BLEACH No name   作:鈴夢

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THE DAY THE LIE DIED

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

嘘が死んだ日

 

真実は

 

誰も救わなかった

 

 

 

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THE DAY THE LIE DIED

 

 

 

 

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双極の丘に吹く風は、どこか異様な静けさを孕んでいた。

 

砕けた地面。

崩れた処刑台。

 

激戦の痕跡だけがそこかしこに残り、空はどこまでも青く広がっている。

 

その中央に立つ男だけが、この場の空気から切り離されたように穏やかだった。

 

 

""藍染惣右介""

 

その足元では一護が膝をつき、恋次もまた傷だらけの身体を支えている。

 

ルキアは赤い首輪を藍染に引かれ、霊圧の力に完全に圧され動けなかった。

 

市丸はいつものように薄く笑い、

東仙は無言でその場に立っていた。

 

 

藍染は今、この場で。

とある真実を語っていた。

 

「――"君たちは浦原喜助の部下だろう?"」

 

静かな声だった。

しかしその一言だけで、空気が張り詰める。

 

一護は歯を食いしばる。

 

「……何の……話だ……」

 

彼の反応を前に、藍染は小さく笑った。

 

「なるほど」

 

その視線が一護と恋次を順番に見据える。

 

「どうやら何も聞かされてはいないようだね」

 

その声音には失望も嘲笑もなかった。

ただ事実を確認するだけの冷静さがあった。

 

「まあいい」

 

藍染は空を見上げる。

 

「最後だ」

 

青空の向こう。

まるで誰かに語りかけるように。

 

「僕が教えてあげよう」

 

静かに語り始めた。

 

「死神には基本的に四つの戦闘方法が存在する」

 

その声は教師の講義のようだった。

 

「斬術、白打、歩法、鬼道」

 

藍染は指を一本ずつ立てる。

 

「死神はそれらを鍛え、強くなる。……だが――」

 

そこで僅かに目を細めた。

 

「どれほど鍛えようとも限界強度というものが存在する」

 

一護が眉をひそめる。

藍染は構わず続けた。

 

「斬術を極めても、鬼道を極めても、歩法を極めても、白打を極めても。魂魄そのものの強度に限界がある以上、成長はどこかで停止する」

 

風が吹く。

藍染の髪が静かに揺れた。

 

「それが死神の限界だ」

 

誰も口を挟めなかった。

あまりにも自然に。

あまりにも確信に満ちていたからだ。

 

「ならばどうする?」

 

藍染は微笑む。

 

「その限界を突破し、全ての能力を更なる高みへ押し上げる方法は存在しないのか」

 

一護は嫌な予感を覚えた。恋次も同じだった。

 

藍染の語る内容そのものより、その瞳が恐ろしかった。

 

まるで答えを知り尽くした者の目。

 

「あるんだ」

 

藍染は言う。

 

「ただひとつだけ」

 

そして静かに告げた。

 

「"死神の虚化だ"」

 

空気が変わる。

その言葉を聞いた瞬間。

東仙の表情が僅かに動き、市丸の笑みが深くなった。

 

「死神と虚。本来なら決して交わらない二つの存在、相反する力。……だが、その境界を取り払うことが出来れば」

 

藍染の声は徐々に熱を帯びていく。

 

「存在そのものは更なる高みへ到達する。理論は古くから存在した。ただ誰も実現出来なかっただけだ」

 

藍染は微かに、口元を緩ませる。

 

「だから僕がやった」

 

その言葉に一護が目を見開く。

 

「……何?」

 

藍染は笑う。

穏やかに。

だが底知れない狂気を隠しもせず。

 

「密かに様々な実験を繰り返した。数え切れないほどね。……そして――」

 

藍染の瞳が細くなる。

 

「""過去に二度だけ。それを大々的に試したことがあった""」

 

恋次が息を呑む。

 

なぜだろう。

嫌な予感が止まらない。

 

「一度目は複数の死神を対象に。まだ実験も序盤だったからね。あまりいい結果には繋がらなかった。複数の隊長格を失ったが……そこまで混乱はなかった。」

 

――浦原たちを含む、例の事件。

そして――

 

「二度目。十三番隊のある小隊を、とある地域へ向かわせた」

「……ッ」

「極めて些細な任務としてね」

 

ルキアはハッと目を見開く。

その様子を他所に、藍染の声が静かに響く。

 

「そこで僕は死神の虚化実験を行った。二度目は失敗を活かし、さらに精密にね。」

「……ぁ……あ」

「区域に特殊な結界を貼り、外槍が入らないようにした。」

「……ッ……」

「最初は二人。目をつけていた隊士だったが……呆気なく虚化し暴走。魂魄は壊れ、ただの化物になった」

 

その口調はまるで昔話でも語るようだった。

 

そしてルキアはその言葉を元に、過去の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡っていた。

 

霧に包まれる仲間たち。

二人の死神の暴走。

――まさか、と。ルキアは背筋を凍らせる。

 

「"だが"」

 

藍染の瞳が僅かに愉悦を帯びる。

 

「"そこで適応者が現れた"」

 

双極の丘に沈黙が落ちる。

誰も言葉を発しない。

藍染はその沈黙を楽しむようにゆっくり続けた。

 

「非常に優秀だったよ。鬼道の才に溢れ、魂魄の強度も高かった。精神構造も興味深かった――」

 

 

脳裏に浮かぶ、一人の女

 

 

「""だから生き残った""」

 

一護の胸がざわつく。

嫌な予感が確信へ変わり始める。

 

藍染は微笑んだ。

その笑みはどこか懐かしむようですらあった。

 

「君たちもよく知る人物だ」

 

風が吹く。

誰も動かない。

誰も声を出せない。

 

そして藍染は静かにその名を告げた。

 

「――""無類井馨""」

 

その瞬間、双極の丘の空気が凍りついた。

 

 

藍染は怯えるルキアへ視線を向ける。

 

 

 

「実に興味深かったよ。」

 

藍染の声に熱が混じる。

 

「当時の私には理解できなかった。なぜ崩壊しないのか。なぜ境界を越えてなお存在できるのか。私は知りたくなった。」

 

藍染は静かに右手を見下ろした。

 

「死神と虚。その境界を曖昧にする力を。魂の限界を超越する術を。」

 

そして。

その瞳が細められる。

 

「"崩玉"」

 

ルキアの肩が震えた。

聞き覚えのない名。

だが、その響きには嫌な予感があった。

 

藍染は続ける。

 

「崩玉とは、死神と虚の境界を取り払う禁断の異物。」

「……」

「死神を虚へ。虚を死神へ。魂の常識そのものを書き換える力だ。」

 

双極の丘に静寂が落ちる。

 

「私は長い年月を費やし、それを探し続けた。しかし見つからなかった。」

 

藍染はそこで小さく笑った。

 

「当然だ。……"隠した男"が優秀だったからね。」

 

恋次が眉をひそめる。

 

「隠した男……?」

 

藍染は答える。

 

「浦原喜助。」

 

その名に一護の目が見開かれた。

 

「浦原さんが……?」

「そう。」

 

藍染は頷く。

 

「崩玉を創り出した張本人。そして、その危険性を理解した男だ。だから彼は隠した。……誰にも見つからない場所にね?」

 

