無限の龍神、オーフィスが一誠の家に訪れて早くも一週間は過ぎ去っていった。その間に大きな問題が発生することなく、変わらない日常が繰り返されていたわけなのだが、ついにあの日が訪れた。
「……そういえば今日だったな。3人共、頑張れよ」
朝、目を覚まして開口一番に出たレンの言葉は、一誠、祐斗、朱乃に向けて送るエールだった。その言葉が表す通り、今日は中級悪魔昇格の試験日当日だったのである。
「さて、俺もそろそろ一誠の家に行くか。みんなに置いていかれると冥界に入るのだけで一苦労するからな」
レンはベッドから起き上がると、すぐに仕事着であるスーツに着替えて朝食の準備を手早く済ませようと動き出した。
「……ロスヴァイセがいなくなって一週間経つけど、フレイは一人でちゃんと料理作れているのか?」
パンを2センチほどの厚さに切り分けボウルに落とした卵を溶きながら、フライパンを火にかけていく。そんな中で、ロスヴァイセと同室で共同生活を送っていたフレイについての心配事がふとレンの頭の中をよぎるが、それはすぐに解消されることとなる。
「お腹……空きました。お兄さん、どうか私の分も作って欲しいです」
声量はかなり出ているものの、覇気の全く感じられないフレイの声が聞こえてきたのである。レンはそれを聞いて苦笑いをしながら駆け足で玄関まで向かっていく。
「こうも予想通りになるとは。とりあえず、玄関にずっと寝てるのは邪魔になるから早く部屋に上がってこい」
「すみません。……では、お邪魔します」
フレイはふらふらとおぼついた足取りでリビングへと上がり込むのだった。
「ふぅ、ごちそうさまでした!」
レンの作った手料理を凄まじい勢いと早さで平らげて、幸せそうに笑顔を浮かべるフレイ。そんな彼女とは対照的にレンは少し怒っている様子でいつもよりも凄んでいた。
「フレイ、お前はここ最近どうやって食事を済ませてきたんだ?」
「……えっ!?えっとそれは……その、ロスヴァイセお姉さんが前に買ってくれたレトルト食品とかインスタントラーメンとか、かな?」
フレイは言葉をくぐもらせながらレンに説明を加えていき、終いには首を可愛らしく横に傾けるが、そんなことで逃れられるはずがなかった。
「あのな、少しは料理を覚える努力しろ。ロスヴァイセにもそう言われていたはずだろう?」
「……たしかに言われたけど、元から私、手先が不器用だし」
「だけどもくそも、覚えて損になるものでもないだろうし、後々後悔するのはフレイ自身なんだからな」
「は、はい。……ごめんなさい」
「うん、わかればいいんだよ。……よし、食べるものも食べたことだし、そろそろ急がないとな」
レンは最後にフレイに優しく笑顔を見せてから、食器を片付けだす。すると、フレイもすかさずレンの隣に並び立って、得意気な顔でレンの顔をじっと見つめていた。
「じゃあ、私にも手伝わせてください。これくらいならいつもやっていますから」
「お、そうなのか。だったらよろしく頼むよ」
二人で効率よく食後の後片付けを済ませると、時間をあまり置くことなく、レンはフレイと共にマンションを後にするのだった。
◼◼◼
レンとフレイが一誠の自宅でアザゼルやリアス、イリナ達との合流を完了すると、そのまますぐに冥界のとあるホテルへと飛んだ。ルフェイと黒歌、フェンリル、そしてオーフィスも連れてだ。それでホテルに来た理由は試験を終えた一誠達のためにする打ち上げを催すからである。
……そのはずだったのだが、
「ちょっといいか?ワインを1本持ってきてくれ」
アザゼルはレストランで既にワインを頼んで、ぐいっと盛大に飲み始めており、
「すみませ~ん、ここからここまでのケーキ全部お願いします」
「あ、ついでに、このアイスクリームも持ってきて欲しいにゃ」
ルフェイと黒歌もなかなか高いスイーツをたくさん頼み、完全にリラックスしていた。
「……主役の3人がまだ揃っていないのに、俺達だけで楽しんでしまっていいのか?特にアザゼルさんなんかは酒まで飲み始めているし……」
レンはレストランの端の壁に寄っ掛かり、頭を抱えているが、フレイはそんなことを気にすることなく、ちゃっかり楽しんでいた。
「まぁまぁ、別にいいんじゃないですか?そんなこと気にせず、お兄さんも食べましょうよ、どれも美味しいですから」
「あのなぁ、そういうわけじゃないんだが……」
「だいたい、ゼノヴィアさんやイリナさん達も自分勝手にくつろいでいる時点で心配しても無駄です」
フレイの言うように、ゼノヴィアとイリナも自分で美味しそうな料理を手に取り舌鼓を打っている。しかし、リアスやアーシアのように二人で喋りながらまだ一誠達のことを待っている者もいれば、小猫のように体の調子がまだ戻っていないため、おとなしく座っている者もいる。
レンはそのことをフレイに伝えようとするが、急に顔を出入り口の方へ向けて鋭く睨み付けた。
「誰だ!」
無事に一誠達の試験日当日を迎えられたことで、レンは『
「わわっ!いきなりどうしたのよ?」
出入り口付近の席に座り、アイスクリームを頬張っていた黒歌は驚きながらレンに状況の説明を求めた。
「今、誰かに見られていた。それも敵意を隠さずに剥き出しの状態でだ」
レンはそのままレストランを出て、右左と周辺をよく見渡すが、いかにも怪しいという人物は見つけられなかった。
「……あんた、よっぽど疲れてるんじゃないの?だって私は視線も何も、敵意すら感じなかったのよ」
「なん……だと?」
レンは黒歌のその言葉に驚愕した。それもそのはず、この場にいる中でも黒歌は一番の索敵能力を持っているに等しい仙術の使い手であり、そんな彼女が感知できなかったと言っているのである。しかし、自分の感覚は絶対に間違っていないと思うほどに、レンには絶対の確信があった。
(いや、でもあの感覚はたしかだった……あれは間違えるはずがない)
「誰かいましたか?」
「いや、いない。……どうやら、俺の勘違いだったみたいだ。驚かして悪かったよ」
みんなに心配させまいと、レンは勘違いと言い張りレストランの中に再び戻っていくようにフレイのことを促した。
(俺一人にだけ気づかせるように敵意を向けてきた、……ということは、まさか相手の狙いは俺自身?)
