ヒロアカ世界に転生した者が千手を背負い過ごしていく。 作:名も無き住人
本屋に着くと、三人はそれぞれのコーナーへ散らばった。
ねじれは参考書コーナーに直行した。「雄英のヒーロー演習で使える教材を探す」と言っていた。透は漫画コーナーへ。俺は音楽雑誌を少し眺めてから、参考書の棚の前に立った。
しばらく立ち読みしていると、後ろから声が聞こえた。
「お兄ちゃんすごいね、むずかしそうな本読んでる」
振り向くと、小学生くらいの子どもが俺を見上げていた。隣には少し困った顔をした若いお母さん。
「そうか? 面白い本だぞ」
「どんなこと書いてあるの?」
「光の速さとか、宇宙の大きさとか」
「うわ、むずかしい」
「最初はみんなそう思う。でも慣れると面白くなってくるよ」
子どもが「ふーん」と言いながら本の表紙を見つめていた。
お母さんが「ごめんなさい、話しかけてしまって」と言うので「いえ、全然」と答えた。
その子が去り際に「お兄ちゃん、かっこいいね」と言い残して行った。
俺は特に何も感じなかったが、後ろからねじれの声がした。
「ほら! やっぱかっこいいって言われた!」
「立ち聞きしてたのか」
「してたよ! 子どもに懐かれるよね悠太ってほんとに。不思議」
「不思議か」
「だってさ、初めて見た大人には結構ビビられるじゃん。目つきとか雰囲気が」
「そうか」
「でも子どもは全然ビビらないんだよね。なんでだろ」
「さあ。子どもの方が正直なんじゃないか」
ねじれが少し首を傾げた。「どういう意味?」
「怖い人間は最初からそう見えるし、怖くない人間もそう見える。子どもはその判断が素直ってことだ」
「……じゃあ悠太は怖くない人間ってこと?」
「俺が言ったんじゃない」
「でも子どもがそう判断したってことは!」
ねじれが嬉しそうに言った。なんでそんなに嬉しそうなのかはよくわからないが、ねじれが楽しそうにしているのは悪くない。
「ねじれは参考書見つかったか?」
「うん! 一冊良さそうなの見つけた!」
「それは良かった」
「悠太は?」
「まだ探してる」
「一緒に見よ! 私、選ぶの好きだから!」
ねじれが棚の前に並んで立った。水色の髪が棚の端に少し触れる。彼女は背が高い方ではないので、上の段に手が届かない。
「それ取れる?」
俺が指差すと、ねじれは「あー! 取れないやつだ!」と言いながら背伸びした。俺はそのまま手を伸ばして取った。
「ありがとー! これ何の本?」
「音楽理論の基礎」
「音楽の? 悠太ってそっち系の本も読むんだ」
「好きだからな」
「そうか、歌い手志望だもんね」
ねじれが言った。「ねえ、そういえばさ——」
「なんだ」
「悠太の歌、まだ聞いたことないけど。本当に上手いの?」
「自分で言うのもあれだが、悪くないと思ってる」
「聞きたい!」
「今は無理だ」
「なんで!!」
「本屋の中で歌えるか」
「あ、確かに。じゃあ今日の帰りに公園で!」
「…………」
「ダメ?」
「……気が向いたらな」
ねじれが「やった! 絶対気を向けてよ!」と言いながら、もう次の棚に移っていた。 透が漫画を三冊抱えて戻ってきた頃、三人は一緒にレジへ向かった。
本屋を出ると、少し風が出ていた。日差しは強いが、風のせいで過ごしやすい。
「どこか行く?」
透が聞いた。
「公園!」とねじれ。
「俺もそれでいい」
「決まり! 行こ行こ!」
ねじれが先に歩き出した。水色の長い髪が日差しを受けて輝いている。透がその後ろをついて、俺が少し遅れて歩いた。
近所の公園。子どもの頃から三人でよく来た場所だ。ベンチが三つあって、木陰になっているエリアがある。今は平日の昼前なので人は少ない。
木陰のベンチに並んで座った。
ねじれはさっそく買った参考書を開き始めた。透は漫画。俺は特に何もせずに、空を見ていた。
雲がゆっくりと流れている。
(もうすぐ、高校か)
心の中で呟いた。
雄英高校。
あそこに入ったら、色んなことが変わるだろう。今まで交友関係がほとんどなかった俺にとって——透とねじれ以外に、本当の意味で友人と言える人間がいなかった俺にとって——新しい環境は少し未知の領域だ。
理由はわかってる。
俺が強いせいだ。
個性が強いという意味でも、雰囲気という意味でも——「近づきにくい」と思われやすかった。中学のクラスでも、最終的に悪い関係にはならなかったが、自然に集まってくる人間というのは少なかった。
だから透とねじれが特別なんだと思っている。
