七つの大罪:暴食のヒナ   作:ていん?が〜

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ヒナちゃんはおこです。


第5話:正義のスイーツ

 その日のゲヘナ自治区は、奇妙な静寂に包まれていた。

 

 学園近郊にある深夜営業のコンビニエンスストア。そのスイーツコーナーの前で、一人の少女が彫像のように立ち尽くしている。

 白い髪を揺らし、外套を羽織ったその姿は、一見すれば新作のプリンをどれにしようか迷っている可憐な少女のそれであった。

 

 しかし、その背後から漂う殺気は、熟練の傭兵すらも逃げ出すほどに鋭い。

 

 「……あの、お客様? 何かお探しでしょうか?」

 

 店員がおずおずと声をかけた。その瞬間、少女――風紀委員長、空崎ヒナの瞳にどす黒い炎が宿る。

 

 「おい」

 

 「は、はい!?」

 

 「お前の店は、この『至高の贅沢プリン』とやらを……たった120グラム、しかも350クレジットもの大金を取って売っているの?」

 

 「は、はい、厳選された素材を使用しておりまして……」

 

 「素材? こっちは物理法則の話をしてるんだよ。180キロカロリー…? 舐めてんのか? 蟻の餌を人間様用と偽ってんのか、あ? この隣の『ふわふわシフォンケーキ』だってそうだ。手に持った瞬間に重さを感じない…。空気に対して150クレジットも支払わせるなんて、詐欺を通り越して最早、無を売りつけるカルト宗教の領域だろうが!!」

 

 ヒナはズン、と一歩踏み出した。その威圧感に、店員は悲鳴を上げる間もなく腰を抜かし、床を這うようにして後ずさる。

 

 「100キロカロリーを摂取するのに、一体何百クレジット払わせるつもりだ? 私が必要とする1万キロカロリーをこの棚の在庫だけで補おうとすれば、私の個人資産がいくつあっても足りねえんだよ!! 量がない食べ物は、存在してねえのと一緒だ! 存在しねえ空気を売る商売が、キヴォトスで許されると思ってんのか、あぁ!?」

 

 「す、すみません! うちの系列ではこれが標準で、その、女子生徒の皆さんはダイエットとかを気にされるので……!」

 

 「ダイエット? 餓死の間違いだろがボケ!! いいか? 次までに一つの容器に生クリームが2キロ、スポンジが3斤入った総重量5キロ以上の『まともな』サイズをワンコインで用意しておけ。……じゃないと、この店ごとスクラップにして更地にしてやるぞ、おい! 聞いてんのか、返事は!? 」

 

 ヒナはキレ散らかし、完全に口調を崩してズンズンと店員に迫っていく。

 店員は恐怖のあまり「ヒィッ、ヒィィッ!」と喉を鳴らし、尻餅をついた状態で必死に後退りし続けた。

 

 

 ピンピロピロリ〜ン。

 

 

 軽快な入店チャイムが鳴り響く。怒りに任せて詰め寄るヒナと、逃げ惑う店員。2人はいつの間にか、自動ドアを抜けて深夜の駐車場へと押し出されていた。

 

 ヒナは夜風に白い髪をなびかせ、氷のように冷たい目で、地面にへたり込む店員を見下ろした。

 

 「……商売、舐めてると殺すわよ」

 

 ゴミを捨てるような無慈悲な一言を吐き捨てると、ヒナは一度も振り返ることなく、闇の中へと歩き去った。

 

 彼女の胃袋は、今、猛烈に「糖分」を欲していた。それも、お上品なティータイムに供されるような代物ではなく、脳を直接麻痺させるような濃縮された甘味の暴力を。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒナが向かったのは、自治区で唯一、彼女の入店を拒否せず、かつ「理解」しているスイーツ食べ放題の店『シュガー・ヘル』であった。

 

 店に入った瞬間、全店員の顔が土気色に変わる。彼らにとって、ヒナの来店は「災害」に等しい。

 

 「……いつもの、私の『特別席』へ。それと、今日は喉が渇いているから、最初から全力で持ってきなさい」

 

 ヒナの指示に従い、店員たちは一斉に厨房へと走り出した。彼らは知っている。ヒナを待たせることは、ゲヘナの風紀を文字通り破壊されることを意味する。

 

