レンが学校に入学して一ヶ月が過ぎ、なんとなく学校というものを理解してきた頃。そんなレンにも得意な科目ができた。それは、体育ーーという名目の戦闘術を学ぶ時間である。
「それでは、今日も実戦形式の試合を一組ずつしていきます」
あくまで授業の一環なので、剣術や格闘術などそれぞれの理論を座学を通して教えられることもあった。しかし、メインは当然ながら実技。今まで毎日のように鬼神のような強さのランサーと修行を重ねてきたレンからすればどれも余裕でこなせるようなものだった。
「今日は……レン君とユーゴ君のペアから始めますので、二人とも準備をお願いします」
担当の先生が指示を出すと、レン達は簡易的な防具を身につけ、大小様々な木刀のような得物をそれぞれ選び、手に持った。ちなみに、レンはもちろん槍のような長めの棒(以下、木槍と呼称)を二本構えていて、レンの相手であるユーゴという生徒は通常サイズの木刀を二本構えている。奇しくも二槍対二刀という構図となっていた。
「今日こそお前に勝ってやるぜ。レン!」
ユーゴの挑戦的な物言いにレンはクスリと笑ったーーそれは、ユーゴがまるでランサーと修行をしている時の自分のように思えてしまったからである。そして、レンは逆に言い返す。
「今日も返り討ちで、勝つのは俺さ」
二人は互いに向かい合い、準備は静かに整っていた。
「勝負、はじめ!」
先生のかけ声と同時に駆け出す二人。先に仕掛けたのはユーゴだった。ユーゴは一旦跳び上がって、上から木刀を両方とも振り下ろすが、レンは右片方の木槍のみでそれらを防いだ。レンは空いている左側で宙にいるユーゴへ突きを放つものの、ユーゴも負けじと右の木槍を足場代わりに利用して後ろへ跳び退いた。
レンがここに来るまではクラスで一番の実力者がこのユーゴだった。しかも、相当な手練れからの師事を得ているかのようにレンが思えるほどの実力だった。
着地した後、ユーゴはすぐさま間合いを詰めて、連戟を加えるが、それもレンはひらりとかわす。
「ダァーッ!いい加減当たりやがれ!」
「そんな無茶苦茶な!俺だって負けたくないからな!」
たしかにユーゴは強い。しかし、レンに勝てるほどのものではなかったのだ。反射神経、基礎運動能力、技術、それらをレンと比べてもユーゴは決して劣っていない。そんな彼に唯一足らないものは戦いに関しての勘だった。
レンは近かった間合いから一気に遠ざかり、一旦この流れをリセットしようとする。ユーゴは間髪入れずにレンのあとを木刀を突きだしながら追いかけ、レンの思い通りにはさせなかった。当のレンは焦る様子を一切見せず、後ろ足で急ブレーキをかけながら、左手の木槍でカウンターの突きを前方に放つ。ユーゴはそれになんとか反応して右側の木刀で捌くが、足を止めてしまう。
レンはその一瞬を見逃すはずがなかった。レンは体幹を軸に勢いよく一回転させて、ユーゴの左脇腹を抉るように右手に持っている木槍で振り払った。ユーゴは二本の木刀をクロスさせて、防ぐ構えをするが、勢いを殺すことはできなかった。二本の木刀は一本の木槍に弾き飛ばされて宙に舞い、ユーゴは完全な無防備になってしまった。
「今日も俺の勝ちだ」
木槍の先をユーゴへ向けて、勝利宣言をするレン。決着がつき、ユーゴは悔しそうに頭を掻いていた。
「チクショウ、やっぱレンは強ぇなぁ」
それから、二人の試合が終わると他の組の試合が始まった。
◼◼◼
時間と場所は変わって、放課後の教室。
「さて、今日も始めましょうか」
一日の授業が終わってから、レンはロスヴァイセに最近では毎日のように魔法を教わっているのだが、
「……今日も、計算問題か?」
「当然です。レン君はまず基本からなっていないんですから」
