「ふむ、特に何も無いことだし、久しぶりにオカルト研究部にでも顔を出してみようか」
「はい、そうしましょうか。……たしか、オカルト研究部でも学園祭の出展準備があるみたいですし、手伝いの人手も必要でしょうからね」
教員としての職務や会議を一通り終わらせて、レンとロスヴァイセは珍しく旧校舎へ足を運ぼうと、廊下を二人で歩いていた。
「……おや?あれは……リアスさん?」
そんな中で、ロスヴァイセがふと窓から外を見渡した際に旧校舎とは正反対の向きに走っていくリアス・グレモリーの姿を捉えた。その時の彼女の目からはキラリと光る一筋の涙が流れており、何かの目的を持って走っている訳では無い、ということを何も知らないロスヴァイセでも容易に予測できた。
「レン君すみません。私、ちょっとした用事を思い出したので、レン君だけで先に行っててください」
「ん、俺が手伝える用事なら手伝うけど?」
レンはロスヴァイセの助けになろうと申し出るが、ロスヴァイセは首を横に振りながらこう返す。
「いえ、大丈夫です。私一人居れば事足りる用事ですので、気持ちだけありがたく受け取っておきます」
「そう、わかった。じゃあまた後で」
レンはその返事を聞くと納得したように頷いて、真っ直ぐ旧校舎の方へと再び足を進めていく。
「……さて、これは少々お節介かもしれませんが、追ってみましょうか」
ロスヴァイセはレンがこのフロアから居なくなったことを確認すると、走っていったリアスの後を追いかけて駒王学園内から出ていった。
◼◼◼
「ロスヴァイセの用事……ね。いつもの用事であれば、スーパーのタイムセールのことだろう。しかし、あの様子はいつもと違うようにも見えたし……」
レンは林の中を一人で歩きながら、さっきのことを思い返していた。
「ま、いいか。そもそも、俺が気にすること自体、間違っているだろうし。……ん?」
しかし、レンは無駄であるという答えに直ぐ様たどり着き、さらには別のことに気を取られてしまい、それについて考えることを切り捨てずにはいられなかった。
「あれは……一誠か。あんなところで珍しいな、いったいどうしたんだ?」
レンはオカルト研究部の部室へと向かう途中で、旧校舎の空き部屋の窓から外を呆然と見ている一誠を見つけて一旦足を止める。その時の一誠の目にはいつものような活気溢れる生気が明らかに感じられず、何処か上の空だった。加えて、常に誰かと一緒にいることが多い一誠にとっては珍しく一人だったので、レンはさらに訝しんだ。
「うん、いつもとはやっぱり何か様子が変だ。……よし、話だけでも聞いてみるか」
自分のすべきことが見つかったレンは即行動に移して、旧校舎内へと入っていった。
◼◼◼
「待ってください、リアスさん!」
一方でロスヴァイセはというと、今まさにリアスのことを兵藤邸に入る直前で声をかけて、なんとか呼び止めることに成功したところだった。リアスは声を背後から不意にかけられ、肩をピクリと反応させて、手で両目を擦るような仕草をした後に顔を振り向かせた。
「……ロスヴァイセさん、そんなに急いでいったいどうしたんですか?」
今のロスヴァイセは肩で息をするとまではいかなかったものの、いつもよりも呼吸が少々乱れている。そんな彼女の様子が現在進行形で相当急いでいたということを物語っていた。
「それは私の台詞です。眷属の皆さんがまだ学園に残って作業をしているというのに、何の理由もなくあなただけ先に帰るなんてらしくありませんよ。……何かあったのですね?」
リアスに問い掛けられたロスヴァイセは、逆に何かのトラブルが起こったと確信があるようにリアスに訊ね返した。リアスは核心を突かれて躊躇いを一拍見せてから、ロスヴァイセに告げた。いつものリアスでは表に出すはずがないような弱った声で。
「……私の話を聞いてくれるかしら?」
「はい、私でよろしければ相談事でも、ただの愚痴でも付き合いますよ」
ロスヴァイセは二つ返事で頷き、笑顔でリアスに答えるのだった。
「失礼します」
それからロスヴァイセはそのまま家に通されて、今は三階にある客間でリアスのことを待っている。
(前から思っていましたが、リアスさんの……いや、一誠君の家は広いですね。…………あれ?そもそも、一誠君がいないのに勝手に入っちゃっていいのでしょうか?)
「待たせてしまってごめんなさいね。ロスヴァイセさん」
そして、ロスヴァイセが色々と思考をそうこう巡らせている内に、リアスがお茶を運びながらこの部屋に入ってきた。なお、服装は既に着替えられていて普通の私服(部屋着かもしれない)である。
「いえ、私は別に……。それでリアスさんの話というのは」
「……ええ、そうだったわね」
リアスの準備ができたことを確認してロスヴァイセは本題に切り込もうとするとと、リアスは一呼吸置いて、落ち着かせてから話し始める。
「私、一誠のことが好きなの。それは私の下僕悪魔だからではなく、一人の男として見て、愛しているわ」
「はい、それは私も知っています」
無論、リアスの一誠に寄せている好意がどのようなものなのか、そういった話に疎いレンですら気付いていた。それを知らない者はいないと言ってもいいほどリアスは表に出している。それに気付いていない者と言えば、それこそ一誠本人くらいなものであった。
「それで……何か問題が?」
リアスの話はそこからさらに続いていく。昨日のサウナでリアスが一誠に猛烈なアタックをしたこと。その際ですら、自分のことを名前で呼んでくれなかったこと。今日の部活でのある出来事。ロスヴァイセは頷きながらただ黙ってそれらの話を聞き続けた。
「自分から一誠に好きだと打ち明けてしまえば、一番簡単なのはわかっているのに、今の一誠が私のことをどう思っているのかわからなくなってしまって。それで、もし私が嫌われていたらと考えると怖くて、どうしても言い出せないの。……ロスヴァイセさん、あなたならどう考えるかしら?」
そして、全ての内容を語り終えたリアスは、最後にロスヴァイセに意見を求めた。
「たしかに、リアスさんの言い分は痛いほどわかります。……私も出会って間もない頃のレン君には苦労しましたから」
すると、今度はロスヴァイセがリアスの目を真っ直ぐ見つめて語り始めた。自分と出会ってすぐの世間知らずのレンを思い返しながら。
「……あのレンさんが?」
「はい。戦うことに関しては昔からあんなだったのですが、ヒトと接し方はあまり上手ではなかったんです」
リアスは「信じられない」とでも今にも言いそうな顔で訊き返し、ロスヴァイセは微笑を含ませながら当時のレンのことを話した。
「……ですが、レン君は辛い過去を背負っていて、私のいる学校に入ってくるまで人と録に接したことが無かったんです。ここからは私の憶測に過ぎませんが、一誠君にも引っ掛かる何かがあるのではないのでしょうか?当然、レン君の場合とは少し違うかもしれませんけれど」
「そう……なのかしら?」
「ええ。でも、一誠君はあなたのことを好きだと想っていることに変わりはないはずです。そもそも、彼があなたのことを嫌っているはずがありませんからね。ですから、今は信じて彼のことを待ちましょう!」
ロスヴァイセは最後にそう言った段階で、自分がリアスのテンションを考えずに舞い上がっていることにハッと気が付き、急に頭を深く下げた。
「ご、ごめんなさい。なんか、一人で勝手に盛り上がってしまって」
「いえ、気にしないでください。私の方こそあなたに話せて大分楽になりましたから」
その時のリアスの顔は、さっきと比べて晴れやかな表情となっていて、いつもの彼女らしさが戻っていた。