「もう、いくらなんでも速すぎます。今日ぐらいはゆっくりしていったっていいじゃないですか。……レン君」
ロスヴァイセは夕食の準備をしながら、悲しそうな声で呟いた。
「全くだよ!こんなに心配してくれるロスヴァイセお姉さんを置いていくなんて!おまけに私には声すらかけてくれなかったし……」
そして、横でロスヴァイセの手伝いをしているフレイも、レンのあまりにも突然の行動に怒りを露にしている。
(あの時もそうでしたよね。なぜレン君は相談もなしに私の前からいなくなるんです?)
ーーーー
時間は約一時間前に遡る。レンは息を切らしながらロスヴァイセの部屋を訪れたのである。
『レン君、そんなに急いでどうしたんですか?』
『はぁ……はぁ……。ちょっとやるべきことができたんだ。だから、今から師匠の元に一度帰らないといけなくなった』
『……え?それはいったいどういう……』
レンの衝撃的な告白にロスヴァイセは混乱し、脳内で処理しきれずにいた。
『戦っている敵も段々強くなってきている。俺もそろそろゲイ・ボルグを使いこなせるようにならないと、対応しきれなくなるかもしれない。……そういうことだから、前よりもかなり厳しい修行になるだろうね』
レンの実力を決して疑っている訳ではないのだが、その言葉にロスヴァイセは思わず不安感が頭を過った。「レンが大ケガを負ってしまうのではないのか?」という不吉なことが。
『その、私もついていきます!レン君だけだと色々心細いでしょうし!』
名案を思い付いたかのようにロスヴァイセは、レンに一歩近づき言い寄っていくが、当のレンは首を横に振るだけだった。
『なに言ってんだよ。さすがに教員が二人も一気に居なくなるのはマズイって。それにロスヴァイセが仮にあっちに行くとして、やることは特に何もないはずだろう』
『う……たしかにそれはそう、ですが』
ロスヴァイセは悲しげな目をして、顔を俯かせてしまう。その様子を見たレンはロスヴァイセの肩に手を置いて明るい声で言った。
『大丈夫。修行をすぐに終わらせて、五日でここに戻ってくる。週末のキミとの約束は絶対に守る。だからさーー』
しかし、レンのそのさっぱりとした応対は今のロスヴァイセにとって逆効果だった。ロスヴァイセはレンの服の裾に掴みかかっていった。
『ッ!そういう問題じゃないんです!どうして今なんですか!?どうして何も言ってくれなかったんですか!?どうして、あの時みたいに……ッ!』
レンの体を叩き、ロスヴァイセは語気を強めてレンのことを責めた。それも終盤の言葉を涙声で詰まらせながら、体をふるふると震わせて。
『……ゴメン。けど、機会は今しかないんだ。それだけはわかって欲しい』
レンは目を閉じて、すまなそうな顔を作って頭を下げた。それからレンは『それと』と付け加えてロスヴァイセの体をしっかりと強く抱き締めながら、耳元で囁くように自分の想いを告げるのだった。
『俺は、キミと過ごして作ってきた大事な想い出の「
『……え?』
レンの言っている言葉の意味がいまひとつ理解していないのか、ロスヴァイセは頭に疑問符を浮かべ、もう一度聞き返そうとする。しかし、レンがもう一度同じ言葉を言い直すはずもなかった。
『じゃあ、俺はもう行くよ。……行ってきます、ロスヴァイセ』
それから、密着状態にあったロスヴァイセから離れ、いつの間にか呼び寄せていたシルバーのバイクに跨がり、エンジンを全開にしてこの場から去っていった。
『あ……』
ロスヴァイセにとってはあまりにもショックな出来事だったため、彼女はその場でへたりと座り込み、しばらくの間呆然とせずにはいられなかった。
ーーーー
(そういえば、さっきのレン君が言っていたことって……?)
ロスヴァイセはさっきのレンの言葉を冷静に思い返していた。
『キミのことを好きだという「記憶」も、ひとつたりとも亡くしたくないんだ』
(ややや、やっぱりレン君のあれは……ッ!!)
