レンは倒れていた女の子の治療を、今持ちうる道具で最低限行った。それから、レンは彼女を放っておけないのか、立ち去るでもなく、ただその場で焚き火に当たりながら座り込んでいた。
「はぁ、一刻も早く戻りたいはずなんだけど、なにやってんだろうな。俺は」
レンは木の枝をいじりながら、一人でぼやいていると、
「……あれ、私はいったい何を?」
彼女は首を傾げながらもようやく目を覚ました。彼女は自分が今どんな状況に置かれているのか、まだわかっていない様子である。
「よう、調子はどう?」
「…………あ、問題ありません。どうもありがとうございました」
長い間を一拍置いた後、腕や脚に包帯が軽く巻かれていることに気がつき、レンに一礼をした。自分に治療を施してくれたのはレンであるとすぐに察したのだろう。
「そっか、ならよかった。ところで、キミが向かおうとしている目的地はどこなんだい?」
「え~と、たしか北に向かうところです」
レンは「なぜ自分のことなのに忘れかけているんだ?」と思ったが、そのことは口に出さずこう言った。
「俺も北に帰るところだったんだ。もし、よかったらだけど、途中まで一緒に行かないか?」
「いえ、二度も助けてもらった恩人にこれ以上迷惑をかける訳にはいきません」
彼女はそう答えて立ち上がると、森の中へと入って行こうとする。
「二度も……だと?おい、ちょっと待てよ!」
レンは彼女を制止させようと声をかけるが、そのような言葉を彼女は気にも留めず、既にそこからいなくなっていた。
「まぁ、彼女自身がああ言ってるんだ。気にする必要もないか」
レンは火を消して、さっきまで広げていた治療道具を片付けてから、この場を立ち去る準備を始めた。とは言っても、その行程以外にはすべきことが全く無いため、すぐに終わることなのだが。
ガサッ
「あら?」
「…………は?」
また物音が聞こえたかと思うと、さっきここを去っていったはずの女の子がここへ再び戻ってきたのである。彼女はレンと顔が合ったことで、気まずそうにしながら目線を外してから、また森の中へと入っていくのだが、また同じところへ戻ってきた。それにはレンもただただ苦笑するしかなかった。
「……やっぱり、一緒に行こうか?」
レンがさっきとまるっきり同じ提案を出すと、彼女は渋った顔をしながらも静かに頷くのだった。
◼◼◼
「はぁ、そういうことだったか」
二人は歩きながら色んな世間話をしていた。
二人の話からすると、彼女の名前はフレイといい、歳は本人曰く「十五歳です」とのこと。なぜ、怪我を負っていたのかというと、キマイラに襲われてしまった……という訳ではなく、単に足を滑らせて盛大に転んでしまったかららしい。
そして、二度助けてもらったというのは、怪我を治療してくれたことが一つと、放置せずに見守ってくれていたからということが二つ目らしい。
そんな彼女のことをレンはどこか不審に思っていた。それはバレたら不味い何かを彼女はひたすら隠そうとしているかのようにしているからである。なぜならーー、
「フレイも帰るところなのか?自分の居場所に」
「えっ?あ~、そ、そうですね。そんなところです」
レンからすれば軽い気持ちでなんとなく訊いてみただけなのだが、その質問にフレイは目をあらゆる方向に泳がせながら、あたふたとしていて、とにかく落ち着きがなかったのである。それに加えて、転んだだけの怪我にしてはどこか違和感のある怪我だった、とレンは思い起こしていた。
しかし、深く踏み込んで聞き出すという野暮な真似をレンはしなかった。
(彼女が話したくなければ、訊く必要も無いだろう。それに彼女が俺に刃を向けることはまず無いと見ていいだろうし)
レンがそう考えたように、彼女は武器になるようなものを一切所持しておらず、息を潜めたような敵意も持ち合わせていない。魔法を使えるかどうかは不明であったものの、神器を所有している気配すら微塵も感じなかったので、身構える必要は無いとレンは判断するのだった。
「一旦休もうか?」
フレイの歩くペースがさっきよりも少し遅くなっていることに気付いたレンは言った。フレイはレンの言葉に黙って頷くと、近くの木の根本を椅子代わりにして座り込んだ。レンは大木に背中をあずけて脚を休ませている。
(参ったな。本格的に腹が減ってきたぞ。……キマイラの肉は食っても不味そうだったし、体にも悪そうだし。あれは食わなくて正解だったと思う)
まともな食事を昨日から摂っていないレンは腹をさすりながら妙なことを考えていた。
「……あの、よかったらこれ食べてください」
「ん?」
すると、フレイはレンが腹を空かせていることを察したのか、おもむろに懐から何かをレンの目の前に差し出す。それは……なんと、加工を全くされていない生肉だった。おまけにさりげなく二人分用意されている。目にそれが飛び込んでくると、レンは途端に顔をしかめさせた。
「あ、保存方法はしっかりしてるので傷んでません。大丈夫ですよ」
しかめっ面をしているレンにフレイはそう付け加えた。彼女が言うように、その生肉からは異臭がするわけでもなければ、変色している部位も一切無かった。
「じゃあ、ありがたく頂くとするよ」
「はい。どうぞ」
レンはフレイから生肉を受けとると、炎属性の魔槍を創り出して火をおこした。
「もらってばかりだと悪いし、そっちの分も焼かせてもらおう。フレイも食べるんだろ?」
「ありがとうございます。……あの、レンさんのその槍ってまさか……」
ごく自然に何も無いレンの手元から槍が現れているのを見て、フレイは気付く。
「ああ、これは俺の神器『
「そうですね。私、こう見えても魔法は使えるのですが、実物の神器を見るのはこれで二回目です」
