ダンジョンにはTSがつきもの 〜TS転生した怪物は自分への愛が強すぎる〜   作:炭水化物は飲み物

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第一話

「この世で最も慈悲深いことは、人間の精神が、その内に抱えるすべてを関連づけられないことだ」

 

 

 ――H・P・ラヴクラフト『クトゥルフの呼び声』

 

 

 ◇

 

 

 東京中央ダンジョン直下。

 

 国際探索者管理協会日本支部、地下二十七階。

 

 そこには、一般職員の立ち入りを許されない会議室がある。

 

 壁も床も天井も灰色だった。窓はない。観葉植物もない。人間味のあるものといえば、卓上に置かれた胃薬の瓶くらいだった。

 

 誰のものかは分からない。

 ただ、今日この場にいる全員が持ち主候補だ。

 

 部屋の中央に、ひとりの少女の映像が浮かんでいる。

 

 黒に赤の差した髪。

 底のない黒い瞳。

 百四十八センチの小柄な体。

 

 見た目だけなら、迷子センターに連れて行かれてもおかしくない少女だった。

 

 けれど、その横に並ぶ数字が、会議室にいる大人たちの顔から血の巡りを奪っていた。

 

 探索者ランク、未登録。

 所属ギルド、千葉支部登録。

 確認到達階層、千葉ダンジョン九十階。

 人類記録更新。

 八十階層更新&ボス個体撃破。

 九十階層未確認竜型個体撃破。

 渋谷ダンジョンにて、C級探索者如月ここを伴い、Sランク級未確認個体キメラを討伐。

 使用能力、分類不能。推測はユニークスキル。

 推定戦力、S級以上。

 内部暫定評価、特級相当。

 

 秘匿分類――特級超過疑い。

 

 

「……誰だ、この資料を作ったのは」

 

 

 迷宮庁の男が言った。

 

 四十代半ば。眉間に深い皺が刻まれている。机に置いた指先が、端末の縁を一定の間隔で叩いていた。

 

 協会監査官が乾いた声で返す。

 

 

「私です」

「なら聞くが、これは報告書か? それとも怪獣映画の企画書か?」

「報告書です。残念ながら上映予定はありません」

「最悪だな。企画書なら却下して終わりにできた」

「現実は却下しても差し戻されます」

「役所の申請書みたいなことを言うな」

「申請書なら不備を指摘して返せます」

「こいつは?」

「返送先が存在しません」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 五人分の沈黙が会議室に落ちた。

 

 重かった。

 

 紙なら分厚い辞書くらいの厚みがあったし、金属ならたぶん鈍器として申請できた。もちろん申請したところで、今この場の現実と同じく返送先は存在しない。

 

 

「誰か笑えよ」

「敬語、敬語抜けてる」

「失礼」

 

 

 誰も笑わなかった。

 

 笑っていい場面ではなかった。

 

 というより、笑った瞬間に人として大事な何かを一段階くらい失う気がした。職業倫理とか。危機感とか。あるいは胃壁。

 

 映像の中の少女は、渋谷ダンジョンの配信映像から切り出されたものだった。

 白髪の少女の隣で、眠たそうに片目を細めている。手には長棒。肩には力がない。

 見た目だけなら、休日に寝起きでコンビニへ行こうとしている少女で通る。

 

 ただし、問題はその直後だった。

 

 映像の中で、突進してきたキメラの巨体が、棒の一薙ぎで横へ弾かれた。

 Sランク級の質量が、壁へ叩きつけられる。

 まるで邪魔な段ボールを足で押しのけたみたいに。

 段ボール側にも尊厳があるとすれば、たぶん今のキメラよりは守られていた。

 

 

「現場からは、未確認Sランク級探索者という報告が上がっています」

「甘い」

 

 

 協会上層部の女が言った。

 

 白髪交じりの髪を後ろで束ね、細い眼鏡の奥から映像を睨んでいる。

 

 

「Sランク級などという表現は、現場職員の心を守るための防寒具です。薄いですが」

「真冬に紙袋を着るようなものか」

「まだ紙袋の方が風を防ぎます」

「では特級か」

「特級ならまだ管理が可能。少なくとも書類上は」

「書類上だけでも管理できるなら、今頃こんな地下で葬式の下見はしていない」

「香典の予算申請はダンジョン管理部署に?」

「やめろ。あの頭がパーになってる連中なら、通りそうで嫌だ」

 

 

 迷宮庁の男が端末を操作した。

 

 クロエという名前の横に、黒い欄がいくつも並ぶ。

 

 姓なし。

 戸籍、国籍共に確認中。

 前歴なし。

 犯罪歴なし。

 医療履歴なし。

 学歴なし。

 通信契約履歴なし。

 銀行口座なし。

 交通履歴なし。

 探索者登録以前の生活記録、ほぼなし。

 

 

「カオナシか? こいつは」

 

 

 ギルド本部の女が低く呟いた。

 