そして、レンの言葉の一部を明確に思い出したところで、ようやくレンの心中を理解したのか、急に顔を真っ赤にさせてあわあわと酷く狼狽し始めた。
「お姉さん、あの~どうかしました?」
ロスヴァイセの様子がおかしいと思ったフレイは、すかさず訊ねると、
「え?あ、いえ、別になんでもないですよ」
ロスヴァイセは正気を取り戻して応えながらも、声を上ずらせて、完全にその動揺を隠せずにいた。それはあからさま過ぎたのか、フレイはジト目でロスヴァイセのことを見つめている。
「……その顔は絶対に嘘ついてますよね。ま、どうせレンさんのことを考えていたのでしょうけど」
「ち、違います!」
焦るように否定するロスヴァイセだったが、その言葉には説得力の欠片が何ひとつ見えない。
「私に乗っていけばまだ追い付くし、レンさんにだって会いに行けます。お姉さんはどうしたいですか?」
「……たしかに、寂しく思っているのは事実です。フレイさんのその提案も嬉しく思ってます。けど、今回は必要ありません。私、レン君のことを信じて待ちますから」
「ふ~ん、そうですか」
何処か納得していない顔をしているフレイだったが、ロスヴァイセにはあえて何も言わなかった。
(だって私はそんなレン君のことが好き、なんですから)
◼◼◼
「お久しぶりです、師匠」
「しばらくこっちに帰ってくるな、と俺は伝言を頼んだはずだが、聞いてなかったか?レン」
レンはしばらくぶりに会った自分の師匠に一言挨拶を入れるが、ランサーはぶっきらぼうに言葉を返すだけだった。
レンは駒王町を出発して、わずか半日でランサーの元へ辿り着いたのだ。
「たしかに、ユーゴからその話は聞きました。しかし、これはーー」
「なら帰れ。お前は自由気ままに生きる俺とは違う。なすべきことがある。違うか?」
「……そう、なのかもしれませんが」
レンがランサーのそれに肯定すると、ランサーは鼻で笑って自分の小屋へと戻っていこうと後ろを振り返る。しかし、ランサーが足を二歩進ませた時点でレンは「それでも!」と言いながら、ランサーの腕を掴んで止めるのだった。その腕は力強く、師匠のランサーにすら見せたことがなかったほどの強さで握っていた。
「師匠、お願いです。俺に授けてくれなかった「あの技」を今こそ……頼みます」
「へぇ、お前がそこまで焦っているとは、どうやら相当ワケありらしいな。……いいぜ。話を聞くだけ聞いてやる」
ランサーは今の状況をレンの切羽詰まった様子からある程度読み取ると、レンを小屋の中へと通し、改めて面と向かい合うようにして座るのだった。
「なるほどな、そういうことだったか。しかし、お前の魔槍にそんなリスクがあったとは、思ってもみなかったぜ」
ランサーはレンから事情をほとんど聞き取って、理解したように頷いていた。
「いいだろう。俺の最後の「とっておき」をお前に教えてやる。……と言っても、口では教えないがな」
「技を直に受けて、身近で感じて、体にそれを叩き込む。ハハッ、いつも通りでわかりやすい」
「いや。正確に言えば、今回はいつもと少し違う。……まぁそんなことどうでもいいか。さて、急ぎの用件みたいだし、速いとこ始めるぞ」
「ん?どういうことです?」
怪訝そうに思っているレンに、ランサーは亜空間から槍を取り出して前に差し出した。その槍はランサーがいつも振るっている赤い魔槍でもなければ、黄金色の魔槍でもない。それは青を基調とした和風の長槍だった。
「……これは?」
「この槍を手に取れ」
「だから、このーー」
「いいから、お前は黙って柄を掴めばいいんだよ」
レンは何かを訊こうとしたのだが、ランサーはそれを一切聞き入れず、有無を言わせぬ迫力でレンのことを睨み付けた。レンはそれに折れた形で渋々ランサーからそれを受け取るのだった。
「……わかりました」
レンがそこまでした時点では問題はなかった。
「……くっ!?なん、だ?これ……は!?」
しかし、青い槍を握って数秒経った段階で、突然レンは苦しみ出し、遂には意識を失いその場で倒れてしまった。
「ああ、それでいい。こいつの真名は『真槍蜻蛉切』。お前の魔槍同様、所有者を自分で選ぶ特殊な武具のひとつだ。黙っていて悪かったが、あの技自体、俺自身もあの試練を乗り越えてようやく会得した代物なんだよ。……だからな、絶対に死ぬなよ。レン」
ランサーは目を細めさせながら気を失っているレンを一瞥して、本人には聞こえていないことをわかっていながら、檄を飛ばした。