休みが明けると、ロスヴァイセはレンに話した通り、魔法を習得するために北欧へと帰っていった。
「……で、俺に頼みたいことって何なんだ?一誠。まぁ、だいたいの想像はつくけど」
「え~と、それは俺と模擬戦をやってくれないかなぁ、なんて」
そして今どんな状況にレンは置かれているのかというと、一誠から自宅に呼ばれて、そのままトレーニング場に通されていた。
「なるほど、やはりその話か。……悪いけど、俺は一誠と模擬戦をするつもりはない。なんせ、みんなから釘を刺されているから、『一誠がトレーニングの頼みに来ても、やらせないでくれ』、とね」
「う、レンさんにまでこの話が伝わっているなんて」
二人の言うこの話とは、中級悪魔になるための昇格試験についてである。ちなみに、グレモリー眷属からは朱乃、祐斗、一誠の三名が選ばれて、既に話が来ている。
「ま、みんなの言う通りに、筆記試験の対策でもしていた方がいい。アザゼルさんもそう言っていたのだろう?」
「たしかに、そうなんですけど、体を動かしていないとどうも落ち着かなくて……」
頭をポリポリと掻きながらそう言う一誠に、レンはうんうんと頷きながら返した。
「一誠のその気持ち、俺にもよくわかるよ」
「え?」
「小さい頃の俺も今の一誠と同じように早く強くなりたかった。そして、一人前になりたかったんだ。けどな、そんな俺に師匠からはこう言われた。『休める時に休んでおくってのも一人前になるためには必要なスキルなんだ』ってね。だからな、今焦る必要はないんだよ、きっと」
「……な、なるほど。わかりました」
いままで様々なヒトから言われたどの言葉よりもレンのその話は説得力があったのか、一誠は納得するように頷いた。それからレンは何かを思い出したように今とは打って変わって表情を明るくさせる。
「うん、わかればよろしい。……あ、そういえば、一誠。お前はリアスさんに告白して了承をもらえたそうじゃないか」
「うぇッ!?いきなりその話を持ってきますか?」
「ああ、いきなりと言えばそうかもしれないが、何せお前と話す機会がなかったからな。……で?実際のところはどうなんだ?」
「たしかに俺は、ぶ……リアスと付き合うことになりましたけど、日常生活で変わったことはあまりないですよ。ま、まぁ、スキンシップは前よりも激しさを増した気がしますけど」
恥ずかしがる様子を見せながらも、それはそれはとても嬉しそうに一誠は語った。
「そうか。でも、それはよかったじゃないか。一誠にとってそれは幸せなことなのだろう?」
「はい!今の俺、スゴく幸せです!」
一誠の今日一番の笑顔を見たレンも同様に笑顔を見せ、笑い声をあげていた。
「アハハ。相変わらず素直だな、お前は。……さて、せっかくここまで来たんだし、俺にできることがあるなら何か手伝うけど、何かあるか?」
「……え~と、そうですね。なんか、みんなが協力してくれますし、レンさんは何もしなくて大丈夫だと思います」
「ああ、わかった。だったら、俺は他にすることも特にないし、これで帰らせてもらうよ」
「あ、はい。……ってか、無駄足になったみたいで、なんかすみませんでした」
「そこまでかしこまらなくてもいいって別に。足を運んだからこそ、俺も一誠達の楽しげな話を聞くことができたんだからな」
一誠が苦笑しながら頭を下げて謝ったいたが、レンは大して気にすることなくこの場を後にするのだった。
◼◼◼
「よし。これで今日までにしておくべき作業も終わったな。それじゃあ、ロスヴァイセ……ってそういえばいないんだった」
それは翌日の放課後のことだった。レンはいつもと同じように帰ろうとして、ここにはいないロスヴァイセに声をかけていた。レンにとって彼女と一緒に帰宅することは日常の一部となっており、その声がけは習慣化していたのである。
「……ったく、お前もなのかよ。揃いも揃ってお前ら二人は……ああ、チクショウ」
そして、それを近くで聞いていたアザゼルは口をへの字に曲げて、大きなため息をついていた。
「え、なんですか?アザゼルさん」