 

「顔はあります。かなり整っています」

「そういう話じゃない」

「失礼しました」

「いや、整っているのは事実だ。そこは腹立たしい」

「議事録に残しますか」

「残……すな。政府の品位が死ぬ」

「ためらいましたね。ようこそこちら側へ」

「監査官……??」

 

 

 迷宮庁が胃を抑える。

 

 協会監査官は、あくまで冷静な顔で端末を操作した。

 

 映像を拡大。

 

 顔。

 目元。

 全身。

 もう一度、目元。

 

 指先の動きに迷いはない。本人としては、完全に業務の一環なのだろう。実際、クロエという対象の顔貌情報を確認すること自体は、個人識別の観点から見れば不自然ではない。

 

 不自然なのは、その拡大率と停止位置。

 

 映像の中のクロエが、眠たげに片目を細める。

 他人を見下そうとしているわけではない。

 威圧しているわけでもない。

 ただ見ているだけ。

 なのに、その目はどこか、世界を一段下に置いていた。

 

 身長百四十八センチ。

 

 本来なら見下ろされる側の数字ではない。

 けれど映像の中の少女は、立っているだけで周囲の人間に勝手な低さを思い出させる。本人に自覚はない。無意識。だからこそ質が悪い。

 協会監査官の指が、そこで一拍だけ止まった。

 

 

 ぐへへ…

 

 

「んんっ……私はあくまで資料上の特徴を確認しているだけです」

「まだ何も言っていない」

「念のためです」

「自白が早いな。あと漏れてるぞ変態」

 

 

 監査官は無言で画面を切り替えた。

 

 今度は全身映像。

 

 小柄な体。細い肩。華奢な腰。

 そして、身長に見合わないほどすらりと伸びた脚。

 監査官は映像を止めた。

 

 止めた。

 少し戻した。

 また止めた。

 

 

「……解析のためです」

「だからまだ何も言っていない」

 

 

 迷宮庁の男が疲れた声で返した。

 

 

「対象は無意識に他者を下に見るような目をしています。心理分析上、重要です」

「今、少し声が弾んだな」

「気のせいです」

「では全身映像を脚のラインが分かる角度で固定している理由は」

「身体バランスの確認です」

「身長百四十八センチの対象に対して、脚部比率の分析がそんなに必要か」

「必要です。あの身長でこの脚の長さは異常です。長いです。綺麗です」

「異常なのは君の分析角度では?」

「失礼な。私は職務に忠実です」

「職務の顔をした趣味だろ」

「否定します」

「ではそのフォルダ名の『見下し目・脚線美』は何だ」

「……仮称です」

「業務に性癖を持ち込むな」

「対象が業務妨害レベルで刺さる造形をしているのが悪いのでは?」

「責任転嫁……自我強くない??」

 

 

 そこで、ずっと黙っていたギルド本部の女が、深くため息を吐いた。

 彼女はこめかみを押さえたまま、低い声で言った。

 

 

「……あとでね」

 

 

 監査官の指が止まる。

 迷宮庁の男も止まる。

 

 

「……あと、ついでにお腹辺りと脇辺りも確認しといて」

「了解ですっ」

 

 

 協会監査官が小さい声で答えた。

 さっきまでの冷静な敬語ではなかった。

 語尾に、明らかに業務ではないものが混ざっていた。

 迷宮庁の男は、ゆっくりとギルド本部の女を見た。

 それから、胃薬の瓶を見た。

 少し迷って、瓶に手を伸ばした。

 

 

「……君もそっち側か」

「業務上必要な確認です」

「その言い訳はもう売り切れだ、なんでこいつらが上層部にいるんだ……」

 

 

 瓶の蓋が、乾いた音を立てて開いた。

 

 

「話を戻すが…調査はどうなってる?」

「人間は、どこかに痕跡を残します」

 

 

 協会監査官が言った。

 

 

「学校。病院。銀行。通信契約。交通系履歴。監視カメラ。戸籍。住民登録。買い物。行政手続き。あるいは、裏社会の帳簿」

 

 

 端末の黒い欄が追加される。

 

 白札市場、該当なし。

 黒市人材記録、該当なし。

 灰市装備契約、該当なし。

 違法研究施設照合、該当なし。

 海外協会秘匿リスト、該当なし。

 

 

「表にも裏にも足跡がない。おかげで情報部の何人かが、自分の端末を疑い始めました」

「端末が正常なら?」

「対象が異常です」

「端末が異常なら?」

「その方がまだ救いがあります」

「機械の故障であってほしいと願う日が来るとはな。人類も末期だ」

 

 

 協会の女が指を組んだ。

 

 

「裏社会の可能性は、完全には捨てられません」

「これだけ照合してもか」

「裏社会が律儀に全件データベース化しているなら、私たちはもう少し楽な仕事をしています」

「連中が確定申告してくれたら国も潤うんだがな」

「しているところはありますよ。表の会社経由で」

「聞かなかったことにする。クソッタレが」

「賢明です」

 

