚に上げる天才ですね……)」
ヒフミが心の中で深いため息をつく中、一行が作戦の再確認をしながら住宅街の交差点を曲がろうとした。
まさに、その時。
「あぁーー!? いたぁーー!!」
鼓膜を劈くような、甲高くヒステリックな声が路地に響き渡った。
「あ?」
コノカが苛立たしげに振り返る。
そこには、顔をトマトのように真っ赤に茹で上がらせ、肩をワナワナと震わせて立ち尽くすゲヘナ学園1年生の天雨アコの姿があった。
「ア、アコちゃん落ち着いて……! 息が上がってるわよ……!」
今にも飛び掛かりそうなアコの背後から、彼女の肩を必死に掴んで引き留めているのは、同じくゲヘナ学園1年生であり、情報部の制服を着崩した京極サツキだった。
「へぇ、なんだあの女。随分と露出が控えめで清楚ぶった服着てんなぁ。現代のカウベル横乳全開女とは大違いじゃねえか」
コノカがアコの1年生時代の初々しい制服姿を品定めするように眺め、ケラケラと嘲笑う。
確かに、1年生のアコの制服はボタンを上までキッチリと留め、スカートの丈も膝下というゲヘナにあっては逆に浮くほどの真面目な着こなしであった。
だが、アコはコノカのヤジなど完全に無視し、肩で息をしながらズンズンとマコトたちに向かって距離を詰めてきた。
「な、なんだ無礼者! 何の用かは知らんが、今から革命の戦火を上げるマコト様の覇道を止めることなぞ誰にも出来んぞ!!」
マコトがメガホンを構えて息巻くものの、アコの全身から立ち昇る尋常ではない殺気に気圧され、完全に腰が引けて後ずさっている。
そして、アコはマコトの目の前まで歩み寄ると。
スッ。
マコトの存在を完全に透明な空気として通り過ぎ、その後ろでぼんやりと空を見上げていたカヨコを、力いっぱいギュッと抱きしめたのだ。
「よしよし、怖かったですよねカヨコさん……! もう大丈夫ですよ、私が助けに来ましたからね……!」
「え……?」
「は?」
コノカとヒフミは、その予想外すぎる斜め上の行動に、ぽかんと口を開けて呆然とする。
アコはカヨコをきつく抱き締めたまま、涙目でキッとマコトたちを睨みつけた。
「またカヨコさんを馬鹿なデモに連れ回して!! あなた達に人の心はないのですか!? この炎天下の中、こんなか弱いカヨコさんを歩かせるなんて……! 鬼!! 悪魔!! 羽沼!!」
「オイ! 人の名字を悪口の最上級みたいに並べるな!!」
マコトがツッコミを入れるが、アコのヒステリックな喚き声は止まらない。
「ど、どういうことですか……? アコさんって、カヨコさんのお知り合いなんですか?」
ヒフミがおずおずと尋ねると、いつの間にかヒフミの隣へと避難してきていたサツキが、深々と頭を抱えながらため息をついた。
「アコちゃんはね、カヨコちゃんのことが異常なまでに好きすぎて……というか、盲目的な保護欲を拗らせすぎてて、いつもカヨコちゃんと一緒にいるマコトちゃんのことを『カヨコちゃんを唆す諸悪の根源』として目の敵にしてるのよ」
「えぇ……そんな拗れた関係性が……」
「カヨコさぁぁん!! もうこんな野蛮なゴリラたちと付き合うのはやめましょう! 私と一緒に、涼しいファミレスでパフェでも食べに行きませんか!?」
目の前でカヨコを強く抱きしめながら、ギャンギャンと狂犬のように吠えまくるアコ。
「………………………………(バリボリ)」
激しく抱きしめられ、耳元で怒鳴り声が響いているというのに、カヨコは一切表情を変えない。
ただ無言のまま、羽沼家からこっそり持ち出してきた大きな醤油せんべいをバリボリ、バリボリとマイペースに齧り続けていた。
ふと、アコが咀嚼を続けるカヨコの顔をマジマジと見つめる。
「……カヨコさん?」
カヨコの真紅の瞳は、アコの顔を通り越し、遥か遠くを飛ぶ1羽のハトの軌跡をぼんやりと追っているだけだった。
その虚無の表情を見たアコは、突如として顔面を青ざめさせ、血相を変えてマコトの方へと鋭く振り返った。
「羽沼マコト!! カヨコさんは今、悲痛な声で言っています!!」
「は!? カヨコは一言も喋っとらんぞ!?」
「無理矢理デモに参加させられて怖かった……! だけど辞めたいなんて言おうものなら、激マズの特製青汁をジョッキで飲まされるから、仕方がなく恐怖でついていた……と! あなた、こんなに可愛らしいカヨコさんになんて残酷な仕打ちを!!!」
