レンが駒王町を離れた翌日の夕暮れ時。ロスヴァイセの住んでいる部屋にとある人物が訪れていた。
「よう、久しぶりだな」
ヴァルハラにいるはずのユーゴがレンと入れ違いになるような形で駒王町にやって来たのだ。もちろん、レンと入れ違いになったのは単なる偶然なのだが、突然のユーゴの訪問にロスヴァイセは目を丸くさせている。
「ユーゴ……君!?なぜ、あなたがここに」
「……なぜと聞かれるとそれは難しいとこなんだが、まぁあれだ。冥界へ行く前に久しぶりに顔でも見ようと思って、邪魔させてもらったまでだ。……そんでレンは今どこにいる?」
「……レン君は、今ランサーさんのところへ帰ってます。新しい技を会得するために」
「そうか。レンと一戦交えようと思っていたんだが、それなら仕方がないか。……しかしまぁ、帰省の理由がそれとは、アイツらしいと言えばアイツらしいな」
ロスヴァイセからその話を聞いて、レンがいなかったことに少し残念そうに肩を落とすユーゴだったが、その理由に関してはそれとなく納得していた。
ロスヴァイセはふとさっきのユーゴの言葉を思いだし、「そういえば」と言って手を叩くような仕草を見せた。
「先程ユーゴ君は冥界に行くって言ってましたが、まさか……レーティング・ゲームですか?」
そして、ロスヴァイセのその予想は合っていたらしく、ユーゴはその言葉に頷くのだった。
「ん、ああ。そのまさかだ。俺はリアス・グレモリーとサイラオーグ・バアルの試合を観戦するために冥界に入る予定なんだ。ま、オーディンのじいさんも当然のように観に来るけどな。……あ、そういやこのこと、ロスヴァイセには絶対に言うなとかじいさん言ってたっけ?」
ユーゴはオーディンに関する事柄を話した段階で自分の失言に気付いた。しかし、それはあまりにも遅く、今のオーディンという言葉をロスヴァイセが聞き漏らすはずもなく、敏感なまでの反応を示していた。
「なるほどなるほど、そうなんですか。……フフフ、オーディン様、覚悟していてくださいね」
片方の眉をピクリとひくつかせながら、凄味のある威圧感を放っている。
「……はぁ、俺も人のことを言えた口じゃないが、ほどほどにしとけよ」
それを見たユーゴは額に手を当て溜め息を吐きながら宥めようとするが、今のロスヴァイセの耳にはその言葉が入る余地などなかった。
「おっと、これ以上邪魔をしたら悪いな。それじゃあ、俺はこれで帰るよ」
「……え、私は別に気にしてませんよ。それにもう外は既に暗いですし、食べていきませんか?」
ロスヴァイセは暗いことを確認してから、気を利かせるようにおいしい提案をするが、
「お、マジか!だったらお言葉に甘えて……と言いたいところだが、今回はやめとく」
ユーゴは目を細めさせて首を決して縦に振ろうとはしなかった。彼がそんな行動をとったことには、しっかりとした理由があったのである。
「ったく、いくらキミが誰にでも優しくできて、お節介焼きだからといって、そんなことを他の男に向かって軽々しく口に出すな。そういうことを言うくらいなら、レンにおもいっきり甘えてみたらどうなんだ?」
そして、煽るような物言いでユーゴは逆に提案をしてみると、ロスヴァイセはわたわたと慌てふためきだし、首を全力で横に振っていた。
「えっと、わ、私とレン君の関係はまだそんなところまで発展していない訳で……!」
その答えを聞いた途端、ユーゴは頬を緩ませてニヤニヤと笑いを浮かべだす。
「へぇ、「まだそんなところまで発展していない」ね。その言い方だと、少しは進展したみたいに聞こえるけど。ま、俺の知らない間に随分と進展したってことなんだな」
「……ッ!もう!茶化さないでください!」
◼◼◼
「う。……俺はいつの間にか眠ってしまっていたのか」
レンは目を覚ますと、目の前には意識を失う前とまるっきり同じ光景が広がっていた。
「いや、違う。いったいここはどこなんだ?」
しかし、目に見える風景には色素が全く無く、元々自分がいた場所とは違うことに気がつき、全神経を集中させて警戒心を呼び起こす。そんなレンに何者かが不意に声をかけてきた。
「ここは自分が作り出した仮想世界であり、精神体のみが入れる世界」
その声の主は、左目が隠れるほどの長く蒼白い前髪が特徴的な日本の和服を着込んでいる男性にも見えれば、女性にも見えるそんな中性的な顔立ちの人物だった。レンはその者に訊ねる。