藍染の視線が再び、ゆっくりとルキアへ向く。

 

ルキアの身体が強張る。

嫌な予感が現実へと変わっていく。

 

「朽木ルキア。」

 

藍染は微笑んだ。

 

「君の中に。」

 

その一言に、双極の丘の空気が凍りついた。

 

「もう分かるだろう」

 

穏やかな声音。

まるで答え合わせをする教師のように。

 

「彼が隠し場所として選んだのが――君だ、朽木ルキア」

 

ルキアが目を見開く。

一護も恋次も言葉を失っていた。

藍染は構わず続ける。

 

「だが、それを突き止めた頃には既に君は現世へ姿を消していた。僕はすぐに察したよ。浦原喜助の仕業だとね」

 

薄い笑みが浮かぶ。

 

「彼はかつて、霊視を含まない霊子体を開発した。それによって補足不可能な義骸を造り出したことで尸魂界を追放されている」

 

藍染は指先を軽く上げる。

 

「魂魄に入り続ければ死神の力は失われる。……つまり彼は君に力を与えたのではない」

「……なっ」

「崩玉の所在そのものを消し去ろうとしていたんだ」

 

静寂。

双極の丘を吹き抜ける風だけが聞こえる。

 

そして藍染はふと話題を変えるように言った。

 

「もっとも。浦原喜助が隠したかったのは崩玉だけではなかったかもしれないがね」

 

一護が眉をひそめる。

藍染の口元がわずかに歪む。

 

「無類井馨」

 

その名が告げられた瞬間。

恋次の肩がぴくりと震えた。

 

「……彼女は……興味深くてね。」

 

藍染の瞳が細くなる。

 

「物事の本質を見る目を持っていた」

 

穏やかな声だった。

だがその評価は本物だった。

 

「彼女は感情に流されない。誰かを盲信することもない。真実に辿り着こうとする」

 

一護は無意識に拳に力を込めた。

 

「だから邪魔だった」

 

藍染は当然のことを語るように続けた。

 

「崩玉を巡る計画は百年以上を費やしたものだ。その途中で余計な駒が盤上を歩き回るのは好ましくない。特に彼女のような人物はね」

 

藍染は静かに笑った。

 

「だから退場してもらった」

 

その言葉に全員が息を呑む。

 

「彼女を大罪人に仕立て上げた。証拠を用意し。証言を整え。四十六室を動かした」

 

まるで書類仕事でも語るような口調だった。

 

「そして結果として彼女は尸魂界から消えた。実に都合が良かったよ」

 

藍染は空を見上げる。

 

「さらに幸運だったのは……その後、浦原喜助が彼女を保護したことだ」

 

その瞬間。

一護の表情が変わる。

 

藍染は見逃さない。

 

 

「実に懸命な判断だった。感謝を伝えたいほどにね。」

 

その言葉に一護の表情が険しくなる。

 

「……何が…言いてえ。」

 

藍染は肩を竦めた。

 

「彼女には死なれては困るからだよ。」

 

静かな声だった。

だからこそ、その言葉は不気味だった。

 

「志波海燕を失った直後の彼女は酷い状態だった。心も魂も、ほとんど壊れかけていた。自ら命を絶んだとしても不思議ではないほどにね。」

 

ルキアは唇を噛み締めた。

 

藍染は続ける。

 

「浦原喜助は彼女を保護し、現世へ匿った。結果として彼女は生き延びた。」

 

藍染はそこで薄く微笑む。

 

「私にとっても都合が良かった。」

 

一護の目が細くなる。

 

「都合だと……?」

「そう。」

 

藍染はあっさり頷いた。

 

「無類井馨は貴重な存在だ。死神と虚、その境界を越えながら崩壊しなかった唯一の成功例。」

「……てめぇ……」

「そんな存在を失うのは惜しい。」

 

その声音には温度がない。

人ではなく、研究対象を見る目だった。

 

「だから私は安心したよ。浦原喜助、そして四楓院夜一のそばに居るのであれば……何れまた会えるだろうと。」

 

風が吹く。

藍染の前髪が揺れた。

 

「彼女には――」

 

そこで言葉を切る。

僅かに口元を吊り上げて。

 

「"まだ、やってもらわなければならないことがある"」

 

一護の背筋に嫌なものが走った。

 

恋次もルキアも言葉を失う。

藍染だけが静かに微笑んでいる。

まるで遥か先の未来まで見通しているかのように

 

「無類井馨は義理堅い。受けた恩を忘れない。自分を救った相手には借りを返そうとする。だから彼女は浦原喜助の傍を離れなかった」

 

藍染は微笑む。

 

「実に彼女らしい。真面目で、誠実で、愚かなほどに責任感が強い」

 

その言葉には皮肉も混じっていた。

 

「おかげで僕は、余計な横槍を受けずに済んだ」

 

藍染はそこで一度言葉を切る。

 

そして。

ほんの僅かに目を細めた。

 

「もっとも――彼女が再び尸魂界へ戻る決断をするとは思っていなかったがね」

 

その一言だけは。

まるで盤面に現れた想定外の駒を見つめる棋士のようだった。

 

 

藍染の言葉が終わった瞬間。

双極の丘に、重い沈黙が落ちた。

 

誰も口を開けない。

風だけが吹いている。

 

その中で、朽木ルキアだけが呆然と藍染を見上げていた。

 

瞳は揺れ、

血の気は失われ、

まるで今初めて、自分が何を聞かされたのか理解し始めたかのようだった。

 

「……そんな……」

 

掠れた声が漏れる。

脳裏に浮かぶのは、遠い昔の記憶。

 

十三番隊。

優しく微笑む黒髪の女性。

鬼道を教えてくれた背中。

任務帰りに頭を撫でてくれた手。

 

そして――

審問の日。

 

四十六室。

 

積み上げられた証拠。

証人席。

震える自分。

信じたい気持ちと。

信じられない現実。

 

 

┈┈┈

 

 

 

『――信じてください!!』

『私は何もやってない!!』

『お願い……!ルキア!!』

 

 

 

┈┈┈

 

 

あの時、馨を見下ろしていた自分。

ルキアの唇が震えた。

 

「私は……」

 

声にならない。

 

「私は……」

 

両手が強く握られる。

 

「馨殿に……」

 

喉が締め付けられる。

 

「なんと……酷いことを……」

 

その声はほとんど消え入りそうだった。

藍染はそんなルキアを静かに見下ろしている。

 

まるで最初からそうなることを知っていたかのように。

 

「ああ」

 

穏やかな声だった。

残酷なほどに。

 

「あの場にいた君も含めて」

 

藍染は言った。

 

「誰もが無類井馨を裏切ったんだ」

 

ルキアの肩が震える。

 

「浮竹隊長も、護廷十三隊も、中央四十六室も――"そして君も"」

 

その一言一言が刃のように突き刺さる。

 

藍染は続ける。

 

「面白いものだね」

 

小さく笑う。

 

「もしあの時、たった一人でも彼女を信じる者が多ければ、もし瀞霊廷に彼女が残っていれば」

 

藍染の目が細くなる。

そこには紛れもない本音があった。

 

