七つの大罪:暴食のヒナ   作:ていん?が〜

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カップ焼きそばについて考えるヒナちゃんのお話です。


第9話:正義のカップ焼きそば

 ――カップ焼きそば現象。

 

 世間には、そんな奇妙な言葉が存在する。

 

 本来、オリジナル(本物の焼きそば)を簡便に模倣して作られたはずの代替品(カップ焼きそば)が、いつしか元とは全く異なる独自の魅力やジャンクな中毒性を獲得し、一つの独立した個性として世界的な地位を確立してしまう現象のことだ。

 

 それは単なる劣化コピーではない。それ自体が一つの完成された、愛されるべき存在として社会に認知されている。

 

 「(………カップ焼きそば、ねえ)」

 

 ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナは、薄暗い自室のソファーの上で、未開封のプラスチック容器を睨みつけながらそんな思考を巡らせていた。

 

 休日の朝。普段の威厳ある軍服姿とは打って変わり、ダボついたパジャマ姿のヒナは、ソファーの上で無造作にあぐらをかき、小さな手を組んで微動だにしない。

 

 

 ヒナは、焼きそばという料理を深く愛している。

 

 

 カンカンに熱された巨大な鉄板の上、大量の牛脂と豚の脂身がパチパチと弾け、その濃厚な脂の海の中で激しく舞い踊る極太の麺。

 そこへ、焦げ付くような芳醇な香りを放つ特製ソースを、滝のようにドボドボと容赦なく注ぎ込む。立ち上るソースと油の煙。

 

 「(あぁ……いけない。涎が垂れるわ……)」

 

 じゅるり、と口内に溢れる強烈な熱量を想像し、思わずパジャマの袖で口元を拭う。

 しかし、視線を落とした先にある冷たいプラスチックの容器が彼女を無慈悲な現実へと引き戻した。

 

 この『カップ焼きそば』なる代物。説明書によれば、乾燥した縮れ麺の上に「お湯」を注いで数分間待ち、その水分で麺を戻した後、湯切りをして付属の液体ソースを絡めて食すのだという。

 

 ――お湯。水分。茹でる。

 

 ヒナの脳内で、何かが音を立てて弾け飛んだ。

 

 「焼きそばなのに! お湯で戻すだぁ……!? 寝言は寝て言え、そのまま永眠させるぞアホンダラァ!!!」

 

 

 バゴォン!!!!

 

 

 ヒナの小さな拳が、容赦なく大理石のローテーブルへと叩きつけられた。

 

 凄まじい衝撃波と共にテーブルは真っ二つに叩き割られ、物言わぬプラスチック容器が宙を舞う。

 ヒナは立ち上がり、パジャマの髪を振り乱しながら、ただのプラスチックの塊に対してヤンキー顔負けの剣幕でキレ散らかした。

 

 「焼いてねえだろうが! 1秒も鉄板に触れてねえクセに、何が『焼きそば』だコラァ!! 茹で麺のソース和えに改名しろボケ!!」

 

 ひとしきり吠えた後、ヒナは、ふぅ…と息を吐いてソファーへと深く腰掛け直した。

 今の彼女は風紀委員長だ。これ以上、この生意気な容器を怒鳴りつけたところで、プラスチックの耳に届くはずもない。

 

 彼女は極めてクールに、かつ冷徹に現状を分析し始める。

 

 

 実は過去に一度、ヒナはあまりの理不尽さに耐えかねて、某大手食品メーカーの総本山へと直接抗議に赴いたことがある。

 

 「焼きそばと銘打っておきながら、一度も焼く工程を挟まないのは詐欺、あるいは消費者に対する不敬罪に当たるのではないかしら?」

 

 応接室でヒナは至極真面目な顔をして、自らの熱い焼きそば哲学を理路整然と、しかし時折ガトリング銃の銃口で机を激しく叩き割りながら真剣に訴えかけた。

 

 「今すぐすべての製造ラインを変更しなさい。容器の底に小型の鉄板と固形燃料を内蔵させ、お湯を切った後にユーザーが卓上で本気で麺を焼き上げる仕様にするのよ。それ以外に贖罪する術などないわ」

 

 このあまりにも無茶苦茶な要求に対し、恐怖の極みに達したメーカー上層部と数時間に及ぶ血生臭い話し合い(物理的な脅迫)を繰り広げた結果、メーカー側から「全社を挙げた公式永久出禁処分」を喰らうことになったのである。