 

 会議室の中央で、クロエがあくびをしている。

 

 映像越しでも分かる。

 

 自分がどれだけの会議を発生させ、どれだけの大人の胃を削っているか、この少女はおそらく理解していない。

 

 あるいは、理解しても興味がない。

 

 

「問題はもう一つあります」

「まだあるのか……」

 

 

 映像が切り替わる。

 

 今度は白い少女だった。

 

 灰青の瞳。整った顔立ち。白い髪。

 

 如月ここ。

 

 C級探索者、千葉拠点にて活動中。

 

 孤児院出身。

 

 登録者百四十万人。

 

 C級としては、明らかに数字がおかしい。

 

 人気がある、という言葉では少し足りない。探索者としての格より先に、配信者としての顔がひとり歩きしている印象が強い。現場職員からすれば扱いに困る類の数字だった。強すぎるわけではない。弱いわけでもない。だが注目が多く集まる場合、こちらとしても扱いづらくのだ、色々な意味で。

 

 そして、ユニークスキル『拒絶』。

 

 他者からの回復、補助、干渉を弾く体質。

 

 名前だけ聞けば万能防御に見える。実際、反則じみている部分もある。だが現実はそこまで綺麗なものではない。

 

 回復を弾く。

 

 補助を弾く。

 

 味方の支援すら弾く。

 

 便利な盾であると同時に、パーティを組む上では致命的な穴でもあった。だから如月ここは、ずっとソロで潜っていた。

 

 近接戦闘を得意とする剣士。

 配信者としては人気者。

 探索者としては、複数人で潜ると連携がうまく取れずに扱いにくいユニークスキル持ちの探索者。

 

 それが、クロエと接触する前の如月ここに貼られていた、だいたいのイメージ。

 

 先日、千葉ダンジョン六十一階層にて転移トラップに巻き込まれ、単独で下層へ落下。装備破損。重度出血。右脇腹損傷。肩部裂傷。救助が遅れれば、死亡扱いで処理されていてもおかしくない状態だった。

 

 そこへ現れたのがクロエだ。

 

 偶然か意図的か。如月ここはクロエによって救出された。

 

 そしてその後、病院で数日も経たずに致命傷から回復している。

 

 自然治癒ではない。

 通常の治癒魔法でもない。

 なにかしらのスキル影響下にあった可能性が高い。

 

 ただし、その詳細は不明。

 

 如月ここ本人の『拒絶』を考えれば、本来なら他者からの治癒は通らないはずだったにもかかわらず、傷は塞がっている。

 

 退院後、如月ここはクロエと接触。

 

 渋谷ダンジョンでの同行配信。

 長期パーティ申請。

 白咲と呼ばれる武装の譲渡。

 

 さらに現在、二人が同居しているという噂まで出ている。

 

 あくまで噂だが、この場にいる大人たちは全員知っていた。

 

 探索者界隈において、最も面倒な情報は、正式資料ではなく噂の形で最初に流れてくるということ。伊達に数十年ダンジョンについて管理しているだけある。いやな予感は最悪で、的中している。

 

 

「如月ここ」

 

 

 ギルド本部の女が言った。

 

 

「こちらは履歴があります。孤児院の記録も、探索者登録も、配信履歴も、税務上の収入も、ファンの厄介コメントも」

「最後のはいらない」

「多すぎて分析班が泣いていました」

「分析対象を間違えている」

「兄勢という集団が特に厄介だそうです」

「本当にいらない」

「最近の若層はなんだ、勝手に兄などを名乗ってるのか……」

 

 

 迷宮庁の男が目を細める。

 

 

「なぜクロエは、その如月ここに関わっている」

 

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 端末の中で、ここが白咲を抱えている。

 クロエが隣にいる。

 距離は近い。

 

 だが、それだけだった。

 

 それ以上を言い切るには、材料が足りない。

 

 

「救助がきっかけではあります」

 

 

 協会監査官が言った。

 

 

「千葉ダンジョン六十一階層で、如月ここが重傷を負い、クロエが救助。その後、退院した如月ここがクロエに接触。渋谷ダンジョンで同行配信にて長期パーティ申請」

「恋愛か」

「分かりません」

「恩義か」

「分かりません」

「利用か」

「分かりません」

「分かることは?」

「如月ここが配信者として非常に人気であること。ユニークスキル持ちであること。クロエと現時点で行動を共にしていること」

「それだけか」

「それだけです」

「調査部は何をしとる」

「罵詈雑言、苦言、クレーム、絶叫、発狂、暴走が結果です」

「なるほど、地獄か……私から支給品で痛み止めを送っておこう」

 

 

 ギルド本部の女が資料を開く。

 

 

「ユニークスキル『拒絶』は希少です。現在確認されている他のユニークスキルと比べても、発動条件や成長性に不明点が多い。回復・補助を弾く体質という確認情報はありますが、戦略兵器級と判断するほどのデータはありません」