「僕の計画は、ここまで上手く進まなかった」

 

恋次が息を呑む。

一護も黙ったままだった。

藍染は振り返り、瀞霊廷を見下ろす。

 

遠くに広がる白い街並み。

 

護廷十三隊。

中央四十六室。

 

すべてを見渡しながら。

 

「彼女は優秀だった」

 

静かな声。

 

「真実を疑うことを知っていた。他人の言葉を鵜呑みにしない……そして何より――」

 

藍染の瞳にわずかな冷たさが宿る。

 

「自分の命を懸けてでも他人を守ろうとする」

 

その評価は本物だった。

だからこそ、藍染は排除した。

 

「彼女が残っていれば、四十六室の裁定を疑っただろう。虚化実験の痕跡を追っただろう……そしていずれ僕に辿り着いたかもしれない」

 

藍染は肩をすくめる。

 

「だから退場してもらった」

 

あまりにも当然のように。

馨の人生を奪ったことすら。

 

ただ盤上の一手だったと言わんばかりに。

 

「だが結果はどうだ」

 

藍染は笑った。

 

「誰も彼女を信じなかった」

 

「誰も彼女の手を取らなかった」

 

「誰も彼女を止めなかった」

 

その笑みは穏やかなのに。

どこまでも残酷だった。

 

「実に滑稽じゃないか」

 

ルキアの瞳から涙が零れる。

 

「……ぁ……ッ……」

 

ぽたり、と。

白い石畳に落ちる。

 

藍染はその様子を見ても何も感じていない。

 

ただ事実を述べる。

 

「君達自身が。無類井馨という駒を盤上から追い出してくれたんだ」

 

静かに。

だが確実に。

 

「だから僕はここまで来た。」

 

風が吹く。

その言葉だけが、

双極の丘に重く響いた。

 

 

 

藍染は静かに、改めてルキアの首の拘束具を引き、歩み寄った。

 

もはや誰も動けない。

 

一護も。

恋次も。

その場にいる全員が、ただ藍染を見上げることしかできなかった。

 

藍染は拘束されたルキアの顎を持ち上げる。

そして冷ややかな瞳で見下ろし、静かに口を開いた。

 

「さて。君の役目も、ここで終わりだ。」

 

ルキアの肩が僅かに震える。

一護が前へ出ようとするが、その行く手を東仙が阻んでいた。

 

藍染は気にも留めない。

 

「崩玉を魂魄の内部に隠すという発想は見事だったよ、浦原喜助。僕でさえ、見つけ出すまで随分と時間がかかった。」

 

穏やかな声だった。

まるで誰かの功績を称えるような。

 

「もっとも。隠された場所が分かったとしても、それだけでは意味がない。」

 

藍染は右手を軽く持ち上げる。

 

「崩玉を取り出すには、魂魄そのものへ干渉しなければならないからだ。」

 

恋次が顔をしかめる。

ルキアも理解できないという表情を浮かべていた。

 

藍染は説明を続ける。

 

「魂魄の奥深くに埋め込まれた崩玉を取り出す方法は二つ。一つは極めて単純だ。」

 

その視線が破壊された双殛へ向けられる。

 

巨大な処刑具。

尸魂界最強の破壊力を持つ刑具。

 

「双殛。超高密度の熱エネルギーによって外殻である魂魄を蒸発させる。そして残された崩玉のみを回収する。」

 

ルキアの瞳が揺れた。

一護も歯を食いしばる。

 

「つまり……」

 

恋次が呟く。

 

「最初からそれが目的だったってことか。」

 

藍染は微笑んだ。

 

「その通りだ。朽木ルキアの処刑は極めて合理的だった。僕にとってはね。」

 

そして藍染は続ける。

 

「だが。僕は慎重な性格でね。」

 

市丸が小さく笑った。

藍染もそれに応じるように僅かに目を細める。

 

「君たち旅禍が現れた頃から、別の可能性を考え始めた。」

「何……?」

「もし、君たちの働きによって処刑が実行されなかった場合。双殛が失われた場合。」

「……」

「その時のために、もう一つの方法を探した。」

 

ルキアの表情が強張る。

嫌な予感が膨らんでいく。

 

「それが。」

 

藍染の瞳が僅かに細くなる。

 

「魂魄組成への直接干渉だ。」

 

手元に紫色の細い固体が現れる。

 

「崩玉が埋め込まれた魂魄構造を解析し、強制的に分離する技術。」

 

一護の顔色が変わる。

 

「無論、容易ではない。浦原喜助ほどの男が隠したのだ。そう簡単に見つかるはずもない。……だから調べた。」

 

その声は静かだった。

だがどこか愉悦を帯びている。

 

「地下議事堂。大霊書回廊。」

 

尸魂界に存在するあらゆる知識。

あらゆる歴史。

あらゆる研究記録。

 

それらが収められた禁断の書庫。

 

「中央四十六室が保管していた膨大な記録。」

 

藍染は微笑んだ。

 

「浦原喜助自身の研究履歴。」

 

一護が眉をひそめる。

 

「研究履歴だと……?」

「そう。先述したが、彼は天才だった。そして天才であるが故に、自らの研究過程を完璧に記録していた。」

 

藍染は肩を竦める。

 

「実にありがたいことだ。おかげで私は見つけることができた。崩玉を、君の魂魄から取り出す方法をね。」

 

ルキアの顔から血の気が引く。

藍染はゆっくりと一歩前へ進んだ。

 

その瞳はまっすぐルキアを見据えている。

まるで長年探し求めた宝を前にした学者のように。

 

「だから安心したまえ。双殛はもう必要ない。……君の役目は。」

 

藍染は静かに微笑んだ。

 

「今、この場で終わるのだから。」

 

ルキアの身体が震える。

しかし逃げることはできない。

 

空気が変わる。

藍染とルキアを囲うように、鋭い牙の様なものが四方に現れた。

 

刃でもない。

槍でもない。

異様な形状をしたもの。

 

藍染はわずかに笑った。

 

 

その瞬間だった。

 

不気味な霊力を纏った藍染の右腕がルキアの胸元へと向けられる。

 

ルキアは思わず目を閉じた。

 

「やめろォォォォ!!」

 

一護が叫ぶ。

叫ぶことしかできない。

 

身体が動かない。

藍染は振り返りもしなかった。

 

そして――

藍染の腕が容赦なくルキアの胸元を貫く。

 

 

 

「うあッ……あ……」

 

ルキアの身体が大きく仰け反る。

 

悲鳴すら出ない。

魂魄そのものを抉られるような苦痛。

 

空気が震えた。

 

 

「ッ……!」

 

次の瞬間。

ルキアの胸元から眩い光が溢れ出す。

 

淡い青白い輝き。

小さな球体。

それはまるで魂そのもののようだった。

 

藍染はその光を静かに握る。

 

「――驚いたな」

 

手の中で光が揺れる。

 

「こんな小さなものなのか」

 

誰も言葉を発せなかった。

 

「これが崩玉」

 

藍染が追い求め続けた禁忌。

尸魂界を揺るがした全ての元凶。

 

それが今、藍染の掌にあった。

 

ルキアの身体から力が抜ける。

その身体が落下した。

 

 