「嘘つけえええええええ!!!!! 我が同志カヨコがそんな軟弱なこと言うはずがない!!! デタラメを言うのも大概にしろ!!! カヨコは今、明確にこう言っている!!!」
マコトが負けじと、ビシッとせんべいを貪るカヨコの鼻先を指差した。
「『生意気な牛女がベタベタ引っ付いてきてうっとおしい。私の至高なるヴィーガンデモの邪魔をするな、空気が読めないクソガキがよぉ…!』とな!!!」
「はああああああああああああああ!!!!!!?」
アコの目が、文字通りひん剥かれた。
「カヨコさんがそんな下品な暴言を吐くわけがないでしょう!! あなたの薄汚い脳内フィルターを通さないでください!! カヨコさんは『アコが助けに来てくれて嬉しい』と言っているんです!!」
「いいや! 『さっさと離れろ家畜女』だ!!」
「『アコの胸に飛び込みたい』です!!」
「『お前の顔面をオリーブオイルでギトギトにしてやる』だ!!」
両者が一歩も譲らず、カヨコの代弁という名の完全な捏造戦争が幕を開けた。
路地裏に、アコの甲高いヒステリックな金切り声と、マコトの野太い怒号が醜く交差する。
その間、当の本人であるカヨコは、ただバリバリとせんべいを噛み砕き、指に付いた醤油の粉をペロリと舐めとっているだけであった。
コノカは小指で耳をほじりながら、隣で呆れ果てているサツキに声をかけた。
「なぁ、カヨコのやつ……本当にあんなこと言ってんのか? あたしにはただ腹減ってせんべい食ってるようにしか見えねぇんだが」
「わかんない……」
サツキは深く顔を覆い、絶望的な声で呟いた。
「けどね……マコトちゃんやアコちゃん以外にも、こうやってカヨコちゃんを中心にして、勝手に心を代弁し合う『お人形遊び』みたいな口論は、もうずっと昔の保育園の頃から途絶えてないの……。カヨコちゃんが無口すぎるから、みんな勝手に自分の都合のいいように解釈しちゃうのよ……もう嫌、帰りたい……」
「イイイイイヤッハァァァァァァ!!!!」
その傍らでは、全裸にウサギのお面を被った下倉メグが、刺股を放り出してひらひらと飛ぶモンシロチョウを無邪気に追いかけて走り回っていた。
カヨコパペットによる無限逆腹話術口論により、貴重なタイムリミットが刻一刻とロスしていく。
ノアは手帳を開き、この常軌を逸した珍光景を「ふふ、実に興味深い深層心理の投影ですね」とニヤニヤしながら万年筆で観察記録をつけていた。
まさに、その時である。
ブォン!!
突如として、マコト、カヨコ、メグ、アコ、サツキが制服のポケットに忍ばせていたゲヘナ学園支給のスマートフォンから、一斉に緊急アラートが鳴り響いた。
「ん!? なんだ!?」
口論がピタリと収まり、全員が怪訝な顔で端末を取り出す。
虚空に投影された青白いホログラム映像。
そこには、万魔殿の紋章が掲げられた見慣れた記者会見場のセットが映し出されていた。
そして、その中央のテーブルに座っていたのは――。
「雷帝……!?」
マコトが息を呑む。
画面に映る雷帝の姿は、いつもの優雅で威圧的な支配者のそれではなかった。
金髪のサイドテールはボサボサに乱れ、目の下には深いクマが刻まれ、制服はシワだらけ。魂の抜け殻のように疲れ切ったその表情は、今にも倒れそうなほど憔悴しきっていた。
雷帝は力なくマイクを引き寄せると、震える声でゲヘナ全土に向けて宣言した。
『――ゲヘナ学園の全生徒、ならびに報道関係者の皆様。私は……本日を以て、ゲヘナ学園生徒会長の職を、正式に辞任いたします』
ザワワワワワッ!!
ホログラムの向こうの記者会見会場が、蜂の巣を突いたような凄まじいどよめきに包まれた。
「はぁ!?」
「な……雷帝が、辞任だとォッ!?」
画面を見上げていたマコトたちも、まさかの急展開に顎が外れんばかりに面食らった。
「り、理由は何ですか雷帝閣下!? いきなりの辞任発表など、学園の混乱を招きます!!」
記者の1人が立ち上がり、フラッシュを焚きながら鋭く問い詰める。
『理由は……一身上の都合、としか……。心身の限界と、過度のストレスによる体調不良です……』
雷帝は弱々しく咳き込み、ハンカチで額の汗を拭った。
「次期政権への引き継ぎはどうなるのですか!? 万魔殿の機能が停止すれば、ゲヘナは完全に無政府状態に陥りますよ!!」
『引き継ぎに関しては、現在、急ぎ適任者を……』
雷帝が言葉を紡ごうとした、まさにその刹那。
バガアァァァァン!!!