「……お前が先週居なかった時にロスヴァイセもお前とほぼ同じことをしてた。ただそれだけだよ。はぁ」
「あの、それだけって言ってるわりには元気ありませんよね?……まぁ、飴でもなめて少し落ち着かせてください」
アザゼルがいつもと様子の違うことになんとなく気がついたレンは、気を利かせて自分の机に置いていた飴をアザゼルに差し出すが、それはとんでもない逆効果を生んだ。アザゼルは目から涙を滝のように流して逆上するように、ものすごい勢いでレンのことを怒鳴りつけた。
「うるせぇ!こちとら、一誠とリアスがいるだけで甘いものは腹一杯だっての!むしろ、今はブラックコーヒーを飲みてえよ!」
レンにとってそれは全く関係のないとんだとばっちりーー八つ当たりだったが、レンは都合が良いのか悪いのか言っていることを理解していないため、いたってマイペースなままだ。
「コーヒー味はさすがにありませんね。インスタントコーヒーならちょうど一袋残ってたんで飲めますけど、今からいれてきますか?」
「……いや、ただの冗談だ。なんだか、真に受けちまったみたいで悪かったな」
レンの独特のペースに乗せられて、アザゼルはすっかりクールダウンをしてしまった。レンはアザゼルの激しいテンションの浮き沈みに疑問を持ちながらも椅子から立ち上がった。
「……?そうですか。俺は仕事も片付いたので先に帰らせてもらいます」
「ああ、ちょっと待ってくれ。今ちょうど他の一般人がいないことだし、お前に事前に話しておきたいことがある。まぁ、せいぜい1~2分程度で済む話なんだが、驚くなとは言わない。決して大声をあげないでくれ」
アザゼルはレンに言い忘れていたことを思い出し、急に真面目なトーンで話を始める。
「それは別に構いませんが、俺だけに話すことなんですか?オカルト研究部の全員には伝える必要がない事柄なんですか?」
「いや。もちろん、あいつらにも言うつもりだ。だがな、悪魔、堕天使、天使の三陣営に直接的に所属していないお前だからこそ、先に言っておきたくてな」
「……つまり、深い事情があるってことなんですね?わかりました」
「すまんな、理解が早くて助かるぜ」
アザゼルは一言謝りを入れてから深呼吸をする。それから、衝撃的なことをその口からは語り出された。
「明後日の朝にオーフィスが来るんだ、それも一誠の家にな」
「…………なっ!?『
思わず自分の耳を疑ってしまうような話の内容に驚愕するレン。その右往左往しているレンの様を見て、アザゼルは頭を掻くしかなかった。
「ま、そういう反応をするに決まってるよな。……今回の件はヴァーリの奴にどうしてもと頼まれて、俺が独断で行った。なんでも、オーフィス自身がイッセーとの対話を望んでいるらしくてな。もっともヴァーリの思惑も含まれていて、『
「……俺はこの町で結ばれた三大勢力間の協定の内容を詳しくはわからないし、ほぼ無所属みたいな俺がどうこう言える立場ではないだろう。けど、あなたはそれを実行して本当に大丈夫なのか?」
「ハッ、お前は相変わらず頭の回転が早いな。……お前の考えている通りだ。バレれば間違いなく俺の首は飛ぶだろうよ。ただし、バレれば、の話だ」
レンは今の状況を聞き解き難しい顔をしながらアザゼルの身の危険を察するが、アザゼルは焦りを面に出すことなく、不敵に笑うだけだった。
「つまり、なんとかして隠し通す、とそういうことですか」
「ああ。そして、全ての事が片付いたら、俺はサーゼクスやミカエルに全てを話して、堕天使総督のポストを降りる」
「ッ!それは本気……なんですね」
「当然だ。さすがの俺でもこんなことを冗談で言う気にはなれない」
「……そうですか」
レンはアザゼルの覚悟の重さを感じてなのか、そこから先、特に言及することはしなかった。
(まいったな。……たくさんのイベントをここから先控えている一誠達にとっても、何事も起こらなければ一番いいんだが、絶対とは言えない。むしろ、何か起こると想定してかかった方がいいかもしれないな)
レンは聖槍使いの青年や霧の魔法使いを頭に思い浮かべて、様々なことを危惧しながらこの場を後にした。