 まず運ばれてきたのは、30枚のパンケーキが積み上げられた巨大なタワー。

 しかし、ヒナはそれを見るなり、手近な皿でそのタワーを上から渾身の力で押しつぶした。

 

 メキメキ、というパンケーキにあるまじき音が響く。ふわふわだった生地は圧縮され、厚さ数センチの重厚な「小麦粉の円盤」へと成り果てた。

 

 「(……よし。これでようやく、人権を得たわ。空気を含ませて体積を稼ぐなんて、非人道的凌辱よ。食べ物は密度が命)」

 

 ヒナはその圧縮された円盤に、バケツ1つ分はあろうかというメープルシロップを注ぎ込み、ステーキを切り裂くような速度で口に運ぶ。

 

 咀嚼するたびにシロップが弾け、脳の中枢を糖分が蹂躙していく。

 

 

 だが、これはまだ序章に過ぎない。

 

 

 店の中央に鎮座する、通常なら客がマシュマロを浸して楽しむ「チョコレートフォンデュ」のタワー。

 しかし、この日用意されたのは、ヒナの身長を遥かに凌ぐ、高さ2メートルを超える特注のチョコ噴水であった。

 

 「チョコレートは、あればあるほどいい。これこそが正義。ジャスティス・フォース」

 

 ヒナは周囲の視線も構わず、タワーの最下部、チョコレートが並々と溜まっている池のような場所に、直接頭を突っ込んだ。

 

 「ゴッ、ゴクッ、ゴブッ……!」

 

 大口を開け、滝のように流れ落ちるチョコレートを直接喉へと流し込む。

 もはや「食べる」ではなく「吸い込む」という次元。粘り気のある甘美な暗黒が、彼女の食道を焼きながら胃を満たしていく。

 

 「……ヂョ、ヂョゴレードのヴろに、はいりだい……」

 

 チョコを飲み込みながら漏れた言葉は、粘度の高い液体のせいで、もはや人語の呈を成していなかった。

 

 しかしそんなのは些細なこと。この世の全てがチョコレートであれば真の世界平和が訪れる。チョコレートとは神が地上にもたらした祝福なのだ。

 

 彼女の将来の夢の一つは、チョコレートになること。3才のヒナ少女が七夕の短冊に書いた願いは高校3年生の今になっても1ミリもブレることはない。

 

 「次。ケーキを持ってきなさい。カットしたものはいらないわ。ホールの5セットからが、私にとっての通常運転よ」

 

 ショートケーキ、ガトーショコラ、モンブラン。それら全てが、切り分けられることなくホール(直径30センチ)のまま、五段重ねのピラミッドとして運ばれてくる。

 ヒナはそれをフォークすら使わず、鷲掴みにして貪り食う。生クリームが外套を汚すが、彼女は一向に気にしない。

 

 

 だが、そんな恍惚の時間に、不穏な影が差した。

 

 

 運搬用のワゴンの隅に、店員が彩りのために置いていた「フルーツの盛り合わせ」が視界に入ったのだ。

 

 ヒナの動きが止まる。

 

 彼女はズカズカとそのワゴンに近づき、そこにあった真っ赤なリンゴに至近距離で顔を寄せた。その瞳は、血で血を洗う喧嘩勃発直前のヤンキーのそれだ。

 

 「……おい、リンゴ」

 

 彼女は果実に対して、獲物を狙う狂犬のような鋭さでメンチを切った。

 

 「テメェ、何のつもりだ? なぜ、糖分の純粋な結晶であるべきこの聖域に、水分とビタミンなどという『不純物』を晒してんだ? あぁん!?」

 

 「ひ、ヒナ委員長!? それは、お口直しに……!」

 

 運悪く声を上げてしまった店員を、ヒナの鋭い眼光が射抜く。彼女は音速で距離を詰めると、店員の胸ぐらを乱暴に掴み上げ、至近距離でまくしたてた。

 

 「お口直しだと? 殺すぞボケ! 果物なんて、ただの飾りにすらならねえんだよ。生のいちごをそのまま出すのだけは、私の寛大な慈悲で許してやってるが、加工したいちご……ジャムだのコンポートだのにしたゴミは、もはや殺意しか湧かねえんだよ!! 自然界の甘みで満足しろだと? 舐めてんじゃねえぞ!! 私は化学の粋を集めた人工甘味料と砂糖の暴力を求めてんだよ!!!」

