「お前が一人でいるなんて珍しいじゃないか。何かあったのか?一誠」
レンは旧校舎のとある一室のドアを何の躊躇いもなくガチャリと開けて入っていった。一誠が独りぽつりといる空き部屋へと。
「レンさん。……あなたが旧校舎に来るなんて珍しいっすね」
レンに言葉をかけられた一誠は、いつもよりも明らかに低いテンションでレンに言い返した。
「ハハッ、本当に何かあったみたいだな。相変わらず、顔にそのまま出ててわかりやすいよ」
レンからの鋭い指摘を受けて、内心でドキリとする一誠。それから一誠は苦笑しながらレンに訊ねる。
「……俺って、そんなにわかりやすく顔に出てますか?」
「ああ。さらに言ってしまえば、今日はいままで見てきた中で一番わかりやすかったよ」
一誠に訊かれたレンは間髪入れずに肯定し、具体的な例まで付け加えて言葉を返した。レンはさらに続ける。
「もし、一誠のそれが相談事か悩み事なのであれば、俺ができる範囲で協力してやるけど、どうする?もちろん、他の何かならそれでも構わないよ」
レンの言った言葉は、突然部室から出ていったリアスにこれから何をどう接すればいいのかわからなくなっている今の一誠にとって、とても嬉しい申し出だった。……が、
「いや、俺は……」
心のどこかで申し訳ないと思ったのか、顔をレンから逸らしながら、初めは首を横に二度振った。しかし、その選択が最良ではないと判断した一誠は「やっぱり……」と声を漏らして、自らのことをゆっくり語り始めるのだった。
「俺、部長にさっき訊かれたんです。俺にとって部長は『何なのか?』『誰なのか?』って」
一誠の話はあまりにも突然に始まったのだが、レンは動じることなく落ち着いた様子で耳を傾けていた。
「そうか。……それでその時、一誠はなんて言ったんだ?」
「……俺にとっての部長は部長だ、ってその時は答えました」
「…………」
一誠の返答を聞き、瞑目して口を紡ぐレン。一誠の話はまだ続く。
「そうしたら、部長は俺に罵声を浴びせて部室の外に飛び出していきました。……部員のみんなは俺が全部悪いって口を揃えて言うんすけど、俺には部長がなんであんな行動をとったのか、俺のどこが悪いのかわからないんです」
「なるほどね。大体わかった」
レンは納得したような声を出して、息を大きく吐いてから一誠に告げる。それは諭すように優しくしているようにも見えれば、呆れたようにも見てとれる曖昧な表情で。しかし、レンはその要因が何かを確信しているかのような目で一誠の顔を覗いていた。
「たしかに、みんなが言っていることは正しいし、俺もそう思う。しかし、お前をそうしたはっきりとした原因は他の何かなのだろう?そうだな、例えば……お前の初めての失恋の経験……とか」
一誠はレンのその言葉を聞いて、思わず体を凍りつかせてしまう。
「その反応は当たらずとも遠からず、といったところみたいだな」
それもそのはず、レンのその仮説は限りなく近いところを的射ていたからだ。
「どんな壮絶な失恋を一誠が経験をしたのか、という詳しい内容を俺は知らないし、何よりもお前自身、話すこと自体が辛いだろう。だから、これ以上の詮索をするつもりはない。……けど、これだけは聞かせて欲しい、お前の本当の気持ちはどうなんだ?」
「……え?それはどういう……」
レンの質問の意図をいまひとつ掴めずにいて訝しむ一誠だったが、
「なら、もっとわかりやすく訊こう。お前はリアスさんのことが好きなのだろう?」
「……ッ!」
次の言葉を耳に入れた瞬間、言葉を詰まらせた。
「まぁ、たしかに身近にいるからこそ本当の想いを伝え辛いのは事実だ。俺もその一誠の気持ちを理解できないわけじゃあない。……ただ、言わなければ伝わらないことだってある、ってことは頭の片隅に留めておくんだ」
「……それは部長に告白しろって、そういうことですか?」
一誠は自嘲気味に嘆息しながら、言葉を絞り出したが、レンは首を振って一誠のそれを否定した。
「いや、そこから先は一誠自身が決めることだ。なにより、そういった駆け引きは俺もあまり得意な方ではないからね、助言のしようがないんだ」
「そう……ですか」
レンは自分の持論を言い終えてから、入り口の方に目をやりそそくさと踵を返した。
「一人でいるところに勝手に入ってきてしまって邪魔したな。今日は作業のしようが無さそうだし、先に帰らせてもらうよ」
いまだに答えを見い出すことのできない一誠を一人残して、レンはこの部屋から去っていくのだった。取り残された一誠はガックリと項垂れて独り呟いていた。辛そうに手を震わせて、顔から汗を滴らせながら。
