レンは目を覚ました。目の前には自分が日常的によく見る自室の天井が広がっている。
(俺はいつこっちに帰ってきた?)
ふとそのようなことをレンは考えてしまうが、すぐに違うと切り捨て、別の答えへと行き着く。「まだ自分は遊騎の創った仮想世界にいるのだ」と。
「あ、ようやく起きたね」
「……ッ!」
遊騎は上からレンのことを覗き込むようにじっと見つめるようにしており、レンは目をキョロキョロと動かして冷静に観察した後、膝枕をされていることに今頃気がつき、そのことに驚くようにして突然飛び起きてしまった。
「まったく、そんなに驚かなくともよくないか?」
遊騎は呆れたような声を出してレンに話しかけるが、レンが驚いた理由はもう一つ別にある。それはーー
「……遊騎じゃないみたいだけど、キミは誰なんだ?」
つい先程、自分と戦っていた人物とはやや異なっている箇所が所々に見られたからである。遊騎とは同じ髪色であり、顔の輪郭、作りもさほど変わっていない。しかし、元から見えていた右目を隠して、逆に左目を露にしていることや、胸や腰回りの肉付きが若干良くなっているなど、挙げていけば異なる点は次々に現れていく。
「おっと、そういえば名乗るのを忘れていたね。私の名は
彼……いや彼女は感情を押し殺したように特に表情で喜怒哀楽のどれも表さないまま、自分の存在のことだけをレンに淡々と告げ、そのまま黙りこんでしまった。レンは怪訝そうにして訊く。
「それで結局ユウキはどうなった。……まさか、あのままいなくなってしまったのか?」
その問いにユキは首を横に振った。
「いや、ユウキは単に疲れ果てて寝てしまっただけだ。それで仕方なく私が代わりに表へ出て、あなたと話している。ただそれだけのこと」
「なるほど。つまり、キミが主人格になることは滅多にない、とそういうことか」
「そうだね。……むしろ、魔槍を使うキミの前に私がこうして出てくること自体、奇跡的なことなんだけど」
「……ん?それはどういうことだ」
ユキの言葉の一部に引っ掛かりを感じたレンは、もう一度そのことを聞き直すが、訊かれたユキは肩を竦めるだけだった。
「残念だけど、そのことについてあまり喋っている暇はないみたいだ。……だってほら」
ユキはそう言って自分の左の手のひらをレンの目の前に差し出す。出したその手はその先を見透せるくらい、薄く透明になりかけていた。
「ま、手短に話すと、キミは魔槍だけでなく聖槍も使える体質である、ということだ」
「……ッ!それは本当なのか?」
突然宣告された自分に関する情報に、レンは目を見開かせるほどに驚いていた。
「ああ、事実だ。しかし、さっきも言ったように私が表に出ていられる時間はもうあまり少ないから、後の詳しいことはユウキが起きた時にでも訊いてみるといい」
「……そうか、わかったよ」
「うん。もし、再び会う機会が訪れたら、またここで……あ、そういえば、ひとつだけ重要なことを言い忘れていたよ」
「なんだ?」
「ユウキとの戦いで理解したと思うけど、改めて言うよ。戦いに身を投じる者として、何よりも大切なのは「絶対に自分が生きる」という強い意志だ。優先順位で他人が一番目になることなんかは決してあり得ない。ーーキミが先に死んでしまったら守れるはずの命も守れなくなる。それだけは注意するように」
「そのことならもう大丈夫。改めて大事な感覚を思い出せた気がするから」
レンの素直な返答を聞けたユキは満足げに頷き、「それと」と言ってさらに別のことも付け加えた。
「そのこととは別として、愛する者のため、仲間のため戦うというキミの行動理念は決して間違っていないし、私自身もそういう考えは嫌いじゃないよ。……それではまた会おう、レン」
ユキは最後に微笑む表情を見せて、レンの目の前から幻のように姿を消していった。そして、ユキがこの場から消えると同時にこの空間そのものも光を放ち、徐々に景色が淡くなっていく。
「……そうだ。生き残ることこそが結局、みんなを悲しませないためにもなるんだからな」
この空間が瓦解していく中、レンは自分に言い聞かせるように決意を改めた。
◼◼◼
「……ははっ、ようやく元の場所へ帰ってきたみたいだ」
自分の周りを見渡し、ランサーが壁に寄りかかりながら眠っているところを見て、やっと帰ってこれたのだとレンは実感していた。
「……ん?おう、やっとあそこから戻ってきたか。それで、その様子を見る限りでは習得したみたいだが、それがお前の探し求めた答えだったのか?」
そして、タイミングよくランサーは欠伸をし口に手を当てながら、起き上がったレンに話しかけた。
「おはようございます、師匠。まだ連続して使ったことがないので、まだよくわかりません。……ただ、もう大丈夫だとゲイ・ボルグから伝わってきた気がします」
「?よくわからんがまぁいい。……それとついでだ。蜻蛉切も持っていけ」
レンはそれを聞いて、自分の手に握られた槍をじっと見つめてから、ランサーに訊き返す。
「いいん……ですか?」
「おうさ。俺が持っていたんじゃあ、それこそ宝の持ち腐れになるだけだからな」
「では、ありがたく使わせてもらいます」
レンはランサーに一礼してから亜空間に蜻蛉切を収納させた。
「ところで師匠。俺が寝てからどれくらい日が経ってますか?」
「そうだな。お前が目を閉じて丸々4日ってところだったか。……それがどうかしたのか?」
訊かれたランサーは首を傾げて、絞り出すようにして答える。そして、不思議そうにレンの顔を覗き込むと、そこには「しまった」というような顔を浮かべるレンの姿があった。
「……ッ!なんでそんな大事なことを黙っていたんですか!」
(クソッ、今からシルバー・ゲイルを飛ばしてロスヴァイセとの約束の時刻に間に合うか?)