あの二人は、俺が強くても近づくのをためらわなかった。
高校でも、そういう人間に会えたらいいと——少し思っている。少しだけ。
「悠太」
ねじれが声をかけてきた。
「なに」
「雄英、楽しみ?」
「……どうかな」
「どうかな、って何それ。もっとポジティブに行きなよ!」
「ポジティブにも行ける。ただ、実際入ってみないとわからないことが多い」
「それはそうだけどさ。でもほら、私もいるし!」
「それは心強い」
俺が素直に言うと、ねじれが少し照れたような声になった。「そういうこと普通に言えるんだから……」と小声で言っていたが、俺には聞こえた。
「ねじれさん、顔赤い?」とさっそく透が言った。
「日差しのせい!」
「木陰だよ」
「木の隙間から日が当たってるの!」
二人のやり取りを俺は横で聞いていた。
こういう時間が、好きだ。
前世でも後世でも、こういう気の置けない人間関係というのが俺には少なかった。でも今は——こんなふうに、ただ並んでいるだけで、それが自然な時間になっている。
それが今、一番ありがたいと思っていた。「ねえ悠太、歌ってよ」
ねじれが参考書から顔を上げて言った。
「……今か」
「気が向いた?」
「向いてない」
「えーっ!」
「でも後でな」
「後でって、今日のうちに?」
「今日のうちに」
ねじれが「やった!」と声を上げた。透もすぐに反応して「え、本当に?! 聞けるの?!」と手袋を叩いた。
「ただし、一曲だけ」
「一曲でもいい! どんな曲なの?」
「自分で作った」
「え!? 作ったの?!」
「曲も歌詞も全部?」とねじれも身を乗り出す。
「全部」
二人が同時に「すごい……」と言った。
俺はそれを聞いて、少し照れた。照れることが珍しかったから、自分でも少し驚いた。
「別にたいしたもんじゃないかもしれない。人に聞かせたことがないから、評価がわからん」
「だから私たちが初めてじゃん!」
「そうなるか」
「光栄じゃん!」とねじれが言い、「光栄だよ!」と透も言った。
俺はまた空を見た。
雲が流れている。
(悪くないな)
そう思った。 夕方。日が傾いて、公園の木陰が少し長くなった頃。
俺は立ち上がった。
「歌う」
二人が一瞬で動きを止めた。透の漫画がぱたりと閉じる。ねじれの参考書が静かに伏せられる。
「ここで立って歌うか。座ってた方が楽か」
「悠太が楽な方で!」と透。
俺は少し考えて、ベンチのそばに立つことにした。周囲には人がいない。夕方の公園、鳥の声だけが聞こえる。
息を整えた。
特に緊張はしなかった。不思議とそうだった。
ただ——二人が聞いてくれるというのが、一番伝えたいと思える理由になった。
俺は目を閉じて、息を吸って——歌い始めた。
音が出た瞬間、二人が静かになった。
一曲だった。長くもなく短くもない、ゆったりとした曲調で、歌詞は三人の日常について書いた。朝の光とか、隣の家とか、風とか——そういうものを言葉にした。
歌い終わって、目を開けると。
ねじれが口を手で押さえていた。
透の手袋が、小さく震えていた。
沈黙が三秒続いた。
「……悠太」
ねじれが口を開いた。
「なに」
「……なんでそれ今まで黙ってたの」
「言う機会がなかった」
「そういう問題じゃなくて」
ねじれが立ち上がった。水色の髪が夕日を受けて輝いた。彼女の顔が真剣だった。いつものにこにこではなく、真剣な顔。
「本当に上手い。プロになれる」
「そこまでは——」
「私が言ってんだから聞いて」
俺は黙った。
ねじれが普段より低いトーンで言う言葉には、いつも力がある。それがわかっていたから、続けて言い返せなかった。
「透ちゃん、どう思う」
ねじれが振り向いた。
「……泣きそう」と透は言った。「なんで朝の吸い物と同じ気持ちになるんだろう」
「朝の吸い物」と俺は繰り返した。
「ほっとする感じがして。でもそれよりもっと大きくて」
透の声が少し詰まっていた。
俺はそれを聞いて、なんと返せばいいかわからなかった。
ただ——それで良かったと、思った。
「……一曲だけって言ったけど」
ねじれが俺を見た。
「もう一曲だけ。もう一曲だけ聞かせて」
俺は少し間を置いてから、答えた。
「……気が向いたらな」
「向けてよ!」
「向けてよ!」と透も言った。
俺は笑った。
夕日が三人を照らした。
因みに入学試験は飛ばします、理由はまず原作キャラ達は原作通りの為と自分に文才というものが無く何度もやり直しても飛ばした方が良くなってしまうからです。最初からこんなんで申し訳ありません。