「……ギン」

「はい。藍染隊長。」

 

 

刹那、ルキアを目掛け、市丸が抜刀した。

 

「……しゃあないなあ」

 

誰も間に合わない。

 

「"射殺せ、神鎗"――」

 

 

 

伸びる刃。

ルキアを目掛け、凄まじい速さで――

 

 

 

 

「ルキアァア!!!!」

「((体が……動かね――))」

 

一護も恋次も動けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那

 

 

 

 

 

「……ッ……!」

 

ルキアの体が何者かに抱きとめられる。

 

「「!?」」

 

その人物の登場は、まさに予想外のものだった。

 

傷だらけの身体で

それでも。

"確かに妹を抱きかかえていた"

 

「兄……様……」

 

ルキアの瞳が大きく見開かれる。

信じられないものを見るように。

 

「……くっ……」

 

現れたのは傷だらけの白哉だった。

 

「兄様!!」

 

白哉は何も答えない。

ただ静かにルキアを抱き上げる。

 

その背中だけが語っていた。

もう失わせないと。

もう見捨てないと。

 

藍染はそれを見て小さく笑った。

 

 

「……」

 

だがその時だった。

 

空が揺れる。

巨大な砲弾のようなものが双極の丘へ突っ込んでくる。

 

轟音。

土煙。

 

そして。

 

「派手にやっとるなァ!!」

 

聞き覚えのある声が響く。

煙の中から現れたのは志波空鶴だった。

 

その後ろには岩鷲。

花太郎。

そして旅禍たち。

 

「岩鷲!」

 

一護の顔に驚きが走る。

 

「来てやったぜ!!」

 

岩鷲も叫ぶ。

 

その直後。

さらに別の霊圧が降り立つ。

 

金色の瞳。

四楓院夜一。

 

「もう逃げられんぞ、藍染。」

「……ほう。懐かしい顔だな。」

 

「動くな。藍染。」

「……」

 

夜一は藍染の首元に刃を添わせ、睨みつける。同じように砕蜂も雀蜂を構えていた。

 

その眼光は鋭い。

 

「おぬしらに逃げ場はない」

 

静かな声だった。

しかし絶対の自信があった。

 

そして。

その言葉に呼応するように。

 

次々と霊圧が現れる。

 

轟く風。

閃く瞬歩。

隊長格たちだった。

 

狛村。

京楽。

浮竹。

卯ノ花。

山本。

更木。

 

それぞれが双極の丘へ集結していく。

 

護廷十三隊。

その戦力が今、この場に集まりつつあった。

 

藍染を中心に。

巨大な包囲網が完成する。

 

「動かないで。」

「……けったいやなあ」

 

市丸の首に刃を向けるのは松本。

 

「……東仙隊長」

「……」

 

部下である檜佐木に阻まれる東仙。

 

 

藍染だけが変わらない。

まるで全て想定内だと言わんばかりに。

 

そして――

その時だった。

 

誰かが気付いた。

 

「……あれは」

 

空だった。

遥か上空。

強大な霊圧が落ちてくる。

 

誰もが空を見上げる。

浮竹が息を呑む。

京楽の目が見開かれる。

卯ノ花ですら一瞬だけ瞳を細めた。

 

信じられない。

あり得ない。

 

だが。

その霊圧を間違える者はいなかった。

 

黒い死覇装。

長い黒髪。

風に揺れる裾。

 

その姿がゆっくりと双極の丘へ降り立つ。

 

「……」

 

土煙が舞う。

 

静寂。

誰も言葉を発せない。

 

まるで時が止まったようだった。

 

五十年。

五十年もの間。

姿を消していた人物。

 

尸魂界最大の大罪人。

 

そして――

藍染惣右介によって人生を奪われた女。

 

「……馨」

 

浮竹の声が震えた。

ルキアの瞳から涙が溢れる。

 

白哉だけは静かにその姿を見つめていた。

 

まるで。

ずっと待っていたかのように。

 

馨は何も言わない。

誰も見ない。

視線の先にいるのはただ一人。

 

藍染惣右介。

それだけだった。

 

風が吹く。

長い黒髪が揺れる。

その瞳には怒りが宿っていた。

 

喪失の。

絶望の。

そして真実へ辿り着いた者だけが抱く怒り。

 

ゆっくりと。

馨は腰の鞘へ手を伸ばした。

 

静かな動作。

だが誰もが息を呑む。

 

指先が柄を握る。

刹那。美しい刀身が姿を現した。

 

陽光を受けて煌めく刃。

双極の丘を満たす沈黙。

 

馨は刀を構える。

その瞳は真っ直ぐ藍染を射抜いていた。

 

逃がさない。

その意思だけが伝わる。

 

藍染もまた静かに彼女を見つめ返す。

 

百年越しの計画。

五十年越しの因縁。

 

二人は初めて。

真実を知った上で向き合った。

 

双極の丘に集った全員が理解した。

 

 

今、この瞬間。

本当の戦いが始まろうとしていることを。

 

 

 

 

 

「――砕蜂!!」

 

その時、夜一の声が響いた。

 

「離れろ!!」

 

その声音に含まれた切迫感に、砕蜂は反射的に振り返る。体を藍染から話したと同時に地を蹴る音が鼓膜に流れる。

 

「((――なんて速さだ!))」

 

少しでも砕蜂の動きが遅れていれば巻き込まれていただろう。

 

黒い影が藍染へと一直線に駆けたのだ。

 

「―――っ!」

 

誰よりも速く。

誰よりも迷いなく。

抜き放たれた刀が真っ直ぐ藍染の喉元を狙う。

 

藍染の目が僅かに見開かれた。

だが次の瞬間には微笑んでいた。

 

まるでそれを待っていたかのように。

 

「そう来るか。」

 

静かに刀を抜く。

二振りの斬魄刀が交差する。

 

鋭い金属音。

火花が散る。

 

そして。

その瞬間。

 

 

 

「――ッ!!!!」

 

馨の瞳が大きく見開かれた。

 

「……ぁ……」

 

流れ込む。

大量の情報。

 

刀身を伝って。

魂を伝って。

直接脳へ流し込まれるように。

 

「((……これが……藍染の――))」

 

見たことのない景色。

知らない感覚。

無数の断片。

 

そして―――

 

吐き気。

思わず顔を歪める。

胃の奥が捻じれるような不快感。

 

頭痛。

耳鳴り。

魂そのものが悲鳴を上げていた。

 

「……っ、ぁ……」

 

藍染が目を細める。

 

気付いたのだ。

共鳴が起きている。

馨の脳裏へ流れ込む。

 

鏡花水月。

完全催眠。

 

認識。

欺瞞。

支配。

改竄。

 

境界の喪失。

 

そして―――

 

その奥。

もっと深い場所。

 

言葉に出来ないほど歪んだ感情。

ぞっとするほど静かな狂気。

理性の皮を被った異常。

底の見えない執着。

魂を覗き込んだ瞬間に理解する。

 

この男は壊れている。

最初から。

ずっと昔から。

 

馨の背筋を冷たいものが走った。

思わず刀を引こうとする。

 

だが遅い。

流れ込んでくる。

藍染惣右介という存在の残滓が。

あまりにも濃密な霊圧が。

 