「あ?そりゃあお前がそんなに急いでいるようには見えなかったからだろうが!」
あまりにも理不尽なレンの物言いにランサーは声を荒げて怒鳴り散らすが、レンはランサーからのお小言をいっさい聞かず、既に出入口の扉を開けて外へと飛び出していた。
「それじゃあ、俺は駒王町に戻ります。ありがとうございました」
「お、おい、待てコラ!」
ランサーの制止させようとする声は意味もなくその場に響き、レンはバイクを駆りここから去っていった。
「……チッ、相変わらず行動が速いな。しかしまぁ、アイツも俺が見ない間に随分と変わったな。あの銀髪の嬢ちゃんとやっとこさくっついた、とかか?ハッ、もし、それだったにしても遅すぎんだよ」
去っていったレンに聞こえないことがわかっていながら、ランサーはすかしたように笑い、レンに文句をひとつ溢すのだった。
「……ん?そういや、アイツの持ってた変な機械が妙にうるさく鳴っていた気がするが……ま、いいか」
◼◼◼
「……う~ん、今日はよく寝たなぁ」
リアス達とサイラオーグ・バアルのレーティング・ゲームが冥界のアグレアスで行われたその翌日。観戦した疲れが残っていたのか、フレイは珍しく朝寝坊をしていた。
レーティング・ゲームの内容はほぼ互角の展開で進んでいき、最終的には覚醒した紅い赤龍帝の鎧を纏ったイッセーと獅子の鎧を纏ったサイラオーグの殴り合いとなって、僅かな差でイッセーが勝負を制した。つまり、リアス達の勝利で幕を閉じたのだった。
「あ、ようやく起きましたか。おはようございます、フレイさん」
「あ、おはよう、ロスヴァイセお姉さん」
ロスヴァイセに朝の挨拶をされて、フレイもごく自然な流れで挨拶を返すが、そこである疑問がフレイの頭に思い浮かぶ。
「……って、あれ?今日はデートの約束をレンさんとしていませんでしたっけ?なんでまだそんなラフな格好なんですか!」
ジャージ姿のロスヴァイセをビシッと指差して、怒りを露にするフレイ。
「……いいんです。レン君はどうせ、今日来ませんから」
怒られたロスヴァイセは諦めたような、悲しそうな顔をして口をむっとさせるだけだった。
「……何回連絡をしても返事は何も返ってこなかったし、それに昨日部屋を訪ねてみたら、まだ帰って来ていなかったんです。だから、今日は来れるわけがないんです」
ロスヴァイセの言い分を聞いたフレイは呆れたような顔で笑って元気付けるように言った。
「何を勝手に決めつけているんですか。レンさんは必ずここに来ますよ。あなたのためなら絶対に。……ですから、早く準備をしましょう、私もお手伝いしますから!」
「え……えっ!?ちょっと待っーー」
「時間がありませんから、急ぎますよ」
ロスヴァイセの声を全く無視して、フレイは早速洋服選びに取り掛かっていった。
その後、ロスヴァイセは普段の学校では見せない今時の女性っぽさ溢れる可愛らしい格好で全身を包み、自分の住むマンションの前に立っていた。
「もう、来るはずなんてないのに」
(……なのに、なぜ私はここにいるのでしょうか?)
ロスヴァイセはそのようなことを口にしながらも、心の奥底ではレンが来てくれると期待しているのだ。
ロスヴァイセが右手首に巻いてある腕時計で今の時間を確認するとーー10時30分。約束の時間は既に回っていたのである。
「ふぅ、やっぱり……来ません、よね?」
もう来ないだろうと、ロスヴァイセがとうとう諦め階段に足をかけたその時、耳障りな甲高いブレーキ音がその場に響いた。
「はぁ、30分遅れか。かなり怒ってるだろうな」
ロスヴァイセは5日ぶりに聞く声に反射的に振り向いてその場から駆け出し、レンの胸の中へ飛び込んでいた。
「……あの~、ロスヴァイセ?」
「……フフッ。まったくもう、時間は厳守ってあんなに言ったじゃないですか。遅刻ですよ、レン君」
「ごめん。これでも頑張って急いだんだけど、間に合わなかった。あと、お詫びの印ってわけではないのだけど」
レンは再会するや、またロスヴァイセに謝りズボンのポケットの中をごそごそと探す。そして、目当ての物を探り当てたのか、レンはその何かを取り出してそのままロスヴァイセの頭に持っていった。
「……?」
状況がいまひとつ掴めずに、疑問符を浮かべているロスヴァイセにレンは口を開いた。
「はい、俺からのプレゼント。子供の頃にあげたあれ、壊れそうだと前々から思ってたんだけど、とうとう壊れたんだね」
ロスヴァイセの銀色の髪の上には、前の物とは形の異なる髪飾りが乗っていた。それはトランプのダイヤの柄にも見えるような、どことなく槍の形にも見えるような意匠の。
「……ッ!もう、レン君は……ズルいです」
(他にも色々言いたかったのに、こんなの貰ったら何も言えないじゃないですか)
ロスヴァイセは頬を赤らめて、嬉しさを隠しきれずに思わず表情で現してしまう。しかし、ロスヴァイセはレンの胸に顔を埋めていたため、レンからはうかがい知ることができないでいた。
「よし、それじゃあ早いところ行こうか。ロスヴァイセはバイクの後ろに乗ってくれ」
「はい!行きましょう」
二人は銀色のバイクに乗り込み、行ってみたことのない若者の町へ繰り出していくのだった。