「人が多く集まるとは聞いていたが、……これはなんというか」
「私達の想像以上ですね。この人の多さは」
駅の地下にある駐車場へバイクを停め、目的地である渋谷に到着した二人が開口一番に放ったそれぞれの一言だった。
「それにしても私達、周りの方からすごく見られてませんか?」
ロスヴァイセの言うように、二人は渋谷に到着して大勢の一般人から注目されていた。
「言われてみれば、たしかにそうだな。……強いて言えば、ロスヴァイセの方が注目を集めている気がするけど」
周囲から見ている人からすれば、美男美女の外人カップル。それに、二人とも髪色が蒼に銀と滅多に見かけないものであったからこそ、注目を集めるのは当然といえば当然だった。
「うぅ、……やっぱり、ジャージかスーツで来れば目立たなかったのかも……」
「ハハッ、どう考えてもそれはまずないから、もうこれは諦めるしかないだろう。ま、気を取り直してとりあえずは、あの建物を目指して歩こうか。……はい」
レンはそう言って、そこからよく見える背の高い建物を指差し、ロスヴァイセに自分の右手を差し出す。
「え、ちょっと待ってください。……あの~、人がこんな多くいるのに、ですか?」
ロスヴァイセは人前で手を繋ぐことに気恥ずかしさを感じるからか少し抵抗があるようで、なかなか掴めないでいた。
「多くいるからこそだ。はぐれると困るだろう?だから……早くしてくれよ」
レンに催促されたロスヴァイセは覚悟を決めて、差し出された右手をしっかりと握り締めた。
「うん、じゃあ行こうか」
レンのその言葉が合図となり、二人はついに渋谷の街へと繰り出していった。
すれ違うほとんどの人達にジロジロと見られながらも目的地である建物にようやく到着した二人は、そのテナントとして入っている店の前に今立っている。
「レン君が行こうとしていたところはここ、なんですか?」
「ああ、そうだよ。俺もロスヴァイセも服を見に来て損をする、なんてことはないだろうし、出掛けるにはちょうどいいところだと思ったんだ。……何か気に入らないところでもあったか?」
「いえ、別にそういうわけではないんですが、ちょっと全体的に高そうというか……」
ロスヴァイセが店に入ってまず一番最初に思ったことは、掛けられている商品の値段だった。普段から質素倹約を心がけているロスヴァイセにとって、それらは比較的に高価なものばかりだったのである。あまり乗り気ではないロスヴァイセだったが、レンはそれを初めから見越していたのか鼻で笑い、動揺する素振りは何一つ見せなかった。
「ま、ロスヴァイセならそう言うと思ってた。でも今日は俺が出してやるから、金のことなら気にせず気に入った服をどんどん選んでいってくれ」
「え、いいんですか?いや、でもやっぱり……」
「前にも言ったと思うけど、今日はキミが主役なんだ。だから、今日一日は遠慮なんかしなくていいんだよ」
レンから優しい言葉をかけられて、ロスヴァイセは目線をレンから逸らしつつも嬉しそうな顔をしながら、レンの腕を引っ張っていく。そして、何かのスイッチが入ったのか、ロスヴァイセは生き生きとした声でレンに促すように言った。
「……わかりました。じゃあ、今日はレン君の言葉に甘えさせてもらいます、覚悟しててくださいね!」
「ああ、任せてくれ!」
◼◼◼
買い物を開始してかれこれ2時間が経過した頃、ロスヴァイセが充実した時間を満足に過ごしたようで、二人は現在、今時のおしゃれなカフェで休憩している。
「なんだか、疲れましたね。私、こんなに買い物をしたの久し振りな気がします」
口ではそう言っているものの、まだまだ歩ける余力があるくらい元気そうなロスヴァイセに対して、
「……ああ。そう、だな」
任せてくれ、と口では強がりを言っていたものの本当に疲労が溜まっていた様子のレンは、カフェのテーブルに突っ伏していた。そして、そのことにやっと気が付いたロスヴァイセはあわててレンに頭を下げた。
「あ、すみません!あまりにも楽しかったので、ついついはしゃいでしまって……」
「……いや、いいんだ。こうなった原因は元を辿れば俺にあるんだから、キミが気にする必要なんかない」