 

 

 

     今でも忘れてないからな、○清食品。

 

 

 

 「(さて、どうしたものかしら……。お湯を使うという行為そのものが、私の神経を逆撫でするのよ)」

 

 以前、お湯がダメならと、鍋に煮えたぎらせた「純度100%の加熱牛脂」を容器に注ぎ込んで戻そうとしたことがあった。

 しかし乾燥麺は油を吸うことなく、ただ単に超高温でバリバリに揚げ直され、ベ○ースターラーメンのような凶悪な硬さの何かが完成しただけだった。完全に打つ手なしである。

 

 「ムムム……」

 

 ヒナは小さな唸り声を上げながら、思考を整理するため、おもむろにパジャマの懐から『チ○ンラーメン』の袋麺を取り出した。

 そして、一切の躊躇なく袋をベリベリと引き裂くと、中身の茶色い乾燥麺の塊をそのまま口へと運び、直接貪り食い始めた。

 

 

 バリボリ、バリボリッ、ボリボリボリボリボリボリッ!!!!

 

 

 静かな自室に、乾燥麺が容赦なく粉砕される狂暴な咀嚼音が凄まじい勢いで響き渡る。

 

 「うむ。やはりチ○ンラーメンの直食いは最高ね。お湯という水分で薄めない分、塩分がダイレクトに脳に響くわ。少し味が薄いけれど、食う手が止まらないとはこのことね」

 

 現在、今日だけで167袋目。彼女の異常な代謝能力の前には、この程度の塩分とカロリーなど一瞬で霧散する。無限に食える自信はあった。

 だが、今のヒナの胃袋は、完全に『カップ焼きそばのソース味』を欲しているのだ。

 

 どうやってあの縮れ麺を、お湯を使わずに、なおかつ「焼いた」状態へと調理すればいいのか。

 再びチ○ンラーメンをバリボリと噛み砕きながら思考の海にダイブするが、名案は一向に浮かばない。

 

 「……仕方ないわね。三人集まれば文殊の知恵作戦よ」

 

 ヒナはチ○ンラーメンの油分と醤油粉末でベタベタになった手のまま、スマートフォンを操作し、風紀委員会の最高優先度アラートを発信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 連絡からわずか10分後。ヒナの自室の呼び鈴が破壊せんばかりの勢いで鳴らされ、風紀委員会の主要メンバーが息を切らせて突入してきた。

 

 「い、委員長!! ご無事ですか!?」

 

 そこに立っていたのは、行政官の天雨アコ、突撃隊長の銀鏡イオリ、そして前線医療担当の火宮チナツの3人だった。

 

 アコは完全な徹夜明けのようで、目の下にどす黒いクマを浮かべながら頭を抱えている。

 

 「……委員長。何度も、何度も何度も言いましたよね? 風紀委員会の最高機密緊急アラートを、ご自身の私用で使わないでくださいって! 万魔殿がクーデターでも起こしたのかと思って、死ぬ気で書類を放り投げてきたんですよ!?」

 

 「ああああぁあぁ……。せっかくの非番の早朝に叩き起こされて、私の可愛いミントティーの時間が台無しよ…。アコちゃん…これ絶対に重大な事件じゃないよね?」

 

 イオリはツインテールを力なく垂らし、眠気と疲労で完全にげっそりとした表情でアコに愚痴をこぼしている。

 その一方で、1年生のチナツだけは、巨大な医療鞄をしっかりと抱え、姿勢正しく起立して元気よく声を張り上げた。

 

 「火宮チナツ、ただいま到着いたしました! 委員長、負傷者の救護、あるいは治安維持の要請でしょうか!」

 

 「ええ、よく来てくれたわ、みんな。……座りなさい」

 

 パジャマ姿のヒナは、真っ二つに割れたテーブルの破片を足蹴にしながら、重々しく告げた。

 

 「緊急事態よ。お湯を一切使わずに、このカップ焼きそばの麺を完璧に戻し、なおかつ『焼きそば』として成立させる調理方法を、今から全員で構築しなさい」

 

 「…………は?」

 

 アコが、この世の終わりでも見たかのような呆然とした声を漏らした。

 

 「あの……委員長? それ、とんちか何かですか? 私たちは徹夜明けで、そんなふざけたクイズに付き合うほど暇では――」

 

 「うるさいわね。さあ、イオリから答えなさい。風紀委員会の斬り込み隊長らしい、画期的な突破口を提示して」

 

