レンがここの教会に来て、一週間が経った日の早朝。『鉄血転化』による体へのダメージがようやく完全に回復していたレンは、デュリオやグリゼルダ、そして、一緒になって遊んであげた子供達に何も言わず、置き手紙だけを残してここを放れようとしていた。
(グリゼルダさんーー迷惑ばかりかけた俺にあんなに親切にしてくれてありがとうございました。デュリオーーまた二人でケーキを食べに行こう。今度は俺がご馳走するよ)
「簡単過ぎるけど、まぁいいだろう。……あ、これは」
出発する準備が整い、レンは部屋を出て行こうとしたが、あるものが目に留まったことで動きを止める。
「ハハッ、せっかく作ってもらったんだ。ありがたく貰っていこう」
それはここにいる女の子が作ってくれた赤い折り紙の鶴だった。レンはそれを胸ポケットにしまってから、足音をたてないよう、静かに廊下を歩いていくレンだった。しかし、
「おや~、レンちーは何も言わずにあっちへ帰るつもりすか?」
「……レンお兄ちゃん、何処かに行っちゃうの?」
後ろから声がかけられたことで、足を止めた。そこには一人の男の子とデュリオが立っていた。誰も起きていると思わなかったレンは、その二人に出会い驚いている。
「な……ッ!どうしてこんな時間に起きてるんだ?」
「ん~、それは俺達がトイレに起きたからだねぇ」
デュリオ達が起きていた理由があまりにも普通だったため、レンは何も言えなくなってしまう。
「まったく、水くさいっすよ。別れの一言も無いなんてさ」
「一応、置き手紙は用意してたんだけどな」
「そうだったんだ。……って、いやいや、それにしても急過ぎでしょ。こんなに早くなくとも、お昼ごろに出発してもいいんじゃない?」
デュリオはそう提案して、レンを引き留めようとするが、レンの意思は揺らぐことが無いほど固まっていたので、首を横に振るのだった。
「これ以上居たらもっと帰りづらくなるから、俺はもう行くよ。じゃあな」
「そっか、じゃあまた何処かで会おう。こう見えても、俺は世界各地を歩き回ってるんだ。そんで、その時はまた美味しいものを一緒に食べようよ」
レンはデュリオのその言葉を聞いて、最後に笑顔を見せて頷いた。それからレンは踵を返し教会を後にしたのだった。
「さてと、街の人の話からすると、あっち方面らしいな。よし、久し振りにひとっ走りするか!」
自分自身にそう言い聞かせて、レンは勢いよく駆け出していった。
◼◼◼
「ふぅ、大分進んだかな」
出発してから長時間足を止めずに歩き続け、太陽は既に真上を通り過ぎていた。教会に世話になっていた間も基礎トレーニングを欠かさずに行っていたこともあり、レンの体力は衰えていなかったのだ。
「しかし、さっきからウサギ一匹たりとも姿を見せないなんて、この山何かあるのか?」
そして、木々が生い茂った山を歩いている現在、レンは今後の食糧のことをなんとなく心配していた。レンが言うように、この山に入ってから軽く見積もっても二時間は経つというのにも関わらず、野生動物を一匹もレンの近くを通りかからないのであった。
「……ん、なんだ?」
そう言った矢先に、甲高い鳴き声らしき音と羽ばたく音が複数レンの耳には入ってきた。それらの発生源はどうやら上からのようで、レンは一本の巨木を見つけると迷うことなくそれの頂上へ駆け上がっていった。
「なるほど、あれか」
そうしてからレンは周囲を見渡すと、それらの正体は簡単に見つかった。赤い翼の鳥一羽とライオンの体をベースに様々な種類の動物が融合した生物ーーキマイラ五匹が空を舞っていた。
鳥の方も普通の鳥ではなく、体長が普通の人間の身長とほぼ同じくらいで、翼を広げれば軽く三メートルを越すほどの怪鳥だった。さらに、鎧のような形の金属が体の所々に貼り付いている。
しかし、それらはただ空を飛んでいる訳ではなく、キマイラの群れが怪鳥に襲いかかっていた。ーーつまりはキマイラ達の狩りである。
「赤い鳥、ね」
レンはボソリと呟いて、自分の周囲に魔槍を出現させる。それらを威嚇するような形でキマイラ達の目の前に飛ばした。キマイラ達は突然下からの奇襲が飛んできたことで、警戒心をレンのいる方向に向けた。
本来なら、介入することはしないのだが、この時は違った。赤い折り紙の鶴のことを思い出したから、という気まぐれに加えて、戦いの勘が鈍ってないかを確認したかったからということ。それともうひとつ別の理由によってこのような行動にレンは出たのである。