「では、クロエが近づく理由にはならない」

「少なくとも、こちら側の常識では」

「こちら側の常識がアレに通じる保証は?」

「ありません」

「またそれか。便利な言葉だな」

「本件では一番よく働いています」

「やかましい」

 

 

 迷宮庁の男が背もたれに体を預けた。

 

 

「クロエが如月ここに執着している可能性は」

「確認できません」

「配信映像ではどうだ」

「距離は近いですね。名前を呼んだり、武器を譲渡している姿もあります。長期パーティもすぐに申請して組んでいます。ただし、対象の通常行動基準が不明です」

「つまり?」

「異常かどうか判定するための正常値がありません」

「なにが地雷なのか分からない、と」

 

 

 映像が再生される。

 

 渋谷ダンジョン。

 

 クロエが白咲を渡し、如月ここが刀を抜く。

 

 キメラの装甲が断たれ、それに対してコメント欄が荒れる。

 

 その後、対象が発言。

 

 

『お前、今日から俺の家に住め』

 

 

 迷宮庁の男が眉を寄せる。

 

 

「これはどう解釈する」

「同居の提案です」

「見れば分かる」

「『お前が欲しいから一緒に住もう』と告白をしています」

「ちゃう、そうじゃないって」

「それ以上は分かりません」

「……保護か?」

「不明」

「監視か?」

「不明」

「拉致か」

「本人が拒否している様子は確認できません」

「なら合意か」

「如月ここ側の判断能力が正常だったかは、配信映像からは判断困難です」

「恋愛感情で判断力が死んでいる可能性は」

「議事録に残しますね」

「なんで確定してるの。残すな。だが否定も駄目だ。また叩かれてしまう」

「この前の生配信の発言でSランクがブチ切れて乗り込んできて、大荒れしましたからね。正直、ざまぁwwwwと思って見ていました。世の中、世知辛いですね」

「お前どっち側なの???」

 

 

 ギルド本部の女が深く息を吐いた。

 

 

「現時点で、如月ここはクロエを知る数少ない接点です。理由は不明。関係性も不明。ただ、クロエの周辺で最も観測しやすい人物ではあります」

「なら、ついでに調べるしかないな」

「ついで、という言葉で済むなら助かります」

「済ませろ。正式任務にすると書類が増える」

「人類の未来より書類ですか」

「役所では書類がなければ人類も救えん」

 

 

 その時、黒い資料が一つ開かれた。

 

 画面に、羊の角を模した紋章が表示される。

 

 黒羊会。

 

 その名前が出た瞬間、誰かの椅子が小さく軋んだ。

 

 さっきまでの皮肉が、薄皮みたいに剥がれる。

 

 

「黒羊会」

 

 

 協会の女が言った。

 

 

「裏社会において、現在もっとも危険な組織のひとつです」

「ひとつ、で済ませるのか」

 

 

 迷宮庁の男が鼻で笑う。

 

 

「随分と上品な紹介だな。香典返しでも送るつもりか」

「公式文書ですので」

「非公式なら?」

「最恐の組織」

 

 

 短い言葉だった。

 

 誰も否定しない。

 

 

「表向きは探索者支援財団。孤児院支援、低所得探索者への装備支援、治療費補助、遺族支援。看板だけ見れば善良です。吐き気がするほどに」

「看板が綺麗な店ほど、裏口の排水溝が詰まっている」

「詩的ですね」

「昔、監査に入った企業で学んだ」

「嫌な人生経験です」

 

 

 資料が切り替わる。

 

 黒羊会の幹部リスト。

 

 会長。

 副会長。

 三将会。

 

 

「会長、鴉羽玄理。詳細な戦闘記録は不足していますが、推定戦力はSランク以上」

 

 

 映像の中に、黒いスーツの男が表示された。

 細い目。

 穏やかな笑み。

 

 

「副会長は元Aランク探索者。現在は表舞台から退いていますが、戦闘能力は健在と推定」

 

 

 次に、女の写真。

 白手袋。

 無表情。

 

 

「三将会と呼ばれる三名は、全員がAランク相当。純粋な戦闘能力だけで、地方支部一つなら正面から潰せます」

「地方支部の職員が聞いたら泣くぞ」

「四国ギルドは泣く暇もなかったようです」

 

 

 テーブルの上で、誰の指も動かなくなった。

 

 数年前。

 

 四国ギルドと黒羊会は全面衝突した。

 公式には、大規模な摘発作戦とされている。

 非公式には違う。

 

 戦争だった。

 

 そして黒羊会は、勝った。

 

 

「ギルド側は多数の負傷者を出し、幹部数名が円満離職。支部網の再編まで追い込まれました」

「円満離職という表現は便利だな」

「死亡、再起不能、失踪、精神崩壊をまとめられます」

「人事部が泣いて喜びそうだ」

「むせび泣いてました、別の意味で」

 