 ヒナはアコの発言を完全に無視し、イオリを指差した。振られたイオリは、面倒くさそうに頭を掻きながらため息をつく。

 

 「……いや、委員長。お湯以外にあり得ないでしょ、普通。カップ焼きそばなんだから、大人しくお湯注いで3分待てばいいじゃない。何をごねてるのよ」

 

 「………次、アコ」

 

 「はぁ……。お湯が嫌だというなら、付属の液体ソースを100リットルほど集めて沸騰させ、その『沸騰ソース』の中に麺をぶち込んで戻したらいいんじゃないですか? これなら水分は一切使いませんし、濃厚になるでしょう。もうこれでいいですね? 私は帰って寝ます」

 

 アコが投げやりな口調で言い放った、その瞬間。

 

 

 ガシィッ!!!!

 

 

 「んぐぉっ!?」

 

 「ぶえっ!?」

 

 ヒナの驚異的な腕力が炸裂した。彼女は右手でアコの胸ぐらを、左手でイオリの衣服を鷲掴みにすると、そのまま二人を軽々と床から持ち上げ、宙へと浮かせた。

 

 「お前ら……ふざけてんのかぁ!!! お湯が嫌だっつってんのが、聞こえなかったのかタコ助がぁ!!! それにアコ、お前の言ったソース戻しなんてな、2年前にとっくに試して、もう飽きたから聞いてんだろうがよぉ!!! それでもゲヘナの治安を預かる風紀委員会かオメェらはよぉぉぉ!!!」

 

 「ギ、ギブ! ギブです委員長!! 脳震盪が…脳が揺れますってぇぇぇ!!!」

 

 「あ、頭がガクガクする…! アコちゃん、助けてぇぇぇ!!!」

 

 ヒナは完全にヤンキーのスイッチが入っており、手の中の2人を、まるでガタのきたフードミキサーのようにガクガクと猛烈な速度で揺さぶり続けた。

 アコとイオリは白目を剥きながらヒナの手を必死にタップし、数分間の地獄の後、ようやく無造作に床へと放り出された。

 

 「はぁ……全く、情けない先輩どもね。組織の頭脳と武力がこれじゃ、ゲヘナの未来は真っ暗だわ」

 

 ヒナはパジャマの襟を正すと、最後に残った1年生へと視線を向けた。

 

 「ほら、チナツ。あなたなら、私を満足させる模範解答を用意できているのでしょうね?」

 

 「はい! 委員長、当然でございます!」

 

 チナツは元気よく返事をすると同時に、抱えていた巨大な医療鞄を開け、中をガサゴソと探り始めた。

 

 「委員長がお湯を嫌悪し、同時に圧倒的な脂質と『焼き』の工程を求めていることは、救急医学部時代からのデータで予測しておりました。そこで開発したのが、こちらです!」

 

 チナツが鞄から取り出したのは、無数のチューブと高圧シリンダーが直結された、怪しげな真鍮製の医療用注射デバイスだった。

 

 「これは『高圧脂質浸透式・麺細胞拡張インジェクター』です。お湯の代わりに、融点を180度まで高めた特殊精製牛脂と、濃縮ソース、そしてビタミンM(モッツァレラチーズオイル)を混合した超高温の液体を、このシリンダーから麺の内部組織へと『直接高圧インジェクション(噴射)』します。これにより、水分を一切使わずに麺の芯まで瞬時にコーティングし、なおかつ内部からの熱伝導によって、容器の中で麺自体を自動的に『焼き上げる』ことが可能です!」

 

 「な……何それ、怖すぎるんだけど……」

 

 床に倒れたままのイオリがドン引きする中、ヒナの瞳には見たこともない黄金の輝きが灯っていた。

 

 「……素晴らしいわ、チナツ。あなただけよ、この風紀委員会の中で私のソウルを本当に理解してくれるのは。私が期待するだけのことはあるわね」

 

 ヒナは満足げに、チナツの頭を優しく、何度も撫で回した。

 

 「えへへ……! 光栄です、委員長! 私は委員長の理想の充足のためなら、今まで培った医療技術のすべてを捧げる覚悟です!!」

 

 いつもの仏頂面はどこへやら、チナツは頬を赤く染め、非常に嬉しそうに「えへへ」と笑みを浮かべている。

 

 その光景を、部屋の隅からアコとイオリが冷ややかな目で見つめていた。

 

