母の日ネタ(遅刻)です。まぁ2031年の母の日(5月第二日曜日)は11日だし多少はね?とかなんとか言ってたら公式から彩葉の誕生日重ねられて悲鳴が出ました。昨日が終わった時点で前半部分は出来てたんですよ、どうしてこうなった
時間は誰にでも平等だ。たとえそれが華の女子高生であったとしても、受験生であったとしても、はたまた宇宙人であったとしても。
かぐやと出会ってから初めての春が訪れて、一瞬で過ぎ去っていった。GWもマジ秒で終わって、早くも中間テストの影が見え隠れしている。光陰矢の如しとはまさにこのことだろう。ヤチヨの、かぐやの8000年分の旅を見てからは今まで以上に時間が早く流れていくようにも感じる。
それでも、今日は予習復習そして受験対策の勉強を早めに終わらせて時間を作っていた。欠けることを知らないミラーボールが空で輝き、眼下の喧噪を照らしている。存在しない熱気が伝わってくるようなツクヨミの町を遠目に、ホロウインドウに指を走らせていく。
『ところでみんな、今日は何の日か知ってるかな?』
すぐ後ろで配信をしているヤチヨが、画面の向こうの皆に問いかける。相変わらず鈴を転がすような、透き通るようなきれいな声だ。ずっと聞いていたいほどに。
ヤチヨの声にチラリと視線を画面の端に動かしてみれば、2031/5/11の表記が見える。
『うんうん、ヤッチョの誕生日じゃないよー。非公開なのに突然誕生日を祝って欲しいなんて、ヤッチョはそんな面倒くさい女ではないのです』
コメントに答えて、どこかドヤるような表情をするヤチヨ。そういえばヤチヨの誕生日っていつなんだろう。かぐやが電柱に降りてきた日でいいのかな。それとも8000年前、地球に不時着した日? あの頃は暦なんてなかったけれど、FUSHIに見せてもらった記憶を一日一日たどっていけば日付を特定することはできると思う。疲れそうだから今はやらないけど。
『じゃあいろPの誕生日かって? いろPの誕生日も非公開なのです、それにいろPの誕生日だったらヤッチョはツクヨミにいろP誕生日おめでとうエリアを作っちゃうよ』
うん、今日ログインしたら見覚えのないエリアに飛ばされててしかもプライベートエリアで私の誕生日をお祝いするためだけのエリアだったの本当にびっくりしたからね。しかもなんかフリフリのかわいらしい衣装にティアラまでついた服装に変わってたし、芦花真実ヤチヨに黒鬼の皆までいたし……。それまで自分の誕生日だってことすら忘れてたのに。メッチャ嬉しかったけど、ツクヨミの一角を管理者権限で改造して祝ってもらうというのは流石に職権乱用が気になってしまう。それに、ヤチヨに一人だけこんな祝われ方をするというのも、1ヤチヨオタクとしては少し心苦しいところがある。ヤチヨ城の天守閣で二人っきりで過ごしてることを鑑みれば今更かもしれないけど。
そして、そんなことをヤチヨが堂々と言えるくらいには、ヤチヨといろPの関係性は周知のものとなっている。あの夏、私がすべてを知った後には色々な、それはもう色々な騒動があったものだけど、結局ファンからも認めてもらえたみたいで私としてはありがたい限りだ。
『え~、皆本当にわからないの? それともヤッチョをからかってるだけ? えっと、なになに? 《画面越しにもわかるくらいヤチヨのテンションが高かったからどっちかの誕生日だと思った》? え、ヤッチョそんなに浮かれてたかな!?』
うん、浮かれに浮かれてかぐやの片鱗が見えるくらいには。それにしてもコメント民もやるな。この本心を全部隠そうとするわがままで怖がりなお姫様のテンションを見抜くとは。ちょっとした対抗心も出てきたり。
「彩葉、手が止まってるぞ」
「あ、FUSHI。いつの間に」
「ずっと居たぞ。……ヤチヨの配信もずっとは続かない、作業は順調か?」
「うん、ありがとう。もうすぐに終わるから」
私の作業しているホロウインドウに体を乗せたFUSHIにお礼を言って、最後の仕上げに取り掛かる。この作業は、実はヤチヨには内緒で進めているもの。ツクヨミ内でヤチヨにナイショにできるのは、ひとえにFUSHIの協力があるからだ。
私とかぐやが再開した後、泣いて泣いて泣きまくったFUSHIは、すっかり口調の刺々しさがなくなっていた。理由については聞いても「もう必要がなくなったから」っていうだけで教えてくれないけど、あのままヤチヨの相棒に威嚇され続けるのも居心地が悪いしこれでいいんだと思う。
『全然正解が出ませんことよ……』
ヤチヨの方はといえば、一向にコメントが正答を出さないことに愕然としている。まあ、今回は日付ではないからね。
……って、コメントのぞき見してみたらまだ私の誕生日の話してるんかい。今日の配信に私は映っていないからって好き放題言ってくれちゃって……ええい、やめんかオタク共、推しのプライベートに踏み込むのはよくないことだぞ。この場合推しというより推しの相方だけど。
最後の仕上げをしながらコメントを流し見していると、ふとヤチヨの纏う空気が一変した。ツクヨミだから息を吸う音は出ないけれど、きっと現実だったら微かな変化の音が聞き取れたことだろう。