 

 ギルド本部の女の指が、端末の上で止まった。

 

 

「黒羊会は、単なる人材ブローカーではありません。武力を持ち、資金を持ち、政治との接点を持ち、そして勝った経験がある。裏社会の中でも別格です」

「そんな連中が、如月ここやクロエに興味を持つ可能性は」

「あります」

「理由は」

「クロエ本人は、まず無理です」

「無理?」

「戦力差がありすぎます。叩くにしても囲うにしても、こちら側の常識では成立しません。会長がSランク以上だとしても、対象クロエとの戦闘は避けたいでしょう」

「黒羊会でも手が出せないと」

「少なくとも、正面からは。あの組織は危険ですが、自殺志願者の集まりではありません」

「では、何を狙う」

「周辺です」

 

 

 協会監査官が、端末上の映像を切り替えた。

 白髪の少女。

 如月ここ。

 

 

「クロエに直接触れないなら、クロエの近くにいる人間を探すと思われます。最悪は接触する。保護を名目に近づき、スポンサー契約を持ちかける手法もあります。治療研究、支援制度、配信案件。方法はいくらでもあります」

「如月ここを媒介にする、ということか」

「可能性のひとつです」

「クロエを釣る餌にする気か」

「言葉は選ぶべきです」

「選んだ結果だ」

「では、否定はしません」

「確証は?」

「ありません」

「またそれか」

「本日三度目です」

「記念品でも出すか?」

「胃薬でいいでしょう」

「冗談だ」

「こちらは本気です」

 

 

 協会の女が、さらに別の資料を開いた。

 そこには政府系財団の名前があった。

 

 灰冠財団。

 

 表向きは探索者遺族支援、孤児支援、治療研究支援を掲げる半公的財団。

 政府が直接やれないことを、綺麗な封筒に入れて届けるための箱。

 

 

「黒羊会と灰冠財団の間で、近年、共同事業が増えています」

「やめろ。その名前をこの部屋で出すと、壁に耳が生える」

「この部屋の壁には最初から耳があります」

「道化師か……嫌な安心感だ」

「噂もあります」

「聞きたくない」

「では聞いてください」

「お前は部下に嫌われるタイプだ」

「よく言われます」

 

 

 協会の女は表情を変えない。

 

 

「黒羊会と灰冠財団が共同で進めているとされる計画。名称は、進化計画」

 

 

 その単語が、会議室の真ん中に落ちた。

 誰かの喉が鳴る。

 迷宮庁の男の指先が、止まった。

 

 

「真偽は」

「不明です」

「内容は」

「適性者の能力開発。ユニークスキル保持者の成長誘導。高魔力量者の人工的強化。何かしらの汚染耐性の獲得。資料によって記述はばらばらです。陰謀論の寄せ集めとも取れます」

「陰謀論で済むなら、なぜここに上がっている」

「消された書き込みが多すぎます」

「……なるほど。陰謀論なら笑えるな。現実なら大笑いだ」

「ええ。最悪です」

 

 

 ギルド本部の女が、低い声で言った。

 

 

「黒羊会の戦力。灰冠財団の資金と制度。そこに進化計画などという噂が絡む。もし真実なら、これは一組織の不正では済みません」

「国会案件か」

「表に出れば」

「出なければ?」

「地下二十七階の案件です」

「今日の会議室は満員だな。次は相席か?」

「棺桶なら詰められます」

「ブラックジョークが上達してきたな」

「この仕事をしていると、笑えない冗談だけが増えます」

 

 

 その時、会議室の扉が軽く叩かれた。

 

 こん。

 

 こんこん。

 

 こん。

 

 妙に間延びした音だった。

 出席者の何人かが眉をひそめ、「はぁ」とため息をする。

 協会の女が端末に視線を落とした。

 

 

「……入室を許可します」

「はぁい。お呼ばれされて参上。笑顔と混乱の宅配便。シオン・ジェスターでぇす」

 

 

 扉が開いた。

 入ってきたのは、派手な帽子を片手でくるくる回している人物だった。

 まず目を引くのは、その帽子だった。道化師がかぶるような、先の垂れた三角帽。縁には左右で色の違うリボンが結ばれ、回されるたびに、小さな髑髏の飾りとトランプを模した札がちゃらちゃらと鳴る。

 年は二十歳ほど。

 腰まで届く長い髪は、暗い紫だった。毛先がゆるく波打って、照明の下で鈍く艶めいている。前髪の隙間から覗く瞳も、同じ紫。眠そうでも鋭くもなく、ただこちらの出方を面白がるような目だった。

 細身。長い手足。背は、女にしては高い方だ。

 服装は、探索者というより舞台衣装に近い。

 黒を基調にしたゴシック調の上衣。胸元はコルセットで締め上げられ、フリルとレースが幾重にも重なっている。下は短いパンツ。太ももを覆う長い靴下は、紫と黒の菱形が交互に並ぶ柄で、トランプのダイヤを縦に積み上げたように見えた。