いくら肉体にダメージがフィードバックしない、ほぼ休みなしで修行を続けられる精神世界でのこととはいえ、どこかしらに悪影響が出ていずれは疲労に繋がる。それは火を見るより明らかだ。それでも、レンは無理を押しきって、ロスヴァイセに心配させまいと疲れを隠すようにうまく振る舞っていた。
「……しばらく、休んでいきましょうか」
「俺はそうしたいところなんだが、ロスヴァイセはそれでいいのか?」
自分が疲れきっている状態にも関わらず、まだロスヴァイセのことを気遣うレンだったが、
「はい、別に構いませんよ。私は十分満足しましたから」
レンのことを労るようにロスヴァイセは優しく声をかけた。
「じゃあ、今度は俺がお言葉に甘えて休ませてもらうよ。……あ、すみません」
ちょうど話の切れるタイミングでレンはここをちょうど通りかかったウェイトレスに声をかけ、飲み物を注文しようとする。
「はい、ご注文ですか?いかがなさいましょう?」
「ミルクティーをひとつお願いします」
「じゃあ、私は……ホットコーヒーで」
「かしこまりました。ではすぐにお持ち致しますので、少々お待ちください」
そして、レンに続くようにロスヴァイセも飲み物を頼むと、ウェイトレスは丁寧に応対した後に下がっていった。
「……あの、ひとつ話をしても、いいですか?」
ウェイトレスがここから離れていったことを確認したロスヴァイセは急に改まった態度でレンの正面に向かい合う。
「別にいいけど、なに?」
「私、一度ヴァルハラに帰ろうと思います」
「……へぇ、そう。まさか俺が帰郷したから、ロスヴァイセも故郷のこと、思い出した?」
「…………え?」
予想していたものよりもあまりに拍子抜けな態度をとられたことで、少し反応に困ったロスヴァイセだったが、調子を戻しながらその考えに至った経緯をレンに話していく。
「あ、いえ、違います。ただ、私ももっと強くならないと、って思ったんです。……このままだと、力不足になって、皆さんの足を引っ張ってしまうことになりかねません。現に私、ロキ様と戦った時もレン君に危ないところを助けてもらいましたし、修学旅行の時は留守を任されただけでした」
「……」
「……だから、私は新しい魔法を帰って習得してこようと思います!それで、レン君の隣に並び立って戦う……ことはさすがに無理かもしれませんが、せめてレン君の後ろを、背中を守れる位には強くなってみせますから!だから、期待して待っていてください」
ロスヴァイセは強く揺るぎない決意をして、レンに告げた。
「……」
しかし、「頑張ってこいよ」や「ああ、わかった」といった言葉がレンの口からひとつたりとも返ってくることはなく、顔を俯かせながら黙って座っているだけだった。
「レン君?」
「……」
「……まさか寝てる?」
「……すぅ……すぅ」
レンはロスヴァイセが話していたこの短時間の間に眠りに落ちていた。どこまでロスヴァイセの話を聞いていたのかすらわからないくらい、ごく自然に気づかれなかった。
「まったく、あなたってヒトは。もう……仕方ありませんね」
ロスヴァイセはレンに怒ろうと試みたものの、座った体勢でありながらあまりにも気持ち良さそうに寝ていたので、何をするでもなくただ呆れていた。
「……あ、そうだ」
しかし、ロスヴァイセは良からぬ考えを思い付いたようで、イタズラっ子みたいな笑みを浮かべて身をテーブルの上に乗り出すと、レンの顔に自分の顔を近づける。
(うぅ、やっぱり緊張する……)
心臓の鼓動は今日一番の速さで高鳴っていて、手も軽く震えている。それでも、ロスヴァイセは勇気を振り絞り、自分の唇と無防備なレンの額との距離を縮めていき、最終的に優しくそっと当てた。
「うん……」
「……ひぁッ!」
レンの声が突然聞こえ、さらに顔に弱めの息がかかったことでロスヴァイセは慌てて自分の席に戻る。「まさか起きてしまったのでは?」とそのことだけを危惧しているロスヴァイセだったが、さっきの声はただの寝言だったようで、それは杞憂に終わった。
「はぁ、ビ、ビックリした。けど私、初めて」
(初めて……しちゃった。……レン君の唇にじゃないけど)
ロスヴァイセは自分の唇に手を当てて顔を紅潮させ、ウェイターが飲み物を運んでくる間、終始うっとりとしていた。