「ガ……ハッ!」
見えない二つの斬戟はレンの両側の肩口から斜め方向へとほぼ同時に走っていき、胸には大きなX字の傷をつけた。それから、斬戟と共に発生した風の衝撃によりレンの身体は後方にあった木に叩きつけられていた。
(あの見えない攻撃の正体は……日本で俗に呼ばれる「カマイタチ」というもの、か)
レンは見えない斬戟の正体を三回目を受けた時点で見破り、それの対処法も見つけた。
(……もっとも、それに気付くのはあまりにも遅すぎたみたいだ……な)
しかし、酷い重傷を負ってまともに体を動かすことのできない今のレンにとってそれは、もはや無用の長物と化していたのである。そのことをレン自身も悟ったようで心の中で自嘲していた。
「悪く思うなよ。ここに来てしまった以上は、自分に力を証明して生きて元の場所へと帰るか、もしくは何もできずにここで死ぬか、どちらかの道しかない。……恨むのなら己の師、または自分自身を恨め」
そして、レンの元には死の足音がゆっくりであるが、確実に刻一刻と迫っていた。
◼◼◼
体を動かそうにもゲイ・ボルグを握ることができない。右人差し指一本にすら力が入らない。視界も霞んではっきりしない。おまけに今すぐにでも意識が飛びそうになるほどのこの夥しい出血量。
そして、仮に動ける状態にまで奇跡的に回復できたとしても、後ろには逃げ場が無い上に前からはゆっくりと遊騎が近づいてくる。助かる可能性はーー限りなくゼロに近い、まさしく詰みだ。
『ハハハハ。お前、面白い奴だな。よし、いいだろう、お前に俺の『とっておき』を教えてやるよ』
『へっ、お前にはまだ早いね。師匠ってもんはそう簡単に負けないって決まってんだ!』
なんだ、この脳内に写るビジョンは?……俺と出会った頃の昔の師匠みたいだ……けど。
『私が言ってるそばから食べない!人の話を聞くときはその人の目を見て聞く。親からそう習わなかったのですか?』
『あ……レン君、その……途中まで一緒に帰りませんか?』
今度は幼い頃のロスヴァイセ……か。
『転校生、お前超強いじゃねえか。なぁ、次は俺と勝負してくれよ』
『おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はユーゴ。……あ、ひとつ言っておくが、ユーゴーじゃねぇからな。俺の名前は
それにユーゴ。
…………ハハッ、どうやらこれが走馬灯というものらしいな。……つまり、俺はこのまま死ぬのか?
『……いままで本当に、本当に寂しかったんですからぁ』
『ッ!そういう問題じゃないんです!どうして今なんですか!?どうして何も言ってくれなかったんですか!?どうして、あの時みたいに……ッ!』
……ッ!いや、何を馬鹿なことを考えている、俺!ロスヴァイセをまた一人にして悲しませるつもりなのか?違うだろう!弱気になるのはまだ早過ぎる!
…………それに、俺にはまだ、まだやり残していることが山ほど残っているのだから、諦めるわけにはいかないだろう!
『私、レンさんのその提案に乗ります。えっと……これからよろしくお願いします』
最近ではすっかり明るくなったフレイ。身近なヒトを失うという悲しみを彼女に、もう二度と味わせるわけにはいかない。
『離ればなれになっちゃうだろうけど、お互い違う戦場で頑張ろうよ』
『そっか、じゃあまた何処かで会おう。こう見えても、俺は世界各地を歩き回ってるんだ。そんで、その時はまた美味しいものを一緒に食べようよ』
デュリオとは互いに誓い合った。所属は違おうと守るべきもののため戦おう、と。そして、また一緒に食事をしようと約束もした。
『なあレン。勝ち逃げすることだけは絶対に許さないからな。……絶対だぜ!』
初めてできた俺の
『俺、あなたみたいな強いヒトになりたい。……今よりももっと、部長やアーシア達を悲しませたくないからもっと強くなりたいんだ!』
俺のことを慕ってくれる教え子のためにも帰らなければ、ダメなんだ。
ーーだからゲイ・ボルグ、俺にお前の力を全て預けてくれ。お前の主である俺が生きてあの地に帰るためにも。
「さあ、反撃開始だ」
◼◼◼
遊騎はレンにあと一歩というところまで近づいて来ており、蜻蛉切でレンの胸の辺りを今にも刺し貫こうとしていた。
「せめてもの情けだ、一戟で葬ってやる」
そして、侮蔑するような冷たい言葉と共に鋭い突きは放たれた。しかし、それはレンの胸を捉えることなく進行を途中で阻まれた、レンの前に構えられたゲイ・ボルグによって。