 踵の高い、黒のロングブーツ。指先まで包む黒い手袋。

 片手には、髑髏を象った頭のついた杖。もう一方の手で、帽子をくるくる。

 全身が紫と黒と、毒のような色で塗り固められている。

 その只中で、胸元に留められた協会上位調査官のバッジだけが、ひどく場違いに光っていた。

 似合っているのか、ふざけているのか、判断に困る格好だった。

 本人だけが、この部屋の重さと無関係な顔で笑っている。

 

 

「いやぁ。重い顔がいっぱい。地下二十七階でお葬式の予行練習かな? ボクも黒い服に着替えてくるべきだった?」

「シオン」

「はいはい。冗談は三割まで。残り七割は真心でできています」

「座りなさい」

「立ったままの方が足が綺麗に見えるんだけど。見て、この綺麗な足~」

「座りなさい」

「はぁい」

 

 

 シオンは帽子を胸に当て、くるりと一回転してから椅子に座った。

 

 椅子の背もたれに体を預ける。けれど目だけは、中央の映像から離れない。

 

 クロエ。

 黒に赤。

 眠たげな目。

 人類記録を踏み越えた少女。

 

 

「早速だが」

 

 

 迷宮庁の男が、端末から視線を上げた。

 その目は、シオンの派手な帽子ではなく胸元の協会上位調査官バッジを見ている。

 

 

「どうせ入室前から聞いていたんだろう。君のスキルで」

「やだなぁ。人聞きが悪い」

 

 

 シオンは帽子を胸に当て、わざとらしく肩をすくめた。

 

 

「ボクはただ、扉の向こうで寂しく待っていただけだよ? 中から重たい会話と胃薬の匂いと、あと誰かの性癖が漏れてきただけで」

「シオン」

 

 

 協会監査官が静かに名前を呼んだ。

 

 

「はいはい。監査官殿は今日も怖いなぁ。数年前から変わらないねぇ」

「任務前です。ふざけすぎないように」

「えぇー。せっかくクロエちゃんの足と目元を撮影してあげようと思ったんだけどなぁ」

「ほんと?!」

「監査官???」

 

 

 協会監査官の声が、跳ねた。

 あまりにも純粋だった。

 会議室に一瞬、別種の沈黙が落ちる。

 迷宮庁の男がゆっくりと顔を上げた。

 

 

「おいこら変態」

「失礼な。私は対象の特徴資料を求めただけです」

「今の声で業務は無理がある」

「識別精度向上のためです」

「足と目元の識別精度だけ上げるな」

「重要部位です」

「業務に性癖を混ぜるな」

「混ぜていません。融合しています」

「悪化したぞ」

 

 

 シオンはけらけら笑った。

 

 

「で?」

 

 

 迷宮庁の男が、胃薬の瓶から視線を無理やり引き剥がした。

 

 

「君は実物を見たのか。クロエを」

 

 

 シオンは帽子のつばを指で撫でた。

 

 

「一度だけ。千葉支部から出てくるところを見たよ」

「印象は」

 

 

「ありゃ、特級案件だね」

 

 

 即答だった。

 

 会議室の何人かが、座り直す音を立てた。

 

 シオンは笑っている。

 

 けれど、その目は映像から離れていなかった。

 

 

「映像で見るよりずっとやばかったねぇ。小さくて、可愛くて、眠そうで、つまんなそう。その雰囲気が全身から出てた。実物だけ見れば、本当にただの華奢な女の子なんだよ。筋肉らしい筋肉もない。体格も見た目どおり。あの身体だけなら、たぶん小枝みたいにあっさり折れる」

 

 

 シオンは帽子のつばを指で撫でた。

 笑っている。

 けれど、声の芯だけはふざけていなかった。

 

 

「なのに、抱えてる魔力が海。肌で感じるだけでも()()()()()()()()()()()。しかも、その魔力をほとんど使ってない。派手な魔法もなし。術式を組んでる気配もなし。魔力操作だけ取り出して見れば……んー、正直ちょっとお粗末かな。少なくとも、綺麗に術式を編んで撃つタイプじゃない」

「続けろ」

「あれだけの魔力を抱えて、魔法に使わないなら、行き先はどこか別にある。ボクの予想はひとつ。全部あの身体にぶち込んでる。あの折れそうな身体を、魔力で無理やり戦える形に作り替えてる。……で、ここが本題ね」

 

 

 シオンは指を一本立てた。

 

 

「身体を魔力で強化するだけなら、Sでも特級でも、できる奴はできる。珍しくもない。けど、それを()()やってる奴は見たことがない。普通は燃費が保たないんだよ。必要なときに点けて、終わったら消す。それが当たり前」