今のいままで、まともな勉強というものに触れたことの無いレンはまず、基礎的な計算力を身につけなければならなかった。
「はいはい、りょーかいです。ロスヴァイセ『先生』」
「……その呼び方はやめてください」
ロスヴァイセは茶化してきたレンに注意するが、その顔はほのかに赤くなっていた。
魔法の基礎知識ほぼゼロからのスタートだったレンだが、吸収していく速度はとんでもないほどに早かった。それは教えているロスヴァイセもそのことを実感できるほどである。そして、そのこともあってか、次第に彼女はレンに教えることが楽しく感じるようになっていった。
「ところで、レン君はなぜあんなに強いんですか?」
ロスヴァイセは疑問に思っていたことをレンにふと訊ねる。
「う~ん、それは毎日師匠と修行をしていたからかな」
その疑問にレンは唸りながら答えた。
「師匠、ですか?」
「ああ。俺の両親が殺されてから、その場に颯爽と姿を現して、俺のことを助けてくれた恩人でもある。あの人に出会ってなかったら、今ここにはいなかっただろうな。うんうん」
レンは手を止めてしみじみと語っていると、レンは何かを思い出したかのように手をポンと叩いた。
「俺もロスヴァイセに訊きたいことがあるんだけどさ、勉強ってそんなに楽しいかな?」
レンからのまさかの質問にロスヴァイセは目を白黒させてから、大声で叫ぶように言った。
「べ、別に好き好んで勉強をしているわけじゃありません!」
「そ、そうなんだ」
あまりにも突然の出来事だったので、レンも驚いている。ロスヴァイセもそれに気づいたのか、我に返って、コホンと咳を払ってから話を続ける。
「……私の家系は先祖代々、お母さんもお祖母ちゃんもヴァルキリーで、私もヴァルキリーになることが将来の第一目標なんです。そのためにも他のみんなよりも頑張らないといけない気がして」
レンはヴァルキリーやエインヘリヤルについてランサーから聞いていたので、ある程度のことは知っていた。それがどんな役職なのかも。
「それに私は家の長子なので、代々受け継がれている固有の紋様を私が継承しなければなりません。ですからーー」
「うん。なんとなくわかった」
レンはロスヴァイセの言葉を全て聞きとる前に遮った。
「俺からすれば、ロスヴァイセは難しく考えすぎだと思うけどな。それに俺の師匠も言ってた、『どんな時でも遊び心を忘れるな』って」
「遊び心ですか……」
「そう。だから明日、ロスヴァイセの好きなものを買いに行こう」
「……え?」
レンはランサーの言葉をやや異なった意味でとらえていた。しかし、そんなことをロスヴァイセは知る由もなく、むしろ、レンからの実質的なデートの誘いに対してあたふたしていた。
「あ、え?そ、そのそれはレン君とふ、二人だけで、
「そうなるかな。いつも助けてもらってるお礼がしたいだけだから、って聞いてる?」
レンは小声で発せられたデートという単語を聞き取ることなく肯定してしまう。ロスヴァイセは前半の言葉だけを聞き取ると顔を真っ赤にして、後ろの言葉は全く耳に入っていなかった。
「も、もちろん聞いてます!明日はいつでも大丈夫ですから」
予想していた答えとは違った答えが返ってきて、レンは首を傾げるが、あまり気にすることでもないと思ったようで、話を進めていった。
「じゃあ、いつも学校が始まる時間に校門前へ一旦集まろう。それから、ロスヴァイセの行きたいところに行こう」
「…………」
レンの提案にロスヴァイセは無言で顔を下に向けながら頷いた。レンはそれを見て、いままで止めていた手を動かし始めた。
この時、うつむいていたロスヴァイセが、いままで誰にも見せたことのないほどの嬉しそうな笑顔になっていたことに、レンが気付くことはなかった。
原作突入は原作7巻後半を予定してます。