『あのね、皆。想いや気持ちは、ちゃんと伝えられるときに伝えておいた方がいいよ。それで届くとは限らないけれど、伝えられなくなったときにきっと後悔するから。ヤチヨはそうやって悔やむ人をたくさん見てきたし、何よりヤチヨが8000年後悔の海に漂ってたの。だからね、言わなくても伝わるなんて思わないで、照れくさくても、わわわっと言葉にしてみて。きっと悪いようにはならないから』
ツクヨミの高貴なお姫様は、いつだって私の中を見透かしている。きっと私だけじゃない、配信を見ている人皆の秘めてる傷や後ろ暗さをそっと認めて、背中を押してくれる。ここからは見えないけれど、今のヤチヨの目にはツクヨミの魚たちが泳いでいるのだろう。
完成した成果物をアイテムインベントリに移して、配信を続けるヤチヨを視界に収める。肩にぴょんとFUSHIが飛び乗って、デジタルな重みをスマコンに伝えてきた。
『って、そんなこと言ってヤッチョが言えないんじゃダメだよね~☆ と、いうわけで~?』
肩をすくめて見せながら先ほどまでの雰囲気を一瞬で霧散させたヤチヨは、そのまま肩越しに振り返ってこちらを見てくる。悪戯を企む子供のように楽し気に目が細められているのは、嬉しいやら恐ろしいやら。
思わず座ったまま上体を逸らした私に、逃がさないとばかりにヤチヨが詰め寄ってくる。
「ヤ、ヤチヨ……?」
「い・ろ・P♡ いつもありがとっ!」
抱き着く勢いで飛び込んできたヤチヨの手には、いつの間にか鮮やかな赤色のカーネーションの大きな花束。ところどころオレンジのものが混じっているのが明るく情熱的な印象を強めている。そしてそれは、私がさっきまで作っていたものとほとんど同じ。つまりそう、母の日の贈り物。
手を伸ばせば抱きしめられるような距離で、カーネーションよりよっぽど美しく尊くはにかんで見せるヤチヨに、重度のヤチヨオタクである私は一瞬でキャパオーバーしてしまう。
「え、あ、ヤ、ヤチ……!? な、ななな、なん、え!?」
「おやおやぁ? いろPがカーネーションみたく真っ赤になってしまったのです。いとかわゆし♪」
誰のせいだと!?
機能していない脳に代わって助けを求めるように視線を泳がせてみれば、先ほど出したウインドウから配信のコメントが見えた。曰く。
《ヤチいろてぇてぇ》《限界オタクいろP》《やっぱいろPいるんじゃん、ラブラブかよ》《そっか母の日か、すっかり忘れてたわ》《いろPママ!?》《いろPカワユス》《いちゃつくのは良いけどせめて画面に映してくれ》《←バッカお前、映ってないからいいんだろ》《いろPはヤチヨの母なのか……なんか納得》《8000余歳いろP概念は流石にエロ杉》《いろPは私の母になってくれたかもしれなかった女性だ!》
お前ら好き勝手言いやがって。てか声入ってた!?
大量ののふじゅ~と共に表示されるコメントの嵐はこれまた真っ赤で、夜が舞台のツクヨミらしからぬ赤赤赤に私の心臓は信号無視のオンパレード。減速するどころか加速するばかりの脈はこれっぽっちも落ち着く気配がない。
「いろP~? そろそろ受け取ってほしいにゃあ~?」
少し高くなった声に視線を戻せば、いつの間にか小さいモードになったヤチヨがきゅるるんと目を潤ませている。
は? 可愛すぎでは? 神? 女神だったわ……。
あまりの可愛さと尊さとその他諸々によって感情が限界を超えて昂った結果、逆に冷静になる。そっとヤチヨの肩を押し出して距離を取り、さっき仕舞ったばかりのウインドウを呼び出す。
「およ? いろh——」
「あ、あのっ!」
あっぶねー、ちょこんと首をかしげるヤチヨにまた思考飛ばされるところだったわ。てかめっちゃでかい声出たな。
「これっ! いつもっ、そのっ、……ありがとう、ございます……」
尻すぼみに小さくなっていく声でなんとか感謝を伝えて、今日の成果物であるカーネーションの花束を取り出す。ヤチヨの差し出しているものよりもずっと小さいし、花の色はピンクと紫の混合のものだし、ヤチヨの手にあるものと比べたら見劣りして仕方がない。
こんなことならば作らないほうが良かっただろうか、なんて考えすら湧いてきたところで、ぷっとヤチヨが笑い出す。ケラケラ、ケラケラ。花束で口元を隠して、心の底から幸せそうに笑っている。やっぱり綺麗だな、なんてわかりきっている感想を抱く私に、笑ったままヤチヨは話しかけてくる。
「彩葉ぁ。先に私の分を受け取ってくれないと、両手が塞がっちゃってるよ。それに、今日は母の日だよ? 私が渡す側なのに、彩葉が用意してきてどうするのさ」
……言われてみれば、ヤチヨは大きな花束を抱えたままだ。冷静になった気がしただけで、やっぱり頭は回っていなかったらしい。
一度自分の作った花束を置いて、ヤチヨから立派な花束を賜る。そういえば、さっき誕生日を祝ってもらったときにも花束をもらった。一日に二回も、それもヤチヨから花束を頂くことになるなんて。去年の私に言ったら正気を疑うどころか介錯されそう。なんなら今でも信じられない。これ、現実?