「……ハハハ、俺だって告白はしたいんだ。部長に惚れてる。部長のことが大好きだ。……けど」
本音を吐き出し、できる限り不安感を取り除こうとする一誠だったが、それとは裏腹に脳内では嫌な記憶がふと蘇り、情景がフラッシュバックされる。ーー自分にあどけない笑顔を見せてくれる女の子の姿を。また、それとは対称的に、自分のことを蔑むように嘲笑う女堕天使の姿を。
「……チクショウ、やっぱりダメだ。俺にどうしろって言うんだよ、レンさん」
一誠のその呟きに答えは返ってくるはずもなく、ただ静寂だけがこの部屋を支配するのだった。
◼◼◼
部屋から一歩外に出て、戸を完全に閉めてから、レンは階段の方へ視線を移してわざとらしい口調で言った。
「どうやら、キミ達のことも邪魔してしまったみたいだな、二人とも。……いや、三人だったのか」
すると、レンの目線からは見えなくなっている壁の死角から三人の女子生徒がゆっくりと姿を見せた。その三人とは朱乃と小猫、加えてアーシアである。
「いつから気付いてらしたのですか?」
自分達の気配を既に察知されていたことに驚きを隠せない朱乃は、目を丸くさせてレンに訊く。その様子は小猫とアーシアも同様だった。
「それはたしか、一誠の話を聞いている途中だったかな。それと俺からも質問をして悪いけど、三人は一誠のことを慰めに来たのだろう?」
「ええ、そのつもりでしたけれど……」
「なら、早めに行ってあげなよ。その役割を担う適任者は俺じゃなく、付き合いの長いキミ達だろうからね。善は急げだ、さあ行った行った」
レンは三人に一誠に早めに会うことを促してから、帰るために階段を下りていこうとする。
「……待ってください」
しかし、そうしようとした直前で珍しく自分から小猫がレンの服の袖を掴みながら声を出して、それを制した。
「……レンさんはなぜイッセー先輩の過去を知っているんですか?」
「いや、俺は本当に何も知らないよ。……しかし、その口振りからすると、やはりみんなは知っているんだな。一誠がああなってしまった原因を」
小猫は失言をしたと思い、両手で口を塞ぐような仕草を見せるが、レンはそれを見て言及するでもなく、ただ苦笑するだけだった。
「さっきの話を聞いていたのなら、俺が一誠の過去を聞くつもりがないってこと、わかってるだろう?そんなに身構えなくともいいじゃないか」
「別にそういうつもりでは……」
「ハハッ、わかってるよ、冗談だ。さて、これで用は済んだなら、今度こそ帰らせてもらうよ。……一誠の心、癒してやってくれ」
レンは小猫の話が終わったことを確認すると、止められていた足を再び動かし、少し急ぐように階段を下っていくのだった。
「一誠にはあんな偉そうなことを言ってしまったし、俺もそろそろ腹を決めないといけないのかもな」
旧校舎から外へ出て、レンは数分前の自分の言動を思い出し、独り言を漏らしていた。そんなことをしていると、前方から誰かがレンの方へ向かって歩いて来るのを見てとれた。
「よう、レン。お前さんがここに顔を出すとは珍しいじゃあねえか」
「それは一誠からもさっき言われました。ところで、俺に何か用でもあるみたいな顔をしていますが、なんです?アザゼルさん」
「ハッ、相も変わらず勘が鋭いな」
レンの問いに笑いを入れてから小さくため息をつくアザゼルだったが、険しい表情へと一変させてから、すぐさま本題へと入っていった。
「『魔槍ゲイ・ボルグ』について、だ。……いいか、あの魔槍を使いこなすには方法が二つある。まず悪い方から言うが、一つ目は……代償としてーーのーーを消失させることだ」
その代償は今のレン、否、他の誰にとっても明らかに高い代償であり、通常なら誰もが驚愕する事実なのだが、レンはいたって冷静なままだ。
「……レン、まさかお前は既に気付いていたのか?」
「いえ。ただ、あの現象について少し納得しただけです。そして、もう一つの方は?」
「あ、ああ。そして、もう一つはゲイ・ボルグをーーこと」
「……」
二つ目の答えを聞いてレンは、遠い目であさっての方向を見てからある決心をした。
「俺、一度師匠の元へ、アースガルズへ一旦戻ります。なのでーー」
「皆まで言うな、それに関しては俺がなんとかしといてやる」
アザゼルはレンの言うことをなんとなく先に読み取って、フッと笑いながらレンのことを安心させるように言った。
「すみません。では」
レンはただ一言、それだけ言い残して風のように去っていった。目的を一刻も早く済ませるために。