「あれは、消してないと?」

「消してる素振りすらない。寝起きみたいな顔でずっと点けっぱなし。なのに底が見えないの、あの子。笑っちゃうよね」

 

 

 シオンは、端末に映るクロエを見た。

 渋谷ダンジョンの映像。

 棒きれを片手に、Sランク級のキメラを横へ弾き飛ばす少女。

 

 

「戦闘は映像でしか見てないけど、近接はトップレベル。中距離もトップレベル。武器の扱いに関しては、その辺の達人が素足で逃げ出すよ。棒、短剣、刀、たぶん他も全部いける。握った瞬間に、その武器の“正解”を最初から知ってる動きだった」

「武器自体は」

「それも変なんだよね。何かしらのスキルが乗ってる。ぱっと出したり、消したりしてたのもそう。でも、問題はそこじゃない。刃も棒も、ただの物体のはずなのに——振ったその一瞬だけ別物に化けてるように見えるんだ」

 

 

 シオンは、端末に映るクロエの手元を、指の先で示した。

 

 

「強化。付与。生成。収納。あるいは、その全部いっぺん。映像越しなら、候補はいくらでも挙げられる……でもね、正直に言うと、ボクにも何をやってるのか分からない。本人目の前で見たらわかるって思って見に行ったけど、結構屈辱だったねぇ」

「君でもか」

「ボクでもだね。ああいう“分類できないもの”を、無理やり既存のスキル表に押し込むと——人はだいたい、そこで読みを間違えるから気を付けてね」

「遠距離は」

「断言はしない。でも、近接と中距離をあのレベルで両立してる相手が、遠距離だけできませんって方が考えにくいでしょ。なにかしら持ってる。少なくとも“持ってない前提”で動くのは、馬鹿のやることだと思うよ」

 

 

 軽く言って、シオンは肩をすくめた。

 

 

「近接。中距離。武器適性。身体強化。魔力量。このうちのどれか一つだけでも、Aランクの天井に頭をぶつける。それが、全部まとめて同じ身体に詰まってるの。ここに遠距離まで揃ってたら、もう完全に特級以外の何物でもない。それも、世界のトップに立てる方の特級」

 

 

 そこで一度、言葉を切る。

 笑みは消えない。

 消えないまま、ほんの少しだけ目が細くなる。

 

 

「人間の皮をかぶったバケモンだよ、あれは。ただ……」

 

 

 そこで言葉が止まった。

 帽子の縁を撫でる指が、一度だけ止まる。

 シオンはすぐに笑みを深くした。

 

 

「いや、なんでもない」

「続けろ」

「やーだ」

「任務前だぞ」

「だからやだ。任務前に余計なことを言うと、だいたい死亡フラグになるって相場が決まってる」

「君は協会上位調査官だろう」

「死亡フラグに階級章は効かないよ?」

 

 

 協会の女が、端末を操作した。

 

 シオンの前に任務書が表示される。

 

 

「シオン・ジェスター。任務を命じます」

「はぁい。道化師、拝命します」

「対象クロエの出自確認。裏社会、海外勢力、違法研究施設、企業保有戦力との関連を調査」

「了解。カオナシちゃんの戸籍探しだね」

「ふざけない」

「今のは会議室の空気を柔らかくするための奉仕活動です」

「効果は」

「しっぱ~い」

「続けます」

 

 

 協会の女は画面を切り替えた。

 

 

「加えて、如月ここについても調査。クロエがなぜ彼女と行動を共にしているのか、現時点では不明です。ユニークスキル『拒絶』は希少ですが、それだけでクロエの同行理由とは判断できません」

「ついでに白い子も見るってことね」

「ついで、で構いません。ただし軽視はしないこと」

「はいはい。白い子、人気者、拒絶持ち、クロエちゃんの近くにいる。理由不明。了解」

「さらに黒羊会の動向調査」

 

 

 シオンの笑みが、少しだけ細くなった。

 

 

「うわ。最恐の羊さんまで出るの?」

「黒羊会と灰冠財団の接点。可能なら、進化計画の噂についても調べてください」

「可能なら、ね」

「無理に踏み込む必要はありません」

「そういう言い方すると、踏み込めって意味に聞こえるんだけど」

「無理に踏み込む必要はありません」

「二回言った。ますます怪しい」

「命令は以上です」

 

 

 迷宮庁の男が口を開く。

 

 

「補足する。黒羊会会長、鴉羽玄理との直接接触は避けろ」

「避けられるならね」

「副会長、三将会も同様だ。全員が高ランク探索者相当の戦闘力を持つ。特に会長はSランク以上と見るべきだ」

「四国ギルドに勝った怪物集団だもんねぇ。聞いてるだけで胃が踊り出しそう」

「君に胃があるなら大事にしろ」

「あるよ。たまに仕事を拒否するけど」

「正常だ」

 

 

 協会の女が言った。

 

 

