「ーーフェンリル、捕縛完了だ」
堕天使の幹部の一人であるバラキエルがそう口にする。
レンが向かっている中、日本の駒王町では既に戦闘が開始されていた。オーディンが日本の神々との対談を行っている間、駒王町を管轄とする悪魔ーーグレモリー眷属を筆頭に、現白龍皇が統率する通称ヴァーリチーム、堕天使の総督アザゼル、幹部バラキエル、元々は龍王の一角を担っていた『
そして、今の戦況はというと、グレイプニルを利用してフェンリルの動きを封じることに成功し、俄然有利に傾きかけていた。
(よし、これならば……!)
ロスヴァイセも表情には出していなかったものの、内心ではかなり喜んでいた。しかし、ロキは焦った様子を一切見せず、むしろ余裕があるかのようだった。
この場にいる味方全員が怪訝に思っていると、ロキは両腕を広げて叫んだ。
「出番だぞ、スコルッ!ハティッ!」
すると、ロキの両脇の空間が急に湾曲し出して、ついには空間そのものに裂け目が発生した。その中からは、ついさっき捕縛したフェンリルよりも一回り小さい狼がのそのそと歩きながら姿を現した。
ロキ曰く、フェンリルの子供らしく、能力が親よりも若干劣っているらしい。しかし、劣化版とはいえフェンリルはフェンリル。かなり危険なプレッシャーをロスヴァイセ達に放っているのも事実だった。
「スコルとハティよ、父を捕らえたのはあの者達だ!その牙と爪で存分に引き千切るがいい!」
二匹の子フェンリルはロキの命令を受けて、別々に動き始めた。一匹はヴァーリチームの方へと、もう一匹はグレモリー眷属の方へとそれぞれ駆け出していく。
「犬は犬らしく、行儀よくお座りしているといいんだにゃん♪」
それに対して、ヴァーリチームの一員である黒歌が前に出て、一匹の子フェンリルに向かって魔法による攻撃を仕掛けていく。それは、ダメージに連結する直接的なものではなく、足を止めるようなサポート寄りの攻撃だった。
「伸びろ、如意棒!」
「では、私も参りましょう」
黒歌の魔法を皮切りに美猴とアーサーもそれぞれの得物を構えて、攻めていった。
「おとなしく、食らってください!」
「この犬風情がッ!」
「イッセー君がロキの相手をしているんだ」
「ああ、これ位は私達でなんとかしないとな!」
そして、もう一匹の子フェンリルはというと、ロスヴァイセとタンニーン、そして、赤龍帝を除くグレモリー眷属が相手を担当していた。
ロスヴァイセによる魔法のフルバースト、タンニーンの業火、木場祐斗の聖魔剣、ゼノヴィアの聖剣ーーデュランダルとアスカロンなど、多種多様な攻撃を加えていくが、どれも目立った効果を得られなかった。
「くっ、こいつ速すぎるぞ!」
ゼノヴィアは子フェンリルのスピードに思わず愚痴を漏らしている。
「足止めなら、私が!」
ロスヴァイセは自身の前方に大量の魔方陣を展開させて、再び魔法のフルバーストを放つが、ひらりひらりと簡単にかわされてしまった。そして、その勢いのままグレイプニルに封じられたフェンリルに向かって突き進んでいく。
「チッ、奴の狙いは鼻からこれだったのか!」
タンニーンは何かに気がつき、灼熱の業火を連続して吐き出していくが、既に遅かった。子フェンリルはグレイプニルに噛みついて、それを強引に引き千切っていくのだった。
「そんなッ!」
子フェンリルによってその身を解放されたフェンリルは、ロキと戦っている白龍皇のヴァーリ・ルシファーと赤龍帝の兵藤一誠の方へと神速で向かっていった。
◼◼◼
「なぁ、フレイ。ひとつ訊いていいか?」
『なんですか?レンさん」
時間軸で言えば、駒王町で戦闘が開始される前のこと。レンはフレイに対して、ひとつ疑問を抱いていることを打ち明けていた。音速を超えた速度に身を置いた中で。
「いくらなんでも、俺に対して親切過ぎやしないか?仮にその理由があの場でキミを助けたことなら、気にする必要は無い。あれは俺が勝手にしたことなんだから」
『……たしかに、それをまだ気にしていることもあります。何せあんな状況で助けてくれた訳なんですから』
レンの率直な質問に、彼女は声のトーンを少し落としながら語りだす。
『でも、理由はそれだけじゃないんです。実を言うと……その、レンさんが、半年前に死んだ兄さんと重なって見えたんです』