それはまるで。

深海だった。

 

光の届かない海底。

底知れない闇。

 

圧倒的な孤独。

圧倒的な傲慢。

 

そして。

世界そのものへの嫌悪。

 

「……っ!!」

 

馨は刃を押し込み続ける。

 

呼吸は乱れる。

冷や汗が頬を伝った。

 

気持ち悪い。

吐きそうだった。

 

霊圧に触れただけでこれほどの嫌悪感を覚えたのは初めてだった。

 

藍染はそんな馨を見つめる。

 

そして。

ゆっくりと笑った。

 

「なるほど。」

 

その声には隠しきれない歓喜が滲んでいた。

 

「やはりそうか。」

 

初めて。

本当に初めて。

 

藍染惣右介は確信する。

無類井馨の力の正体を。

 

「――"共鳴"」

 

ぽつりと呟く。

 

「君は、そうやって相手を知るのか。」

 

藍染の口元が吊り上がる。

研究者が長年の仮説を証明された時のように。

 

心の底から嬉しそうに。

 

「素晴らしい。」

 

刀と刀が噛み合う。

互いに一歩も退かない。

 

馨の中へ鏡花水月が流れ込む。

 

同時に。

藍染の瞳が僅かに見開かれた。

 

「……これは。」

 

逆流。

 

共鳴は一方通行ではない。

境界が曖昧になるということは。

互いの魂が触れ合うということだ。

 

「((これが……無類井馨……))」

 

藍染の意識へと流れ込んでくる。

 

無類井馨という女の人生が。

 

暗い雨。

流魂街。

 

十三番隊の縁側。

 

笑い声。

温かな日々。

 

志波海燕。

 

 

だが理解できた。

 

彼女にとって世界そのものだった存在。

 

┈┈┈

 

 

 

『――馨』

 

 

 

┈┈┈

 

 

その男が笑う。

その男が手を差し伸べる。

その男が愛していると告げる。

 

そして―――

 

┈┈┈

 

 

『……愛してる』

 

 

┈┈┈

 

 

 

鮮明な記憶。

鮮明すぎる絶望。

 

刃を握る手。

 

涙。

悲鳴。

震える指。

自らの手で愛する者を斬る感触。

 

魂が裂ける音。

 

藍染の口元が僅かに動く。

 

さらに流れ込む。

 

四十六室。

断罪。

誰も信じてくれない。

 

叫び。

 

沈黙。

 

裏切り。

 

孤独。

 

 

 

逃亡。

 

 

誰にも届かない時間。

 

何度も。何度も。

 

何度も。

 

自分を責め続ける夜。

 

生きる意味すら失いながら。

それでも死ねなかった日々。

 

藍染は見ていた。

 

そして。

理解した。

 

なぜこの女が壊れなかったのか。

なぜ境界を越えながら存在できたのか。

なぜ虚化に適応したのか。

 

その答えを。

 

 

┈┈┈

 

 

『おい!馨!』

 

『てめえは俺を殺す気か!』

 

『……無理すんなよ』

 

 

『"たまには俺にも護らせろ"』

 

 

┈┈┈

 

 

新しい記憶

オレンジの青年――黒崎一護

 

 

 

 

「……なるほど。」

 

思わず声が漏れる。

 

馨が顔を上げる。

藍染は笑っていた。

 

静かに。

そして。

心の底から愉快そうに。

 

「そういうことか。」

 

その瞳に浮かぶのは同情ではない。

憐憫でもない。

歓喜だった。

 

研究者が長年求めた答えへ辿り着いた時の歓喜。

 

「愛。」

 

ぽつりと呟く。

 

「喪失。」

 

「孤独。」

 

「罪悪感。」

 

「自己否定。」

 

一つ一つ確かめるように。

 

「だから君は境界を失った。」

 

藍染の笑みが深まる。

 

「だから君は他者と繋がれる。だから君は共鳴できる。」

 

馨の背筋が冷える。

自分を見透かされている。

 

魂の奥底まで。

藍染はそんな馨を見つめる。

まるで宝物を見つけた子供のように。

 

「素晴らしい。」

 

その声は震えていた。

歓喜に。

 

「無類井馨。君は私が想像していた以上だ。」

 

そして藍染は。

ゆっくりと口元を吊り上げた。

 

「やはり君には。」

 

一拍。

 

「まだ役割がある。」

 

その言葉だけが。

妙に静かに双極の丘へ響いた。

 

 

 

 

 

 

藍染の刀と馨の刀が互いに弾け、距離をあける。

 

 

馨は無言で睨み返していた。

 

「……君と刃を向け合うのは初めてだった。」

 

藍染は自身の斬魄刀を撫でながら続ける。

 

「五番隊副隊長への推薦。共同任務。隊首会。……機会はいくらでもあった。」

 

藍染の目が細められる。

 

「それなのに君は一度も私と剣を交えなかった。」

 

静かな笑み。

 

「なぜだい?」

 

馨は答えない。

だが藍染は急かさなかった。

 

まるで長年抱いていた疑問の答えを楽しむように。

 

やがて馨が口を開く。

 

「……なんとなく。」

 

藍染の眉が僅かに動く。

他の隊長格ですら目を見開いた。

 

「ほう?」

「理由は分からなかった。」

 

馨は刀を弾き、距離を取る。

 

「でも。あなたと刀を交えたくなかった。あなたの斬魄刀に触れたくなかった。」

 

藍染の笑みが深くなる。

馨は続ける。

 

「人の刀は分かる。戦えば少しだけ……相手が見える。」

「……ほう」

「けれど、あなただけは違った。」

 

言葉を探すように。

 

「何かが隠れていた。」

「……」

「何かがおかしい。」

「……」

「そんな気がしていた。」

 

沈黙。

 

「だけど……知らなければならなかった。」

「……」

「だから今、あなたの刀を抜かせたの。」

「……」

 

藍染を知るべく、無名と鏡花水月を交えた。

その背景と策に、藍染は堪えきれないように笑った。

 

「なるほど。……ハハハ……ッ……なるほど……!」

 

初めてだった。

藍染惣右介がこれほど露骨に歓喜を見せるのは。

 

「やはりそうか!」

 

その瞳が輝く。

研究者のそれだった。

 

「無類井馨。君の能力は、私の予想通りだった。」

 

馨の目が細まる。

藍染は刀を構えたまま続ける。

 

「共鳴。理解。境界の曖昧化。だから君は鏡花水月を受けない。」

 

その瞬間。

周囲の死神たちが息を呑む。

藍染は嬉しそうだった。

 

心から。

 

「鏡花水月は認識を支配する。だが君は違う。」

「……」

「見ているのではなく、触れている。」

「……」

「理解している。」

「……」

「境界そのものを感じ取っている。」

 

藍染は微笑む。

 

「だから騙せない。だからこそ欲しかった。だからこそ待っていた。」

 

刀の切っ先が馨を指す。

 

「君は崩玉以上に興味深い。」

 

 

その場の空気がさらに鋭くなる。

 

過去の大罪人として、現世へと逃亡した無類井馨。

 

反逆の身とし、疑いをかけられている藍染惣右介。

そしてその協力者、市丸ギン、東仙要。

 