「もう一つ。クロエとの敵対は禁止。挑発も禁止。拘束案の提示も禁止。戦闘になった場合は即時撤退」

「無理難題が多いなぁ。ボクのこと何だと思ってるの?」

「道化師」

「正解。じゃあ仕方ないか」

 

 

 シオンは任務書に指を置いた。

 

 承認。

 

 薄い音が鳴る。

 

 その瞬間、会議室の扉のロックが解除された。任務を受けた者だけが出られる仕組みだ。

 

 シオンは立ち上がり、帽子をかぶった。

 

 斜めに傾ける。

 

 笑う。

 

 舞台袖へ向かう役者みたいに。

 

 

「確認しておくけど」

 

 

 シオンは振り返った。

 

 

「もし黒羊会がクロエちゃんに関わってたら?」

「証拠を押さえろ」

「もし灰冠財団が噛んでたら?」

「慎重に扱え」

「もし進化計画が本当にあったら?」

 

 

 迷宮庁の男が黙った。

 

 協会の女も答えない。

 

 ギルド本部の女が、端末から視線を上げた。

 

 

「生きて帰ってください」

「おや。優しい」

「死なれると報告書が増えます」

「台無しだよ?」

 

 

 シオンはけらけら笑った。

 

 軽い笑いだった。

 

 軽すぎて、床に落ちる前に消えていく。

 

 

「じゃあ、行ってくるよ。怪物と羊と、ついでに白い子を見に」

「シオン」

「ん?」

「ふざけすぎるな」

「無理」

「なら、死ぬな」

 

 

 シオンは一瞬だけ目を細めた。

 

 すぐにいつもの顔へ戻る。

 

 

「それは努力目標ってことで☆」

 

 

 ◇

 

 

 地下二十七階から地上へ向かうエレベーターの中で、シオンはひとりだった。

 

 壁の鏡に、自分の顔が映っている。

 

 にこにこ。

 

 よくできた笑顔。

 

 頬の角度も、目尻の曲げ方も、唇の開き方も完璧。探索者向け番組に呼ばれた時の顔。協会の汚れ仕事を受ける時の顔。敵地へ潜る時の顔。泣いている新人を励ます時の顔。上層部に冗談を吐いて煙に巻く時の顔。

 

 どれも便利。

 だがどれも本物ではない。

 鏡の中のシオンが、こちらを見て笑っている。

 シオンはその顔へ向けて、指で小さく銃を作った。

 

 

「ばぁん」

 

 

 鏡の中の道化師は、撃たれても笑っていた。

 

 エレベーターが上昇する。

 

 階数表示が一つずつ変わっていく。

 

 地下二十六階。

 地下二十五階。

 地下二十四階。

 

 

「クロエ、ね」

 

 

 名前を口の中で転がす。

 

 あの日、千葉支部から出てくるクロエを一度だけ見た。

 小さくて、細くて、同性の目で見ても純粋に可愛いと思ってしまう容姿。

 買ったばかりらしい服の裾を気にして、ほんの少しだけ足を止めていた。

 その仕草だけならただの女の子だ。

 

 シオンの疑問は尽きない

 

 戦い方。魔力の反応。武器の扱い。

 魔物を前にした時の、あの退屈そうな目。

 武器に何かを乗せていたように見えたあの動作。

 魔法をほとんど使っていないのに、魔力の反応だけは馬鹿みたいに大きかったあの現象。

 あの細い身体で、どうしてあんな出力に耐えているのか。

 なぜ、戦う時だけあんなに自然なのか。

 なぜ、あれほどのものを持っているのに、本人は退屈そうにしているのか。

 

 気になることは、いくつもある。

 

 いくつも。

 

 けれど今ここで、全部を言葉にする気にはならなかった。

 

 特級案件。

 

 人間の皮をかぶったバケモン。

 

 それで十分だった。

 

 少なくとも、あの場の大人たちの胃を痛めるには。

 

 

 ただ。

 

 

 それとは別に、もう一つだけ、説明のつかないものが残っていた。

 

 千葉支部から出てくるクロエを見た、あの一瞬。

 シオンの足はほんの半歩、勝手に止まりかけた。

 危険だと分かっている相手に。

 特級案件だとほとんど確信した相手に。

 胸の奥で、何かが引っかかった。

 

 親近感。

 

 

「……ただ」

 

 

 声が小さく落ちた。

 鏡の中のシオンが、まだ笑っている。

 

 いつもの顔。

 

 いつもの道化。

 

 いつもの、誰か。

 

 

「私と似ている、って思っちゃったのは、失礼だったかな?」

 

 

 返事はない。

 鏡の中の道化師は、答えを持っていない。

 エレベーターが地上へ近づいていく。

 光が隙間から差し込む。

 シオンは帽子を深くかぶり直した。

 次に鏡を見た時、そこにいたのはいつもの顔だった。

 

 

「ま、なにはともあれ、幕開けだ」

R18見たい? スカは圏外

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  • マニアックなのもいけるなら……
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