「それじゃあ、推して行こうか!」
レンはいつものように魔槍を両手に構え、得意なスタイルとなってから一気に跳び上がった。キマイラ達もそれに応じて動きだし、固まっているその場から散開していった。
キマイラという生物は精霊獣や魔物の類いの中でも知能が発達している方へ分類されるので、戦いの経験がある人間や悪魔の兵士ですら、頭数が多いことも相まって手こずることが多い。しかし、生息する場所は冥界であり人間達が遭遇することはあまり多くない。人間界にいる場合は迷いこんでここに来た、というケースがほとんどである。
「おっと、動物なりにはやるらしいな」
散開してからは、まるで打ち合わせで決まっていたかのようにフォーメーションを作り、レンの方へ襲いかかってくる。レンは空中を蹴り、そこからさらに上へ上へと上昇していき、そのまま振り切った。
「ハァァッ!」
攻撃が終わったの確認すると、レンは体を反転させて再度空中を蹴り、刺突をキマイラAに打ち込んだ。その一撃は翼の部位を的確に抉りとり、キマイラAを墜落させた。
そして、レンは順調にもう二匹のキマイラをそれぞれ投擲による不意の一撃で地面へ落としていく。その勢いのまま、四匹目ーーキマイラDに立ち向かって行こうとするが、キマイラEがレンの行く手を阻んだ。
「なんだ?微妙に違う、のか?」
最後に残った二匹はついさっきレンが撃退した個体とは姿形が僅かに異なっていたので、レンは近くにある木に留まり、じっと睨み付ける。まずさっきのように手早く済ませられないと思ったレンは、槍を投げ飛ばして牽制しながら、木を足場代わりにして近づいていった。
二匹のキマイラ達は飛んでくる槍をかわして、接近してくるレンの方へと降下していく。キマイラ達はレンの槍が届くか届かないかのギリギリの間合いで止まり、口から毒々しい色の液体を一斉に吐き出した。
レンは本能的に後ろへ跳び、それを避けると、足場にしていた木はその液体がかかると瞬く間に朽ち果てていった。レンはそれを見て、歯をギシリと鳴らしていた。
「キマイラとは初めて相対したが、こんなに厄介な個体までいるのか……!」
レンは新しく一本だけ魔槍を生成しながら、今の状況を確認するように呟く。両方ともそれぞれの武器を警戒し、攻めあぐねていて、睨み合いが長く続くレンと二匹のキマイラ。
そんな中で先に動いたのはキマイラ達だった。炎を断続的かつ広範囲に吐き出していく。レンは前方に両手持ちで槍を構えて、ファンのように高速で回転させる。自分に当たる火球のみを全て弾き飛ばすために。
しかし、そうしていく内にレンはある違和感を覚えた。それは火球の威力がだんだん弱まっていく上に、弾く量も徐々に減っているからであった。そうなった理由はキマイラ達が後ろへ後ろへ下がりながら炎を吐いていたということだったのだ。
キマイラ達のこの行動は攻めるためではなくこの場から離脱するための動きだったのである。深追いする理由も特に無かったレンは、創った魔槍を消して地面に降りていくのだった。
「ん?そういえば、あの鳥はどこかのタイミングで無事に逃げられたんだな」
それから、レンは青い空をもう一回見上げて、襲われていた赤い鳥のことを思い出していた。
◼◼◼
「今日はここで野宿するしかなさそうだな」
すっかり辺りは暗くなり、周辺には何があるのかすらまともに確認できなくなっていた。レンは今日一日で森を抜け出せずにいたのである。
キマイラの群れやあの怪鳥と遭遇してからも、結局レンは他の生物と出会うことなどなかった。レンは仕方なく思ったのか、街で買っておいた干し肉を口に放り投げて、咀嚼し、胃の中に流し込んだ。非常に簡素な食事を終えて、魔槍で簡易的なテントを創り出し、その中でレンは寝床に着くのだった。
ガサッ
早朝、何かの物音が耳に入りレンは目を覚ました。警戒しつつ外を覗くと、そこにはフード付きのローブを頭から深く被った何者かがうつ伏せの状態で倒れ込んでいた。
「大丈夫か?おい!」
レンは外に出て、その者に近づき体を起こさせる。すると、フードが下に垂れ下がり、顔と頭を露にした。
「ハッ、昨日今日と赤に縁がありすぎだろう……」
赤い髪で、自分よりも歳が少し幼めの女の子がそこにいた。顔には複数の擦り傷が見られたようで、レンは彼女を見てため息をつくしかなかった。
魔物達のイメージはチャイカに出てくる