「……ッ!そう、だったんだ」
レンはフレイの答えに驚きながらも、それを悟られないように返した。
『フフ、レンさんはやっぱり優しいです。こんな話を聞いても笑わないなんて。自分でも可笑しいと思った程だったのに』
フレイは自嘲気味に自分を笑うが、レンは真面目な表情のままだった。
「そんなこと笑えないよ。それに俺なんて記憶に無いはずの妹とフレイがダブって見えたんだからな」
『クスッ、なんですか?それ』
「ハハッ、俺に訊かれたってわからないよ。……しかし、俺達って案外似た者同士なのかもな」
『えぇ。そうかもですね』
レンもフレイもさっきまでモヤモヤしていたものがスッキリしたせいか、互いに笑いあっていた。
『あの、私もひとつ質問していいでしょうか?』
「それは別に構わないけど、何だい?」
『ロスヴァイセさんという方とレンさんの関係はなんですか?やはり恋人同士なのですか?』
「え~と、それはどうだろうな?まず、彼女が俺のことをどう思ってるんだか」
『では、質問を変えます。レンさんにとってロスヴァイセさんはどういう存在なんでしょうか?』
フレイはレンに答えを濁される前に、訊いている内容がほぼ同じ質問を再び投げ掛ける。すると、レンは苦笑いをして頬を掻きながら言った。
「そうだなぁ。……俺に勉強や魔法のこと、戦い以外の様々なことを教えてくれた大切な人だ」
『やっぱりそうなんですね……』
レンから返ってきた答えを聞き、フレイは少し落ち込んだようなトーンで小さく呟いた。
「どうした?また何か言った?」
『いえ、なんでもありませんよ。……なんでも』
レンはフレイのテンションが下がった理由がわからないので、首を傾げていた。
『でも、それだったらなおさらですね。もっとギアを上げていかないと!』
「……ありがとう、フレイ。でも無理はしないでくれよな」
フレイは気をとりなおして、さらにスピードを上げて空を翔ていくのだった。
◼◼◼
「ついでだ。こいつらの相手も是非してもらおうではないか!」
ロキの足元からは不気味な影が広がっていき、その中から細複数体もの細長いドラゴンが姿を現した。
「ミドガルズオルムも量産していたのか!」
タンニーンが憎々しげに絞り出すように言葉を吐き出す。そのドラゴン達はミドガルズオルムのコピー体だったのだ。
「これぐらいの量ならまだ余裕です!」
ロスヴァイセは量産されたミドガルズオルムに向かって無数もの魔法を放っていく。
ちなみに、戦況は子フェンリルが出現した時よりもさらに悪化していた。大量のドラゴンが増えたことももちろんだが、フェンリルが白龍皇を噛みつき、そのまま行動を封じ込めていることが一番大きかった。……が、
「ハッ、その程度ならば!」
「こんチクショウがぁ!」
その悪い戦況の中でも、彼ら全員はそれに負けない程の気迫を持っていた。
「吹き飛べッ!」
ロスヴァイセの近くにいたタンニーンも量産型ミドガルズオルムに攻撃をしていく。大出力の火炎をまともに食らった量産型ミドガルズオルムの一匹は数秒も経たないうちに消し炭と成り果てていた。
「おまけだ、もう一丁!」
タンニーンは大きく息を吸い込み、再度、特大の火球を吐き出すと、さらにもう一匹追加で消し飛ばした。
「援護します!」
ロスヴァイセはタンニーンのその様子を見て、サポートの役割に回っていた。彼女はタンニーンが撃ち漏らして、仕留め損なったドラゴン達に確実にダメージを負わせていくのだった。
「祐斗、ゼノヴィア、今よ!」
「了解です、部長」
「いけぇぇッ!」
少し離れたところでは子フェンリルを相手に戦っているグレモリー眷属の姿があった。ゼノヴィアのデュランダルとアスカロンによる強烈な波動に包まれていく子フェンリルだったが、二つの大きな傷を残してもいまだに倒れる様子を見せない。
「これでも倒れないのか!」
思ったようにダメージを与えられてはいないことに苛立ちを隠せないゼノヴィア。しかしながら、子フェンリルを相手にして想像以上に優勢を保っていた。それはヴァーリチームの三人も同様である。
「このヴァーリ・ルシファーを舐めるな」
一方で、フェンリルに拘束されているヴァーリは全身から濃密なドラゴンのオーラを放ちながら、とても危険な何かをしようとしていた。
「我、目覚めるはーー」