 「ねえ、アコちゃん……。あれ、チナツってば完全に洗脳されてるんじゃないよね?」

 

 「……こんな馬鹿馬鹿しい洗脳を誰が好んでしますか。……あの子、救急医学部にいた時から委員長の熱狂的な追っかけみたいでしてね…。救急医学部を半ば強引に辞める形で風紀委員会に移籍したんですよ。……そのせいで救急医学部の氷室セナ部長から、私たち風紀委員会は未だに凄まじい恨みを買っているのですから」

 

 「え? 恨まれてるの?」

 

 「その証拠に私の元には毎日、セナ部長からの『抗議書』と『殺害予告』が届いているのですよ。ほら、これを見てください」

 

 アコはどんよりとした顔で、制服のポケットから数枚の紙束を取り出してイオリに見せた。

 

 1枚目は、非常に丁寧で美しいビジネス文書の体裁をとっているが、内容は『天雨アコ行政官の不当な引き抜きに対する、法的一斉掃射の準備について』という激烈な罵詈雑言が並ぶ抗議書。

 

 そして2枚目に至っては、紙一面が血のようなおぞましい赤インクで塗り潰されており、その上に狂気的な筆致で、

 

 

 『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』

 

 

 という文字だけでびっしりと描き殴られている、純度100%の呪いの殺害予告書であった。

 

 「ヒッ……!! 洒落になってないじゃん! 医療従事者が殺害予告なんて、あっちゃならないでしょ!!」

 

 イオリは本気でドン引きし、アコから一歩距離を置いた。

 

 そんな2人の雑談を余所に、チナツのインジェクターによって調理されたカップ焼きそばが完成した。

 容器の中からは、お湯の湯気ではなく、完全に肉を焼いた時の濃厚な油煙が立ち上っている。

 

 ヒナは完成した『真・カップ焼きそば』を手に取ると、大口を開けた。

 

 

 ソババッ!!!! ゴクン、モグモグ……ッ!!

 

 

 凄まじい音を立てて、総重量3キロに膨れ上がった麺を一瞬で啜り尽くす。

 水分を一切含まない、純粋な牛脂とソースだけで戻された麺は、ヒナの理想とする「暴力的なまでの油と塩分の結晶」そのものであった。

 

 「……パーフェクトよ、チナツ。これよ、私が求めていたのは。水分に逃げない、真のジャンクの極致ね」

 

 一瞬で機嫌が良くなったヒナは、パジャマ姿のまま立ち上がり、満足げに笑った。

 

 「気分が良いわ。チナツ、あなたに免じて、今から私が運営する『そらさき屋』の牛丼を奢ってあげる。ついてきなさい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、チナツのボルテージは最高潮に達した。眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせ、喜びのあまりピョンピョンと飛び跳ねる。

 

 「か、歓喜の極みです、委員長!! 私! 今っ!! 人生で一番幸せです!!! 委員長直々の奢りで、あの伝説の牛丼をいただけるなんて……!」

 

 「ふふ、お腹いっぱい食べるといいわ。……ほら、行くわよ、そこの2人も」

 

 ヒナは、未だに床で震えているアコとイオリに冷たい視線を向けた。

 

 「……え? 私たちもですか……?」

 

 アコが絶望的な声を出す。あの総重量40キロの…あの原価を無視した油と砂糖の塊のような凶気の牛丼を、この徹夜明けの胃袋に叩き込まれたら確実に明日の朝は病院のベッド行きだ。

 

 「拒否権は無いわ。風紀委員たる者、委員長の食事には最後まで付き合いなさい」

 

 ヒナはそう言い残すと、嬉しそうに寄り添うチナツと共に、ズカズカと部屋を出て行った。

 

 「アコちゃん……私、やっぱり今日パトロール行っておけばよかったよ……」

 

 「諦めなさい、イオリ。これも……風紀委員会の、規律なのですから……」

 

 2人は、これから始まる処刑執行に向けて、鉛のように重い足取りで、小さな委員長の後ろ姿を追って歩き出すのであった。




ここまで見ていただきありがとうございます!
次も出来次第、投稿します!

なお、チナツはヒナの前で牛丼と言ってますが、そらさき屋の牛丼を指しているため7話の暗黙の了解である『風紀委員会に所属する者は、いついかなる時であっても、風紀委員長の前で『牛丼』という単語を口走ってはならない』には抵触していません。

ヒナもチナツも分かった上でのやり取りです。
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