瀞霊廷内を混乱の渦に巻き込んだ旅禍達。

かつての5大貴族のひとつ、志波家当主の志波空鶴。

 

まさに一同が揃った緊迫した状況。

 

 

 

藍染達は完全包囲され続けていた。

誰が見ても逃げ場はない。

そう思える状況だった。

 

だが――

誰よりも動けなくなっていたのは馨だった。

 

刀を握る手が震えている。

怒り。

憎しみ。

そして恐怖。

 

長年追い続けた答えが、目の前にいる。

 

呼吸が浅くなる。

 

刀を握る指先に力が入らない。

それでも、改めて馨は一歩前へ出た。

 

その視線は藍染から逸れない。

 

「……藍染隊長」

 

震える声。

昔と同じ呼び方が無意識に出る。

 

だがすぐに首を振った。

 

違う。

もう違う。

 

「……いえ」

 

掠れた声で言い直す。

 

「"藍染惣右介"」

 

その場にいる誰もが息を呑む。

馨の肩が震えている。

 

「あなたが……」

 

喉が締め付けられる。

 

「あなたが私を陥れたのですか」

 

藍染は静かに見つめ返した。

 

「……」

 

 

 

長い沈黙。

その後。

わずかに微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――""そうだ""」

 

あまりにもあっさりと。

あまりにも当然のように。

 

その言葉は放たれた。

 

双極の丘が凍りつく。

 

だが藍染は続けた。

 

「ちょうどいい」

 

ゆっくりと周囲を見渡す。

 

隊長たち。

旅禍たち。

 

そして馨。

 

「全員揃ったところで教えてあげよう」

 

穏やかな声音。

まるで講義でも始めるように。

 

「まず一つ」

 

藍染は言った。

 

「無類井馨は大罪人ではない」

 

その瞬間だった。

空気が止まる。

誰も反応できない。

理解が追いつかない。

 

藍染は静かに続ける。

 

「僕が意図して仕立て上げたに過ぎない」

 

沈黙。

そして。

 

「なっ……!」

 

浮竹は目を見開く。

白哉の瞳が見開かれる。

京楽から笑みが消える。

 

藍染は平然と続ける。

 

「全ての証拠は僕が作った。四十六室に提出された記録、報告書、目撃証言――全てだ」

 

隊長たちの表情が変わる。

護廷十三隊そのものを否定する言葉だった。

 

「……浮竹隊長が見たもの」

 

藍染の視線が浮竹へ向く。

 

「朽木ルキアが見たもの」

 

ルキアが震える。

 

「無類井馨が隊士たちを惨殺する光景」

 

藍染は微笑んだ。

 

「"全て偽物だ"」

 

その言葉に。

ルキアの瞳から再び涙が溢れた。

 

浮竹は目を閉じる。

 

まるで。

ずっと恐れていた答えを突きつけられたように。

 

「実に悲しい話だった」

 

藍染はそう言った。

その口調に罪悪感はない。

ただ事実を語るだけ。

 

「君は何もしていない」

 

藍染の視線が馨へ向く。

 

「それなのに全てを失った」

 

馨の肩が震える。

藍染は続ける。

 

「もっとも、君自身にも不幸はあったがね」

 

その瞬間。

馨の顔色が変わった。

 

藍染の目が細まる。

 

「志波海燕」

 

その名が響く。

馨の瞳が揺れる。

 

「……やめろ」

 

掠れた声だった。

だが藍染は止まらない。

 

「しっかり覚えているよ」

 

優しい声。

かつての藍染隊長そのままの声。

だからこそ残酷だった。

 

「君が志波海燕に刃を向けたことを」

 

馨が首を振る。

 

「……やめろ」

「泣き叫びながら」

 

藍染は続ける。

 

「愛する者を救おうと足掻き、それでも救えず」

 

馨の呼吸が乱れる。

視界が揺れる。

 

あの日の霧。

あの日の血。

あの日の声。

 

「君は震える手で」

「やめろ」

「彼の心臓へ刀を突き立てた」

「やめろ……!」

「そして」

 

藍染の声だけが響く。

 

「""君が殺したんだ""」

 

刹那。

何かが切れた。

 

「やめろォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

絶叫だった。

双極の丘全体を震わせるような。

 

長い年月、閉じ込め続けた悲鳴。

 

馨の霊圧が爆発する。

 

紫がかった霊圧が渦を巻き、

地面が軋む。

涙が溢れている。

 

怒りなのか。

悲しみなのか。

 

もう本人にも分からない。

 

「黙れ!!」

 

刀を握る手が震える。

 

「黙れ……!黙れ……!!」

 

藍染だけは静かだった。

 

まるで。

その反応すら計算通りであるかのように。

 

馨は涙で歪む視界の中、

藍染を睨み続ける。

 

初めてだった。

いつも冷静だった彼女が。

 

隊長格ですら息を呑むほどに。

感情を剥き出しにしたのは。

 

その姿を見ながら。

藍染は静かに目を細めた。

 

「そうだ」

 

小さく呟く。

 

「それでいい」

 

その言葉は。

 

まるで五十年前から待ち続けていた観察結果を確かめる研究者のようだった。

 

 

刀を交えたまま、馨の身体が大きく震えた。

 

流れ込んでくる。

鏡花水月。

藍染惣右介。

 

そして―――真実。

 

断片だったはずの記憶が、無理矢理繋がっていく。

 

あの日のことが、

全ての線が一本になる。

 

馨の瞳が大きく見開かれた。

 

呼吸が止まる。

 

「……う……」

 

刀を握る手が震える。

 

藍染は静かに見下ろしていた。

まるでその反応を待っていたかのように。

 

「う……」

 

馨の喉から掠れた声が漏れる。

 

「お前が……」

 

双極の丘の空気が張り詰める。

 

「お前が……」

 

藍染は否定しない。

ただ微笑んでいる。

それだけだった。

 

そして。

馨の顔が苦痛に歪んだ。

 

「お前が……!!」

 

霊圧が爆発する。

地面が軋む。

空気が震える。

 

一護が目を見開く。

ルキアも言葉を失った。

 

それほどの怒りだった。

それほどの絶望だった。

 

「私を―――」

 

涙が溢れる。

 

「陥れたのか!!」

 

悲鳴だった。

叫びだった。

 

五十年分の苦しみそのものだった。

 

「お前がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

馨が藍染へ飛び出す。

 

もはや剣術ではない。

理性のない突撃。

感情だけで振るわれる刃。

藍染はそれを見つめている。

 

その時だった。

 

「馨!!」

 

一護が動く。

全身傷だらけの身体を無理矢理起こし。

砕けそうな足で地面を蹴る。

 

限界などとっくに超えていた。

 

それでも走る。

 

「やめろ!!」

 

馨の背後へ飛び込む。

 

そして。

その身体ごと抱き締めた。

 

「離せ!!」

 

馨が暴れる。

霊圧が荒れ狂う。

 

「離せ一護!!」

 

一護も叫ぶ。

 

「離すかよ!!」

 

馨の刀が震える。

 

殺意。

怒り。

悲しみ。

絶望。

 

全てが溢れ出している。

 

「殺す……!」

 

