ロキが駒王町で派手に暴れてから数週間近く経ったある日。駒王学園二年生にとってはお待ちかねの修学旅行当日になっていた。そして、生徒達とそれに同行する教員達は新幹線に乗っていて、目的地である京都へ既に向かっていた。
「前にも訊いたと思うんだけどさ、俺達は修学旅行ってので何をすればいいんだ?」
「私達の仕事は決まってそれをしろ、というものは無いはずです。……何をそんなに心配してるんですか?そんなのレン君らしくありませんよ」
レンは難しそうな顔をして隣の席に座っているロスヴァイセに訪ねるが、彼女はそれに嘆息しながら答えていた。
「そ、そうか。でもなぁ」
レンにとって、この地に来てからの経験は何をするにしても初めてのことばかりだったので、驚かされることが何度もあった。
駒王学園の先生として赴任してきて、一応レンは形式上、教育実習生という肩書でここに来た、ということとなっている。ちなみに、担当する授業は体育だったので、とりあえずレンが危惧していた問題は起きなかった。その他にも、堕天使総督でありながら今は駒王学園の先生をしているアザゼルの授業(物理と化学)の助けに入るというような役目も任されている。
「まぁ、俺達も適当に京都を楽しめばいいんだよ。だから、お前らも肩の力を抜けよ、ハハハ」
そんな二人の話を後ろの席で聞いていたアザゼルがレンの肩を叩きながら、陽気に話しかけてきた。
「あなたの場合は『羽目を外しすぎない』ようにしてください。アザゼル先生」
ロスヴァイセはそんな非常に軽いノリで突っかかってきたアザゼルに、眉間をピクピク動かしながら釘を刺すと、
「……んだよ。どうせ、お前さん達は京都の街中でイチャイチャしながらデートでもすんだろ!このリア充共め!」
アザゼルは二人を半目で睨みつけながら、語気を強めて言い放った。
「こ、これは仕事の一貫として行くわけなんですよ。そ、そんなことするわけ無いじゃないですか!あなたと同じにしないでください!」
ロスヴァイセはそんなアザゼルの八つ当たりにしどろもどろになりながらも反論しているのだが、もう一人の当事者であるレンはというと、
「……『イチャイチャ』に『リア充』。う~ん、いったいどういう意味なんだ?」
アザゼルが言った別の言葉に反応を示していた。
(そうだ、こんな時にこれを使えばいいのか!)
レンは思い出したかのようにスーツのポケットにしまってある小型の電子辞書を取り出し、おもむろに操作しだした。レンがそんな様子だったので、二人はレンそっちのけで口論を繰り広げ始めた。
「真面目なことが悪いとは言わねぇが、もう少し心に余裕を持ってだなぁ……」
「それに似たことは昔レン君に言われました。あなたに言われなくともーー」
「それともあれか。『お出かけならいつでもできますよ』ってそういうことなのか?ハッ、そんな風に思い込んでると突然男に逃げられるんだよ」
アザゼルは顎でレンのことを示しながら、ロスヴァイセのことを煽ると、ロスヴァイセはさらにパニックに陥りながらも言い返した。
「……なっ!?レン君に限ってそんなことは十中八九絶っっ対にあり得ません!」
「い~や、そいつはどうかな?ああいうタイプの超鈍感男は、俺の経験からしてか~な~りモテる。そんでもって、お前らがまだ恋人以上の関係じゃねぇってことは……それが無いとは言い切れないだろうなぁ」
(女についてだけで考えれば、こいつとイッセーはなぜか知らんがそっくりだからな)
アザゼルはニヤニヤしながら一誠のことを頭に思い浮かべ、レンのことを重ね合わせて見ていた。
(レン君が……他の女の子と…………お付き合い!?)