まさか防がれるとは思ってもみなかった遊騎は焦ったように後ろに下がりながら、解いていた警戒心を一気に跳ね上げた。
「華奢な体の割にはなかなか頑丈だな、キミは」
レンは全身から血を滴らせ、フラフラと立ち上がりながら口を開いた。痩せ我慢だとわかるほどの作り笑いをしながら。
「ああ。おあいにく様、俺はまだ生きている。ーーアンタは知ってるか?」
「……何をだ?」
「師匠は昔言っていた。槍使いはどれだけ不利で劣勢で勝つことが困難な状況に陥ったとしても、泥臭く、しぶとく、ずる賢く、生き残る者達なんだ、と。だから、俺は諦めないし……俺は絶対に死なない」
レンから気合いが発せられたその瞬間、ゲイ・ボルグはある変化を起こし始めた。ゲイ・ボルグからは紅いオーラを放出されていき、それはレンの右腕を優しく包み込むような形で覆い尽くしていった。そして、透き通った紅い色だったはずのオーラははっきりとした鮮やかな紅い布のようなものとなりレンの右腕に纏わりついていく。
蒼い左眼と紅く変色した右眼で
「これが俺の見出だしたゲイ・ボルグの可能性だ。俺達の新たな力を見せてやる」
「この土壇場に来て己の魔槍を覚醒させるか。何が先程と変わったのか、示して見せろ!」
レンと遊騎はほぼ同タイミングでその場を跳び出し、中断していた戦闘を空中で再開させた。両者共にさっきと戦術は全く変わらずで、展開も同じになるかにみえた。しかし、現実は違った。
「なるほど……反応速度が遥かに上がっている」
レンの速度が遊騎の動きを上回り、凌駕していたのである。レンはそこから更に追い詰めていくように鬼神の如き攻めを遊騎に息つく隙すら与えず次々と仕掛けていく。
「ならば、……フッ!」
遊騎はひと跳びで一気に急激な加速をして後ろに下がり、レンの射程圏外からカマイタチを発生させた。
「……ッ!何度もそれを当てられると思うなよ!」
レンは見えないはずの攻撃を殺気のみで感知し、最小限の動きだけで避けた。それからレンは、ついさっきの遊騎に負けないほどの高速移動をみせつけ、遊騎の元へと急接近していた。そして、ようやく三度目の攻撃を当て、地面へ叩き落とすことに成功するのだった。
「やったか?…………いや、まだか!」
レンのひと振りによってこの勝負は終わったかに見えたが、決着はまだ着いていない。遊騎は地面に叩きつけられる直前で強烈な突風を巻き起こして、衝撃を和らげていた。
「油断をしたつもりはないんだが、俺ももうひと段階蜻蛉切の力を引き上げるしかなさそうだ。……
遊騎は前髪をかき上げ、隠されていた左目を露見させながら、レンのことを改めて見据え直した。遊騎がその仕草をした瞬間からこの場の空気の流れが一変し、蜻蛉切の纏っていたオーラまでもが変化した。
「次のひと振りで最後にしよう。自分が勝つかキミが勝つか」
蜻蛉切から凄まじい勢いの風を吹かせながら、遊騎はそれを後ろに大きく引いて構えた。
(ここが現実の世界ではないとはいえ、血を多量に失ったこの状態で俺の体力がいつまで持つかわからないのは事実。……だったら、答えは一つだ)
「いいだろう、受けて立つ」
レンも最後の一騎討ちに応じて、ゲイ・ボルグを頭上で回転させてから前方に構える。
「あそこまでの重傷を負ってもなお立ち上がり刃を向けてきた者は、自分がいままで会ってきた槍術師の中でキミが初めてだ。正直のところ感服した」
「俺もあそこまで派手にやられたのは今回が初めてだった。生まれて初めて死すら覚悟したよ」
(だが、最後に勝つのは)
(だが、最後までここに立っているのは)
そして、互いに互いの実力を認め合った後、二人は重心を低く下ろして、
(……自分だ!)
(……俺だ!)
最後の一戟を打ち込むためにほぼ同時に元の場所から消え去り、ほぼ同時にすれ違い、ほぼ同時に突きで互いの体を捉えた。
「…………」
「…………」
最後の一戟を互いに打ち合って、後ろ向きのまま向かい合っている両者。
「フフ、……見事だ。レン」
遊騎はすれ違いざまに胸部をゲイ・ボルグによって刺し貫かれ、それが決め手となったのか体を煙のように少しずつ消していった。
「これで……帰れる。みんなの、元へ」
レンも遊騎の言葉を最後に聞いてからその場で倒れ伏し、眠るように意識を手放した。
投稿が遅くなってしまった上に、話の展開がなかなか進まなくて申し訳無いです。
次々回辺りで原作の方へ戻っていく予定です。