馨の声は震えていた。

 

「私は……!」

 

涙が零れ落ちる。

 

「私は……!」

 

藍染を睨みつける。

 

「何十年……!何十年苦しんだと……!」

 

声が途切れる。

嗚咽が混じる。

一護は背後から必死に抱き締める。

 

暴れる身体を押さえ込む。

まるで壊れてしまいそうな子供を守るように。

 

「馨!!」

 

一護の声が響く。

 

「もうやめろ!!」

「やめられるか!!」

 

馨は叫んだ。

 

「全部……!全部奪われた!!」

「馨!」

「海燕さんも!!仲間も!!」

「…っ!」

「私の人生も!!」

 

その叫びに双極の丘が静まり返る。

 

藍染だけが。

 

静かに。

愉しそうに見つめていた。

 

そして微笑む。

 

「そうだ。」

 

穏やかな声。

残酷なほど穏やかな声だった。

 

「全て私だ。」

 

その一言が。

さらに馨の身体を震わせた。

 

「…ッ……」

 

馨は一護に抱かれたまま、頭を垂らすように俯く。

 

怒りに任せ、行動するべきではない。

自分がいちばんわかっているはずだ。

 

「はぁ…はぁ……はぁ…」

 

 

目の前の男をすぐに殺してやりたい。

 

「…ッ……」

 

だが今はそれをすべきでは無い。

 

 

 

「……ごめんなさい」

「……」

「…取り乱してごめんなさい、一護」

「……大丈夫だ。」

 

 

馨の絶叫が消えた後も。

双極の丘には重苦しい沈黙が残っていた。

 

誰も言葉を発せない。

誰も藍染を睨むことしかできない。

馨は肩を震わせながら刀を握っている。

 

涙は止まらない。

 

全てを狂わされた、馨の年月。

その現実が今、ようやく全員の前に突きつけられていた。

 

そして藍染は。

そんな護廷十三隊をゆっくりと見渡した。

 

静かな声だった。

 

 

「――君たちはずっと勘違いしていた」

 

その言葉に視線が集まる。

 

「大罪人、危険人物、護廷十三隊を裏切った死神」

 

藍染は肩を竦めた。

 

「そんなものは最初から存在しない」

 

風が吹く。

藍染の髪が揺れた。

 

「君たちが追放したのは」

 

ゆっくりと。

一語一語を刻むように。

 

「守るべき死神だった」

 

誰も反論できなかった。

藍染は続ける。

 

「無類井馨は優秀だ。鬼道の才に恵まれ、判断力に優れ、情に流されながらも、最後には正しい選択を選ぶことができる」

 

その評価は。

敵である藍染から語られているにも関わらず。

 

不思議なほど重かった。

 

「少なくとも」

 

藍染は微笑む。

 

「僕よりはよほど護廷十三隊らしい死神だったよ」

 

その言葉に。

何人もの隊長が顔を歪めた。

 

痛烈な皮肉だった。

 

「だが君たちはどうした?」

 

藍染の声が低くなる。

 

「証拠だけを見た。裁定だけを信じた。真実を見ようとしなかった。…そして最も尸魂界を愛していた一人を」

 

微かに、山本の瞳が揺らぐ。

 

「自らの手で追放した」

 

双極の丘に沈黙が落ちる。

誰も否定できない。

 

誰も。

 

藍染はゆっくりと馨を見る。

そして再び隊長たちへ視線を戻した。

 

「君たちが追い出したのは間違いだった」

 

穏やかな口調。

だがその一言は刃より鋭かった。

 

「追い出すべきだったのは僕だ」

 

その場の全員が息を呑む。

 

藍染は笑う。

 

「だというのに、君たちは僕を隊長として崇め、

彼女を罪人として断罪した」

 

まるで滑稽な喜劇を語るように。

 

「実に尸魂界らしい」

 

その言葉に怒りを滲ませる者もいた。

 

だが誰も反論できない。

事実だからだ。

 

藍染は静かに目を細める。

 

「もし」

 

その声が響く。

 

「もし五十年前。たった一人でも彼女を信じる者が多かったなら、もし誰かが裁定に疑問を抱いたなら…もし無類井馨が瀞霊廷に残っていたなら」

 

そこで初めて。

藍染の笑みが少しだけ消えた。

 

それは本音だった。

 

「僕はここまで来られなかっただろう」

 

誰もがその言葉の意味を理解する。

 

藍染惣右介。

百年を超える計画。

 

その最大の障害になり得た存在。

 

それが。

今、涙を流しながら刀を握る一人の女だった。

 

藍染は空を見上げた。

そして最後に。

護廷十三隊へ向けて告げる。

 

「覚えておくといい」

 

その声は静かだった。

だが双極の丘の誰の耳にも届いた。

 

「無類井馨は、追い出すべき死神ではなかった」

 

風が吹く。

白い隊長羽織が揺れる。

 

 

 

――藍染の告白は終わった。

 

 

奪われた時間。

失われた仲間。

海燕の死。

自分に着せられた罪。

 

その全てが藍染惣右介という男によって仕組まれていた。

 

真実はあまりにも残酷だった。

馨はしばらく何も言えなかった。

ただ静かに俯き、震える指先を握り締める。

 

胸の奥では今もなお怒りが渦巻いている。

 

叫びたい。

斬りかかりたい。

許せるはずがない。

 

だが――

ゆっくりと息を吐いた。

 

一度。

 

二度。

 

何度も。

 

まるで自分自身を落ち着かせるように。

 

背後から支える一護も、その変化に気付く。

 

「……馨」

 

呼び掛ける声。

馨は僅かに振り返った。

 

その顔はまだ青白い。

 

それでも先程までの狂気じみた様子は消えていた。

 

だが確かな意思があった。

 

「もう……大丈夫だから」

 

一護は何か言いかける。

 

しかし結局何も言わなかった。

 

代わりに、馨の肩からそっと手を離す。

 

彼女は一歩前へ出た。

藍染と向き合う。

 

 

その瞳には怒りがある。

悲しみもある。

それでも今は、それら全てを押し殺していた。

 

死神として。

一人の戦士として。

 

藍染を見据える。

 

「……でも」

 

静かな声が響く。

藍染は興味深そうに目を細めた。

 

馨は刀を握り直す。

真っ直ぐに刃を向ける。

 

「もう、貴方はここまでよ」

 

双極の丘に沈黙が落ちる。

藍染は何も言わない。

ただ聞いている。

 

馨は続けた。

 

「真実は明らかになった。中央四十六室の虐殺。隊長格への襲撃……私への冤罪」

 

強い霊圧が滲み出る。

 

「全ての罪が」

 

刀の切っ先が微かに震える。

怒りを堪えている証だった。

 

「今ここで裁かれる」

 

その瞬間。

霊圧が膨れ上がる。

 

馨の足元に風が渦巻く。

 

隊長たちも動いた。

 

京楽が編笠を押し上げる。

浮竹が双魚理を構える。

檜佐木は鬼道の構えを見せた。

 

狛村。

砕蜂。

白哉。

 

山本。

 

そして一護。

誰もが藍染を包囲する。

 

逃がさない。

今度こそ。

 

その意思が場を満たしていた。

馨は静かに宣告する。

 

