ヒロアカ世界に転生した者が千手を背負い過ごしていく。 作:名も無き住人
「少し話していいですか」
「もちろん」
ねじれが先輩スタッフやサイドキックの人達と話している間、俺はリューキュウさんと廊下に出た。
「何かな」
「先ほどの話の続きです」
「ヒーローに向いている、という話かな」
「はい。……考えていました、午後ずっと」
「どんなことを?」
「俺は歌い手になりたい。それは変わらない。でも——今週動いた時の感覚が、頭から離れなかった。考える前に体が動いていた、とリューキュウが言った。その通りだと思います。誰かのために動くことが、楽しかった」
「……うん」
「それはヒーローの動き方だ、と言われた。その言葉を午後ずっと考えて——一つ、気づいたことがあります」
「聞かせて」
「ヒーローを目指すことと、歌い手を目指すことは、どちらかを選ばなければならないものじゃないかもしれない」
リューキュウが少し間を置いた。
「続けて」
「リューキュウが言っていた。形がヒーローじゃなくても、本質がそこにある人間はいつでもヒーローに近い場所にいる、と。俺は逆のことも言えると思いました。ヒーローになったとしても、歌い手の本質を持ち続けることはできる。どちらも、誰かを見て届けようとすることだから」
「……なるほど」
「だから——両方、やろうと思います」
リューキュウが静かに俺を見た。
「ヒーローを目指す、ということ?」
「はい。歌い手も諦めない。でも——ヒーローも目指す。どちらも本物だから、どちらも諦める理由がない」
リューキュウがしばらく黙った。
それから、静かに言った。
「……それは、大変な道だよ」
「わかっています」
「ヒーロー活動と、歌い手活動を両立させることは——時間も体力も、人の何倍も使う」
「それでも、やれると思っています」
「根拠は?」
「今週、一週間で複数のことを同時にやっていました。訓練も、現場も、先生の話も、ねじれとのこともの。全部、同時に動いていた。根拠というより——できると感じた、という方が正確かもしれません」
リューキュウが少し笑った。
「……正直ね」
「嘘をつく意味がないので」
「……君らしいわね」
リューキュウさんが少し間を置いた。
「一つだけ言っていいかな」
「はい」
「どちらも本物、という感覚は大事にしてほしいの。ヒーローの道に入ると、それ以外のことを後回しにしがちになる。でも——両方本物だと知っている君が、それを続けることに意味があると思う。歌い手であることが、君をより良いヒーローにするかもしれないし、ヒーローであることが、君をより良い歌い手にするかもしれないからね」
「……そう思います」
「うん。じゃあ、やってみなさい」
リューキュウが静かにそう言った。
押しつけでも、煽りでもなかった。ただ、認めてくれた声だった。
「……ありがとうございます」
「また来てね、いつでも」
「来ます」
「一週間、ありがとうごさいました。大変お世話になりました」
こうして俺の職場体験は幕を閉じた。
—————————
帰り道。
ねじれと二人で駅に向かった。
夕日が街を染めていた。今日の夕日は、今週で一番きれいだった。
「今日、リューキュウと何話してたの?」とねじれが聞いた。
「決めたことがある」
「何を?」
俺は少し間を置いた。
「ヒーローを目指す」
ねじれが止まった。
「……え」
「歌い手も諦めない。でも——ヒーローも目指す」
「……両方?」
「両方だ」
ねじれがしばらく黙った。
「……なんで、急に?」
「急じゃない。今週ずっと考えていた。足場の現場で動いた時、老婆を助けた時、リューキュウの話を聞いた時——誰かのために動くことが楽しかった。それがずっと引っかかっていた」
「……悠太が、楽しかったって」
「ああ。ヒーロー科に来た時から、戦いは好きだった。でもそれだけじゃなかった。誰かのために動く、ということが——俺には合っているのかもしれない」
「……」
「歌い手は諦めない。前世から音楽が好きだった。声で誰かに届けたい。それも本物だ。だから両方やる」
ねじれがまた黙った。
それから、少し深呼吸した。
「……悠太」
「なんだ」
「今、なんか……すごく悠太らしいって思った」
「そうか」