ロスヴァイセはレンが他の女性に取られてしまうことを自分で勝手に想像しだしてしまい、そして、自分で勝手に狼狽していた。
「ん~?やはり漢字は難しいな」
そして、自分の話でロスヴァイセが大変なことになっているとは露知らず、レンは電子辞書の画面に写る文字と格闘していた。レンは未だに、探している答えにたどり着けずにいるのだった。
◼◼◼
新幹線の長旅も終わりを迎えて、まず、全員で京都駅を出て、集合場所であるホテルに向かって歩いていく。ーーちなみにそのホテルの名称は「サーゼクスホテル」。現魔王の名前はこの京都の地にまで影響を及ぼしていたのである。
「す、すごいですね」
「なんだ!?……この広さは」
ロスヴァイセとレンは全体的に豪華絢爛な造りのホテルに圧倒されていた。もちろん、二人以外の生徒もきらびやさに強い反応を示していた。
「ッと、いつまでもこんなところで驚いている場合じゃないな。ささっとみんなを集合させよう」
「は、はい、そうでしたね」
二人は落ち着きを取り戻しながら、既に生徒達がちらほら座っているホールへ入っていき、声をかけていった。
生徒全員が集まったことを確認し終えると、教員達は一人一人前に出て、生徒達に注意事項を述べていった。……ちなみにロスヴァイセは、注意事項というよりも百円均一ショップについて熱く語っていた。
生徒達との最終確認をし終えると、レン達は部屋の鍵を各々の生徒に預けて簡易的な会合のために招集をかけられた。そして、ある意味一番の要注意人物であるアザゼルは、
『まずは舞妓!次に茶でも啜った後に、それから京料理を楽しむとすっか!』
と、新幹線に乗っている時から口にしていて、案の定既にここから居なくなっていたのだった。そして、アザゼルが一人欠けたまま会合は始まり、手短に終わりを迎えた。
それからレン達は自分達の荷物を部屋に運び入れるためにちょうど向かっているところだった。
「アザゼル先生とレン君、そして私の各部屋がこの階にまとまっている理由は万が一の場合に話し合いを開けるように、とのことらしいです。イッセー君の部屋はこの階にありますからね」
「万が一……ね」
レンはその単語を聞いて、『
(今回の旅行でも、何かが起こる気がする。……いままで激戦がしばらく続いたからそう思うだけなのだろうか?いや、これは単なる俺の思い過ごしか?)
レンは一人で神妙な顔になりながら、頭の中で様々な考えを巡らせていた。
「レン君、そんな恐い顔をして、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。……例え、どんな敵が攻めて来ようが、ここにいるみんなは俺が必ず守りきってやる」
ロスヴァイセが怪訝そうにしながらレンに訊ねると、今度は何の脈絡もなくレンの口から敵の撃退宣言が飛び出してきたので、彼女は思わず口をポカンとさせてしまっていた。
「……俺、今変なこと言ったか?」
「クスッ、いえ、そういう訳ではありません。もし、そうなった時は頼りにしてます」
レンは困ったような顔になりながら訊くと、ロスヴァイセは微笑を一つ入れてから答えるのだった。
「…………」
「…………」
ロスヴァイセの一言を最後に、なぜか二人とも黙り込んでしまい微妙な空気がこの空間を包んでいた。そんな中で話を切り出したのはロスヴァイセだった。
「あの……私達も京都駅の周辺を歩き回りませんか?その……ふ、二人きりで」
ロスヴァイセはかなり勇気を振り絞って口を開いた。レンはそれを聞いた後、腕を組み首を傾げて唸りながら考え込んでいる。
「えっと、ダメ……ですか?」
ロスヴァイセは諦めかけて少しうつむき気味になりながら、もう一度レンに確認をとると、
「いや全然。問題なんて全く無い」
しれっとした様子でレンはOKサインを出した。ロスヴァイセは心の中で小さくガッツポーズをとりながらも表では平静を装い続けて言った。
「そうと決まれば、それぞれ荷物を部屋に置いて準備をしましょう」
「ああ、わかった」
ロスヴァイセは何も無い床でつまずきそうになる程の速さで自分の部屋に向かって行く。レンはそんなロスヴァイセに苦笑しながら、別の方向へ歩いていった。
「しかし、準備と言っても特にすることは無いな」
部屋に入って独り言をこぼすレン。まぁいいかーーと一人で勝手に納得しつつ、扉を開け放ち外へ出ようとすると、部屋の外には既にロスヴァイセが突っ立っていた。
「やけに早いな。……ん?どうかしたのか!?」
しかし、様子が少しおかしいことにレンは気付き、ロスヴァイセの両肩を掴んで大きく揺さぶった。
その時のロスヴァイセは目の焦点が合っていない上に、何かに恍惚としてるようなぼんやりした表情を浮かべていた。
「……ウフフ、おっぱいを揉ませてください」
「……ん?」
そして、何かにとり憑かれているようにいつもと違う笑顔でいるロスヴァイセの口から、衝撃的な言葉が発せられたのだった。