「へぇ、そうなのか。キミがはじめて見たのは周りの知り合いが所有していたとかなのか?」
レンは色々と手を動かしながらフレイに訪ねた。
「……はい、私の友達の友達が持ってまして、それを見かけたのがはじめてでしたね」
すると、フレイの目がほんの一瞬だけ鋭くなったように見えたのだが、何事もなかったかのようにさっきと同じ表情で答えていた。レンはこれに関しても感付いていたが、それでも彼女に言及をしなかった。
「よし。腹も減ってることだし、さっさとしますか!できあがるまで、しばらく待ってて」
レンは思考を切り替えて、自分に言い聞かせるようにそう言いつつ、すぐに調理に取りかかるのだった。
「レンさんは料理が上手いのですね。美味しかったです」
「……ハハッ、そんな大袈裟な。俺はただ焼いただけだぞ?」
「あ、そう言われてみれば、そうでしたね」
丸一日ぶりの食事を摂り終えて、レンは大分満足していた。
「さて、体力も回復したことだし、出発するとしよう。そろそろこの森も抜け出せるはずだからな」
「ですね。頑張りましょう」
「ーーあらあら、とても楽しそうですわね」
「……っ、誰だ!」
レン達がこの場を去ろうとしている最中、突然上から第三者の声がレンの耳に届いた。それはフレイも同様である。
レンが空を見上げると、そこには以前相対した個体よりも一回り大きなキマイラにまたがっている女性がいた。彼女の周囲には大量の転移魔方陣が敷かれており、そこからもキマイラが出現していく。
「あ、あなたは!」
フレイは彼女を知っているらしく、険しい表情をレンの横で浮かべている。
「はじめましてですわね、魔槍使いのレンさん。わたくしは『禍の団』に所属しておりますウェンディゴという者です。そちらのあなたとは……はて?どこかでお会いしましたっけ?」
ウェンディゴと名乗った女性はレンの素性を知っていた。恐らくレンと戦ったジャンヌやジークフリートから詳細を聞いたのだろう。そして、フレイのことを覚えていない、というよりも本当に知らない様子である。
「どうしてここに来たんだ?用は俺にあるらしいが」
「それはわたくしのかわいいキマイラさん達が教えてくださったんですの。フフ、覚悟なさいな」
ウェンディゴはキマイラに取り着けられた手綱を引いて、戦う姿勢をとっている。レンもそれに応じるように両手に魔槍を出現させようとするが、フレイがレンの前に出てきて、制止させるように手を出した。
「レンさんだけなら逃げきれるはずです。ここは私一人でなんとかしますから」
「何を馬鹿なこと言ってんだよ。女の子一人を見捨てる訳にはいかない。そもそも、キミは戦えるのか?」
「それに関しては心配に及びません。さっきまで黙っててすみませんでした」
フレイはレンに笑顔を見せて謝ってから、鬼の形相でウェンディゴの方を睨み付ける。フレイの全身から強烈な光が発せられると、ほぼ同時に変化は起きた。背中からは平らで鋭いものが隆起して、脚はどんどん肥大化していった。
「フレイ、まさか……キミは!」
レンには彼女が変化したその姿に見覚えがあった。剣のように尖った嘴、所々に装備された鋼の鎧。ーー彼女は昨日キマイラに襲われていた赤いあの鳥だったのである。
「ああ、思い出しましたわ。半年位前に仕留め損なったハヤブサさんでしたわね。でもまさか、生きてるとは思いませんでした。意外としぶといですのね」
『あの時の私には力が無かった。でも今は違う、兄さんの……みんなの仇、ここでとらせてもらう!』
「やめろ、フレイ。落ち着くんだ!」
レンの忠告を気にも留めず、フレイは甲高い咆哮を一つあげてから、翼を羽ばたかせて飛び上がった。その後、全身から炎を噴き出させながら、そのままウェンディゴを狙って体当たりを仕掛けていった。しかし、ウェンディゴの周囲にいたキマイラ達が彼女を庇うようにフレイの進行を阻んだ。
『私の邪魔を……しないで!』
フレイはそんなものに怯むこともなく、そのまま突っ込んでいった。フレイの体当たりをまともに受けたキマイラ達は次々と地面に落ちていくのだった。
「チッ、ここはやるしかないのか!」
レンは今度こそ魔槍を両手に出現させ、跳び込んでいった。レンもフレイ同様に狙いはウェンディゴだったのだが、レンの攻撃もまた周りにいるキマイラが割って入ってきたのだった。
「あら、赤くならなくてよろしいのですか?」
ウェンディゴは不思議そうな顔をして、レンに訪ねてくる。『赤くなる』というのは恐らく『鉄血転化』のことを指しているのだろう
「魔物相手に使う必要は……無い」
しかし、今の状態で使うことはあまり得策ではない、とレンは判断したのである。
「フフフ、わたくしも随分と舐められたものですね。それでは、使わざるをえない状況にしてさしあげますわ!」
彼女がそう言うと、地に倒れ伏していたキマイラ達がフラフラとしながら起き上がりだした。レンはそれを見て驚いていると、彼女はニヤリとしながら自分の能力を説明しだした。
「わたくしの神器は『
『そんなこと関係ない。あなたを殺せばそれで済む話』
「あら、あなたの研ぎ澄まされた鉤爪がわたくしの体に届くことなんて一生ありませんわ。真っ赤なハヤブサさん♪」
ウェンディゴはフレイを煽るような物言いをしつつも、キマイラ達を操って自分自身の守りを固めていた。
『黙れ!』
「フレイ、待つんだ。落ち着け!」
フレイは再び己の身に炎を纏わせると、キマイラが密集していることに恐れを抱くこともなく、脅威的なスピードで翔ていくのだった。
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