「うん。普通、どっちかにしよう、ってなるじゃん。でも悠太は、どっちも本物だから両方やる、って言う。それが悠太だなって」
「変か」
「変じゃない。すごいと思う」
ねじれが歩き始めた。
「私、応援する。ヒーローも、歌い手も」
「ありがとう」
「絶対なれると思う。両方。根拠ないけど」
「俺も根拠はない」
「じゃあ、根拠なし同士で信じ合おう」
俺は少し笑った。
「……そうだな」
「やった、笑った」とねじれが言った。
「笑った」
「今日何度目?」
「数えていない」
「私は数えてる。今日四回目」
「そんなに数えているのか」
「数えてる!!大事なことだから!!」
夕日の中を、二人で歩いた。
——————————
家に帰ると、透がいた。
透も今日で職場体験が終わった顔をしていた。少し疲れているが、目が穏やかだった。
「おかえり、二人とも」
「ただいま」と俺。
「ただいま!!透ちゃん!!」とねじれ。
「今日で終わったね、お互い」
「うん。透ちゃん、悠太がすごいこと決めたんだよ」
「何を?」と透が俺を見た。
「ヒーローを目指す」
透が少し固まった。
「……本当に?」
「ああ。歌い手も諦めない。両方やる」
「……」
透がしばらく黙った。
それから、静かに聞いた。
「……それ、いつ決めたの?」
「今日。でも、今週ずっと考えていた。リューキュウとの会話の中で気づいて、午後一人で考えて、帰り道にねじれに話した」
「なんで……ヒーローを目指そうと思ったの?」
「今週、誰かのために動くことが楽しかった。それがずっと引っかかっていた。それはヒーローの動き方だ、とリューキュウに言われた。自分でも、そうかもしれないと思っていた」
「歌い手は?」
「諦めない。どちらも本物だ。両方やれる理由がある。どちらも諦める理由がない」
透がまた黙った。
今度は少し長かった。
それから、透が言った。
「……悠太、一つ聞いていい?」
「なんだ」
「ヒーローを目指す、って決めたこと——後悔しないと思う?」
「後悔する可能性はある。でも、決めないことの方が後悔すると思った」
「……なんで?」
「誰かのために動くことが楽しかった、という感覚は本物だ。それを見なかったことにして進むと、ずっと引っかかり続けると思う。だから、向き合うことにした」
透がゆっくりと頷いた。
「……わかった」
「透は、変だと思うか」
「変じゃない」と透はすぐに言った。「悠太が、そこまで考えて決めたなら——私は応援する。絶対に」
「ありがとう」
「歌い手も、ちゃんと続けてね」
「続ける」
「約束だよ」
「約束だ」
透が少し息を吐いた。
「……なんか、悠太がヒーターになるって、まだ実感がないけど」
「ヒーターじゃない」
「あ、ヒーローだった」
「そうだ」
「……でも、なんか、合ってる気がする。悠太がヒーローを目指す、って」
「そうか」
「うん。なってほしい、って思う」
久しぶりに三人で食べた。
今日の料理は俺が作った。豚汁と、さわらの西京焼きと、白飯だった。
「美味しい」とねじれが言った。
「今日は出汁が良く出た」
「悠太の豚汁、毎回美味しいんだよね!久しぶり!」
「透の豚汁も上手くなってる」
「本当に?」
「本当だ。以前より安定してる」
「……嬉しい」
三人でしばらく話した。
「来週から普通の学校生活に戻るね」とねじれが言った。
「ああ」
「悠太は、来週から何か変わることある?」
「二つある」
「二つ?」
「一つは、ヒーローを目指す方向で動き始める。相澤先生に話を聞く必要がある。個性の訓練も、また始める」
「もう一つは?」
「歌い手として動き始める。音源を作る。自分で歌って録音して、どこかに上げる。それが最初の一歩だ」
「……両方、来週から?」
「ああ。決めたなら動く。考えているだけでは始まらない」
ねじれが「やばい……」と小さく言った。
「何がだ」
「悠太が来週から二つ同時に動くって言ってる。本気だ、って伝わってくる」
「本気だ」
「……応援する。全力で」
「ありがとう」
「私も」と透が言った。「歌い手の方、最初に聴かせてほしい」
「ねじれも同じことを言うと思う」
「言う!!一番最初に聴かせて!!」
「……二人とも聴かせる。どちらが先かは検討する」
「検討するって言った!!」