不穏なことを頭で考えながら、レンはみんなに気付かれないよう気配を消して、再度廊下へ出ていった。すると、レンはまた自分に対して向けられた敵意を感じたらしく表情を険しくさせて、その敵意の感じる方向へと目を向ける。
「……俺の読みはやはり正しかったみたいだな」
レンの視線の先には、ちょうどいいタイミングで扉が閉じていくエレベーターが写っていた。ーー閉じていく瞬間のそのエレベーターの中にはローブを頭を覆い隠すまでに深く被った正体不明の人物が気味の悪い笑みを浮かべて突っ立っていた。
「チッ!」
レンはエレベーターの前に立ち、上に表示されている階数を指示するデジタルの数字を確認するとそれは、止まることなくどこまでも大きい数字を刺し示していく。
(俺が相手の立場なら……そして、奴が英雄派の人間だと仮定するなら、行くであろう階は屋上しかない)
レンは己の思考回路をフル回転させて、敵が行き着く可能性の最も高い階を屋上と断定。すぐに近くにあった窓を強引にこじ開け、そこから壁を連続で蹴り、一気に駆け上がっていく。
それは一瞬の内の出来事だったかのように錯覚させるほどのスピードで、レンはホテルの屋上までものの十数秒でたどり着いたのであった。
「ずいぶんメチャクチャなことをするんだ。まさか、本当にそうするとは私、思わなかったよ」
しかし、ローブを羽織っているその敵はレンよりも先に屋上に来ていて、既に待ち構えている様子だった。レンは目の前にいる相手の声質を聞き取って性別が女性であること確信し、それと同時に前にも体感したことのあるぬるりとした妙な違和感を覚えた。ーーあの忌々しい霧がホテル全体に立ち込めて、全てを包み込んでいったのである。
レンは苦汁に満ちた表情を作りながらも、思考を即座に戦闘体制へと切り替える。膝を深く曲げ、重心の位置を低くし、五本の指を立てるようにして両手を地面に着けた。
「やられたよ。お前らの狙いは俺だけじゃなく、最初から俺達全員だったのか……よッ!」
レンはその場から跳び出し、両手にはそれぞれ一本ずつ魔槍を瞬時に精製。そして、その二本の魔槍を使ってローブの彼女に先制攻撃を仕掛けた。対する彼女は武器を出す素振りを微塵も見せずにレンの攻撃を単純に下がって避けていく。
「それは違うかな。英雄派のみんなの目的はオーフィスだし、私の狙いがあなたなのは間違いないよ」
「……笑えない冗談だな。あのオーフィスを倒す術があるとでも言うのか?」
「さぁね、あの人達の考えていることは難しすぎて、私にはわからないなぁ」
レンは彼女のことを屋上の角まで追い詰め、最終的に本気で殺しにかかろうとした直前、反撃に転じようとしなかった彼女が、ついに前へ足を踏み出した。
「そうだね、せっかくだから、見せちゃおうかな。私のとっておきを……クスッ『
彼女の周囲には大量の槍が次々に出現し、それらは一定数が集まり束になると、白い天馬を形作っていった。
レンは思った。「彼女の持つこの
「さっきの口振りだと、所属は英雄派ではないらしいが、いったい何者だ?お前は」
レンは両手の魔槍を消す代わりに、新しく魔槍で蛇龍を作りながら彼女に訊く。
「やっぱり、私のことはさっぱり忘れちゃったんだね。いいよ、私が助けてあげるから!」
しかし、返ってきたものはレンの質問に対する答えではなく、聖槍の天馬達による総攻撃だった。