ヒロアカ世界に転生した者が千手を背負い過ごしていく。 作:名も無き住人
家に戻ると、母が帰ってきていた。
「おかえり悠太。どこ行ってたの?」
「透とねじれと本屋と公園」
「そう。晩ごはんは何にしようかな……」
「作るよ」
「え、いいの?」
「やることないし」
「じゃあお願いしようかな。何にする?」
俺は台所に立って、冷蔵庫の中を確認した。鶏肉が一パック、豆腐、ごぼう、にんじん、椎茸。
「筑前煮でいいか」
「大好き!」
母の声が弾んだ。
俺は鍋を取り出しながら、少し笑った。
料理をしている時間が一番落ち着く。材料を切って、火を入れて、味を確認して——それだけの作業なのに、頭の中がすっきりする。
鶏肉を一口大に切りながら、今日のことを振り返った。
公園での夕方。ねじれの真剣な顔。透の「泣きそう」という声。
(……悪くなかった)
俺は小さく呟いた。
人に初めて歌を聞かせた。それがちゃんと届いた。
それだけで今日は十分だと思えた。
ごぼうをささがきにしながら、俺は小さく鼻歌を歌った。
母が台所の入り口から覗いてきて「それさっき透ちゃんとねじれちゃんに聞かせてたやつ? 窓から声が聞こえたよ」と言った。
「聞こえてたのか」
「うん。良かったよ。お母さん泣きそうになった」
「みんな泣きそうになるな」
「泣かせる歌が作れるってすごいことだよ、悠太」
俺は少し考えてから、素直に答えた。
「……そうかもな」 夜、食事を終えて、俺は自分の部屋に戻った。
スピーカーをつけて、小さな音量で音楽を流す。
布団に寝転がりながら、天井を見た。
今日は普通の日だったが、少し特別な日でもあった。
ねじれに「プロになれる」と言われた。透に「泣きそう」と言われた。母に「泣きそうになった」と言われた。
三人が同じことを言った。
俺はそれを何度か頭の中で繰り返してみた。
嬉しいとか誇らしいとか、そういう感情ではなくて——ただ、「届いた」という確信があった。
歌が届いた。自分が作ったものが、誰かの心に触れた。
それが——本物だということが、今日初めてわかった気がする。
目を閉じた。
明日も透とねじれと吸い物を食べる約束がある。三人分、ちゃんと作る。
ねじれにまた「もう一曲聞かせて」とせがまれるかもしれない。
(……気が向いたら、歌うか)
そう思って、俺は眠りについた。 翌朝、七時半。
三人分の吸い物が完成した頃、インターホンが二回鳴った。
「おはよー!!」
「……おはよう」
二人の声が重なった。ねじれとしては珍しい二人同時の到着だった。
「偶然一緒だった!」とねじれ。
「ほんとに偶然で」と透。
「そっか。入れ」
三人でテーブルについた。三つのお椀が並ぶ。昆布だし、ほうれん草と卵。昨日の分より少し丁寧に仕上げた。
手を合わせる。
「いただきます」
一口飲んで、ねじれが言った。
「美味しい。昨日よりさらに美味しい」
「今日の方が昆布を長めにとった」
「そんな違いでこんなに変わるの?」
「変わる」
透は何も言わずに、お椀を両手で持ってゆっくり飲んでいた。
「……昨日、歌のこと考えてた」と透が言った。
「そうか」
「悠太の歌、何度も頭の中で流れてきて」
「それは光栄だ」
「高校入ったら、ちゃんと活動してほしい」
俺は少し驚いた。透が珍しく直接的に言ったから。
「……そのつもりだ」
「応援する」とねじれが言った。即答で。「机にかじりついて活動を応援する。雄英の中で広めてやる」
「雄英の中で広めなくていい」
「なんで! いい宣伝になるじゃん!」
「ヒーロー科の話題が歌い手で持ちきりになったら俺が困る」
「そうか? 面白いじゃん!」
「俺の感覚ではそうじゃない」