 

 さらに、彼女の視線が隣の「チーズケーキ」へと移った瞬間。

 

 ヒナは掴んでいた店員を無造作に放り出し、不気味なほど急激に、静かになった。

 

 

 「………………」

 

 

 静寂。時が止まったかのような沈黙。周りの店員も、騒ぎを聞きつけ特別室の前まで来た野次馬客も、その異様な静かさに息を呑む。

 

 

 次の瞬間、火山噴火のごときヒナの怒りが、先ほどを遥かに凌ぐ勢いで爆発する。

 

 

 「……おい。この、チーズケーキは何だ? チーズをスイーツに加工するなと、何度言えばわかるんだ。あぁ!? オラァ!!」

 

 ヒナはチーズケーキにズカズカと詰め寄り、その鼻先がクリームに触れるかというギリギリの距離まで顔を近づけた。

 

 「チーズはなぁ!! とろけるチーズをっ!! 焼いた肉の上からこれでもかというほどかけることでしか、その存在意義を見出せねえはずだろうが!! ピザの上で焼かれてるやつは、私の広すぎる心で辛うじて許してやってるが……誰がこんな、中途半端な酸味を持った軟弱なケーキにしろと言った!? ハンバーガーに挟むチーズを加熱もせず、ただ冷たいまま提供することも極刑に値する大罪だってのに、それを甘くするなんて……地獄に堕ちろやぁ!!!」

 

 ヒナはさらにリンゴとチーズケーキの正面に立ち、交互に怒鳴り散らした。

 

 「おい!! 返事しろよ、コラ!! 返事しろって言ってんだよオラァ!! スカしてんじゃねぇぞ!! 何黙ってんだタコ!!!」

 

 当然、無生物である食べ物が返事をするはずもない。だが、そんな常識が通用するほど今のヒナは冷静ではなかった。彼女の怒声が店内に響き渡り、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。

(※この後、怒鳴りつけられた果物とチーズケーキは、スタッフの手によって安全かつ迅速に全て回収された)

 

 

 ヒナの怒りは頂点に達し、チーズケーキと果物以外の全てのスイーツ――数百個のドーナツ、数十リットルのアイスクリーム、バケツ10杯のプリン――を、ものの30分で完食した。

 

 

 「……あぁ、不快。不愉快。最悪の気分。不純物のせいで、私の純粋な糖分摂取が汚された」

 

 店の在庫が物理的にゼロになり、営業強制終了の札が下げられる中、ヒナは札束を2つ店長の顔に叩きつけ、店を出た。

 

 

 夜の冷気が、甘味で火照ったヒナの肌を撫でる。

 

 だが、これだけの甘味を摂取すると、彼女の体質は反動として猛烈な「塩分」と「脂質」を要求し始める。

 

 「(……甘いものはもういい。次は、喉が焼けるほどの味噌が必要よ)」

 

 彼女が向かったのは、自治区の最深部にある味噌ラーメン屋『赤極』。

 

 店に入った瞬間、店主は何も言わずに奥から巨大な「桶」を取り出した。

 運ばれてきたのは、もはや「麺料理」の概念を逸脱した物体。

 

 

 『元祖・ヒナ流味噌ラーメン』。

 

 

 そこには、水分で溶かれる前の赤味噌5キロと、沸騰したラード5リットルを力技で混ぜ合わせた「泥」のようなベースが詰まっている。

 

 そこに、生地の半分以上が味噌で構成された特製味噌練り込み麺が沈み、上からはカリカリに焼いた牛カルビ肉10キロが、隙間なく敷き詰められていた。

 

 「……これよ。これが、私の求めていた『塩と脂』よ」

 

 ヒナは満足げに箸を取り、味噌とラードの混ざり合った異形の塊へと、その牙を剥いた。

 

 糖分を摂取し、次は極限の塩分と脂へ。

 

 空崎ヒナの暴食の輪廻は、今夜もゲヘナの夜を赤く、そして脂ぎった色に染めていく。

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