「改めて、いつもありがとうね。彩——い、いろP!」
「は、はひっ……!」
慈しむような顔から一変、ハッとしたように呼称を直すヤチヨ。そういえば配信中だったっけ。そういうところはかぐやの頃から変わってないんだね。ああもう好き。どうせかぐやとお兄ちゃんのせいで私の名前は公然の秘密だし、ヤチヨの尊さと比べれば些事すぎる。
「昔のこと、よーく覚えてるよ。全部全部、8000年支えてくれた大事な思い出だから。これ以上は……配信終わってから、かな?」
「ヤチヨ……!」
「わわっ、違うの、そんな暗い意味じゃなくて……! な、泣かないでぇ!?」
顎に人差し指を当てながらこれ以上なく嬉しいことを言ってくれるヤチヨに涙が止まらなくなっていると、ヤチヨがわたわたと慌てだす。大丈夫、この涙も、暗いものじゃないよ。
情熱的で、明るくて、太陽のように元気をくれる花束を、惜しみながらインベントリの最重要アイテム欄にそっと収納する。そして、私の——ヤチヨのそれと比べると随分不格好な花束を手に取る。
「あのね、ヤチヨ」
言葉は、思っていたよりもずっと素直に出てきてくれた。
「私は、ずっとヤチヨの存在に助けられてきた。動けなくなっても、ヤチヨの声を聞いたら一歩踏み出せた。眠れなくても、ヤチヨの歌を聞いたら幸せな夢を見られた。世界が色を失っても、ヤチヨの言葉を思い浮かべたら、涙と彩を取り戻せた。そして何より、あの夏、雁字搦めの鎖から、ヤチヨが手を引いて連れ出してくれた。だから、だからね、ヤチヨ。本当に、ありがとう。ヤチヨのと比べたらやっぱり中途半端だけど、受け取ってもらえるかな」
誰よりもキラキラと輝いて、誰よりも温かい、私のお姫様に、そっと花束を差し出す。
ツクヨミ最高の歌姫は、まずは未知の言語でも聞いたかのようにぱちくりと瞬きをして花束を見つめ。そのまま視線を上げて私の目を見て、また瞬き。そのまま見つめあうこと数秒、やがてその目に映った富士山が、ゆらりと波打った。
「うん、……うん! 喜んで!」
真っ白な細い手で花束を受け取ったヤチヨは、そのままもう片方の手で花束を支えていた私の手を取る。やっぱり温度は感じないけれど、それでも確かに繋がっている。
だから、私はその手を引き寄せた。
え、とヤチヨが喉を震わせる頃には、すでに彼女はバランスを崩して私の方に傾いている。そのままぎゅっと抱きしめて、月夜に輝く絹のような髪をそっと撫でた。
「い、彩葉!?」
片手に花束を持ったままのヤチヨが驚いたように体を震わせるけど、ゆっくりと頭を撫で続けていれば体の強張りも溶けていく。
「たまには親孝行……っていうのも変かもしれないけど。それに、ヤチヨだって8000年もの間頑張ってたんだから。少しくらい甘えても、バチは当たらないでしょ?」
「……うん」
すっかり抱擁を受け入れて、きゅっと抱き返してくるヤチヨが愛おしくて、少しだけ抱擁を強める。濡れる肩の感覚も、震える背中も、不規則な吐息も、今は気が付かないフリをした。だって、きっと私もお揃いだから。
いつか必ず、ヤチヨを抱きしめて体温を分けてあげられるようにする。その決意を、より一層強く固めて、ヤチヨの髪を撫で続けた。その時はきっと、カーネーションの香りも届けられるよね。
結局ヤチヨが配信に戻ったのは、それから半刻ほども経ってからだった。
◇ ◇ ◇
「そういえば彩葉、お母さんの方はいいの?」
「あぁ、あっちはメッセ送っといたから大丈夫」
「それだけで大丈夫?」
「大丈夫、ずっと何も返さなかった私が労いの言葉を贈った、その意味が分からない人じゃないから」
「……やっぱり酒寄家はなんかおかしくないかにゃ?」
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