ねじれがぷっと笑った。「悠太は真面目だなあ」
「そうか」
「でも好きだよ、そういうとこ」
俺はその言葉を受け取って、答えなかった。
透が小さく「私も」と言った。
朝の台所に、柔らかい空気が流れた。
窓の外から、鳥の声が聞こえた。
三人の春が、穏やかに続いていた。 次の日の午後透に「話がある」
と呼ばれて三人は公園のベンチに集まり座っていた。俺は空を見て、
ねじれは参考書、透は静かに俯いていた。
沈黙を破ったのは透だった。
俺はその話始める気配を感じながら、空を見たまま動かなかった。
「……昨日、雄英から映像が来て……合格しました。」
透の声が震えていた。笑顔だかどこか無理している雰囲気だった。
「雄英に合格した」
俺は振り向いた。透の制服の袖が、微妙に揺れていた。透明な体が震えているのが、そこで見えた。
「そっか」
俺は短く言った。
「よかったな」
「……うん」
透の声が詰まった。
「泣いていいよ」
「泣いてない」
「泣いてる」
「……泣いてる」
ねじれが静かに立ち上がって、透の隣に移動した。普段は声の大きい彼女が、今は何も言わずにただそこに座った。
俺は前に向き直って、また空を見た。
後ろで、透がしばらくしゃくり上げていた。
ねじれが時々「うん」「うん」と相槌を打つだけだった。
三人はそういう関係だった。 夕方。
透は暫くすると泣き止んで、「ごめん急に」と言った。
「謝らなくていいよ」とねじれ。
「泣く場面だろ」と俺。
「……ありがとう、二人とも、ホントは笑って喜びたかったんだけどね」
透がゆっくり息を吐いた。
「これで三人とも雄英になる可能性が出てきたじゃん!」とねじれが言った。「私は二年だから教えてあげる立場になるけど! 楽しみだなあ!」
「俺はまだ受かってない」
「受かるって!」
「……そうだといいな」
「なんで自信なさそうなの!? 悠太の個性でヒーロー科落ちたら誰が通るの!」
「個性の強さだけが審査基準じゃないだろ」
「そりゃそうだけど……それにしたって!」
ねじれが少し口を尖らせた。透が小さく笑った。
「ねじれ先輩って、悠太のことになると必死になるよね」
「必死じゃないよ! ただ事実を言ってるだけ!」
「顔赤いよ」
「日差しのせい!」
「木陰——」
「木の隙間!!」
俺は二人のやり取りを聞きながら、また笑った。
今日も良い日だった。
帰り道。 三人で並んで歩いた。夕日が長い影を作っている。ねじれの水色の髪が橙色に染まって、透の手袋も同じ色になった。
「ねえ悠太」とねじれが言った。
「なに」
「雄英入ったら——同じクラスになれるかな」
「B組とA組は結局の所同じだろ。ねじれはA組だけどどうしてなんだ」
「授業とか演習で絡むことがあるんだよ! 一年のときもそうだったし!」
「そうか」
「だから……会えるよ。雄英入っても」
ねじれが少し小さな声で言った。普段の彼女と違う声のトーンだった。
俺はその意味を少し考えてから、答えた。
「ねじれ、俺が雄英入っても縁が切れるとか思ってないだろ」
「思ってないけど! でもなんとなく言いたくなっただけ!」
「そうか」
「……そうなの!」
「わかった。じゃあ俺も一応言っておく」
「なに?」
「入学してからも、よろしく」
ねじれが黙った。
三秒ほどして「……うん」と言った。
透が「私も!」と言った。
「ああ。三人ともよろしく」
夕日の中、三人の影が並んでいた。
どこか遠くで、鳥が鳴いた。
次回オリ主に合否が届きます。次あたり(もしかしたら既に)原作と変化する場面が出てくる中文才がない為文章がおかしくなる可能性があります。文章に関してのご指摘等は非常に助かります、迷惑でなければ是非ともよろしくお願い致します。