「あなたは何者だ?仮想世界とはどういうことだ?」
「……フゥ、本来なら、質問はひとつずつにしていただきたいのだけれど、まぁいいです。自分は本多
遊騎と名乗った彼は「やれやれ」とでも言いたげに息をつきながらも、レンの質問にあっさりと答えてみせた。
「それで、仮想世界と言うのはその名の通り、自分の脳内でイメージした空間をそのまま再現した幻の空間とでも捉えていて間違いはないかな。ちなみに今回はレン、キミの記憶を覗かせてもらい、この場を創らせてもらった」
突拍子のないことを遊騎から突然聞かされたレンだったが、大袈裟に驚きはせず、ただ冷静にその話に頷くだけだった。
「俺の……記憶ね」
「そう。とどのつまり、自分の意思ひとつでーー」
そして、遊騎が指を鳴らすと、レンの目の前に写っていた山小屋の内装は消え去り、今度はレンにとって見慣れた場所である駒王学園の校庭が新たに創り出されていく。しかし、そのようなことを見せられてもレンは大して驚きもしなかった。
「このようになるわけ。……うん、キミのその様子を見るに、大体理解したみたいだね」
「ああ、大体はわかった。あとふたつだけ訊きたいことがあるんだが、いいかな?」
「はい、なんでもどうぞ」
「俺をここに呼んだ目的はなんだ?」
レンはいたって真面目に訊ねたが、遊騎は何故か首を傾げてキョトンとさせていた。
「……?おかしなことを訊くヒトだな。この場で戦うためさ。キミは自分の槍の力ーー蜻蛉切を借りたいから、掴んだのだろう?そして、もし、キミが自分に勝てれば自分は力を貸す」
「……チッ、あの時師匠が強引に握れと言ってきた理由はそこにあったのか」
(ようするに戦って自力で感覚を掴み取れ、とそういうことなんだな)
レンはランサーのさっきの行動に納得しつつも、苛立ちを募らせていた。
「それとあともうひとつ。俺の記憶というのはどこまで遡ることができたんだ?」
レンのその謎の質問に対して遊騎は疑問に思い、一瞬だけ黙ってしまうが、再び語り出した。
「記憶を覗くといっても不完全な力であって、あくまで断片的な何かを読み取る程度が限界だ。よって、キミの全ては見ていない。ただ、キミの記憶には一部欠落が見られたけど……そこがこの質問の真意なのかな?」
「ああ、そうだ。……もしかしたらと思って聞いてみたが、やはりダメだったか。変なことを聞いてしまってすまない」
「なに、気にする必要もない。さて、これで質問は終わりか?何も訊くことがなくなったのなら……」
話が一通り済んだと判断するや、遊騎は日本式の戦闘装束に手甲や脚甲を身に纏うように発現させて、おもむろに青い蜻蛉切を両手で取ってそれを構え出し、言葉を全て言いきる前にその場から飛び出していた。
「早速で悪いが、キミの実力を見せてもらう!」
レンも負けじと遊騎の不意討ちにも近いその速い動きに対応してみせ、ゲイ・ボルグで遊騎の初戟を見事に防いだ。
「見た目に似合わず、意外とせっかちなんだな。俺はもう少し話を聞きたかったのだけどな」
「ここから先は己の口ではなく、己の槍で語ると良い。……さぁ、ここからが本番だ」
遊騎は後ろに跳び退きレンから一旦距離を取ると、今度は蜻蛉切を地面に突き刺した。そして、裂帛の気合いと共に大きくこう叫ぶ。
「斬り裂け、蜻蛉切!」
遊騎が叫んだ刹那、地面に突き刺した蜻蛉切からはレンに真っ直ぐ伸びていくように大きな衝撃波が生じ、地面を二つに割りながら突き進んでいった。二人の距離が大分離れていたということもあり、レンは横に跳んだだけで容易に避けられたが、レンが元いた地面は粉微塵に粉砕されていた。
「その程度の攻撃、当たるものか!」
レンはそこからすぐさま反撃に出るため、遊騎との距離を詰めていく。今回のレンは珍しくゲイ・ボルグただ一本のみを構えたスタイルで、『鉄血転化』を発動させていない。否、正確に言うと、神器も鉄血転化もこの場では使えないことをレンは直感で理解していたのだ。
「なかなか速いな。なら、もう少し速度を上げよう」
レンの紅い斬戟を受け止めつつ、まだ余裕だと言わんばかりにそう評す遊騎。そして、その言葉通りにさっきよりも速いスピードで攻撃を加え始める。
「絶対に成し遂げてみせる。命を賭してでも必ず!」
それに対抗するように、レンも槍を振るうスピードを上げていく。こうして、奇しくも蒼い髪の槍使い同士による高速戦が始まるのだった。