〈消し飛ぶよっ!〉〈消し飛ぶねっ!〉
「覇の理に全てを奪われし、二天龍なりーー」
〈夢が終わるっ!〉〈幻が始まるっ!〉
「無限を妬み、夢幻を想うーー」
〈全部だっ!〉〈そう、全てを捧げろっ!〉
「我、白き龍の覇道を極めーー」
「「「汝を無垢の極限へと誘おうーーッ!」」」
『Juggernaut Drive!!!!!』
『
「黒歌!俺とフェンリルを予定のポイントに転送しろッ!」
ヴァーリは黒歌に向かってそう叫ぶ。すると、彼女は空中で指を動かし、何かの術を発動させるようだった。次第にヴァーリとフェンリルはこの場から薄れるようにして消えていった。
ヴァーリとフェンリルがいなくなったことで、状況は大きく変わった。フェンリルはそれだけ大きい存在だった。
「朱乃!」
しかし、それによって気の緩みが僅かながらも生じてしまったのか、グレモリー眷属のクイーンーー姫島朱乃が子フェンリルに今まさに噛まれようとしていた。
「させっかよ、この駄犬がッ!」
それにいち早く反応した一誠は背中からドラゴンの翼を広げて、最大出力での加速を行うが、
「隙ありだな!」
ロキがそれを容易に見過ごすはずなど無かった。一誠の背後から魔術を撃ち込もうと手を前に構えていたのだ。しかし、それは一誠に向けて撃たれることはなく、大きな火球と大量の魔法によってキャンセルされた。
「そうはさせん!」
「その通りです!」
タンニーンとロスヴァイセが一誠を援護してくれたからである。
「誰一人として死なせる訳にはいきませんから」
よく見ると、ついさっきまで二人の周りにいたはずのドラゴン達はいつの間にか消え去っていた。
「チッ、一介の戦乙女とドラゴンごときが、我の邪魔をするな!」
自分の思うようにいかなかったことにロキは相当頭がきているのか、攻撃目標を赤龍帝である一誠から、タンニーンとロスヴァイセに変えた。
「ただの戦乙女と思ってもらっては困ります」
「フン、元龍王の力を舐めるなよ!」
二人は己の力の限りを尽くして、ロキに攻撃を放っていく。
「まぁいい。赤龍帝を仕留める前の余興として、楽しませてもらおうか!」
ロキも二人に負けない量の魔術を放ち、二人の攻撃を相殺させていき、徐々に徐々にそれを推し返していった。
「くっ、まだです。まだ倒れるわけには……ッ」
苦渋に満ちた表情を浮かべながらも、魔法をひたすら撃ち続けるロスヴァイセ。そんな彼女に危険な牙が襲いかかろうとしていた。爪や目、牙の一部を削り取られ、瀕死状態にある子フェンリルが最期の死力を尽くして、ロスヴァイセに向かって突進してくる。
「この……くたばり損ないがッ!」
タンニーンは子フェンリルの接近に、ロキの相手で手一杯のロスヴァイセよりも早く気がつき、極大の業火を吐き出す。……が、それが直撃しても、なお子フェンリル動きを止めなかった。
「マズイ、避けろ!」
「……ッ!」
タンニーンの注意によって、子フェンリルの接近に気がついたロスヴァイセであったが、一瞬……いや、半瞬遅かった。既に避けられる距離感ではなかったのである。それでも、彼女は唯一覚えていた防御魔法を展開し、対応しようと試みた。
オオオオオォン!
その防御魔法は子フェンリルの咆哮によって打ち消され、さらには現在進行形で展開していた彼女の全ての魔法までもが打ち消されてしまった。
宙を浮くために使っていた魔法も効果を無くしてしまったため、ロスヴァイセはそのまま地面に落ちていく。そして、追い討ちをかけるかのように、子フェンリルが牙を突き立てようと、残った片目をギラリと光らせていた。
(私は……私は……まだ、死にたくない!)
ロスヴァイセは自分の死を覚悟し、恐れを抱いて、涙を流しながら目を瞑った。
ズシャッ!
「えっ?」
ロスヴァイセが目を開けた時には、子フェンリルの牙が彼女の体を貫かれていることはなかった。逆に、子フェンリルの体が鋭利な何かによって貫かれていた。ーーそれは真紅の魔槍によるものであった。
「遅れて、ゴメン」
レンは遅れてやって来たことに謝りながら、空中でロスヴァイセのことを抱き抱えた。
ロスヴァイセは背中から柔らかい感触を感じ取り、自分の目でレンの姿を確認すると、また涙を流した。今度は恐怖から滲み出た涙ではなく、単なる嬉しさから純粋に溢れ出た涙だった。