「藍染惣右介――あなたを拘束する」

 

沈黙。

誰もが次の瞬間を待った。

 

だが。

藍染だけが――

 

"笑っていた"

 

くつくつと。

喉の奥で。

まるで何かがおかしくて堪らないというように。

 

その笑みに、隊長たちの眉が僅かに動く。

 

違和感。

余裕。

 

追い詰められた人間の顔ではない。

 

「拘束、か」

 

愉快そうに呟く。

 

「なるほど」

 

そして。

その視線が全員をゆっくり見渡した。

 

まるで舞台の観客を見るように。

最後に馨を見つめる。

 

どこか愛おしむような眼差しで。

 

「残念だ」

 

誰にも意味が分からない。

藍染は微笑む。

 

「実に残念だよ」

 

その時だった。

藍染がふと空を見上げる。

 

まるで誰かの到着を待っていたかのように。

 

そして――

小さく息を吐いた。

 

「ああ」

 

穏やかな声だった。

 

「すまない」

 

その笑みが深くなる。

 

「時間だ」

 

次の瞬間。

天が裂けた。

 

 

誰もが反射的に顔を上げる。

天より降り注ぐ巨大な光柱。

黄金にも似た眩い光が、双極の丘全体を照らし出した。

 

「な――」

 

砕蜂が目を見開く。

狛村も拳を握り締めた。

 

「馬鹿な……!」

 

空に現れたのは一体ではなかった。

 

巨大な影。

白い仮面。

漆黒の身体。

 

「大虚だ!!」

 

誰かが叫ぶ。

 

「最下級大虚……ギリアンか!?」

「何体いるんだ……!」

 

空を埋め尽くすほどの数。

 

数十。

いや、それ以上。

 

異様な光景だった。

 

死神ですら滅多に目にしない大虚の群れ。

 

その圧倒的な威圧感に隊士たちの顔が青ざめる。

 

だが。

その時だった。

 

檜佐木の目がさらに奥を捉える。

 

大虚の群れの遥か向こう。

 

闇のさらに深い場所。

 

「……いや」

 

檜佐木の声が強張る。

 

「まだ奥に何かいるぞ」

 

その言葉に空気が凍る。

 

大虚ですら前座。

そう思わせるほどの異質な気配。

 

誰もその正体を見抜けない。

ただ本能だけが警鐘を鳴らしていた。

 

危険だ、と。

その中で。

 

浮竹だけが静かに目を細める。

 

「逃げるつもりか」

 

藍染は否定しない。

代わりに空から降り注ぐ光へと視線を向けた。

 

山本は低く呟く。

 

「あの光は反膜」

 

その声に隊長たちが反応する。

 

「ネガシオンというての。大虚が同族を救出する時に使う力じゃ」

 

静寂。

山本の説明だけが響く。

 

「あの光に包まれたが最後。光の内と外は完全に隔絶される。内と外は互いに干渉不可能。大虚と戦ったことがある者なら皆知っておるじゃろう。」

 

冷静な声

 

「あの光が降った瞬間から、藍染にはもう触れることすら出来ん」

 

絶望が広がる。

誰もが理解してしまった。

 

逃がすしかないのだと。

 

藍染は静かに笑った。

 

「その通りだ」

 

反膜の光が三人を包み始める。

 

市丸が肩を竦める。

東仙は黙ったまま。

 

そして浮竹が藍染を睨みつけた。

 

怒りと悲しみを押し殺しながら。

 

「大虚とまで手を組んだのか」

 

藍染は答えない。

浮竹は続ける。

 

「何のためだ」

 

その問いに。

藍染は僅かに微笑んだ。

 

「高みを求めて」

 

あまりにも当然のような口調だった。

浮竹の瞳が険しくなる。

 

「……地に落ちたな、藍染」

 

その言葉に。

藍染は初めて表情を変えた。

 

失望したように。

哀れむように。

 

「驕りが過ぎるぞ、浮竹」

 

静かな声。

だがその一言には揺るぎない確信があった。

 

藍染は空を見上げる。

まるで世界そのものを見下ろすように。

 

「最初から誰も天に立ってなどいない」

 

その場にいた全員が息を呑む。

 

「君も、僕も、神すらも」

 

反膜の光がさらに強くなる。

藍染の眼鏡が光を反射した。

 

「だが、その耐え難い天の座の空白も終わる」

 

"ぱきり"――

乾いた音が響く。

 

藍染は眼鏡を外し、素手で破壊する。

 

そして。

砕け散った。

 

風が吹く。

長く下ろされていた前髪が揺れた。

 

露わになる額。

鋭く細められた瞳。

 

これまで誰も見たことのない藍染惣右介。

 

もはや五番隊隊長ではない。

百年もの間、仮面を被り続けていた男の本当の顔。

 

誰も言葉を発せない。

 

その沈黙の中。

藍染は静かに告げた。

 

「これからは――」

 

反膜の光が彼を包む。

白い羽織が揺れる。

崩玉が妖しく輝く。

 

その姿はまるで。

神へ手を伸ばす者そのものだった。

 

「私が」

 

藍染は微笑む。

絶対的な自信と共に。

 

「""天に立つ""」

 

静寂。

 

誰も動けない。

誰も届かない。

藍染はそんな彼らを見下ろしながら。

 

最後に穏やかな笑みを浮かべた。

 

かつて五番隊隊長だった頃と同じ笑み。

だが、その奥には底知れぬ狂気があった。

 

 

「旅禍の少年」

 

そして、藍染は一護を見る。

 

「実に興味深かったよ」

 

一護は歯を食いしばる。

藍染は続ける。

 

「君の成長は実に愉快だった」

 

そして。

再び馨へ視線を向ける。

 

ほんの一瞬。

誰にも気付かれないほどの短い時間。

 

だが確かに。

藍染は彼女だけを見た。

 

「――馨」

 

その呼び方に、その場にいた者たちが僅かに目を見開く。

 

藍染は微笑む。

まるで宝物を見るように。

 

「君をまた迎えに来るよ」

 

馨の瞳が揺れた。

 

「……何を」

 

掠れた声が漏れる。

だが藍染は答えない。

 

答える必要などないと言わんばかりに。

 

ただ愉しそうに目を細めた。

 

「それまで失わないでいてくれ…その力を」

 

そう言い残し。

藍染の背後に黒腔が開く。

 

漆黒の裂け目。

虚圏へ続く門。

 

東仙が先に歩き出し、市丸が肩を竦めながら続く。

 

最後に藍染が振り返った。

 

双極の丘。

護廷十三隊。

旅禍。

 

そして馨。

 

その全てを見渡し。

王のように微笑んだ。

 

「では諸君、しばしの別れだ」

 

次の瞬間。

 

三人の姿は黒腔の闇へ消えていった。

 

 

 

「「……」」

 

 

 

残されたのは沈黙だけだった。

 

誰もすぐには動けない。

あまりにも大きすぎる真実。

あまりにも深すぎる絶望。

 

そして馨だけが。

藍染の最後の言葉を聞きながら。

刀を握る手を震わせていた。

 

 

 

""迎えに来る""

 

その一言が。

まるで呪いのように、胸の奥へと沈んでいた。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

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