カメラの死角から凄まじい速度で伸びてきた『黒い手袋を嵌めた手』が、雷帝の後頭部を鷲掴みにし、そのまま記者会見の長机へと力任せに叩きつけたのだ。
メシャッ! という生々しい音と共に机が真っ二つにへし折れ、雷帝の身体が床へと崩れ落ちる。
あまりの凶行に、記者会見場が水を打ったようにシンと静まり返った。
雷帝が座っていた椅子の後ろ。
そこに悠然と立っていたのは――。
漆黒の悪魔の翼を広げ、軍帽の奥で真紅の瞳をギラつかせた情報部1年生『空崎ヒナ』であった。
『そ、空崎ぃ!! あんた何やってんのよ!! 生放送中よ!!』
慌てて止めに入ろうとフレームインしてきた情報部の先輩を、ヒナは片手で鬱陶しそうに制した。
そして、並み居る記者たちの前でマイクを拾い上げ、平然と言い放った。
「今のは嘘。全部嘘よ」
淡々とした、しかし有無を言わさぬ絶対零度の声。
『な……ふざけるな!!』
『いくら情報部の人間とはいえ、生徒会長への明確な暴力行為だぞ!! 警備を呼べ!! 君、自分が何をやっているのか分かっているのか!?』
正義感に駆られた一人の記者が、カメラマンを伴ってヒナへと詰め寄ろうとした。
ドゴオオオオオオォン!!!!
「え?」
誰も、ヒナの動きを捉えることはできなかった。
問い詰めようとした記者の体が、一瞬にして重力に逆らって真上へとカチ上げられ、会見場の高い天井に頭から深々と突き刺さっていた。
『ひっ……!!』
残された記者たちが、一斉に恐怖で顔を引き攣らせて後ずさる。
衝突時の衝撃の余波でブラブラと体ごと揺れている記者の姿を尻目に、ヒナはマイクをトントンと指で叩き、傲慢極まりない視線でカメラを睨み据えた。
「政権はこれまで通り変わらない。こいつは明日からも生徒会長として働き続けるわ。いや……1つだけ、新たな法を付け加えようかしら」
ヒナの唇が、凶悪な三日月の形に釣り上がる。
「私に逆らった奴は――1人の例外なく、全財産を根こそぎ奪い尽くして更地にするから。ちょっとでも怪しい動きを見せた奴も、全員同じ結末を迎えると思いなさい」
堂々たる山賊宣言。
公共の電波に乗せられた暴虐の法整備に、会場は恐怖と絶望のどよめきに包まれた。
しかしヒナは、ギロリと報道陣全体を睨みつけ、威圧的に言い放つ。
「……文句がある奴は前に出なさい。話し合いは大歓迎よ?」
シン……。
当然、誰一人として動かない。いや、動けるはずがない。
ヒナの前に出るということは、即ち天井の染みになるというセルフ死刑を意味するのだ。意気揚々とそんな結末を望む人類など、この世に存在するはずがなかった。
「……ふん。みんないい子ね。私は優しいから、いつでも意見陳述の場を設けてあげるわ。命が惜しくない奴は、万魔殿本部で待ってるからいつでも来なさい」
ヒナは気絶して白目を剥いている雷帝の足首を無造作に掴むと、まるで重いゴミ袋でも引きずるようにズルズルと引きずって、ステージの裏へと去っていく。
『ま、待ちなさい空崎!! 雷帝閣下をどこへ連れて行くの!! 病院が先でしょ!!』
悲鳴を上げる先輩がその後を必死に追いかけていく姿を最後に、プツンとノイズが走り、ホログラム映像は強制的に終了した。
路地裏に、再び静寂が舞い降りた。
「……………………」
映像を見ていたマコト、カヨコ、アコ、サツキは、完全に思考がフリーズし、口を開けたまま石像と化していた。
雷帝政権を内側から崩壊させるための革命。
だが、その雷帝自身が、あろうことか1人の1年生の暴力によって、公衆の面前で文字通りの傀儡へと成り下がった瞬間を目撃してしまったのだ。
もはや、ヴィーガニズムだの革命だのと言っている次元ではない。
あの悪魔を討ち果たさねば、ゲヘナに明日など来ない。
そんな絶望の空気が漂う中――。
「ふふふ……」
生塩ノアが、手帳をパチンと閉じて悪魔のような笑みをこぼした。
「リベンジの機会……思ったよりも早く来ましたね?」
ノアは、隣で拳をワナワナと震わせているコノカへと視線を向ける。
「あぁ……!! 見てろよあのクソガキ……!! 万魔殿本部に着いたら、真っ先にあのドタマをカチ割って、二度とデカい口叩けねぇようにしてやるぜ!!」
闘志の炎を全身から立ち昇らせるコノカ。
最強の暴力と、最強の知略。
すべての役者が、血塗られた万魔殿本部へと向かう運命の歯車が、今、最悪の形で回り始めた。
主人公なのに悪役ムーブの1年生ヒナちゃん。
2年後には規律を守る風紀委員会所属なのは信じられないですね。
話の構成としてはどっちがいいですか?
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第1章や第2章のような単発の話
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雷帝編のようなシリーズものの長編