「検討するだけだ」
「でも検討してくれるじゃん!!」
透が笑った。ねじれも笑った。
俺も、少し笑った。
ねじれが帰る前に、廊下で呼び止めた。
「ねじれ」
「なに?」
「今週、見ててくれてありがとう」
「……また言ってくれた」
「本当のことだから何度言っても変わらない」
ねじれが少し笑った。
「悠太、今週本当に変わったね。言葉にするのが、こんなに自然になってる」
「透とねじれのおかげだ」
「……私のおかげ?」
「ねじれに届けたいから、言葉にする。それだけだ」
ねじれが少し固まった。
「……それって、どういう意味?」
「ねじれに届けたいと思っている。だから言葉にする。それ以上でも、それ以下でもない」
「……」
「ねじれ」
「……なに」
「今は、まだ名前をつけられない。でも——お前に届けたいと思ってる。それは変わらない。ヒーローを目指すことも、歌い手を目指すことも——どこかでねじれに届けたいという気持ちが、動かしている気がする」
ねじれがゆっくりと顔を上げた。
「……悠太」
「なんだ」
「それ、すごく——嬉しい」
「そうか」
「待てる。絶対待てる」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
ねじれが玄関に向かった。靴を履いて、振り返った。
「悠太、ヒーローも歌い手も、頑張ってね。両方、応援してる」
「ああ」
「一番最初に聴かせてほしいのは、変わってないから」
「覚えておく」
「じゃあね!!おやすみ!!」
扉が閉まった。
廊下が静かになった。
透と二人になった。
「ねじれ先輩との話、少し聞こえてた。ごめんね」
「構わない」
「……悠太、ちゃんと言えてたね」
「そうか」
「うん。前なら、あそこまで言葉にできなかったと思う」
「今週で変わった部分だ」
「……ねじれ先輩のこと、どう思ってるの? 今」
俺は少し考えた。
「まだ、名前をつけられない。でも——届けたいと思っている。ヒーローを目指すことも、歌い手を目指すことも、どこかでねじれに向かっている気がする」
「……それは、大事なことだと思う」
「そうか」
「うん。力の方向を決めるのは使う人間の目だ、ってリューキュウが言ってたよね」
「ああ」
「悠太の目が、ねじれ先輩を向いてる。それがいろんなものを動かしてる。それって——大事なことだよ」
俺は少し黙った。
「……透に言われると、整理される」
「私は悠太のことを長く見てるから」
「そうだな。ありがとう」
「私は、二人のことを応援してる。ちゃんと言っておきたかった」
「ありがとう」
「うん」
透が少し間を置いた。
「悠太、ヒーターと歌い手、本当に両方やるんだね」
「ヒーローだ」
「あ、また間違えた。ヒーローと歌い手、両方やるんだね」
「ああ」
「……大変だと思う。でも——悠太ならやれると思う。根拠はないけど」
「ねじれも同じことを言った」
「じゃあ、二人分の根拠なし、だね」
「……そうだな」
「楽しみにしてる。ヒーローになった悠太も、歌い手になった悠太も」
「なれるかどうかはわからない。でも——目指す」
「それで十分だよ、きっと!」と透は言った。
部屋に戻って、ノートを開いた。
今日の出来事を書いた。
リューキュウとの廊下での会話。午後考え続けたこと。帰り道のねじれ。透との会話。
書きながら、一つのことを確認した。
ヒーローを目指す。
歌い手も諦めない。
どちらも本物だ。どちらも、誰かを見て届けようとすることだ。形が違うだけで、向かっている方向は同じかもしれない。
リューキュウに言われた言葉を、もう一度書いた。
歌い手であることが、君をより良いヒーローにするかもしれないし、ヒーローであることが、君をより良い歌い手にするかもしれない。
俺はその言葉を、しばらく見た。
そうなれたら、良い。
そうなるために、動く。
ノートを閉じた。
スピーカーをつけた。
小さな音量で、音楽を流した。
今日は、いつもより少し長く聴いた。
目を閉じて、音の中にいた。
来週から、新しいことが始まる。
職場体験が終わった。
そして——何かが、始まった。
(楽しみだ)
俺は素直にそう思いながら、眠りについた。
次回はまた原作通りの事が増えます。文才がないのでしょうがないですけどね。